「おつかれー」
「「おつかれです、部長」」
美術室に入るなり、双子が部屋の奥から声をかけてきた。
姿は見えないが、イーゼルが二つ立っているということは、そこにいるのだろう。
「ヒロ部長ー、後輩くんが」
「アクリル使ってみたいって」
「へえ、いいじゃん。教えてあげなよ」
俺は普段、自分の席のように使ってる窓際に、机を移動させながら二人に問いかけたが、彼女らは顔も見せずにあっさりと断ってきた。
「ヤだ」
「私たち、描くのに集中したい」
「ああ……そういう……」
「えっと……その……」
「ああ、大丈夫。慣れてるから。とりあえず、椅子持って俺の隣座っといて」
「……っ、はい!」
行き場のなくなった後輩に、俺は隣の席を示して、備品の絵の具置き場を探ることにした。
ちょうど彼女らの横を通るので、確認がてら見てみると、すでに下絵は終わっていたらしく、淡々と絵筆で直線を描き始めていた。確かにあの状態から集中力が切れてしまうと、その間隔を取り戻すのにかなり時間がかかるだろう。
テンションが上がらないと描く気力もなくなるのは自分も経験済みだ。
だから彼女らの言うことは一方では間違っていなくて、本当に、自由だと俺は思う。
いや、どちらかと言えば、描くことに囚われているのかもしれない。
ずっと、一生真っ白なキャンバスと向き合い続ける定め、なんて言えたらかっこいいんだろうか。
うらやましい反面、自分はそうはならないんだろうなという諦めもある。
一番色数のあるセットと筆洗。試し描き用のスケッチブックに色のサンプルを取り出すと、俺は自分が寄せた席いっぱいにそれを並べつつ、色味の紹介をしてみた。
「好みの色かもわからないし、まあ適当に遊んでみてよ」
「え、あの……僕、別にそんなに」
「試しに塗ってみるのもいいと思う。ちょっと待って、俺が使ってたやつは……っと」
置き去りにされていた筆の中で、わりと描きやすかったなと思った筆が入っていたことを確認する。まだ捨てられていない。絵の具の付き方がこれだけ少ないのは、気付くたびに削り落とすようにしているからだと思う。
筆洗に水を入れて、あとはそこのウエスを使ってもらってもティッシュでもいいからこんなかんじで、と流れだけを説明していくうちに、どんどん時間が経ってしまう。
どれだけ遅くても、俺たちの居残りは十九時。運動部と違うものの、部活以外にもやるべきことはたくさんあるから、というのが顧問の話だ。ましてや一年生は家に着くのがこの時間、ということなので大変な苦労があると思う。
「ま、これだけあればなんとかなるかな」
「あ……ありがとうございます!」
「がんばって……っと、あ。そうそう」
「?」
俺は近所だから、ギリギリまで残れたけど、バス通学の奴らは大変そうだったし、そういえば双子もそうだったな、と思い出しながら、選抜してきた筆を後輩くんに引き渡した。
「ほら、コレ使ってみて。普段想像してる水彩より、発色もいいし、重ねられるから楽しいよ」
「が、んばります……」
後輩くんは恐縮しきりだったので、なにかあったらまた聞いて、と席を外すことにした。
がっつり見られていて、描くことに集中できるのは、慣れている人だけだろう。
「やっぱり」
「ヒロ部長のほうがいいね」
「ね」
「おいそこ、押しつけたくせによく言うよ」
何を描いても人並みにはできる。俗に言う器用貧乏ってやつなんだろう。
とりあえず、この二年間で美術室にある画材はだいたい触ってみたし、出来ないことと言えば、立体作品くらい。それも授業で概略だけは教わっているから、ある程度は教えられるという自負はある。
が、そんなもの、上手く描ける奴らがいれば話は別だ。
そういう人たちの見よう見まねで、自分たち以上に描けるようになる人たちを何人も見てきた。
