翌日。俺はまた、大和兄の研究室に訪れた。昨日と違うのは、ここを訪れたのが俺一人という点である。
今朝方、千重から連絡が来た。どうやら彼女は二十四時間と経たないうちに、俺伝手に大和兄から課せられた使命、もとい調べものについて、迅速に対応し、成果を上げたらしい。いくつかの吹き出しに分かれて投下されたメッセージは、どれもそれなりの長文を要していたにも関わらず、兄としての贔屓目を抜きにしても、かなりわかりやすくまとめられた「調査結果」であった。
しかし俺の意識は、その調査結果に付随して送られてきた追加の情報の方に向く。その情報は、この一連の騒動を途端につまらないものにしてしまうような、拍子抜けという言葉がまさに似合う結末にしてしまうようなもので、これならばわざわざあの不健康そうな暗がりの主に見せなくてもよいのではという思いが脳裏をかすめる。
「でもまあ、変に中途半端にするよりはいいのかもな」
ひとりでに呟くことで、無理矢理自分を納得させた。
メッセージを受信した携帯を片手に志貴を探せども見つからず、仕方がないので連絡を取ろうと思った矢先、志貴の個人アドレスを知らないことに気が付いた俺は、しばしの逡巡の後、一人であの研究室へと訪れることを決めた。
もしかしたらここに志貴がいるかもしれない、と淡い期待を込めて引いたドアの先には、昨日の記憶と寸分違わぬ暗さが広がるばかりで、残念ながら志貴らしき姿は見られない。落胆しながらも改めて気を引き締めて、部屋の奥、黒い革張りのソファーへと近付いた。
俺がソファーの傍らで足を止めるのと同時に、まるで俺が来ることを心待ちにしていたかのように、青白い右手が突きつけられる。
「キミでは話にならないと、昨日のうちによく学習したからね」
ひらひらと目の前で振られる掌は、どうやら俺の携帯を欲しているようだった。千重から受け取った調査結果を俺から聞くのではなく、自分自身で直接読んだ方が確実だと、大和兄は言外にそう告げていた。
渋々端末ごと手渡すと、大和兄は実に満足げな顔で頷き、画面に目を向ける。それは時間にして、ほんの数十秒であったように思う。
大和兄は画面から目をふいと逸らし、そのまま天井を見つめた。否、視線の先にあるのは確かに天井であったけれども、きっと彼が見ていたのは天井ではなかった。では何を見つめていたのか。それは俺にはわからないけれど、きっと、目に見える物ではなかったのだと思う。
「木の葉を隠すなら森の中」
やけにゆっくりと時間をかけて目を瞑った大和兄は、俺の携帯を自身の薄い腹の上に伏せて置き、そのまま口を開いた。
「幼稚だが、発想は面白い。悪意を隠すために、彼は怪異を生んだのだろうね」
言うが早いが、大和兄はソファーから身を起こすと、俺の携帯を勝手に操作し始めた。
……と、思ったのも束の間。俺の携帯は顔認証でロックが解除されるタイプのものであるため、大和兄には開けられない。にもかかわらず、彼は何度も強く画面をタップしたり、電源ボタンや音量ボタンを無駄にカチカチと押したり、ついには机に携帯を叩きつけるかのような動作をするものだから、俺はたまらず彼の手から携帯を奪い返す。
「人の携帯になんてことするんですか!」
「……キミのそれは不良品だ。最初の画面から何をしても動かない。早めの交換をおすすめする」
心なしかふてくされたような表情を見せる大和兄に、俺は開いた口が塞がらなかった。今時顔認証システムを知らない人間がいるのかよ。この人、普段どうやって生きているのだろうか。
「俺の携帯を使って何がしたいんですか。言ってくれれば、俺が代わりに操作しますから」
自分の携帯なのに代わりに操作するも何もないような気がするが、そんな細かいことを気にしていたら埒が明かないと割り切る。いつの間にか元の無表情に戻った大和兄は、ソファーにだらしなくもたれかかり、千重にメッセージを送るように命じた。
「事の発端は、一人の生徒の悪意だ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
