王子様の俺はモブに落ちました。

「…よし、勝負は今夜 いや今夜から始まる夏休みだ」
一学期の終業式を終えた放課後
俺は校舎の裏階段でブレザーの襟を正しながら深く息を吐いた
蓮野への恋心を自覚してからというもの俺の毎日は文字通り激変した
お昼休みにあいつの不器用で美味い弁当を食べる時も図書室で本の隙間から目が合う時も俺の心臓は常にドラムの連打のように暴れ狂っている
表の「爽やかな王子様」の仮面を維持するだけでこれまでの倍以上のエネルギーを消費する始末だ
だが今日で一学期は終わり
明日からは悪夢のような、いや、ある意味では絶好のチャンスである「夏休み」が始まってしまう
(学校が終わるってことは毎日あいつの顔を見られなくなるってことだろ? は? 耐えられるわけねぇじゃん あの前髪もっさり天然タラシ不足で俺の五感が死ぬわ …だったら予定を作ればいいだけだ)
心の中でいつものように毒を吐きつつも胸の奥は甘酸っぱい緊張感でいっぱいだった
今日、俺は勇気を出して蓮野をある場所に誘うと決めていたのだ
ターゲットの動向は図書委員のシフトで把握済みだ
終業式のあとの静まり返った図書室
重い扉を開けるとそこには案の定、最後の片付けをしている蓮野がいた
西日のオレンジ色の光が彼の黒ぶち眼鏡を優しく照らしている
「蓮野くん 一学期、お疲れ様」
俺はあえていつもの作った王子様スマイルではなく、少し照れくささを隠した「素の声」で話しかけた
蓮野はパッと顔を上げ、嬉しそうに目を細める
「あ、御子柴先輩! お疲れ様です 先輩もこれから夏休みですね」
「うん …それでさ、ちょっと聞きたいんだけど」
俺はカウンターに近づき、蓮野の目をまっすぐに見つめた
心臓がドクドクと不穏なビートを刻み始める
「来週の週末、この近くの神社で夏祭りがあるだろ? …もし良かったら一緒に行かないか?」
「え…?」
蓮野は驚いたように動きを止めた
メガネの奥の瞳がパチパチと瞬きをする
(…あ、まずかったか? 男二人で夏祭りなんてやっぱり変だったか? 古武道男子が夏祭りとか興味ねぇか? クソ、もし断られたら全俺が泣くぞ__)
俺が内心で大パニックを起こしかけた、その時だった
「…僕でいいんですか?」
蓮野がぽつりと呟いた
「は?」
「だって御子柴先輩の周りにはいつもたくさん人がいるし…僕みたいな地味なモブじゃなくてもっとお洒落で綺麗な人と行った方が先輩も楽しいんじゃ…」
蓮野は申し訳なさそうに前髪をいじりながら少し視線を落とした
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥から独占欲を含んだ熱い感情が込み上げてきた
俺は一歩踏み込み、カウンター越しに蓮野の顔をのぞき込む
「何言ってんだよ、バカ」
「え……?」
「俺は他の誰でもない、お前と行きたいんだよ …お前じゃなきゃ行く意味ない …ダメ、か?」
真っ直ぐに本音をぶつけた
いつもの完璧なセリフじゃない
だけどこれが俺の飾らない一番の言葉だ
顔が熱くて耳の裏まで真っ赤になっているのが自分でもよく分かる
すると蓮野は驚いたように目を見開いた
それからじわじわと彼の白い首筋から耳の裏までが俺の顔に負けないくらい真っ赤に染まっていく
「…ダメじゃ、ないです 僕も先輩と二人で行きたいです」
蓮野は恥ずかしそうに視線を泳がせながらだけどしっかりと頷いてくれた
その瞬間、俺の心臓は本日最大風速で暴れ狂った
「…よし じゃあ、来週の土曜、駅前に18時集合な 遅れるなよ」
「はい! 楽しみにしてます、先輩」
ふにゃりと嬉しそうに笑う蓮野
夕暮れの図書室で真っ赤な顔をして笑い合う二人
それは客観的に見ればどちらが王子様でどちらがモブなのか、もう完全に分からないくらい、甘酸っぱくて純粋な空間だった
「じゃ、また来週」
俺はそれだけ言い残すと心臓の爆発を防ぐために足早に図書室を後にした
校舎を出て夏の生温い風に吹かれながら俺はニヤけそうになる口元を必死で片手で押さえる
「…待ってろよ、夏祭り 絶対にあいつを俺の虜にしてやるからな」
自分の恋心を自覚した王子様が初めて掴み取った「二人きりの約束」
きらめく夏の始まりと共に二人の物語はさらに深く、甘い沼へと進んでいくのだった