俺は、そういうタイプじゃない。たぶん、もっと手を動かして、勉強して、必死に描いてそういう人たちの足元にやっと追いつけるかどうか、ってところ。
それもわかっているけれど、どうせなら最後くらい「俺の代名詞です」みたいな作品が作りたい。
そう思っていたら、締め切りはみるみるうちに迫ってきている。
適当でもなんでもいいから決めないと、俺は不戦敗になる。いくら、文化祭での展示があるといっても、高文連の不参加だけはさすがに避けたかった。
「描かなきゃってことは、わかってるんだけど」
「せめて油彩か水彩か、ほかの画材にするかはさっさと決めないと後々知らないよー」
「部長のよゆーってやつ?」
双子は下書きをいくつも描きながら煽ってくる。
自分たちの中では決まっているが、どうやら、どう落とし込むかで悩んでいるらしい。贅沢な悩みだと思う。
「別に余裕はない」
「それか、立体?」
「え、平面飛び出ちゃう感じ?」
「……ないない全然」
立体は、平面作品以上に頭を使うし、失敗がきかない。
直前に失敗してしまったら目も当てられないだろう。安全策としても、やはり平面で、絵、というのは変わらずにいこうと思う。
美術室を出て、今日は階段を上がってみた。
放課後の部活動のために居残る生徒しか居らず、まばらに歩いている人たちを眺め続けたところで、俺の創作意欲をそそるものは見当たらなかった。
「何描こ、マジで」
ずっと自分に付き合うのはこりごりだし。
かといって、参考資料を眺め続けるのもアレだし。
「なんかいいのないかな……」
写真部よろしく、スマホのカメラをあちこちに振ってはみるが、食指の動いたものはない。
よく見る風景や景色は、目新しさもなければ独創性もなく、正直気乗りもしない。
平たい画面をあちこちに向けたところで、決定稿が浮かぶわけもなく、俺は今日も諦めて鞄を背負い直し、校舎を後にしようとした。
「「おつかれです、部長」」
美術室に入るなり、双子が部屋の奥から声をかけてきた。
姿は見えないが、イーゼルが二つ立っているということは、そこにいるのだろう。
「ヒロ部長ー、後輩くんが」
「アクリル使ってみたいって」
「へえ、いいじゃん。教えてあげなよ」
俺は普段、自分の席のように使ってる窓際に、机を移動させながら二人に問いかけたが、彼女らは顔も見せずにあっさりと断ってきた。
「ヤだ」
「私たち、描くのに集中したい」
「ああ……そういう……」
「えっと……その……」
「ああ、大丈夫。慣れてるから。とりあえず、椅子持って俺の隣座っといて」
「……っ、はい!」
行き場のなくなった後輩に、俺は隣の席を示して、備品の絵の具置き場を探ることにした。
ちょうど彼女らの横を通るので、確認がてら見てみると、すでに下絵は終わっていたらしく、淡々と絵筆で直線を描き始めていた。確かにあの状態から集中力が切れてしまうと、その間隔を取り戻すのにかなり時間がかかるだろう。
テンションが上がらないと描く気力もなくなるのは自分も経験済みだ。
だから彼女らの言うことは一方では間違っていなくて、本当に、自由だと俺は思う。
いや、どちらかと言えば、描くことに囚われているのかもしれない。
ずっと、一生真っ白なキャンバスと向き合い続ける定め、なんて言えたらかっこいいんだろうか。
うらやましい反面、自分はそうはならないんだろうなという諦めもある。
一番色数のあるセットと筆洗。試し描き用のスケッチブックに色のサンプルを取り出すと、俺は自分が寄せた席いっぱいにそれを並べつつ、色味の紹介をしてみた。
「好みの色かもわからないし、まあ適当に遊んでみてよ」
「え、あの……僕、別にそんなに」
「試しに塗ってみるのもいいと思う。ちょっと待って、俺が使ってたやつは……っと」
