王子様の俺はモブに落ちました。

「…はぁ、夢じゃねぇよな もし夢だったら俺は今すぐこの世界を滅ぼすぞ」
文化祭の翌日、俺は自室のベッドの上で自分の右手のひらをじっと見つめながら悶絶していた
昨日の夜、学校の屋上で蓮野碧__いや碧に告白し、両想いになった
あの時の腕の中に残る碧の体の温もりやジャージの匂い、そして「僕を先輩だけのものにしてください」と言って泣き笑いした端正な顔が脳裏に焼き付いて離れない
(思い出すだけで顔面が爆発する…! あのプライドの塊だったこの俺があんな泥臭い告白ぶちかますなんて 全人類の歴史に残る大失態だけどあいつが可愛いからもうどうでもいいわチクショウ!)
ゴロゴロとベッドの上を3回転半しながら俺はスマホを握りしめた
画面には碧からのメッセージ
『先輩、今日、少しだけ会えたりしますか?』
「行くに決まってんだろ大馬鹿野郎!!」と心の中で即答し、俺は10分で完璧な私服に着替え、メンズケアを完璧に済ませて家を飛び出した
約束の場所はあの日、俺たちのすべてが始まった場所__学校の近くのあの渡り廊下に続く裏道の曲がり角だった
息を切らせて角にたどり着くとそこには大きめの私服パーカーを着た碧が立っていた
今日は日曜日だからか学校での「新・王子様」の格好ではなく、髪を元通りもっさりと下ろし、黒ぶち眼鏡をかけたいつもの「地味系モブ」の姿に戻っている
「あ… 御子柴先輩、こんにちは」
俺の姿を見つけるなり、碧は前髪をいじりながら耳の裏まで真っ赤にして俯いた
そのおどおどした姿を見た瞬間、俺の胸の奥にどうしようもない愛おしさが爆発する
「よ、碧 わざわざ呼び出してどうしたんだよ」
俺もなるべくクールを装うが声が少し上擦ってしまう
すると碧は意を決したように顔を上げ、黒ぶち眼鏡の位置をクイッと直した
「あの…昨日の夜、僕、嬉しすぎて頭が真っ白になっちゃって …ちゃんと言えてなかったな、と思って」
「何をだよ」
「あの日、一番最初の放課後…僕がこの曲がり角で先輩とぶつかった時のことです」
碧は当時のシチュエーションをなぞるように一歩、俺に近づいた
眼鏡の奥のあの少し三白眼気味の、だけど驚くほど澄んだ瞳がまっすぐに俺を射抜く
「あの時、僕本当にド近眼だから先輩の顔がモザイクみたいに見えてたって言いましたよね …あれ、半分は本当なんですけど半分は嘘なんです」
「は? 嘘…?」
「はい、顔のパーツはよく見えなかったですけど…でも先輩が手を差し伸べてくれた瞬間、夕方の光のなかにものすごく綺麗な…本当にお城の王子様みたいな人が立ってるのが見えて …その人が僕の手を握って優しく微笑んでくれた瞬間、僕…心臓が止まるかと思うくらい、ドキッとしたんです」
碧は恥ずかしそうに視線を泳がせながら、だけどしっかりと俺の服の袖をきゅっと掴んだ
「だからあの時の『大丈夫、?』は体調を心配したのもあるけど…本当は、えと、僕が先輩の眩しさに当てられて声が震えちゃいそうだったからなんです …僕、あの瞬間からずっと先輩に落ちてました」
(おい、勘弁してくれ…っ!!!)
つまり、あの一目惚れの瞬間、俺が一人で「モブに落ちるもんか!」と抗っていたあの時、目の前の地味系男子も全く同じように俺に恋に落ちていたのだ
「おま…っ、それ、最初に言えよバカ…!」
「だって恥ずかしかったんだもん…」
ふにゃりと眼鏡の奥でいつもの無防備な笑顔を浮かべる碧
(クソが… 本当にどこまでも俺を狂わせる男だ)
俺はもう我慢できずに掴まれていた袖の手を指と指を絡ませる『恋人繋ぎ』で強く握り直した
今度は人目なんて関係ない
学校の裏道、誰もいない曲がり角で俺たちはしっかりと手を繋ぎ合った
「…明日からは学校でもその地味な格好に戻れよ」
「え? なんでですか? 先輩のために格好良くいた方がいいのかなって…」
「バカ、お前のあの国宝級の素顔を他の奴に見せたくねぇんだよ …お前は俺だけのモブでいろ 分かった?」
俺が真っ赤な顔のまま、いつもの傲慢な猛毒(独占欲)を吐き出すと碧は驚いたように目を丸くし、それから本当に幸せそうに微笑んだ
「はい …僕一生、先輩だけのモブになります」
夕暮れの曲がり角
両片想いの終着点にたどり着いた二人は繋いだ手の温もりを確かめ合いながらこれからの甘い未来へと歩き出すのだった