王子様の俺はモブに落ちました。

「一秒 いや、コンマ一秒でもいいからこのうるさい心臓を止めてくれ」
右肩に頭を乗せてスースーと眠る蓮野を横目に俺はベッドのシーツを左手で思いきり握りしめていた
完全に詰んだ
身体を少しでも動かせばあいつを起こしてしまうし、何より、密着した部分から伝わってくる蓮野の体温が俺の理性をゴリゴリと削り取っていく
(なんなんだよコイツ 普段はあんなに地味なモブのくせになんで寝顔はこんなに無防備で…っていうか、まつ毛長ぇな 肌も無駄にきめ細かいし …クソ、やっぱりメガネ外さなくてもよく見たらパーツの素材が良すぎるだろ)
心の中で悪態をつきながらも視線は蓮野の寝顔に釘付けだった
いつもツンと尖らせている俺のプライドがこの小さな寝息一つで綺麗にフニャフニャに溶かされていく
どれくらいそうして硬直していただろうか
「う…ん…」という小さな声とともに蓮野の身体がもぞりと動いた
(お、起きる…!?)
俺は慌ててまるで最初から何事もなかったかのような「クールな先輩」の表情を急造した
蓮野はゆっくりと頭を上げ、細い指先で眠そうに目をこすった
長い前髪の隙間からまだ完全に開いていない瞳が覗く
メガネが少しズレていてそれが妙に色っぽい
「あ… ごめんなさい、先輩 僕、いつの間にか寝ちゃって…」
「…別に お前が急に倒れ込んできたから俺の右肩が完全に床ずれ起こすかと思ったわ」
「うわ、本当にすみません! 怒ってます…?」
蓮野は慌ててメガネの位置を直し、申し訳なさそうに俺の顔をのぞき込んできた
その拍子にまた二人の距離がグッと近くなる
まだ寝起きの熱を孕んだ蓮野の吐息が俺の首元にかかって思わずゾクッと身体が震えた
「怒ってねぇよ …ほら、さっさと続きやるぞ 赤点取ったら承知しねぇからな」
照れ隠しでキツめの言葉を吐き、ノートを蓮野の前に突き出す
すると蓮野は突き出されたノートではなく、じっと俺の顔__特に耳のあたりを凝視した
「…? 何だよ、早くシャーペン持てよ」
「あの、御子柴先輩」
「あ?」
「先輩、耳…めちゃくちゃ赤いですよ …もしかして僕が変な寝言でも言いました?」
ドキン
心臓が本日一番の特大の警告音を鳴らした
(ば、バレた…!? いや、寝言じゃなくてお前の存在そのものが原因なんだよ!!)
「な、何言ってんだバカ! 部屋がちょっと暑いだけだろ! ほら、エアコンの温度下げるから__」
動揺を隠すために立ち上がろうとした、その瞬間
蓮野が俺の制服の裾をキュッと掴んで引き止めた
「先輩」
蓮野がメガネの奥の澄んだ瞳でまっすぐに俺を見つめてくる
そこにはからかうような色は一ミリもなかった
ただひたすらに純粋でどこか切なそうな光が宿っている
「僕、本当にド近眼だから…学校では先輩の周りにいつもたくさん人がいてキラキラしてて、すごく遠い存在に見えるんです」
「…え」
「でも今の先輩は…怒ったり、呆れたり、耳を赤くしたりして…すごく近くて …僕、学校の『王子様』の先輩より今の、僕の隣で色んな顔をしてくれる先輩の方がずっと…胸が苦しくなるくらい、好きです」
すとん、と
静かな部屋に蓮野の真っ直ぐな言葉が落ちた
ドッゴォォォォン!!!
脳内でもはや何回目か分からない核爆弾が爆破した
顔だけじゃない
今度は頭のてっぺんから足の先まで全身の血液が1000度くらいに沸騰した感覚
『胸が苦しくなるくらい、好き』?
お前、それ…それ、もう完全に「告白」じゃねぇかぁぁぁーーーー!!!
当の蓮野は自分がどれほどの国家転覆級の爆弾を落としたか分かっていない様子で「あ、すいません、生意気なこと言って」とまた少し照れくさそうに前髪をいじっている
(無理 これ以上はまじで理性がもたない)
「…もう終わりだ! 今日の勉強会はここまで!!」
「えっ!? あ、先輩!?」
俺は蓮野の腕を掴むと半ば強引に彼を立ち上がらせ、荷物をカバンに詰め込んでそのまま玄関へと押し出した
「ほら、早く帰れ! 明日学校でな!」とだけ叫んでパタンとドアを閉める
バタン、と玄関のドアに背中を預け、そのまま床にズリズリと座り込んだ
胸を押さえると服の上からでも分かるくらい、心臓がバタバタと暴れ狂っている
顔が熱すぎて視界がチカチカする
「…なんなんだよ、あいつ まじでなんなんだよ…っ」
完璧な王子様だったはずの御子柴周は自分の部屋の玄関で完全に元モブの地味系男子にK.Oされていた
そしてこの日を境に二人の関係は「学校」という舞台でさらに歪にそして劇的に変化していくことになる__