まるで推理ショーでも始めようという語り出しに、慌てて制止をかける。話を遮られたと気付いた大和兄が、これでもかというほど眉間に皺を寄せて俺を睨み上げるが、こちらも引き下がるわけにはいかない。
なぜなら悪意も何も、そもそもこれは行方不明事件ではないのだ。
「あなたも見ましたよね、妹が送ってきた追加の情報。行方不明だと思われていた女子生徒は、階段からの転落事故で怪我をして長期欠席しているだけで、行方不明でもなんでもないんですよ」
「それがどうした」
至極疑問だと言わんばかりに首を傾げる大和兄に、俺は言葉が詰まる。なんだこれ。俺のこの考えって、普通ではないのだろうか。
「どうしたも何も……。行方不明ではないのなら、これはオカルトでもなんでもない。流行りの遊びを試した生徒が、偶然そのすぐ後に怪我をしただけですよ」
「事の発端は、その『偶然怪我をした生徒』の悪意だ」
静かに、けれど有無を言わせぬ圧を纏って、黒い瞳が俺を見た。
「偶然怪我をした生徒……仮に彼女をBとしよう。Bは入学後、とある噂を耳にする。【アヤノさん】という存在を一人で呼び出す、怪しげな儀式の噂だ。誰もが面白半分に噂を話題にする中、Bだけは、決して面白半分というわけにはいかなかった。それはなぜか。Bには心当たりがあったのだ。『アヤノ』と名の付く人間に、である。【アヤノさん】を呼び出すには五円玉が必要で、【アヤノさん】は一人で呼び出さなくてはならず、【アヤノさん】には【アヤノさん】自身のことだけを尋ねなければいけない。Bは不安と恐怖に苛まれながら、これ以上噂が広がる前に、【アヤノさん】を実行した。それはなぜか。Bは【アヤノさん】に尋ねたいことがあったからだ。どうしても、確かめたいことがあったからだ。Bは一人、五円玉に指を置きながらこう尋ねた」
ごくり、と。やけに大きな音がした。俺が、口の中に溢れた唾液を飲み込む音だった。
「『あなたは五関綾野ですか?』とね」
五関綾野。その名前には聞き覚えがある。
正確には「見覚え」があった。それは、今朝送られてきた千重からの調査結果に登場していた。「何らかの理由で入学式を欠席した生徒の名前」として。
そして入学式を欠席した生徒、五関綾野と、行方不明になったと思われていた生徒であるBは、千重の調査結果には、同じ小学校で生徒会長と副会長をしていた関係性であると書かれていた。
「Bは続けざまに質問を重ねた。『まさか死んじゃったの?』『私のこと、恨んでる?』『ねえ、呪ったりしないよね』『私が突き飛ばしたって、誰かにバラしたりしないよね』」
「突き飛ばす……って、まさか」
千重は、五関綾野が入学式を欠席した「何らかの理由」まで突き止めていた。同じ中学の三年生に、五関綾野の兄がいるらしく、彼から話を聞き出したのだと書いてあった。
五関綾野は入学式の数日前に、|自宅最寄り駅の階段から転落して怪我を負った《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》という。そのせいで入学式には出られず、今もなお登校できていないそうだ。
「妹君は実に優秀な調査員だ。元生徒会長の五関綾野が行うはずだった新入生代表の挨拶を、同じ小学校出身の副会長であったBが代わりに行うことになったということまで調べてある。彼女はきっと、すでに起源に気付いているのではないかな」
「つまり、五関綾野がBを恨んで、【アヤノさん】という噂を作り出したってことですか?」
本当に怖いのは人の恨みということか。理由がどうあれ、実際にBは五関綾野と同じように階段から転落して怪我を負ったわけだから、呪いというものは末恐ろしい。
俺が一人で納得しながら大和兄に問うと、彼の表情は、俺の想像していたものとは大分かけ離れた……なんというか、「お前は馬鹿か?」と顔中に書かれているようなそれだった。
「キミは馬鹿か?」
あ、言われた。どんなに呆れていても、大和兄は人を「お前」とは呼ばない人間であることがわかった。
「問いかけたところでわからないだろうから、こちらから断定しよう。キミは馬鹿だ」
