瞬間、ママの悲鳴に似た言葉が耳をついた。
「ボーイが逃げたー」
驚いて立ち止まり、うしろを振り返る。
バタバタと走り寄って来るパパとお姉ちゃんの足音が聞こえた。
すぐにお姉ちゃんとパパが裸足のまま玄関から飛び出してきた。
「ボーイ、戻っておいで」
「ほら、こっちにおいで」
お姉ちゃんとパパが中腰になって、呼び掛けながらにじり寄って来たけど僕はぷいとそっぽを向き、ポーチを軽々と飛び越えてマンションの非常階段を駆け下りた。
「ボーイ!! やだ、だめだよ。迷子になっちゃう!!」
お姉ちゃんがまたダメって言った。
ほんとに……、僕にはそれしか言えないの?
うんざりした気持ちで駆け下りていた四肢を止めて階段を見上げた。
お姉ちゃんが泣いている。
ママも泣いている。
パパも哀しそうな顔で裸足のまま、階段を降りて来ていた。
ここで捕まるわけにはいかない。
身を翻し、颯爽と非常階段を駆け下りてフェンスを飛び越え、近くに駐車していた車の下に潜り込んだ。
そっと息を潜めて辺りを窺う。追手が来る気配はない。
深呼吸をして昂っていた気持ちを落ち着かせた。
だけど……、あれ? 何だかすごくいけないことをしたような気がした。だって、ママもお姉ちゃんも泣いていたから。
パパの哀しそうな顔も初めて見た。いつもパパもママもお姉ちゃんも笑っていた。
僕の名を呼んで、撫でてくれて遊んでくれて……いつも笑顔だった。
何か、いけないことをしたのかな。
自由になりたかっただけなのに、それがそんなにいけないことなのかな?
ちょっと考えてみようかと思ったけど、車の下から見る初めての外の世界が眩しすぎて、考えるのをやめた。
行き交うたくさんの人々。
人が足を動かしながら走る変な乗り物に、ものすごく大きな車。空の上を走っているような乗り物、これが電車というものなのか?
とにかく、初めて見るキラキラした世界が目の前に広がっていた。
そのとき、車のドアがバムッと開く音がした。すぐにブルルンと音がしたかと思うと、車はゆっくり動き出した。
驚いて逃げようとしたけど、何処からか下手に動くな! 轢かれるぞ!! と、怒鳴るような声がした。その声に従ってじっと蹲り、身体の上を車が走り去るのを待った。
車が去ると、頭上にも左右にも遮るものが無くなり、青い空が瞳に映った。目を細め、ゆっくりと辺りを見渡していると、いきなり背後から声を掛けられた。それはさっきの怒鳴るような声と同じだった。
ー おい、坊主。お前、随分といい身なりしているじゃねえか。何処かの飼い猫かい? 家から脱走でもしたのか……? 悪いことは言わない。早く家に帰んな。野垂れ死にする未来しかないぜ。
ー 坊主? 僕はボーイだよ。
ー どこがBoyだよ。どう見たって生後四ヶ月か五ヶ月だろ? まだまだKidじゃねえか。
ー だから坊主でもKidでもないよ。僕はボーイだってば。
ー ???
話し掛けて来た、茶トラの猫は不思議そうな表情をして首を傾げた。
薄汚れていて、あちこち怪我している。猫同士での喧嘩の傷あとだろうか。
ー まぁ、KidでもBoyだろうがどっちでもいいよ。とにかく、家に帰んな。ここら辺は縄張り争いが熾烈な地域だ。夜になったらなおさら危険だぜ。じゃあ、達者でな。
ー ……ありがとう。
茶トラ猫は身を翻し、あっという間にどこかに消え去っていった。
「ボーイが逃げたー」
驚いて立ち止まり、うしろを振り返る。
バタバタと走り寄って来るパパとお姉ちゃんの足音が聞こえた。
すぐにお姉ちゃんとパパが裸足のまま玄関から飛び出してきた。
「ボーイ、戻っておいで」
「ほら、こっちにおいで」
お姉ちゃんとパパが中腰になって、呼び掛けながらにじり寄って来たけど僕はぷいとそっぽを向き、ポーチを軽々と飛び越えてマンションの非常階段を駆け下りた。
「ボーイ!! やだ、だめだよ。迷子になっちゃう!!」
お姉ちゃんがまたダメって言った。
ほんとに……、僕にはそれしか言えないの?
うんざりした気持ちで駆け下りていた四肢を止めて階段を見上げた。
お姉ちゃんが泣いている。
ママも泣いている。
パパも哀しそうな顔で裸足のまま、階段を降りて来ていた。
ここで捕まるわけにはいかない。
身を翻し、颯爽と非常階段を駆け下りてフェンスを飛び越え、近くに駐車していた車の下に潜り込んだ。
そっと息を潜めて辺りを窺う。追手が来る気配はない。
深呼吸をして昂っていた気持ちを落ち着かせた。
だけど……、あれ? 何だかすごくいけないことをしたような気がした。だって、ママもお姉ちゃんも泣いていたから。
パパの哀しそうな顔も初めて見た。いつもパパもママもお姉ちゃんも笑っていた。
僕の名を呼んで、撫でてくれて遊んでくれて……いつも笑顔だった。
何か、いけないことをしたのかな。
自由になりたかっただけなのに、それがそんなにいけないことなのかな?
ちょっと考えてみようかと思ったけど、車の下から見る初めての外の世界が眩しすぎて、考えるのをやめた。
行き交うたくさんの人々。
人が足を動かしながら走る変な乗り物に、ものすごく大きな車。空の上を走っているような乗り物、これが電車というものなのか?
とにかく、初めて見るキラキラした世界が目の前に広がっていた。
そのとき、車のドアがバムッと開く音がした。すぐにブルルンと音がしたかと思うと、車はゆっくり動き出した。
驚いて逃げようとしたけど、何処からか下手に動くな! 轢かれるぞ!! と、怒鳴るような声がした。その声に従ってじっと蹲り、身体の上を車が走り去るのを待った。
車が去ると、頭上にも左右にも遮るものが無くなり、青い空が瞳に映った。目を細め、ゆっくりと辺りを見渡していると、いきなり背後から声を掛けられた。それはさっきの怒鳴るような声と同じだった。
ー おい、坊主。お前、随分といい身なりしているじゃねえか。何処かの飼い猫かい? 家から脱走でもしたのか……? 悪いことは言わない。早く家に帰んな。野垂れ死にする未来しかないぜ。
ー 坊主? 僕はボーイだよ。
ー どこがBoyだよ。どう見たって生後四ヶ月か五ヶ月だろ? まだまだKidじゃねえか。
ー だから坊主でもKidでもないよ。僕はボーイだってば。
ー ???
話し掛けて来た、茶トラの猫は不思議そうな表情をして首を傾げた。
薄汚れていて、あちこち怪我している。猫同士での喧嘩の傷あとだろうか。
ー まぁ、KidでもBoyだろうがどっちでもいいよ。とにかく、家に帰んな。ここら辺は縄張り争いが熾烈な地域だ。夜になったらなおさら危険だぜ。じゃあ、達者でな。
ー ……ありがとう。
茶トラ猫は身を翻し、あっという間にどこかに消え去っていった。
