あっという間に展示会の日になってしまった。出来としては、過去の二年に比べていわゆる「独創性」はあると思うけれど、それが正解なのかどうか、未だに悩んでいたところではある。
最後の作品としては満足しているのもあって、俺の足取りは軽かった。
前日搬入で、ほかの学校のものと並べてみると見劣りはあったが、それでも俺はこうしてヒロトくんとの出会いから生まれたこの作品を完成させることができてよかったと思っている。
当日の審査が終わり、結果は展示とともに公開された。
「あ、」
「結局部長、優秀賞じゃん」
「しかもなんか偉い人の名前まで貼ってるし」
「そうみたいだね……」
双子に言われて確認してみると、自分の作品の右肩に、賞を取ったと分かる紙が貼られていた。
講評メモも増えている。誰かはわからないが、自分の作品を見て、何かを思ってくれた人たちがいるのだろう。
用紙は参加している学生のものしか入っていないので、少なくとも、ヒロトくんのものは入っていない。
「まあ、よかったかな」
無事に展示を終えた自分の口から漏れ出た本音に苦笑した。
お情けの賞ももらって、ほかの地域の作品とともに展示されることが決まった。
後にも先にも、同じような作品は作れないだろう。
だからこそ、こうやって賞という形になってよかったと思う。
次になにか、描きたくなるんじゃないかって思わないでもないけれど、きっとそんな衝動も、受験勉強に没頭すれば消えてしまうのだろう。
少し浮き足立った気持ちのまま、ヒロトくんの元へ立ち寄ってみた。
喜んでくれているかと思いきや、彼はとても不服そうに、こちらをじっと見ていた。
「あれ、どうしたの」
「おめでとうございます?」
「全然嬉しそうじゃない」
「そうですよ。だって憧れてたんですよ? 部長さんに」
「俺に?」
あれだけやりとりしておいて、今更そんなことを言われると思っていなかったので、思わず強めに返してしまったのだが、ヒロトくんはあっけらかんと「だって、部長さんの名前、知らなかったんですもん」とぼやいた。
「去年の自画像」
「ああ、うちの部活、なにも思いつかなかったときの最終手段がそれだったから」
何も思いつかなかったときの苦肉の策。一応、もう一年描いてもいいとは言われていたが、結果こうしてあたらしい作品が生まれたのだから、文句もないだろうと思っていた。
「自画像で、めっちゃ顔が整ってる人いるから、どんなだろうって、見たくて。高校一緒だからいつかは見られるだろうと思ってたんですけど」
「一応、できるだけリアルにしていたはずなんだけど、なんかこう、美化しすぎたかな」
「そんなことないっすね」
「え?」
べつにかっこいいとかじゃないんです、とヒロトくんは呟いた。
なんか、一瞬ふわっと持ち上がった気持ちが、べしゃんこになった気分だったが、ヒロトくんは構わず続けた。
「ああいうのって、自分の描きたいもの、描くんでしょ? なら、先輩は、ああいう自分が描きたかったってことでしょ」
「え、あ……そうなるか……」
「そういうひとになりたいって思ってる先輩に興味あったんです」
まっすぐに「どれだけ歪んだやつか見たかった」なんて言われて、たじろいてしまった。
「え、いや。そこまでは」
「じゃないんなら、おかしくないですか」
「おかしい?」
自分なんて、好きじゃなかったけど、向き合うしかなかった。
描くしかなかった。作品を出したいって気持ちばかりが先行して、それでも「なるべくいい自分」でいたかったって、藻掻いていたことをまざまざと突きつけられるもの。だから、あんまり思い出したくはなかったんだけど、それでもヒロトくんは、そんな俺を見つけていたってことになる。
「まさか、あの謎写真の人がその先輩だって、思わなかったんですけど」
「まあ……はは」
苦笑いで返すが、どう反応すべきか悩んでしまった。