断定されてしまった。潔く己の愚かさを認めて両手を上げれば、深いため息をひとつ吐き、大和兄はまた朗々と語り出す。
「五関綾野は入学式前に怪我をして以来、一度も登校していない。その空間にいない人間がどう噂を発生させる? 噂という名の物語を生み出せるのは、その場に存在する人間にしかできないことだと思うがね」
「じゃあそれは、誰なんですか」
「【アヤノさん】とは、まず間違いなく五関綾野を元に作られた物語だ。名前はもちろん、儀式に使う硬貨をわざわざ五円玉を指定することで、名字との結びつきも持たせている。では、この物語を作り出した理由とはなんだ。ワタシが思うにそれは、『五関綾野に尋ねたい何かがある人間をあぶり出すこと』だ。つまり、アヤノさんが五関綾野であることに気が付き、なおかつ一人きりで五関綾野に尋ねたいことがある人物を釣ることが目的。その結果、アヤノさんに五関綾野であるかどうかを尋ねたBはどんな人物で、他に何を尋ねた?」
「……五関綾野の代わりに入学式で代表挨拶をした人物で、自分を恨まないか、呪わないか、突き飛ばしたことをバラさないかどうか、を……尋ねていました」
「見事な一本釣りだ。これで、五関綾野に怪我を負わせた人物がわかった。ついでに動機もだ。幼稚で子どもらしい嫉妬心からの犯行だが、目論見通り怪我を負った五関綾野は、今もなお登校できていない。だから、同じ目に遭わせたかったのだとしたら」
「だから、誰がそんなことを」
「ミズホ。キミは、キミの妹君が幼く身勝手な欲望から他人に怪我を負わされたら、どうする」
その問いを真正面から考えようとして、やめた。大和兄は別に、千重が誰かに傷つけられたときの俺の行動を知りたいわけではないのだと気が付いたからだった。
俺が大和兄の問いを正しく理解したことに、彼自身も気付いたのだろう。ソファーにもたれかかっていた身を起こすと、彼は俺をその目で捉え、けれどまた、ここではないどこかを見ながら言った。
「悪意を隠すために、『彼』は怪異を生んだのかも、しれないね。……以上。何か質問は?」
今朝方、千重から連絡が来た。どうやら彼女は二十四時間と経たないうちに、俺伝手に大和兄から課せられた使命、もとい調べものについて、迅速に対応し、成果を上げたらしい。いくつかの吹き出しに分かれて投下されたメッセージは、どれもそれなりの長文を要していたにも関わらず、兄としての贔屓目を抜きにしても、かなりわかりやすくまとめられた「調査結果」であった。
しかし俺の意識は、その調査結果に付随して送られてきた追加の情報の方に向く。その情報は、この一連の騒動を途端につまらないものにしてしまうような、拍子抜けという言葉がまさに似合う結末にしてしまうようなもので、これならばわざわざあの不健康そうな暗がりの主に見せなくてもよいのではという思いが脳裏をかすめる。
「でもまあ、変に中途半端にするよりはいいのかもな」
ひとりでに呟くことで、無理矢理自分を納得させた。
メッセージを受信した携帯を片手に志貴を探せども見つからず、仕方がないので連絡を取ろうと思った矢先、志貴の個人アドレスを知らないことに気が付いた俺は、しばしの逡巡の後、一人であの研究室へと訪れることを決めた。
もしかしたらここに志貴がいるかもしれない、と淡い期待を込めて引いたドアの先には、昨日の記憶と寸分違わぬ暗さが広がるばかりで、残念ながら志貴らしき姿は見られない。落胆しながらも改めて気を引き締めて、部屋の奥、黒い革張りのソファーへと近付いた。
俺がソファーの傍らで足を止めるのと同時に、まるで俺が来ることを心待ちにしていたかのように、青白い右手が突きつけられる。
「キミでは話にならないと、昨日のうちによく学習したからね」
ひらひらと目の前で振られる掌は、どうやら俺の携帯を欲しているようだった。千重から受け取った調査結果を俺から聞くのではなく、自分自身で直接読んだ方が確実だと、大和兄は言外にそう告げていた。
渋々端末ごと手渡すと、大和兄は実に満足げな顔で頷き、画面に目を向ける。それは時間にして、ほんの数十秒であったように思う。
