女を奪われた男装書生は、黒の妖王の執愛に花開く【マンガシナリオ】

第1話 「影守家の『嫡男』」

○回想
ヒロイン・影守(かげもり)(りつ)の幼い頃。律姫(りつき)という本名を捨て、男の律になった時の回想。
暗闇の中、女物の着物を着た影守律姫(5)が、俯いて正座している。律姫の頭と顔をフォーカスアップ。
律M(あの日、自分のすべてが奪われた)
律姫の後ろからハサミを持った手が伸びてきて、背中まで伸びていた律姫の髪を容赦なく切っていく。
父・清治郎(せいじろう)(40)の声だけが辺りに響く。
清治郎「髪を切れ。名を捨てろ。女を殺せ」
清治郎「今日からお前は――影守律だ」
完全に髪を切られた5歳の律姫。男としての『律』に変わる。
顔をあげ、前を向くと、律は19歳に成長した姿になる。
絣にシャツ、袴を穿き、学生帽を被り、インバネスコートを羽織った、書生の格好。
無表情で、瞳は昏い。
律M(けれど…)
左側から光が見え、そこから手が伸びてくる。
その手は律の腕を掴み、驚く彼女を暗闇から光の方へ連れ出す。

○場面転換
少し未来の話。葛葉家の本館、真白の執務室。
洋風の部屋。部屋の窓際には執務机、壁際には本棚が置かれている。
帝都を束ねる妖王の一人、九尾の葛葉(くずのは)真白(ましろ)(24)に腰を引き寄せられる律。
白髪紅眼で青い着物を着た真白、律の頬と唇に右手を添えている。
律の顔から少年のような凜々しさは消え、頬をほのかに赤く染め、少女の可憐さが現れる。
(※女の自分を暴かれることに、期待と喜びを覚えている)
真白、律の変化を見て執着のにじむ瞳で笑う。
真白「今度こそ離さない、僕の最愛」
律M(この人に、全部暴かれる――)

○世界観ナレーション
天津帝国の帝都の全景。
大正時代の帝都のような、洋風建築と和風建築が混じり合った街の風景。
【人間と妖怪が50年前に和解した天津帝国】

統一政府のイメージ図。正方形の机が置かれた、会議室。床には最高級の絨毯。
机の左右には、それぞれ人間代表と妖怪代表が四人ずつ、正面には総理大臣の人間一人が座っている。
(※姿はシルエットで。妖怪には獣耳や角をつけて差別化)
【国の平和と秩序を保つのは、人間と妖怪の代表により構成される統一政府】
【その影として動くのが――政府直轄の諜報機関「八咫機関」である】

○影守家・大広間(夕)
20畳ほどの和風の大広間。
上座には黒羽織をはおった影守家当主・影守清治郎が座っている。
白髪交じりの髪に、顔には多くの皺が刻まれている威厳のある姿で正座し、険しい顔で正面を見ている。
目線の先には学ラン風の簡易な軍服に軍帽、マント姿で片膝をついている律。
律「空鬨大臣への密書、確かにお渡ししました。返事は早いうちに、と言づてです」
清治郎「ご苦労、次の任務まで待機しておけ」
律「はっ」
頭を下げて一礼した後、躊躇いがちに口を開く律。
律「…ですがお父様。先の密書は、人間と妖怪の仲を揺るがしかねないものとのこと」
清治郎の眉がぴくりと動く。
律は一瞬口ごもりそうになりながらも言葉を続ける。
律「『八咫機関』は平等に政府に仕え、情報を操り争いの火種を事前に消し、国の安定を守る機関」
律「なのに代々八咫機関の長を務める我ら影守家が火種を生むようなこと、してもよいのでしょうか」
清治郎「…黙れ、未熟者が」
清治郎が律の側にやって来て、その腹を下から蹴り上げる。
律、「かはっ」と息を吐き出す。苦痛に顔をゆがめるが、体勢は崩さない。
(※崩せばさらなる仕置きが待っていると知っているため)
部屋の脇では義母と妹が、律が痛めつけられているのを無表情で眺めている。
義母は妊娠して大きくなった腹を撫でている。
清治郎「上の命令には黙って従え」「たとえ『嫡男』のお前でも、口答えは許されない」
律「…承知、しました」
律、痛みに耐えながら言葉を絞り出す。

