王子様の俺はモブに落ちました。

「おい、待て これは国家の危機、いや俺のプライドの存亡に関わる大問題だ」
中間テストを一週間後に控えた休日
俺は自室の真ん中で頭を抱えてのたうち回っていた
ことの始まりは昨日、図書室での蓮野の絶望的な呟きだった
『数学、今回赤点だったら部活の遠征に行けなくなっちゃうんだ…』
その涙目(想像)に絆された俺はあろうことか『……チッ、しょうがねぇな、俺が教えてやるよ』と学年トップの余裕をかまして自宅の勉強会に誘ってしまったのだ
しかし、冷静になって部屋を見回し、俺は凍りついた
そこにあるのは高級ブランドのディフューザー、美肌効果のある間接照明、壁一面に並んだメンズケア用品の数々
(ま、まずい…! これじゃ『美意識が高すぎて裏では毎晩ナルシスト全開で自分を磨き上げている腹黒王子』なのが一発でバレる…!!)
「誰がモブを部屋に呼ぶためにこんな大掃除しなきゃいけないんだよチクショウ!」と心の中で大絶叫しながら、俺は必死で「男子的生活感」を捏造するため、お洒落な小物をクローゼットへ叩き込んだ
ピンポーン
「ひゃいっ!?」
情けない声が出た
インターホンの音と同時に心臓が爆音で脈打ち始める
玄関を開けるとそこには大きめの私服パーカーを着た蓮野が立っていた
「お邪魔します、先輩 …わ、すごく綺麗なお家ですね」
「あ、ああ、普通だよ さ、上がって」
極力すました顔で蓮野を自分の部屋へと案内する
蓮野は部屋に入るなり、メガネをクイッと直してぼやけた視界でキョロキョロと見回した
「すごい、御子柴先輩の部屋、なんか…すごく良い匂いがします モデルルームみたい」
「そ、そうかい? 別に普通だけどね(※必死に高級ディフューザーを隠した成果)」
「僕の部屋なんて散らかり放題だから… やっぱり先輩は私生活まで完璧なんですね」
純粋に尊敬の眼差しを向けてくる蓮野
(フハハ! そうだ、拝めモブめ! これが格の違いというやつだ!)
心の中で勝ち誇るがそれも長くは続かなかった
勉強会が始まって一時間
俺の王子的余裕は蓮野の「壊滅的な数学センス」によって完全に消し飛んだ
「おい蓮野!! なんで移行したのに符号が変わってねぇんだよ! お前の脳内は異次元と繋がってんのか!?」
「うぅ…ごめんなさい、先輩… 数字がゲシュタルト崩壊して全部同じに見えてきちゃって…」
もはや爽やかな先輩の仮面など綺麗さっぱり消え失せ、俺は地声でガミガミと説教を垂れていた
蓮野は申し訳なさそうに前髪をいじりながら小さくなっている
(ったく、手がかかる奴め …まあ、でも)
シャーペンを握りしめて必死にノートと戦う蓮野の横顔を盗み見る
メガネの奥の少し眠そうな、だけど真剣な瞳
時折、わからないところがあると唇を少し尖らせて悩む仕草
学校では見られない、私服姿の無防備な蓮野が今、俺のベッドのすぐ横に座っている
その事実に今更ながら頭がカッと熱くなった
「…あの、先輩 ここなんですけど」
「ん、あ、ああ、どれだ?」
蓮野がノートを差し出してきた
それを覗き込もうと俺が少し身を乗り出した、その瞬間だった
「…ふぁ… あ、すいません、ちょっと頭使いすぎて急に眠気が……」
蓮野が大きなあくびをしたかと思うとその身体がコテッと力なく俺の方へと倒れ込んできた
「ぶふっ!?」
俺の右肩に柔らかい重みが降ってくる
蓮野の頭が俺の肩に、ぴったりと乗っかっていた
(は、ははは、はああぁぁぁぁっっっ!?!?)
心臓が肋骨を突き破るかと思うほどの爆音で跳ね上がる
近い、いや密着している
蓮野の少し癖のある髪の毛が俺の首筋に当たってチクチクと痒い
「……ん、御子柴先輩……」
蓮野が寝ぼけたように小さく身じろぎした
「…先輩の肩、意外とがっしりしてて…落ち着く…… それに、なんか…すごく、いい匂い、する……」
スースーと規則正しい寝息が聞こえ始める
完全に俺の肩を枕にして寝やがった
(お、おま…っ! 人の気も知らないで何サラッと殺傷能力高すぎる爆弾落として寝てんだよ!!!)
顔が、耳が、全身の血液が沸騰する
落ち着く? いい匂いする?
おい、頼むから誰か俺の理性を止めてくれ
このままではこの無防備なモブをどうにかしてしまいそうだ
右肩にかかる、愛おしいほどの重み
俺は差し出しかけた左手を空中で何度も握ったり開いたりしながら結局、その温もりを振り払うことなんて出来っこなかった
「……バカ、無防備すぎるんだよ、お前は…」
静かな自室に俺の小さく呆れたような、だけどどうしようもなく甘い呟きだけが溶けていった