雲ひとつない青い空。肌を焦がす太陽の光。
ガラスを隔てた向こう側に広がるそれらの景色を眺めながら、俺の頭は三十万円の文字であふれかえっていた。
俺たちのほかに乗客のいない、ワンマン運転の電車に揺られながら、三十万円の使い道を考える。当初の予定であった七十万円よりはだいぶ減ったが、それでも時給千数百円のスキマバイトをちまちまやり進めるよりも、よっぽど一気に大金が入る事実に、気を抜くと頬が緩んでしまう。
ワンマン運転の電車を降り、自動改札を抜けて、それなりに人がいるホームで乗り換えの電車を待つ間も、俺の頭から三十万円が消えることはなかった。
「久しぶりにスーパーで値引きされていない揚げ物でも買って帰ろうかな。あと、ファミリーパックのバニラアイスも、これからの時期は必要になるはずだから買うとして、扇風機ももうちょっと風力が強いやつを見てみるか。千重とテーマパークに行ったら、千重が行きたがっていたレストランに連れて行ってやって、兄の威厳を見せつけよう。あと、気になっていた服も、セールを待たずに買ってもいいかな。俺はいつもセールになるのを待って、売り切れるってのを繰り返しているんだ。あれ、そもそも三十万ってどうやって貰えるんだ? 振り込みなら支払いは翌月末? それとも志貴から手渡されるのか? 友人から現金で三十万円を手渡されるのってなんか変な気分になるな。いやまあ何もやましいことはしていないし、俺が正当に働いて正当に得た金であるから俺がやましさを覚える必要なんて微塵もないんだが、それはそれとして端から見たときにどうなんだっていう……あれ、なんだ?」
ズボンの尻ポケットに入れていた携帯が震えていることに気が付く。電車移動をするからとマナーモードにしてしまっていた携帯を取り出すと、志貴からの着信。
乗る予定の電車が来るのは今から五分後であるため、画面をスワイプして通話を開始した。
「もしもし、瑞穂くん?」
「おー、はいはい」
「起源調査は無事に終わったみたいだね。荷物持ち兼お手伝いさん、ご苦労様」
「労うためにわざわざ電話をかけてきたのか? ありがとうな」
「それもそうなんだけど、お給料のことについて話しておこうと思って」
ちょうど考え続けていた話題を提示されて、心臓が跳ねる。電話のタイミングといい、まさか大和さんの荷物に盗聴器の類いが仕込まれているのではないかと、一瞬疑った。
「さすがの僕も盗聴器は使わないよ。兄さんには自由でいてほしいからね」
「思考を読むな」
友人が文明の利器に頼るストーカーではなく、超能力を扱えるタイプのストーカーであることに恐れおののきながらも、勝手に話を進める志貴の声に大人しく耳を傾ける。
「すぐにお金が必要かなと思って、さっき瑞穂くんの銀行口座に振り込んでおいたよ。契約上は三日間の拘束だから、十万かける三日で三十万円だね」
改めてはっきりと告げられた三十万円の言葉に心が躍り、志貴に教えた覚えのない銀行口座を知られている違和感は消え去る。その場で小躍りを始めてしまいそうな俺だったが、その幸福は長くは保たなかった。
「……で、ここから往復の交通費と穂積さんへの宿泊費代わりのお菓子詰め合わせ購入費と送料。あと、一日目に兄さんが熱中症で倒れたことは、『兄さんが不便のないよう存分に努める』という契約内容に違反しているから、出発前に言った通り、治療費は瑞穂くんのお給料から補填するから……」
「お、おい待て、志貴」
「諸々差し引いて、合計三万円。振り込んでおいたよ」
一方的に言うだけ言って、志貴は通話を切った。無情にも一定の長さで鳴り響く機械音。
さんまんえん? 三万円って、じゃあ一日一万円だったのか?
あんなに恐ろしい案山子たちに囲まれて、暑い中大和さんを背負って、祭りの準備をして、あわや火事に巻き込まれるところだったかもしれなかったのに、日給一万円?
