王子様の俺はモブに落ちました。

「……はぁ、はぁ、……ここまで来れば、誰も来ねぇだろ」
フォークダンスの輪を途中で抜け出し、俺は悠馬の手を引いたまま、夜の屋上へと駆け上がっていた。
バタン、と重い鉄の扉を閉めると、グラウンドから聞こえていた歓声や音楽が、遠くの街鳴りのように静まる。
十月の夜風は少し冷たくて、走って火照った身体を心地よく撫でていく。
見上げれば、満天の星空。そして目の前には、息を切らせながら、繋いだ手を離さずにいるジャージ姿の悠馬。前髪をすっきりと上げたその端正な顔が、月光に照らされて息を呑むほど美しく浮かび上がっていた。
(……クソ。やっぱり格好良すぎるだろ。心臓がもちやしねぇ)
胸の奥が、これまでにないほど激しく、壊れたメトロノームみたいにドクドクと暴れ狂っている。
いつもなら、ここで「フン、俺の完璧なエスコートに感謝しろよ」と心の中で毒を吐くはずだった。だけど、今の俺の脳内には、そんな歪んだプライドは一ミリも残っていない。
「あの、御子柴先輩……? 急に手を引いて走り出すから、びっくりしました」
悠馬は、コンタクトレンズを入れた澄んだ瞳で、まっすぐに俺を見つめてきた。
俺は、繋いでいた悠馬の手をゆっくりと離し、一歩、距離を置いた。
ここで言わなきゃ、俺は一生、あいつの前に立つ「本当の王子様」にはなれない。
「……蓮野。いや、悠馬」
「はい」
俺は一度深く息を吸い込み、自分の胸を強く握りしめた。
「俺は、顔も良くて成績も良くて、誰にでも優しい『完璧な学園の王子様』だ。……そうやって、他人の顔面を心の中で見下して、優越感に浸りながら生きてきた、最悪で、傲慢で、プライドの塊みたいな男だ」
「先輩……」
「最初にお前にぶつかった時も、一目惚れしたのが悔しくて、お前を俺の魅力で狂わせて、それからフってやろうなんて最低な作戦を立ててた。……だけど、お前はド近眼のくせに俺の無理した笑顔を真っ先に見抜いて、体調の心配して、不器用で美味い弁当食わせて、ピンチの時はヒーローみたいに俺を守りやがって……!」
言葉が、本音が、ダムが決壊したように溢れ出して止まらない。
顔が熱くて、耳の裏まで真っ赤になって、格好悪い涙がこぼれそうになるのを必死で堪える。
「お前が他の奴と話してるだけで、嫉妬で頭がおかしくなりそうだった! お前が髪を上げてコンタクトにして、みんなの王子様になっちまった時、世界の終わりかと思うくらい焦ったんだよ! ……俺は、顔も性格も最高な王子様だけどさ――お前が隣にいないと、ただの空っぽな、中身のねぇ人形なんだよ」
俺は一歩、悠馬の目の前まで踏み込んだ。
王子のプライドなんて、もう全部どこかに投げ捨てていた。
「俺の、特別なモブになってくれ。……いや、違うな」
俺は悠馬のジャージの襟元をぎゅっと掴み、真っ赤な顔のまま、叫ぶように告白した。
「――俺を、お前だけの王子様にしてくれ。……俺の全部を、お前にやるから。……だから、一生俺の隣から離れんじゃねぇぞ、大馬鹿野郎!!!」
静まり返った夜の屋上に、俺の必死な、泥臭い、人生で一番格好悪い告白が響き渡った。
沈黙が流れる。
俺は自分の心臓が破裂するんじゃないかという恐怖のなか、激しく上下する胸を押さえ、じっと悠馬の答えを待った。
嫌だと言われたら、今すぐこの屋上から飛び降りて不貞寝してやる(心の中)。
すると、月光を浴びた悠馬の顔が、じわじわと、信じられないくらいの赤さに染まっていった。
長いまつ毛が細かく震え、彼の綺麗な二重の瞳から、ポロポロと涙が溢れ出す。
「え、おい、なんで泣いて――」
「……うれ、しくて……っ」
悠馬は、涙を袖で拭いもせず、ふにゃりと、世界で一番無防備で、優しい笑顔を浮かべた。
「はい。……喜んで。僕を、先輩だけのものにしてください」
低くて心地いい、だけど世界中のどんな音楽よりも美しい声が、俺の耳に届いた。
ドッゴォォォォン!!!
脳内で、もはや何回目か分からない、だけど今までで一番綺麗で巨大な花火が打ち上がった。
「……っ、お前、本当……泣くなよバカ」
俺は我慢できずに腕を伸ばし、涙目をしている悠馬の身体を、強引に胸の中に抱きしめた。
悠馬の大きな腕が、俺の背中にぎゅっと回される。
お互いの狂いそうなほどの心音が、胸の合わせ目から、トクトクと激しく共鳴し合っていた。
腹黒王子の降伏、そして完全なる大勝利。
こうして、最高に不器用な二人の恋は、文化祭の夜空の下で、ついに一つの「恋人」という形に結ばれたのだった