○同・律の部屋(夜)
中庭に隣接した離れの一室。
縁側つきの6畳ほどの殺風景な部屋に和布団が敷かれている。
中庭から月の光が差し込む部屋で、律は自嘲しながら服を脱いでいく。
律「僕が『嫡男』、か」
軍帽をとり、マントと軍服を脱ぎ、シャツのボタンをはずしていく。
下から現れたのは、線の細い痩せた体。胸にはサラシが巻かれている。
そのサラシを外していくと、小さな谷間が現れる。
律M(影守家の嫡男・影守律には秘密がある)
律M(それは――『女』であること)

○回想
律(律姫)が女の子として生まれたところから、律の母が亡くなるまでをダイジェストで描く。
律M(影守家は、子が生まれにくい家系だった)
律M(やっと生まれた僕は女で、正妻だった母は3歳の時に病で亡くなる)

新たな妻がやってきたところから義理の妹が生まれるまでをダイジェストで描く。
律M(後妻も男児を生むことなく、父はしびれをきらす)

髪を切られ、男の服を着せられた5歳の律。
剣術や体術などの厳しい訓練を受けさせられ、できなければ殴られる日々をダイジェストに描く。
律M(そして家の体面を保つため、5歳の僕に名を『律』と改めさせ、男として育て始めた)
※回想ここまで

○影守家・律の部屋(夜)
清治郎に殴られた腹を撫で、苦しげに目を伏せる律。
律M(厳しい生活に月のものは消え、胸も大した成長を見せなかった)
律「男として生きるには、好都合な体だが」
律は男物の襦袢に着替え、布団に潜り込む。
律M(自分を偽るのが苦しくないわけではない)
律M(だが影守家の権力で、戸籍さえ男に偽装されている)(『女』の僕が存在していい場所はどこにもない)
律「大丈夫、もう慣れている。この身分で帝都を守れるなら、それは名誉なことだ」
そう自分に言い聞かせながら、布団の中で一人涙を流す律。
(※本当は女としての自分を認められたいが、それができなくて苦しみを抱えている)

○同・大広間(夕)
清治郎の前に膝立ちをしている律、命令を聞いて驚いたように目を見張る。
律「黒王の屋敷に潜入、ですか」
清治郎「ああ。最近妖王が結託し、人間に対して反乱を起こそうとしているらしい」
律M(これは…おおごとになりそうだな)

○世界観ナレーション
妖王の説明。帝都を東西南北にわけ、北に九尾、西に龍、東に螭、南に鬼を描いた図を描く。
【帝都には『妖王』と呼ばれる、強大な力を持った四柱の妖怪がいる】
【西の黄王、東の蒼王、南の紅王――そして北の黒王】
【彼らは帝都の妖怪たちを束ね、妖怪代表として統一政府にも名を連ねている】
※ナレーション終わり

○影守家・大広間(夕)
清治郎、あくどい笑みを浮かべながら、
清治郎「現黒王の葛葉真白は妖王の中でも最も若い」「しかも人間の書生を屋敷に受け入れているという」
清治郎が手の平サイズの冊子を取りだし律に見せる。
冊子の表には「天津帝都大學學生証」と書かれている。
清治郎「既に下準備は整えてある」「黒王を探り、結託と反乱の証拠を持ち帰って来るのが今回の任務だ」
律「……」
律M(先日の件もあり、お父様の動きは読めない)(だが本当に妖王が人間を裏切れば、この帝都は崩壊する)
律M(平和を守るためなら、『嫡男』としての答えは一つだ)
律、一呼吸置き、覚悟を決めたように頭を下げる。
律「…わかりました。その任務、拝命いたします」

