六月のある日。某大手メーカーの社食で、こんな声が聞こえきた。
「広報に入った新人の瀬戸さんて可愛くね?」
食器の重なる音や周囲の話し声。沢山の雑踏の中に応える声が返ってくる。
「思った。ナチュラルメイクで綺麗だよな。廃れてない感じが良い」
「そうそう。凄い素直だし、にこにこしてるしさ」
「でも彼氏いるらしいぞ」
「えー?」
「そうなん?」
声の様子を伺うに、どうやら男三人組のようだ。もう食事を終えたのか、テンポ良くこんな会話をする。
「営業の宮城が誘ったら断られたらしい」
「もう声掛けたの? まだ六月だぞ。あいつ手が早いんだよ」
「でも、女は一度は引っ掛かるといわれる宮城も撃沈したのか。すげーな」
「彼氏いるなら無理だろ」
「それでもあの手この手で落とすのが宮城なんだよ」
「あいつ、やべーな」
「いや、落とすって言ってもあれだろ? まずはお昼一緒に行こうとか連絡先を聞くっていうだけのレベルだろ?」
「あー。それなら納得。あいつ、他人の懐に入るのは上手いからな。お調子者だし」
「え? でもそれなら尚更瀬戸さん、何で回避したんだ?」
「警戒されたんじゃね?」
「宮城の邪な心に気付いたって事? じゃあ、瀬戸さんの方が百戦錬磨って事じゃん。あのナチュラルメイクは一周回った後に行きついたのかな」
「ナチュラルメイクって、自然に見えるしっかりメイクらしいからな。案外、本当に一周回ってるかも」
「清純そうなのに」
「本当にそのままで、初心すぎて引いたという可能性もあるぞ」
「いやー。何だかんだ隙は無いぞ。髪も爪も派手じゃないけど綺麗だし」
「でも、流石にあの宮城より上手とか信じたくねー」
「そうなってくると彼氏が本当にいるのかも分からないな」
「彼氏もいないのに宮城を撥ね除けるとか、いよいよ外と中のギャップがやば過ぎるだろ」
「それはそれであり寄りのあり」
「右に同じ」
「あー。誰か真実を知る人物はいないのかー」
その近くで一人の男が席を立つ。こちらも食事を終えたようだ。空の食器を載せたトレーを持ち上げてそこから歩き始めた。
話をしていた三人は彼を気に留める様子も無い。その内の一人が、ふと思い付いたように呟いた。
「そういえば瀬戸さんと同じ大学から新卒でうちに入ったの、もう一人いなかったっけ?」
「ん? …あ、いたね。確か経営企画に入ったんじゃなかったか?」
「経営企画ー? あそこ、新入社員で入れんの?」
「能力あればいけるんじゃね? 知らんけど」
「絶対がり勉じゃん」
「あそこは頭の作りが普通じゃない奴ばかりだからな」
「大学時代の瀬戸さんのこと聞こうと思ったのに」
「止めとけ。絶対接点無いぞ」
「すげーなー。もう役員の隣で働いてるのか。そいつ」
どっちにも簡単にお近付きにはなれねーなー。と、三人は話を終える。そんな声など聞こえてもいない一足先に席を立った男は思った。
ふーん。綾ちゃん、彼氏いるって言ったのか。いや、それよりも。
…カチャン。と、わざと少しだけ音を立ててトレーを置く。その男の目は少し鋭くなった。
もう男に声掛けられたって? 聞いてねーけど。明日問い詰めねば。
「ご馳走様でしたー」
その音に気付いて顔を覗かせた食堂のおばさんに小さく頭を下げる。
「はーい。ありがとうねー」
そしてどこにでもいるようなスーツ姿の男は誰の目に留まることも無く食堂から姿を消した。
翌日。
「司君。おはようー。お待たせしましたー」
と、聞こえてきた声に振り返った。マスクをして顔が半分隠れているけれど、目だけで分かる。楽しそうににこにこしている女の子。大人しめなりに今時の格好はしている。
している。けれども。
黙ーってその彼女の顔を見ていた男は、やがてうっすら笑った。
「綾ちゃん? あれー? すっぴん?」
マスクをちょっと引っ張って確認して放したら、ぽんっと衝撃を受けた彼女はぎゅっと目を閉じる。辛うじてリップはしてるけれど、きっちりネイルと合わないくらいに見事なすっぴん。
「え? だって、今日は漫喫デーだから」
「うん? だから?」
「絶対泣くしっ」
「泣くから?」
「…え? 駄目? だった?」
おろおろ。と、マスクで目の際まで隠した綾音は、上目遣いで司を見上げた。
ここで状況を整理しよう。彼女は瀬戸綾音。彼は上野司。二人は同い年、同じ大学を卒業して同じ大手メーカーに就職した。綾音は総合職採用で広報部に配属され、司は職種別採用で経営企画部に配属されている。つまり昨日食堂でどこぞの先輩方が噂していた二人である。