大和兄は画面から目をふいと逸らし、そのまま天井を見つめた。否、視線の先にあるのは確かに天井であったけれども、きっと彼が見ていたのは天井ではなかった。では何を見つめていたのか。それは俺にはわからないけれど、きっと、目に見える物ではなかったのだと思う。
「木の葉を隠すなら森の中」
やけにゆっくりと時間をかけて目を瞑った大和兄は、俺の携帯を自身の薄い腹の上に伏せて置き、そのまま口を開いた。
「幼稚だが、発想は面白い。悪意を隠すために、彼は怪異を生んだのだろうね」
言うが早いが、大和兄はソファーから身を起こすと、俺の携帯を勝手に操作し始めた。
……と、思ったのも束の間。俺の携帯は顔認証でロックが解除されるタイプのものであるため、大和兄には開けられない。にもかかわらず、彼は何度も強く画面をタップしたり、電源ボタンや音量ボタンを無駄にカチカチと押したり、ついには机に携帯を叩きつけるかのような動作をするものだから、俺はたまらず彼の手から携帯を奪い返す。
「人の携帯になんてことするんですか!」
「……キミのそれは不良品だ。最初の画面から何をしても動かない。早めの交換をおすすめする」
心なしかふてくされたような表情を見せる大和兄に、俺は開いた口が塞がらなかった。今時顔認証システムを知らない人間がいるのかよ。この人、普段どうやって生きているのだろうか。
「俺の携帯を使って何がしたいんですか。言ってくれれば、俺が代わりに操作しますから」
自分の携帯なのに代わりに操作するも何もないような気がするが、そんな細かいことを気にしていたら埒が明かないと割り切る。いつの間にか元の無表情に戻った大和兄は、ソファーにだらしなくもたれかかり、千重にメッセージを送るように命じた。
「事の発端は、一人の生徒の悪意だ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
まるで推理ショーでも始めようという語り出しに、慌てて制止をかける。話を遮られたと気付いた大和兄が、これでもかというほど眉間に皺を寄せて俺を睨み上げるが、こちらも引き下がるわけにはいかない。
なぜなら悪意も何も、そもそもこれは行方不明事件ではないのだ。
「あなたも見ましたよね、妹が送ってきた追加の情報。行方不明だと思われていた女子生徒は、階段からの転落事故で怪我をして長期欠席しているだけで、行方不明でもなんでもないんですよ」
「それがどうした」
至極疑問だと言わんばかりに首を傾げる大和兄に、俺は言葉が詰まる。なんだこれ。俺のこの考えって、普通ではないのだろうか。
「どうしたも何も……。行方不明ではないのなら、これはオカルトでもなんでもない。流行りの遊びを試した生徒が、偶然そのすぐ後に怪我をしただけですよ」
「事の発端は、その『偶然怪我をした生徒』の悪意だ」
静かに、けれど有無を言わせぬ圧を纏って、黒い瞳が俺を見た。
「偶然怪我をした生徒……仮に彼女をBとしよう。Bは入学後、とある噂を耳にする。【アヤノさん】という存在を一人で呼び出す、怪しげな儀式の噂だ。誰もが面白半分に噂を話題にする中、Bだけは、決して面白半分というわけにはいかなかった。それはなぜか。Bには心当たりがあったのだ。『アヤノ』と名の付く人間に、である。【アヤノさん】を呼び出すには五円玉が必要で、【アヤノさん】は一人で呼び出さなくてはならず、【アヤノさん】には【アヤノさん】自身のことだけを尋ねなければいけない。Bは不安と恐怖に苛まれながら、これ以上噂が広がる前に、【アヤノさん】を実行した。それはなぜか。Bは【アヤノさん】に尋ねたいことがあったからだ。どうしても、確かめたいことがあったからだ。Bは一人、五円玉に指を置きながらこう尋ねた」
ごくり、と。やけに大きな音がした。俺が、口の中に溢れた唾液を飲み込む音だった。
「『あなたは五関綾野ですか?』とね」
五関綾野。その名前には聞き覚えがある。
正確には「見覚え」があった。それは、今朝送られてきた千重からの調査結果に登場していた。「何らかの理由で入学式を欠席した生徒の名前」として。