でも、こうやって話してくれる後輩ができたんだから、結果は置いておいて、投げ出さずに描けてよかったなって思ってるところ。
「絵の俺、自分で言うのもなんだけど、結構好きだったかも」
「へ?」
「だって、俺、鏡で自分見るのも嫌だから、こうやって、俺じゃないとこ向いてくれてるところがなんかいいなって」
どう見てもらっても構わない。
そう思った自分が口にした言葉に、
「……えっと、部長さん……じゃなくて、えっと、廣田先輩?」
「うん?」
「逃げんな、ばーか」
まあ、そうなるよなぁと思いながら、俺はヒロトくんの反応を待った。
「今回だって、顔、描いてないじゃん。俺の顔、描いたらよかったじゃん」
「一回、ちゃんと描いたんだよ? ただ、やっぱり」
「やっぱり?」
「思い出すかなって、きれいに割けちゃったしね」
「……っ」
あのトラブルの原因は、ざっくり言えば後輩くんになるだろうけど、たぶんヒロトくんもそれなりに気にしていたのだと思う。
あの裂け目がきれいにアレンジされてからは、宿題に夢中になっていたからきっとそうなのだと俺は思っている。
本人に確認するのは野暮だろうとわかっているので、それ以上は聞いていない。
「あとは……そうだな。あの日、君の飛ばしたシャボン玉に救われたから、かっこよくなってもらおうかなって作ったな」
「へ?」
「君と話した日は特別だったんだよ。煮詰まってて、描くもの、なんにも決まらなくて、部長って名前だけの人間になろうとしていたくらいで」
「そういえば、そんなこと言ってましたね」
全然、そんなふうには見えなかったんですけど、とヒロトくんは言う。やっぱり、自分の感情ってわかりにくいのかなぁと思うことが増えたのは、彼のおかげかもしれない。
少しだけ敬語が使えるようになったけれど、やっぱりどこか幼くて、よく高校生でもそのキャラで生きていられるなぁと感心するばかり。
「まあ、おかげでシャボン玉を顔に浴びたわけだけど」
「う……」
「それでも、ヒロトくんがただのトモダチって感じで話してくれて、とても嬉しかったんだよ」
なんとなく、だんだんみんなに興味がない人間は、輪の中にいても浮いてしまうんだなと理解し始めていた。
「俺もちょっと一年生に戻りたいって、思うくらいに」
「なんか、それはヤだ」
「そうだよねー、俺ももう二年はヤだなあ」
ヒロトくんの言い回しを真似しながら言えば、わかりやすくふくれっ面になってしまった。
「そんなわけでね、この絵は君が少しでも元気になれるようにって思いながら描いてた」
じっと見てみると、ヒロトくんは顔を背けてしまった。
案外、そういう部分の度胸はないらしい。
「……どうかな」
「わかんないけど、あの……うれしい。ありがと」
「うん。ああ、あのときの写真、今消そうかな」
「消さなくていい」
「え」
ちゃんとゴミ箱フォルダには放り込んで、あとはきちんと削除するだけ、というところまできていたのに、そんなことを言われると思わず、目を見開いてしまった。
ヒロトくんは、むっとしたまま俺に言った。
「大事にして」
「う……うん」
そう言われるとサクッと消すのは憚られるなと、削除フォルダからの回収を心に決めた。
「でも絵、やめるんでしょ」
「別に、描かないってわけじゃ」
「でも間近で見ることはできないじゃん」
あの美術室みたいな距離感がよかったのかと、俺は驚いた。確かにそんな雰囲気で描くことはしばらくないのだろう。
「そうかもしれないね」
「……じゃあ」
「うん?」
名残惜しさも受け取りつつ、俺は話を終えようとしていたが、ヒロトくんは俺の腕を取って、言った。
「リョウ先輩の家、今度遊びに行きますね」
「……えっ!」
急に自分の名前のほうを言われて、どきっとした。
遊びに行く。いや、絵を描くわけじゃない。別に、毎回モデルをお願いするわけでもない。
自分のテリトリーに、彼を置く? いや、無理。
なんかこう、違う気がする!
