王子様の俺はモブに落ちました。

「…はぁ、今日も周先輩の周りにはたくさん人がいるな」
放課後の渡り廊下
僕__蓮野碧はカバンをぎゅっと抱きしめたまま、少し離れた中庭の様子をじっと見つめていた
視線の先にいるのは俺の特別な恋人であり、この学園の絶対的な王子様、御子柴周先輩
先輩は今日も一ミリの隙もない完璧なロイヤルスマイルを浮かべ、他クラスの女子生徒や部活の後輩たちに囲まれて楽しそうに(※実際は心の中で凄まじい毒を吐いているはずだけど)話をしている
その光景を見ているだけで僕の胸の奥が冷たくて重い「モヤモヤ」でいっぱいになっていく
(…嫌だな、みんな先輩の顔ばっかり見て 先輩のあの、耳まで真っ赤にして照れる可愛い顔もぶっきらぼうだけど優しい声も全部僕だけのものなのに…)
最近、付き合い始めてからの先輩は僕の前だけで「本当の不機嫌な顔」や「素の話し方」をしてくれる
それが死ぬほど嬉しい
だけど学校に行けば先輩はやっぱり「みんなの王子様」だ
他の誰かが先輩の服の袖に触れたり、親しげに笑いかけたりしているのを見るたびに僕の中の古武道の血が騒ぐというか、その人たちを全員まとめて一本背負いで投げ飛ばしてやりたい衝動に駆られてしまう
「…あ、蓮野くん、こんにちは」
不意に声をかけられた
振り返るとクラスの女子生徒が二人、恥ずかしそうにこちらを見ていた
二学期に髪を上げてコンタクトにして以来、僕もなぜか学校で話しかけられることが増えた
「あ、うん こんにちは」
「あのね、今度の土曜日、みんなでカラオケ行くんだけど__」
「__悪いけどその日は俺との先約が入ってるんだよね」
「…え?」
低い、だけど驚くほど洗練された美しい声が割って入った
バッと全員の視線がそっちを向く
いつの間にかファンクラブの包囲網を脱出した周先輩がポケットに手を突っ込み、これ以上ないほど一切の温度のない完璧な王子様の笑顔(激怒モード)を貼り付けて俺のすぐ隣に立っていた
「周先輩…!?」
女子生徒たちが「うおっ、本物の御子柴…!」と気圧されている
「彼はちょっと図書室の用事で忙しいからさ …ほら行くぞ、碧」
先輩は笑顔のまま、女子生徒たちをギロリと覇気で睨みつけると僕の手首をガシッと掴んで強引に渡り廊下の奥へと引っ張っていった
誰もいない、放課後の静まり返った社会科準備室
バタン、とドアを閉めるなり、先輩は掴んでいた僕の手をパッと離し、真っ赤になった顔をそっぽへ向けながら地声のドツンデレな口調でガミガミと説教を始めた
「お前なぁ!! 何自然に女子と距離詰めてんだよバカ! カラオケ? 行くに決まってんだろ大馬鹿野郎!! お前は俺だけのモブなんだから他の奴にその国宝級の素顔を安売りしてんじゃねぇよチクショウ!」
心の中の毒舌を隠そうともせず、全力で嫉妬を爆発させる先輩
耳の裏まで茹でタコみたいに真っ赤にして一生懸命に俺を怒っている
その姿を見た瞬間、僕の胸の奥を占めていた冷たいモヤモヤが一瞬で綺麗に溶けていくのが分かった
「…ふふ、あはは」
「な、何笑ってんだよ! 俺は本気でイラついて__」
俺は先輩の言葉を遮るように一歩、距離を詰めた
先輩の実家の高級ディフューザーと同じ、すごくいい匂いが鼻腔をくすぐる
僕はゆっくりと両腕を伸ばし、真っ赤になって怒っている先輩の細い腰を後ろから強引にだけど優しく抱きしめた
「ぶふっ!? お、おま…っ、何してっ…!?」
先輩の身体が驚きで腕の中でビクリと跳ねる
「…僕もさっきまで同じこと思ってました」
僕は先輩のうなじのあたりに顔を埋めたまま、あの低い声でぽつりと本音を呟いた
「え…?」
「中庭で先輩が他の人と話してるの見て…僕、すごく嫉妬してました みんなに先輩を触ってほしくないって先輩の可愛い顔を僕だけに見せてほしいって、本気で思ってました …僕、先輩を独り占めしたくて頭がおかしくなりそうなんです」
ぎゅうっと抱きしめる腕に力を込める
ただのモブが先輩の背中でただの独占欲に狂った一人の男の子として甘えている
それだけなのに
僕の腕のなかで先輩の身体がじわじわと信じられないくらいの熱を持って沸騰していくのが分かった
首筋から耳の裏までが一瞬で真っ赤に染まり上がる
「お、お前…っ、知るかよバカ!! だったら、最初からそう言えよ!!」
先輩は後ろを向いたまま、照れ隠しでジタバタと暴れ始めた
「俺だってお前以外にこの素の顔見せる気なんて一ミリもねぇよ! お前が他の奴と話してるだけで俺の心臓は毎日キャパオーバーしてんだからな!!…だから俺をこれ以上嫉妬させて狂わせんじゃねぇぞ、大馬鹿野郎!!!」
静かな準備室に先輩の必死な、照れまくりの怒鳴り声が響く
背中越しに伝わってくる先輩の鼓動は僕の胸の心音と全く同じように狂ったような速さで暴れ狂っていた
「はい …僕も先輩しか見ないです 僕の王子様」
「…っ、誰が王子様だバカ! …ほら早く離れろ、顔が見てぇだろ」
不機嫌そうに、だけど愛おしそうに呟く先輩
お互いの強すぎる独占欲をぶつけ合った二人は放課後の密室でまた一つ、甘くて深い沼の底へと沈んでいくのだった