○葛葉家・正門前
敷地に入るための金属で作られた正門の前。正面には2階建ての大きな西洋風の屋敷。
袴に学生帽を被り、インバネスコートを着た律が、門前に立っている。
手には荷物の入った大きなカバンを持っている。
門を開いて出てきた猫又の女中が、律の姿を見て頬を染める。
凜々しく好青年らしい笑みを浮かべる律。
律「今日からお世話になります、金森律(・・・)です」

○葛葉家・本館・玄関ホール
猫又の女中に案内され、玄関ホールまで通される律。
ツンツン髪の快活そうな書生・富沢(とみざわ)廉司(れんじ)(18)に引き渡される。

○葛葉家・本館・廊下
荷物を持って廉司の後ろをついて歩く律。
廉司「俺、富沢廉司って言います。天津帝大の経済学部。律さんも天津帝大っすよね」
律「ああ、医学部だ」
廉司「なら将来はお医者さんっすか」「田舎の庄屋の生まれって聞いてたけど、すごいっすね~」
廉司「19なら、俺のひとつ上っすか。じゃあ律にいって呼んでいいです?」
一人でぺらぺら話し続ける廉司だが、律は無視して任務のことを考えている。
律M(ひとまず潜入成功だな)(医学部の身分も『金森』の偽名も疑われていない)
律M(後は少しずつ黒王から信頼を得て…)
廉司「ねえ、聞いてるっすか?」
律「…聞いている」「呼び方なら、好きにしてくれて構わない」
廉司「いやった~!」「同じ書生仲間として仲良くしましょうね、律にい!」
廉司に抱きつかれそうになり、ぎょっとして頬を押しのける律。
廉司「ふぎゅ」
律「馴れ馴れしい」
廉司「あはは、すみません。嬉しくて思わず」
申し訳なさそうに頬を掻く廉司。
ため息をつきながら内心廉司を警戒する律。
律M(…性別も、ばれないようにしなければ)
廉司「にしてもこの時期に書生って珍しいっすね。もう入学から随分経ってるのに」
律「始めは別のところで世話になっていたんだ」「だがそこが、事情により受け入れができなくなって」
律M(…という設定だが)
廉司はまったく疑っていない顔で、
廉司「大変だったんっすね」「でもここは大学にも近いし、旦那様も優しいし、いいところっすよ」
律「そういえば旦那様…葛葉真白様は?」「厄介になるのだから、挨拶したいのだが」
探るように廉司に問う律。廉司は少し考えて、
廉司「旦那様はお仕事で明日の朝までいないっす」「だから挨拶は明日っすね」
律「…そうか」
律、返答して思案顔に。
(※真白がいないうちにできることについて考えている)

○葛葉家・中庭(夜)
風呂上がりでサッパリした顔の律。浴衣の中に白シャツを着た格好。
満月の下、正門から屋敷の間にある庭園の中を歩いていく。
律M(はぁ…さすが妖王。書生用の風呂も広かったな)
律M(廉司に一緒に入ろうとわめかれた時にはどうしようかと思ったが)
風呂に入る前、廉司が腕に抱きついてきて「律にい、一緒に入りましょ!」と言われたことを思い出す律。
律M(同世代の男とはこういうものか?)(八咫機関の者はもっと冷静だぞ)
律、ため息をつきながら、
律M(悪いやつではないんだろうが…少し面倒だな)
律、しばらく歩いた後に立ち止まり、正面に見える本館に目を向ける。
1階には明かりが付いていたが、2階の部屋はどこも暗い。
律M(明日の朝まで黒王は不在か)(なら今のうちに探索を…)
律が屋敷に忍び込む経路を見極めていたとき、「がさり」と側で植え込みが揺れる音がする。
真白「そこの君、何をしているのかな」
(※枠の外の声が聞こえてきているイメージです)
振り返ると、白髪紅眼で青い着物を着た、背の高い青年・葛葉真白が律を見て笑みを浮かべている。