「が、がんばるよ」
「?」
久しく呼ばれていなかった自分の名前に、胸の奥がぐっとつかまれたように、ドキドキしている。
「ヒロトくん」
「うん。あ、えっと、はい」
「名前呼びって、うれしいもんなんだね」
「……っ、た、たくさん呼びます! リョウ先輩!」
思わずなのだろう。抱きつかれても悪い気はしなかった。
うっすら香る制汗剤の匂いはせっけんのように思えた。
自分も似たようなものをつけているはずなのに、他人から感じる香りが心地良いなんて、初めて知った気がする。
はあ、と緩んでしまったところで、ここが公民館のホール内だと気付いて、ばっと距離を取る。
きょとんとしたヒロトくんに向かって、俺は、ひと言呟いた。
「よ、よろしく?」
とはいえ、こんな距離感に慣れるまで、まだまだ時間がかかりそうで。
大会のお土産はなにがいいだろうかと考えながら、俺はヒロトくんの背中を見送ったのだった。
最後の作品としては満足しているのもあって、俺の足取りは軽かった。
前日搬入で、ほかの学校のものと並べてみると見劣りはあったが、それでも俺はこうしてヒロトくんとの出会いから生まれたこの作品を完成させることができてよかったと思っている。
当日の審査が終わり、結果は展示とともに公開された。
「あ、」
「結局部長、優秀賞じゃん」
「しかもなんか偉い人の名前まで貼ってるし」
「そうみたいだね……」
双子に言われて確認してみると、自分の作品の右肩に、賞を取ったと分かる紙が貼られていた。
講評メモも増えている。誰かはわからないが、自分の作品を見て、何かを思ってくれた人たちがいるのだろう。
用紙は参加している学生のものしか入っていないので、少なくとも、ヒロトくんのものは入っていない。
「まあ、よかったかな」
無事に展示を終えた自分の口から漏れ出た本音に苦笑した。
お情けの賞ももらって、ほかの地域の作品とともに展示されることが決まった。
後にも先にも、同じような作品は作れないだろう。
だからこそ、こうやって賞という形になってよかったと思う。
次になにか、描きたくなるんじゃないかって思わないでもないけれど、きっとそんな衝動も、受験勉強に没頭すれば消えてしまうのだろう。
少し浮き足立った気持ちのまま、ヒロトくんの元へ立ち寄ってみた。
喜んでくれているかと思いきや、彼はとても不服そうに、こちらをじっと見ていた。
「あれ、どうしたの」
「おめでとうございます?」
「全然嬉しそうじゃない」
「そうですよ。だって憧れてたんですよ? 部長さんに」
「俺に?」
あれだけやりとりしておいて、今更そんなことを言われると思っていなかったので、思わず強めに返してしまったのだが、ヒロトくんはあっけらかんと「だって、部長さんの名前、知らなかったんですもん」とぼやいた。
「去年の自画像」
「ああ、うちの部活、なにも思いつかなかったときの最終手段がそれだったから」
何も思いつかなかったときの苦肉の策。一応、もう一年描いてもいいとは言われていたが、結果こうしてあたらしい作品が生まれたのだから、文句もないだろうと思っていた。
「自画像で、めっちゃ顔が整ってる人いるから、どんなだろうって、見たくて。高校一緒だからいつかは見られるだろうと思ってたんですけど」
「一応、できるだけリアルにしていたはずなんだけど、なんかこう、美化しすぎたかな」
「そんなことないっすね」
「え?」
べつにかっこいいとかじゃないんです、とヒロトくんは呟いた。
なんか、一瞬ふわっと持ち上がった気持ちが、べしゃんこになった気分だったが、ヒロトくんは構わず続けた。
「ああいうのって、自分の描きたいもの、描くんでしょ? なら、先輩は、ああいう自分が描きたかったってことでしょ」
「え、あ……そうなるか……」
「そういうひとになりたいって思ってる先輩に興味あったんです」
まっすぐに「どれだけ歪んだやつか見たかった」なんて言われて、たじろいてしまった。
「え、いや。そこまでは」
「じゃないんなら、おかしくないですか」
「おかしい?」
自分なんて、好きじゃなかったけど、向き合うしかなかった。
描くしかなかった。作品を出したいって気持ちばかりが先行して、それでも「なるべくいい自分」でいたかったって、藻掻いていたことをまざまざと突きつけられるもの。だから、あんまり思い出したくはなかったんだけど、それでもヒロトくんは、そんな俺を見つけていたってことになる。
「まさか、あの謎写真の人がその先輩だって、思わなかったんですけど」
「まあ……はは」
苦笑いで返すが、どう反応すべきか悩んでしまった。
でも、こうやって話してくれる後輩ができたんだから、結果は置いておいて、投げ出さずに描けてよかったなって思ってるところ。