置き去りにされていた筆の中で、わりと描きやすかったなと思った筆が入っていたことを確認する。まだ捨てられていない。絵の具の付き方がこれだけ少ないのは、気付くたびに削り落とすようにしているからだと思う。
筆洗に水を入れて、あとはそこのウエスを使ってもらってもティッシュでもいいからこんなかんじで、と流れだけを説明していくうちに、どんどん時間が経ってしまう。
どれだけ遅くても、俺たちの居残りは十九時。運動部と違うものの、部活以外にもやるべきことはたくさんあるから、というのが顧問の話だ。ましてや一年生は家に着くのがこの時間、ということなので大変な苦労があると思う。
「ま、これだけあればなんとかなるかな」
「あ……ありがとうございます!」
「がんばって……っと、あ。そうそう」
「?」
俺は近所だから、ギリギリまで残れたけど、バス通学の奴らは大変そうだったし、そういえば双子もそうだったな、と思い出しながら、選抜してきた筆を後輩くんに引き渡した。
「ほら、コレ使ってみて。普段想像してる水彩より、発色もいいし、重ねられるから楽しいよ」
「が、んばります……」
後輩くんは恐縮しきりだったので、なにかあったらまた聞いて、と席を外すことにした。
がっつり見られていて、描くことに集中できるのは、慣れている人だけだろう。
「やっぱり」
「ヒロ部長のほうがいいね」
「ね」
「おいそこ、押しつけたくせによく言うよ」
何を描いても人並みにはできる。俗に言う器用貧乏ってやつなんだろう。
とりあえず、この二年間で美術室にある画材はだいたい触ってみたし、出来ないことと言えば、立体作品くらい。それも授業で概略だけは教わっているから、ある程度は教えられるという自負はある。
が、そんなもの、上手く描ける奴らがいれば話は別だ。
そういう人たちの見よう見まねで、自分たち以上に描けるようになる人たちを何人も見てきた。
俺は、そういうタイプじゃない。たぶん、もっと手を動かして、勉強して、必死に描いてそういう人たちの足元にやっと追いつけるかどうか、ってところ。
それもわかっているけれど、どうせなら最後くらい「俺の代名詞です」みたいな作品が作りたい。
そう思っていたら、締め切りはみるみるうちに迫ってきている。
適当でもなんでもいいから決めないと、俺は不戦敗になる。いくら、文化祭での展示があるといっても、高文連の不参加だけはさすがに避けたかった。
「描かなきゃってことは、わかってるんだけど」
「せめて油彩か水彩か、ほかの画材にするかはさっさと決めないと後々知らないよー」
「部長のよゆーってやつ?」
双子は下書きをいくつも描きながら煽ってくる。
自分たちの中では決まっているが、どうやら、どう落とし込むかで悩んでいるらしい。贅沢な悩みだと思う。
「別に余裕はない」
「それか、立体?」
「え、平面飛び出ちゃう感じ?」
「……ないない全然」
立体は、平面作品以上に頭を使うし、失敗がきかない。
直前に失敗してしまったら目も当てられないだろう。安全策としても、やはり平面で、絵、というのは変わらずにいこうと思う。
美術室を出て、今日は階段を上がってみた。
放課後の部活動のために居残る生徒しか居らず、まばらに歩いている人たちを眺め続けたところで、俺の創作意欲をそそるものは見当たらなかった。
「何描こ、マジで」
ずっと自分に付き合うのはこりごりだし。
かといって、参考資料を眺め続けるのもアレだし。
「なんかいいのないかな……」
写真部よろしく、スマホのカメラをあちこちに振ってはみるが、食指の動いたものはない。
よく見る風景や景色は、目新しさもなければ独創性もなく、正直気乗りもしない。
平たい画面をあちこちに向けたところで、決定稿が浮かぶわけもなく、俺は今日も諦めて鞄を背負い直し、校舎を後にしようとした。