そして入学式を欠席した生徒、五関綾野と、行方不明になったと思われていた生徒であるBは、千重の調査結果には、同じ小学校で生徒会長と副会長をしていた関係性であると書かれていた。
「Bは続けざまに質問を重ねた。『まさか死んじゃったの?』『私のこと、恨んでる?』『ねえ、呪ったりしないよね』『私が突き飛ばしたって、誰かにバラしたりしないよね』」
「突き飛ばす……って、まさか」
千重は、五関綾野が入学式を欠席した「何らかの理由」まで突き止めていた。同じ中学の三年生に、五関綾野の兄がいるらしく、彼から話を聞き出したのだと書いてあった。
五関綾野は入学式の数日前に、|自宅最寄り駅の階段から転落して怪我を負った《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》という。そのせいで入学式には出られず、今もなお登校できていないそうだ。
「妹君は実に優秀な調査員だ。元生徒会長の五関綾野が行うはずだった新入生代表の挨拶を、同じ小学校出身の副会長であったBが代わりに行うことになったということまで調べてある。彼女はきっと、すでに起源に気付いているのではないかな」
「つまり、五関綾野がBを恨んで、【アヤノさん】という噂を作り出したってことですか?」
本当に怖いのは人の恨みということか。理由がどうあれ、実際にBは五関綾野と同じように階段から転落して怪我を負ったわけだから、呪いというものは末恐ろしい。
俺が一人で納得しながら大和兄に問うと、彼の表情は、俺の想像していたものとは大分かけ離れた……なんというか、「お前は馬鹿か?」と顔中に書かれているようなそれだった。
「キミは馬鹿か?」
あ、言われた。どんなに呆れていても、大和兄は人を「お前」とは呼ばない人間であることがわかった。
「問いかけたところでわからないだろうから、こちらから断定しよう。キミは馬鹿だ」
断定されてしまった。潔く己の愚かさを認めて両手を上げれば、深いため息をひとつ吐き、大和兄はまた朗々と語り出す。
「五関綾野は入学式前に怪我をして以来、一度も登校していない。その空間にいない人間がどう噂を発生させる? 噂という名の物語を生み出せるのは、その場に存在する人間にしかできないことだと思うがね」
「じゃあそれは、誰なんですか」
「【アヤノさん】とは、まず間違いなく五関綾野を元に作られた物語だ。名前はもちろん、儀式に使う硬貨をわざわざ五円玉を指定することで、名字との結びつきも持たせている。では、この物語を作り出した理由とはなんだ。ワタシが思うにそれは、『五関綾野に尋ねたい何かがある人間をあぶり出すこと』だ。つまり、アヤノさんが五関綾野であることに気が付き、なおかつ一人きりで五関綾野に尋ねたいことがある人物を釣ることが目的。その結果、アヤノさんに五関綾野であるかどうかを尋ねたBはどんな人物で、他に何を尋ねた?」
「……五関綾野の代わりに入学式で代表挨拶をした人物で、自分を恨まないか、呪わないか、突き飛ばしたことをバラさないかどうか、を……尋ねていました」
「見事な一本釣りだ。これで、五関綾野に怪我を負わせた人物がわかった。ついでに動機もだ。幼稚で子どもらしい嫉妬心からの犯行だが、目論見通り怪我を負った五関綾野は、今もなお登校できていない。だから、同じ目に遭わせたかったのだとしたら」
「だから、誰がそんなことを」
「ミズホ。キミは、キミの妹君が幼く身勝手な欲望から他人に怪我を負わされたら、どうする」
その問いを真正面から考えようとして、やめた。大和兄は別に、千重が誰かに傷つけられたときの俺の行動を知りたいわけではないのだと気が付いたからだった。
俺が大和兄の問いを正しく理解したことに、彼自身も気付いたのだろう。ソファーにもたれかかっていた身を起こすと、彼は俺をその目で捉え、けれどまた、ここではないどこかを見ながら言った。
「悪意を隠すために、『彼』は怪異を生んだのかも、しれないね。……以上。何か質問は?」