「絵の俺、自分で言うのもなんだけど、結構好きだったかも」
「へ?」
「だって、俺、鏡で自分見るのも嫌だから、こうやって、俺じゃないとこ向いてくれてるところがなんかいいなって」
どう見てもらっても構わない。
そう思った自分が口にした言葉に、
「……えっと、部長さん……じゃなくて、えっと、廣田先輩?」
「うん?」
「逃げんな、ばーか」
まあ、そうなるよなぁと思いながら、俺はヒロトくんの反応を待った。
「今回だって、顔、描いてないじゃん。俺の顔、描いたらよかったじゃん」
「一回、ちゃんと描いたんだよ? ただ、やっぱり」
「やっぱり?」
「思い出すかなって、きれいに割けちゃったしね」
「……っ」
あのトラブルの原因は、ざっくり言えば後輩くんになるだろうけど、たぶんヒロトくんもそれなりに気にしていたのだと思う。
あの裂け目がきれいにアレンジされてからは、宿題に夢中になっていたからきっとそうなのだと俺は思っている。
本人に確認するのは野暮だろうとわかっているので、それ以上は聞いていない。
「あとは……そうだな。あの日、君の飛ばしたシャボン玉に救われたから、かっこよくなってもらおうかなって作ったな」
「へ?」
「君と話した日は特別だったんだよ。煮詰まってて、描くもの、なんにも決まらなくて、部長って名前だけの人間になろうとしていたくらいで」
「そういえば、そんなこと言ってましたね」
全然、そんなふうには見えなかったんですけど、とヒロトくんは言う。やっぱり、自分の感情ってわかりにくいのかなぁと思うことが増えたのは、彼のおかげかもしれない。
少しだけ敬語が使えるようになったけれど、やっぱりどこか幼くて、よく高校生でもそのキャラで生きていられるなぁと感心するばかり。
「まあ、おかげでシャボン玉を顔に浴びたわけだけど」
「う……」
「それでも、ヒロトくんがただのトモダチって感じで話してくれて、とても嬉しかったんだよ」
なんとなく、だんだんみんなに興味がない人間は、輪の中にいても浮いてしまうんだなと理解し始めていた。
「俺もちょっと一年生に戻りたいって、思うくらいに」
「なんか、それはヤだ」
「そうだよねー、俺ももう二年はヤだなあ」
ヒロトくんの言い回しを真似しながら言えば、わかりやすくふくれっ面になってしまった。
「そんなわけでね、この絵は君が少しでも元気になれるようにって思いながら描いてた」
じっと見てみると、ヒロトくんは顔を背けてしまった。
案外、そういう部分の度胸はないらしい。
「……どうかな」
「わかんないけど、あの……うれしい。ありがと」
「うん。ああ、あのときの写真、今消そうかな」
「消さなくていい」
「え」
ちゃんとゴミ箱フォルダには放り込んで、あとはきちんと削除するだけ、というところまできていたのに、そんなことを言われると思わず、目を見開いてしまった。
ヒロトくんは、むっとしたまま俺に言った。
「大事にして」
「う……うん」
そう言われるとサクッと消すのは憚られるなと、削除フォルダからの回収を心に決めた。
「でも絵、やめるんでしょ」
「別に、描かないってわけじゃ」
「でも間近で見ることはできないじゃん」
あの美術室みたいな距離感がよかったのかと、俺は驚いた。確かにそんな雰囲気で描くことはしばらくないのだろう。
「そうかもしれないね」
「……じゃあ」
「うん?」
名残惜しさも受け取りつつ、俺は話を終えようとしていたが、ヒロトくんは俺の腕を取って、言った。
「リョウ先輩の家、今度遊びに行きますね」
「……えっ!」
急に自分の名前のほうを言われて、どきっとした。
遊びに行く。いや、絵を描くわけじゃない。別に、毎回モデルをお願いするわけでもない。
自分のテリトリーに、彼を置く? いや、無理。
なんかこう、違う気がする!
「が、がんばるよ」
「?」
久しく呼ばれていなかった自分の名前に、胸の奥がぐっとつかまれたように、ドキドキしている。
「ヒロトくん」
「うん。あ、えっと、はい」
「名前呼びって、うれしいもんなんだね」
「……っ、た、たくさん呼びます! リョウ先輩!」
思わずなのだろう。抱きつかれても悪い気はしなかった。
うっすら香る制汗剤の匂いはせっけんのように思えた。
自分も似たようなものをつけているはずなのに、他人から感じる香りが心地良いなんて、初めて知った気がする。
はあ、と緩んでしまったところで、ここが公民館のホール内だと気付いて、ばっと距離を取る。
きょとんとしたヒロトくんに向かって、俺は、ひと言呟いた。
「よ、よろしく?」
とはいえ、こんな距離感に慣れるまで、まだまだ時間がかかりそうで。
大会のお土産はなにがいいだろうかと考えながら、俺はヒロトくんの背中を見送ったのだった。


