隣の席は特等席

 翌朝、緊張しながら教室に入る。
 九条くんはまだいない。
 席に着いて深呼吸した。
 緊張で滲む手のひらの汗を拭う。

「おはよ」

 九条くんが隣に腰掛けながら、挨拶をしてくれた。

「おはよう。あのさ、今日の放課後って時間ある?」

 九条くんの顔を見る勇気がなくて、俯きながら話しかけた。
 バクバクと鳴る心音を抑えるように、胸をギュッと押さえる。

「あるよ」
「話を聞いて欲しいんだ」
「いいよ。うちに来る?」

 優しい声音に、僕はゆっくりと顔を上げる。
 目が合うと、九条くんはホッとしたように微笑んだ。
 最近はこんな顔を見ていなかった。
 僕が九条くんと目を合わせられなかったせいだ。
 やっぱり好きだな、と再確認して見惚れる。
 予鈴が鳴って我に返り、「行きたい」と返事をした。




 放課後になり、九条くんと一緒に教室を出る時、松尾と目が合った。松尾は真剣な表情で大きく頷く。
 応援されているようで、僕も頷き返した。

「なにしてんの?」

 振り返る九条くんに駆け寄った。

「遅くてごめん」
「いや、俺、歩くの速かったか?」
「ちょうどいいよ」

 並んで歩いて駅に向かい、電車に乗って九条くんの家に向かう。
 九条くんの家は駅から歩いて五分ほどのところにある一軒家。
 九条くんが鍵を開けて「どうぞ」と玄関に手を向ける。

「おじゃまします」

 僕はドキドキしながら声をかけた。
 九条くんの家に来ちゃったけど、僕の家の方が落ち着いて話せたかもしれない。
 九条くんが扉を閉めた。
 すぐ後ろに九条くんがいて、心音が加速する。
 慌てて靴を脱いだ。

「俺の部屋、二階の一番奥の部屋だから、先に行ってて。飲み物取ってくる」

 九条くんはキッチンに向かい、僕は足音を立てないように二階に上がる。
 大きく深呼吸をして、一番奥の部屋を開けた。
 ベッドと学習デスクと本棚があり、整理整頓された部屋だった。
 いつも九条くんはここで生活してるんだ。
 緊張が増す。
 ガチャリと扉の開く音で体を跳ねさせた。

「なんで立ってんの? 好きなところに座ってればいいのに」

 九条くんは学習デスクにお茶を置いた。

「座ったら?」
「あっ、うん」

 ベッドを背もたれにして座る九条くんが隣を指すから、僕はそこに腰掛けた。

「それで話って?」

 九条くんが眉を下げる。
 僕は話をしたいのに、緊張で喉がカラカラ。

「ごめんね、お茶をもらってもいい?」
「ああ、気にせず飲めよ」

 グラスに入ったお茶を一気に飲み干した。
 口の中が潤い、大きく息を吸って口を開く。

「松尾に聞いたんだ。僕がよそよそしいって九条くんが気にしていること」
「俺が気付かないうちに、中村の嫌がることしたんだよな? 嫌な時ははっきり言って欲しい。中村に遠慮されたくないって言ったろ?」
「違うよ! 九条くんはなにもしてない。僕のせいなんだ」
「中村のせい?」

 九条くんは眉間を狭めて、首を捻った。
 足の上でキツく握った、拳は震えている。
 言わなきゃ、と思っているのに言葉が出てこない。
 僕の手を九条くんの大きな手が覆う。

「言いたくないことなら、無理に言わなくていい」

 九条くんの温かい手と心遣いに、自然と言葉が溢れた。

「僕は九条くんが好き」

 九条くんは目を丸くする。
 もう取り消せない。
 僕は奥歯を噛み締めて、九条くんをじっと見つめる。

「どんどん九条くんに惹かれていって、ドキドキしすぎて変な態度になってたんだ」

 九条くんの手が離れていき、寂しさを感じた。
 だけどすぐに僕の背に、九条くんの腕が回って抱きしめられる。
 九条くんの温もりに、胸が締め付けられる。

「よかった。嫌われたんじゃなくて」

 首元に熱い吐息がかかり、僕は全身を熱くして硬直する。

「俺も中村が好き。なあ、中村も俺の背中に腕を回してよ」

 僕はおずおずと九条くんに抱きついた。
 頭の中で九条くんの言葉が何度も再生される。
 九条くんが僕を好き?
 体から力が抜けていくが、ギュッと抱きしめられているから倒れることはなかった。

「中村と隣の席になれて良かった」
「うん、僕もそう思う」

 隣の席にならなければ、今も九条くんのことをクールなかっこいいクラスメイトと思っていただろう。
 本当は優しくて、気遣い屋で、柔らかい表情で笑って、体温が高めだってことも知らなかった。
 体が離れる。

「嫌だったら、怒っていいから」

 唇に吐息が触れる。
 頬に手を添えられて、唇が重なった。
 すぐに離れて、また触れる。
 チュッチュと可愛らしい音が響き、何度もキスをされる。
 僕は九条くんのシャツをキツく掴んだ。
 温かくて柔らかくて、幸せな感触だった。
 もっとしたいのに、九条くんの顔が離れていく。
 目を開けると、すごく優しい瞳で僕を見ていた。名残惜しい気持ちからか、九条くんの唇を無意識に目で追っていた。

「こっちに来て」

 ベッドに腰掛けた九条くんに手を引かれる。
 僕の膝がベッドに乗ると、ギシリと軋んだ。
 背中を支えられてベッドに押し倒される。
 九条くんに見下ろされて、僕は瞬きを繰り返す。
 九条くんの指が僕のシャツのボタンを一つ外した。
 咄嗟に九条くんの手を掴む。

「えっと、あの……」

 狼狽える僕に、九条くんは柔らかく笑って隣に寝転がる。
 頭を何度も撫でられた。

「あの、ごめんなさい」

 キスだけでも幸せでいっぱいなのに、それ以上になりそうな雰囲気に怖気付いてしまった。

「嫌なら怒っていいって言ったじゃん。俺は中村に遠慮されたくないとも伝えてる」
「嫌じゃないよ」

 今日は無理でも、いつかはしてみたい。九条くんのことが好きだから。

「あの、お願い聞いてもらっていい?」
「ああ、なんでも言って」

 僕は勇気を振り絞って、九条くんの手に自分の手を重ねる。九条くんは指を絡めるように握ってくれた。

「またキスがしたい。すごく幸せだったから」

 恥ずかしくて蚊の鳴くような声で告げると、九条くんが破顔した。
 こんなとびっきりの笑顔は初めて見た。僕がこの顔をさせたのだと思うと、心は光で満たされる。

「俺もしたい」

 抱きしめ合ったまま、キスに没頭した。
 長い時間触れ合い、どんなにキスをしても飽きない。

「九条くん」
「ん?」

 唇が離れたタイミングで名前を呼ぶと、九条くんが続きを促すように目を細める。
 口を尖らせて、今度は僕からキスをした。
 九条くんは嬉しそうに微笑んで、僕はもう一度唇を重ねる。

「九条くんが好き」

 九条くんからもキスをされる。

「俺も中村が好きだ」

 今度は二人一緒に唇を触れ合わせた。