「……どうして、ここにいるの」
「お前の帰りを待っていたんだ」
朔が鳴子家へ帰ると、誰もいないはずの縁側に人影が二つ。彼は玄関を開けないまま縁側へ回り込み、影の前で立ち止まった。
「おかえり、朔」
人影のひとつ、公英は、その側で眠るもうひとつの人影である六花の頭を柔く撫でていた手を止めて、自分の目の前に佇む朔を見上げた。
「お前がやろうとしていたことや、お前の父さんがやったことが、全て正しいなんて俺は思わない。でも、一番悔しいのは。一番、怒っているのは。お前が俺たちに何も話さなかったことだ」
脈絡無く話す公英を、朔は決して咎めなかった。代わりに、まるで神の使いに懺悔でもするようにか細い声で、心情を吐露した。
「父さんは死ぬ前、俺に『自分が全てを終わらせるから』って言ったんだ。そしてその後にこうも言った。『でも、もしも三年後。まだ終わっていなかったら、その時は』……」
朔は、過去の父を反芻する。まだ十八歳だった己の前に膝を突いた父である鳴子望は、この世で一番愛した女性が愛した子どもを、ただ守り抜きたいだけであったと気付いたのは、つい最近のことだった。鳴子朔は、壊すことでしか守る方法を思いつけなかった男の子どもだった。
「『その時は、お前が二人を守るんだ』って。僕は託された。父さんと、撓さんと、公英のお母さんから。二人が何者にも壊されることなく生きることができる未来への祈りを、託されたんだよ」
父親が死んでからの三年間、朔の心にはただ「二人を守る」という想いのみが存在していた。それが幸福なことだったのか、不幸なことだったのかは、今となっては誰にもわからない。
「一度はこんなこと馬鹿馬鹿しいって、全部やめようって思ったこともある。六花と公英にすべてを話して、三人でこんな村出て行ってやろうって」
父が死んですぐの頃は、悪しき風習の残る穂積の家から離れさえすれば、幸せになれると思っていた。しかし、彼の決意が揺らいでいたのも束の間、村長が暴挙を止めることはなかった。
「でも、一年前。公英が穂積家に婿入りするって、六花がこの縁側で教えてくれたんだ。おめでたいことなはずなのに、どこか泣き出しそうな顔をした六花からその話を聞いたとき、僕の心を占めたのは祝福でも絶望でもなかった」
朔は、月夜に照らされた六花の寝顔を見下ろす。穏やかに眠るこの子と、その隣で悔しげに顔を歪めた公英は、朔が自分の人生を投げ捨ててでも、守りたいものだった。
「『まだ諦めてなかったんだ』と思った。その言葉だけが、脳と、心臓を、ぐるぐる駆け巡ったよ。そうしたらやっぱり、全てを消しきらないといけないと思えたんだ」
「俺たちは」
たまらずと言ったように、公英が朔の言葉を遮る。
「俺と六花は、お前に守ってほしいだなんて思ったことはない。今も、昔も」
「……じゃあ、僕はどうすればよかったの。どうすれば、二人を、二人を……」
「一緒に逃げよう、朔」
朔の悲痛な叫びをかき消すように、公英は告げる。
「六花と、俺と、朔で。三人で一緒に、ここから逃げよう」
それは本来、鳴子朔が全てを知ったその瞬間に、穂積六花と蒲公英に言うべき言葉だった。朔の右手は復讐に塗れた案山子を作り上げるためではなく、六花と公英に差し出すために使われるべきであった。
かつて朔が伸ばせなかった右手が今、己を力強く見つめる公英から差し出されている。
朔は、自身の震える右手を伸ばす。その手首で、月光を反射して淡く光る、三つ葉のチャームが揺れていた。
「お前の帰りを待っていたんだ」
朔が鳴子家へ帰ると、誰もいないはずの縁側に人影が二つ。彼は玄関を開けないまま縁側へ回り込み、影の前で立ち止まった。
「おかえり、朔」
人影のひとつ、公英は、その側で眠るもうひとつの人影である六花の頭を柔く撫でていた手を止めて、自分の目の前に佇む朔を見上げた。
「お前がやろうとしていたことや、お前の父さんがやったことが、全て正しいなんて俺は思わない。でも、一番悔しいのは。一番、怒っているのは。お前が俺たちに何も話さなかったことだ」
脈絡無く話す公英を、朔は決して咎めなかった。代わりに、まるで神の使いに懺悔でもするようにか細い声で、心情を吐露した。
「父さんは死ぬ前、俺に『自分が全てを終わらせるから』って言ったんだ。そしてその後にこうも言った。『でも、もしも三年後。まだ終わっていなかったら、その時は』……」
朔は、過去の父を反芻する。まだ十八歳だった己の前に膝を突いた父である鳴子望は、この世で一番愛した女性が愛した子どもを、ただ守り抜きたいだけであったと気付いたのは、つい最近のことだった。鳴子朔は、壊すことでしか守る方法を思いつけなかった男の子どもだった。
「『その時は、お前が二人を守るんだ』って。僕は託された。父さんと、撓さんと、公英のお母さんから。二人が何者にも壊されることなく生きることができる未来への祈りを、託されたんだよ」
父親が死んでからの三年間、朔の心にはただ「二人を守る」という想いのみが存在していた。それが幸福なことだったのか、不幸なことだったのかは、今となっては誰にもわからない。
「一度はこんなこと馬鹿馬鹿しいって、全部やめようって思ったこともある。六花と公英にすべてを話して、三人でこんな村出て行ってやろうって」
父が死んですぐの頃は、悪しき風習の残る穂積の家から離れさえすれば、幸せになれると思っていた。しかし、彼の決意が揺らいでいたのも束の間、村長が暴挙を止めることはなかった。
「でも、一年前。公英が穂積家に婿入りするって、六花がこの縁側で教えてくれたんだ。おめでたいことなはずなのに、どこか泣き出しそうな顔をした六花からその話を聞いたとき、僕の心を占めたのは祝福でも絶望でもなかった」
朔は、月夜に照らされた六花の寝顔を見下ろす。穏やかに眠るこの子と、その隣で悔しげに顔を歪めた公英は、朔が自分の人生を投げ捨ててでも、守りたいものだった。
「『まだ諦めてなかったんだ』と思った。その言葉だけが、脳と、心臓を、ぐるぐる駆け巡ったよ。そうしたらやっぱり、全てを消しきらないといけないと思えたんだ」
「俺たちは」
たまらずと言ったように、公英が朔の言葉を遮る。
「俺と六花は、お前に守ってほしいだなんて思ったことはない。今も、昔も」
「……じゃあ、僕はどうすればよかったの。どうすれば、二人を、二人を……」
「一緒に逃げよう、朔」
朔の悲痛な叫びをかき消すように、公英は告げる。
「六花と、俺と、朔で。三人で一緒に、ここから逃げよう」
それは本来、鳴子朔が全てを知ったその瞬間に、穂積六花と蒲公英に言うべき言葉だった。朔の右手は復讐に塗れた案山子を作り上げるためではなく、六花と公英に差し出すために使われるべきであった。
かつて朔が伸ばせなかった右手が今、己を力強く見つめる公英から差し出されている。
朔は、自身の震える右手を伸ばす。その手首で、月光を反射して淡く光る、三つ葉のチャームが揺れていた。
