祈りの先の物語

 雲ひとつない青い空。肌を焦がす太陽の光。
 その次に考えられるのは、煌めく海や透明な川、もしくは緑が生い茂る爽やかな山中。それとも、扇風機の作る風に煽られた風鈴が音を立てる縁側だろうか。生を謳歌する蝉の大合唱。冷えたスイカ。汗をかいた麦茶のグラス。溶けたアイスと飛んでいく麦わら帽子。白いワンピースを着たあの子。
 残念ながら、どれも大不正解だ。
 雲ひとつない青い空の下、肌を焦がす太陽の光に照らされて、滝のような汗をかく俺の目の前にあるものは、腕はひしゃげて顔はただれ、カラスよりも人間をよけるオブジェと化した──案山子、カカシ、かかし。

 大量の案山子である。

「もうヤダ……」
 思わず弱音をこぼす俺をあざ笑うようにカラスの鳴き声が頭上で響く。チクショウ、お前はこのたくさんの屍、もとい、案山子を見てもなんとも思わないのか。思わないんだろうな、だって所詮カラスなんだから。
「案山子って本来はカラスとか、あとここにいるのかわかんないけどイノシシとかさ、そういう畑を荒らす鳥や獣なんかが近寄らないようにって、それ目的で作られて立てられるんでしょ。立てられるって言ってもそれは畑とかにであって、決して村の入口に歓迎するみたいに置かれることってないはずだし、そもそも歓迎にしては数が多すぎるし、見た目も怖すぎるし、動物よけどころか人がよけるよ、こんなの。だいたい案山子って子どもの頃にやってた本当にあった系のホラービデオで子どもを攫う描写を見てから、若干トラウマなんだよな。え、というか待って、今あの案山子目ぇ動かなかった? 動いてましたよね? よし、帰ろう」
「案山子とは一般的に作物を荒らす鳥獣を防ぐための人形を指すが、転じて、『見せかけばかりで役に立たない人間』の意にも用いられる。おや。ちょうど、図体ばかりよくて禄に荷物持ちとしても機能しない、キミのような人間にぴったりだね。今日からキミを『案山子』と呼ぼうか」
 踵を返した俺の背中に、嫌味のように涼しげな声がのしかかる。うんざりしながら仕方なく振り向けば、声の主はこちらを見る素振りも見せずに、よりにもよって一番汚れと損傷の激しい案山子の顔を、人差し指でつついている。真夏だというのに暑苦しい黒一色の長袖から伸びるその手は、まるで一度も外の世界に出たことがないような白さをしていて、こういうのを「白魚のような手」と表現するのだろうなと思った。
 このまま放っていたら、地図上に名前のなかったこの村の奥へと手ぶらで踏み込んでしまいそうな雰囲気を漂わせる彼に、俺はひとつ、大きなため息を吐いた。肺の空気をすべて捻り出したくらい、それは大きなものを。
「わかりました。大人しく荷物持ちしますんで、頼むからその色々ヤバそうな案山子から手を離してください。あんたに何かあったら俺、志貴(しき)に給料減らされるんで。……聞いてますか? ねえちょっと、あっおい勝手に行くなってこら、ちょっともう──大和(やまと)さん!」
 こうして俺は、この全身真っ黒な不健康男、大和優希(まさき)の荷物持ちとして彼の趣味である「起源調査」に付き合わされる羽目となった。
 悲しいかな、とにかく金のない苦学生にとって、日給十万円のアルバイトを断るという術はない。今にして思えば、この日給はいわゆる闇バイトに該当するのだろう。
 三ヶ月前の己に会えたら言ってやりたい。「志貴の言葉は信じるな」、と。