「広報に入った新人の瀬戸さんて可愛くね?」
食器の重なる音や周囲の話し声。沢山の雑踏の中に応える声が返ってくる。
「思った。ナチュラルメイクで綺麗だよな。廃れてない感じが良い」
「そうそう。凄い素直だし、にこにこしてるしさ」
「でも彼氏いるらしいぞ」
「えー?」
「そうなん?」
声の様子を伺うに、どうやら男三人組のようだ。もう食事を終えたのか、テンポ良くこんな会話をする。
「営業の宮城が誘ったら断られたらしい」
「もう声掛けたの? まだ六月だぞ。あいつ手が早いんだよ」
「でも、女は一度は引っ掛かるといわれる宮城も撃沈したのか。すげーな」
「彼氏いるなら無理だろ」
「それでもあの手この手で落とすのが宮城なんだよ」
「あいつ、やべーな」
「いや、落とすって言ってもあれだろ? まずはお昼一緒に行こうとか連絡先を聞くっていうだけのレベルだろ?」
「あー。それなら納得。あいつ、他人の懐に入るのは上手いからな。お調子者だし」
「え? でもそれなら尚更瀬戸さん、何で回避したんだ?」
「警戒されたんじゃね?」
「宮城の邪な心に気付いたって事? じゃあ、瀬戸さんの方が百戦錬磨って事じゃん。あのナチュラルメイクは一周回った後に行きついたのかな」
「ナチュラルメイクって、自然に見えるしっかりメイクらしいからな。案外、本当に一周回ってるかも」
「清純そうなのに」
「本当にそのままで、初心すぎて引いたという可能性もあるぞ」
「いやー。何だかんだ隙は無いぞ。髪も爪も派手じゃないけど綺麗だし」
「でも、流石にあの宮城より上手とか信じたくねー」
「そうなってくると彼氏が本当にいるのかも分からないな」
「彼氏もいないのに宮城を撥ね除けるとか、いよいよ外と中のギャップがやば過ぎるだろ」
「それはそれであり寄りのあり」
「右に同じ」
「あー。誰か真実を知る人物はいないのかー」
その近くで一人の男が席を立つ。こちらも食事を終えたようだ。空の食器を載せたトレーを持ち上げてそこから歩き始めた。
話をしていた三人は彼を気に留める様子も無い。その内の一人が、ふと思い付いたように呟いた。
「そういえば瀬戸さんと同じ大学から新卒でうちに入ったの、もう一人いなかったっけ?」
「ん? …あ、いたね。確か経営企画に入ったんじゃなかったか?」
「経営企画ー? あそこ、新入社員で入れんの?」
「能力あればいけるんじゃね? 知らんけど」
「絶対がり勉じゃん」
「あそこは頭の作りが普通じゃない奴ばかりだからな」
「大学時代の瀬戸さんのこと聞こうと思ったのに」
「止めとけ。絶対接点無いぞ」
「すげーなー。もう役員の隣で働いてるのか。そいつ」
どっちにも簡単にお近付きにはなれねーなー。と、三人は話を終える。そんな声など聞こえてもいない一足先に席を立った男は思った。
ふーん。綾ちゃん、彼氏いるって言ったのか。いや、それよりも。
…カチャン。と、わざと少しだけ音を立ててトレーを置く。その男の目は少し鋭くなった。
もう男に声掛けられたって? 聞いてねーけど。明日問い詰めねば。
「ご馳走様でしたー」
その音に気付いて顔を覗かせた食堂のおばさんに小さく頭を下げる。
「はーい。ありがとうねー」
そしてどこにでもいるようなスーツ姿の男は誰の目に留まることも無く食堂から姿を消した。
翌日。
「司君。おはようー。お待たせしましたー」
と、聞こえてきた声に振り返った。マスクをして顔が半分隠れているけれど、目だけで分かる。楽しそうににこにこしている女の子。大人しめなりに今時の格好はしている。
している。けれども。
黙ーってその彼女の顔を見ていた男は、やがてうっすら笑った。
「綾ちゃん? あれー? すっぴん?」
マスクをちょっと引っ張って確認して放したら、ぽんっと衝撃を受けた彼女はぎゅっと目を閉じる。辛うじてリップはしてるけれど、きっちりネイルと合わないくらいに見事なすっぴん。
「え? だって、今日は漫喫デーだから」
「うん? だから?」
「絶対泣くしっ」
「泣くから?」
「…え? 駄目? だった?」
おろおろ。と、マスクで目の際まで隠した綾音は、上目遣いで司を見上げた。
ここで状況を整理しよう。彼女は瀬戸綾音。彼は上野司。二人は同い年、同じ大学を卒業して同じ大手メーカーに就職した。綾音は総合職採用で広報部に配属され、司は職種別採用で経営企画部に配属されている。つまり昨日食堂でどこぞの先輩方が噂していた二人である。