それすらも、スキマバイトをコツコツやったとしても稼ぐのに五日はかかる金額なので、あまりおおっぴろげに文句が言えないところがまた憎い。いっそタダと言われれば、労基に駆け込むこともできたのに。
「さよなら、俺の二十七万円。……もうヤダ」
がっくりと肩を落とす俺などお構いなしに、電車がホームに滑り込む。俺の隣に立っていた大和さんはホームに響き渡るアナウンスだけを頼りに、手に持った分厚い本から両目を離すことなく、ふらふら、ふらふらとおぼつかない足取りで電車に近寄る。
そんな彼の姿に、俺は大きくため息を吐いた。
「これ以上、給料減らされてたまるか」
俺はまた大和さんの真後ろに貼り付いて、彼の両肩をつつきながら、あっちへこっちへと誘導するのであった。
ガラスを隔てた向こう側に広がるそれらの景色を眺めながら、俺の頭は三十万円の文字であふれかえっていた。
俺たちのほかに乗客のいない、ワンマン運転の電車に揺られながら、三十万円の使い道を考える。当初の予定であった七十万円よりはだいぶ減ったが、それでも時給千数百円のスキマバイトをちまちまやり進めるよりも、よっぽど一気に大金が入る事実に、気を抜くと頬が緩んでしまう。
ワンマン運転の電車を降り、自動改札を抜けて、それなりに人がいるホームで乗り換えの電車を待つ間も、俺の頭から三十万円が消えることはなかった。
「久しぶりにスーパーで値引きされていない揚げ物でも買って帰ろうかな。あと、ファミリーパックのバニラアイスも、これからの時期は必要になるはずだから買うとして、扇風機ももうちょっと風力が強いやつを見てみるか。千重とテーマパークに行ったら、千重が行きたがっていたレストランに連れて行ってやって、兄の威厳を見せつけよう。あと、気になっていた服も、セールを待たずに買ってもいいかな。俺はいつもセールになるのを待って、売り切れるってのを繰り返しているんだ。あれ、そもそも三十万ってどうやって貰えるんだ? 振り込みなら支払いは翌月末? それとも志貴から手渡されるのか? 友人から現金で三十万円を手渡されるのってなんか変な気分になるな。いやまあ何もやましいことはしていないし、俺が正当に働いて正当に得た金であるから俺がやましさを覚える必要なんて微塵もないんだが、それはそれとして端から見たときにどうなんだっていう……あれ、なんだ?」
ズボンの尻ポケットに入れていた携帯が震えていることに気が付く。電車移動をするからとマナーモードにしてしまっていた携帯を取り出すと、志貴からの着信。
乗る予定の電車が来るのは今から五分後であるため、画面をスワイプして通話を開始した。
「もしもし、瑞穂くん?」
「おー、はいはい」
「起源調査は無事に終わったみたいだね。荷物持ち兼お手伝いさん、ご苦労様」
「労うためにわざわざ電話をかけてきたのか? ありがとうな」
「それもそうなんだけど、お給料のことについて話しておこうと思って」
ちょうど考え続けていた話題を提示されて、心臓が跳ねる。電話のタイミングといい、まさか大和さんの荷物に盗聴器の類いが仕込まれているのではないかと、一瞬疑った。
「さすがの僕も盗聴器は使わないよ。兄さんには自由でいてほしいからね」
「思考を読むな」
友人が文明の利器に頼るストーカーではなく、超能力を扱えるタイプのストーカーであることに恐れおののきながらも、勝手に話を進める志貴の声に大人しく耳を傾ける。
「すぐにお金が必要かなと思って、さっき瑞穂くんの銀行口座に振り込んでおいたよ。契約上は三日間の拘束だから、十万かける三日で三十万円だね」
改めてはっきりと告げられた三十万円の言葉に心が躍り、志貴に教えた覚えのない銀行口座を知られている違和感は消え去る。その場で小躍りを始めてしまいそうな俺だったが、その幸福は長くは保たなかった。
「……で、ここから往復の交通費と穂積さんへの宿泊費代わりのお菓子詰め合わせ購入費と送料。あと、一日目に兄さんが熱中症で倒れたことは、『兄さんが不便のないよう存分に努める』という契約内容に違反しているから、出発前に言った通り、治療費は瑞穂くんのお給料から補填するから……」
「お、おい待て、志貴」
「諸々差し引いて、合計三万円。振り込んでおいたよ」
一方的に言うだけ言って、志貴は通話を切った。無情にも一定の長さで鳴り響く機械音。
さんまんえん? 三万円って、じゃあ一日一万円だったのか?
あんなに恐ろしい案山子たちに囲まれて、暑い中大和さんを背負って、祭りの準備をして、あわや火事に巻き込まれるところだったかもしれなかったのに、日給一万円?
それすらも、スキマバイトをコツコツやったとしても稼ぐのに五日はかかる金額なので、あまりおおっぴろげに文句が言えないところがまた憎い。いっそタダと言われれば、労基に駆け込むこともできたのに。
「さよなら、俺の二十七万円。……もうヤダ」
がっくりと肩を落とす俺などお構いなしに、電車がホームに滑り込む。俺の隣に立っていた大和さんはホームに響き渡るアナウンスだけを頼りに、手に持った分厚い本から両目を離すことなく、ふらふら、ふらふらとおぼつかない足取りで電車に近寄る。
そんな彼の姿に、俺は大きくため息を吐いた。
「これ以上、給料減らされてたまるか」
俺はまた大和さんの真後ろに貼り付いて、彼の両肩をつつきながら、あっちへこっちへと誘導するのであった。
