王子様の俺はモブに落ちました。

ドォォォン…! と地響きのような音が夜の空気を震わせた
神社の裏手にある高台
境内から少し離れたこの場所からは夜空に打ち上がる大輪の花火が遮るものなく見渡せた
赤、青、金
鮮やかな光が次々と咲いては消え、俺と蓮野の顔を代わる代わるに染め上げていく
俺たちは手を繋いだまま、静かにそれを見上げていた
いや、正確に言うと俺の視線はとっくに夜空の花火から外れていた
チラリと隣を見る
甚平姿で前髪を上げた蓮野の横顔
大輪の光が打ち上がるたびに彼の端正な輪郭が驚くほど美しく暗闇の中に浮かび上がる
コンタクトを入れたその瞳にはきらきらと輝く火花がまるで宝石のように映り込んでいた
(…綺麗だな)
心の中で毒舌の「ど」の字も出てこないほどただただその美しさに圧倒されていた
こんな国宝級の男を俺はつい最近まで「地味系モブ」だと思い込んでいたのだから人間の認知なんて当てにならないものだ
その時、一際大きな金色のしだれ柳が夜空いっぱいに広がった
シュルシュルと光の尾を引いて消えていく、その一瞬の静寂のなか
「…御子柴先輩」
蓮野が繋いだ手をほんの少しだけ強く握りながらゆっくりとこちらを振り向いた
光の残像のなかで彼の澄んだ瞳がまっすぐに俺を捉える
「ん? 何だよ」
なるべく平然を装って答えたつもりだったが声が少し震えてしまった
蓮野は恥ずかしそうに視線を少しだけ泳がせ、それから自分の左手を胸のあたりにそっと当てた
「あの…さっきからここがすごく変なんです」
「変?」
「はい、さっき先輩と手を繋いだ時から…ううん、本当は一学期の最後に図書室で夏祭りに誘われた時からずっと心臓が…痛いくらいにバクバク鳴ってて」
ドキンと俺の心臓が大きく跳ね上がった
蓮野のその低い心地のいい声が花火の爆音よりも鮮明に俺の鼓膜に届く
「学校で遠くから先輩を見てる時もこうして隣にいる時もずっと胸の奥が苦しくて… 僕、病院に行った方がいいのかなって思ったんですけどでも先輩の顔を見るとその苦しいのが…すごく温かいものに変わるんです」
蓮野は前髪のない額を少し染めながら困ったように眉を下げて笑った
その表情には一切の計算も駆け引きもない
ただ自分の内側に起きた「初めての嵐」に困惑している、純粋な少年の姿だった
「先輩といると僕の心臓…どうにかなっちゃいそうなんです これってなんなんでしょう…?」
ドッゴォォォォン!!!
夜空の花火なんて比じゃないレベルの特大の爆弾が俺の胸の中で大爆発を起こした
(お、おま…っ! なんなんでしょう、じゃねぇよバカ!!!)
顔が熱い
耳の裏も首筋も、全身の皮膚がひっくり返るくらい熱い
それ、どう考えても100%の確率で「恋」だろ!!
お前、自分が俺に完全に落ちてることにまだ気づいてねぇのかよチクショウ!!!
「…バカ」
「え…?」
俺は繋いだ手をグッと引っ張り、蓮野の身体をさらに自分の方へと引き寄せた
至近距離で目が合う
花火の光に照らされた蓮野の顔が俺の言葉を待つように揺れている
「…そんなの、俺だって同じだよ」
「先輩…?」
「お前といると俺の心臓だってとっくにキャパオーバーしてんだよ …だからお前だけが苦しがってんじゃねぇよ、バカ碧」
初めてあいつを下の名前で呼んだ
言葉の意味を理解したのか蓮野の目がみるみるうちに大きく見開かれていく
そして彼の白い頬が夜空に咲くどんな花火よりも鮮やかに真っ赤に染まり上がった
「あ… ぅ、あ…」
完全にキャパシティを超えて知恵熱を出しそうになっている蓮野を見て俺は初めて、この恋愛の主導権を少しだけ握れたような気がしてふっと悪戯っぽく笑った
「その答えは夏休みが終わるまでに自分で考えろ …分かった?」
「…っ、はい…」
蓮野は真っ赤な顔のまま、コクコクと激しく首を振った
繋いだ手からはお互いの狂いそうなほどの速さの心音がダイレクトに伝わり合っている
これが恋だとまだ気づいていないモブ男子とすべてを察してしまった腹黒王子のきらめく夏のハイライト
しかしこの最高に甘酸っぱい夜の後、二学期の始まりと共に二人の前に「予想外の波乱」が待ち受けていることを周はまだ知る由もなかった__