週が明けて月曜日。
登校すると、九条くんはすでに席に着いていた。僕が「おはよう」と声をかけると、「おはよう」と目を細める。
授業の合間の休み時間になると、また女子たちが集まってきた。
「中山くん、席貸して」
僕が腰を浮かせると、九条くんに腕を掴まれた。僕は中腰の姿勢で固まる。
「自分の席なんだから、貸すことない。あとさ、こいつは中村だから」
九条くんに手を引かれて、僕は腰を下ろす。
みんなは申し訳なさそうに「ごめんね」と謝ってくれたけれど、僕は「気にしないで」と首を振った。
九条くんが僕のために言ってくれたことで、にやけそうになる顔を奥歯に力を込めて耐えた。
その後女子たちは九条くんに恋人のことを矢継ぎ早に質問するが、九条くんは気怠そうに目を閉じて耳を傾けない。
女子たちが諦めずに食い下がっても、九条くんは一言も発しないまま休み時間が終わった。
なんで話さないんだろ?
話すために、土曜日は出かけたのに。
昼休み、九条くんと松尾と中庭の端でお弁当を広げる。
お弁当を食べながら、僕は九条くんに「どうして話さないの?」と聞いた。
松尾が不思議そうに「なんの話?」と首を傾けるから、僕は九条くんと出かけた経緯をかいつまんで話す。
「九条くん、話した方が信憑性が増すし、完全に諦めてくれるんじゃない?」
松尾の言葉に、九条くんは眉間にシワを寄せた。そして、一度深く息を吸い込むと、真っ直ぐ僕の目を見つめる。
「最初はそのつもりで出かけたけど、俺は中村との思い出を他人に話したくないって思った」
静かだけれど、はっきりとした声が響く。
九条くんの視線に耐えられなくて、顔を横に向けると、目をパチクリしている松尾と目がかち合った。
松尾はすぐにへらりと笑う。
「あっ、俺、彼女と約束してるんだった。てへへ、いっけねー」
松尾は拳で頭をコツンとして舌を出す。
「彼女? いつの間にできたの?」
松尾なら彼女ができたら、嬉しすぎて黙っていられないと思うんだけど。
「イマジナリー彼女だよ。言わせんな、悲しくなるから」
松尾は立ち上がると、片手を上げて「じゃあな、二人はゆっくりしてろよ」と走っていく。
イマジナリー彼女なら、ここでもいいんじゃないの?
僕は松尾の背を目で追いかけた。
「松尾はいいやつだな」
九条くんも松尾が向かった方へ顔を向けていて、すごく優しい声で言った。
「うん、……そうだよ」
松尾はいいやつだってことは分かっている。でも九条くんが言うのは嫌だな、と心の奥がモヤモヤと澱んでいく。
松尾に嫉妬している。不快感に胸をさすった。嫌だな、友達にこんな感情を抱くなんて。
僕は食べかけのお弁当を口に含んだ。
九条くんが話しかけてくれるけれど、相槌を打ちながら聞くのに徹する。上手く笑えているといいけれど。
火曜日の朝、駅から学校に向かって歩いていると、肩をトントンと叩かれた。
振り返ると九条くんがいて、「おはよ」と微かに口角を上げる。
「あっ、おはよう」
教室に入る前に会うとは思っておらず、驚きすぎて胸は騒がしく鳴るし、僕の声は裏返る。
僕の過剰な反応に、九条くんは目を丸くした。
「大丈夫か?」
「うん、びっくりしただけ」
「驚かせて悪かった」
「ううん、気にしないで」
僕は手と首を振る。
九条くんが口元を緩めると、胸がキューと締め付けられる。顔に熱が集まって、僕は俯きながら歩いた。
いつもより少し早く会えてすごく嬉しいのに、照れや緊張で九条くんの顔が見れない。
昨日よりも今日の方が、九条くんへの気持ちが大きくなっている。
会話はなくても歩幅を合わせてくれて、並んで歩いているだけで幸福感で満たされる。でもそれを伝えたらこの時間がなくなってしまうかもしれないと思うと、僕は黙って歩くことしかできなかった。
一緒に教室に入って、隣の席に座る。
「数学の宿題見せてくれねーか? 自信のないところがあるから」
「いいけど、僕も合ってるかわからないよ」
僕たちはノートを寄せて、お互いの解答を確かめる。
「一緒だね」
「でも中村の方が、解き方が丁寧だな」
九条くんの計算は、途中式が省略されているものが多い。
「僕は全部書かないと、後で見た時にどうやって解いたかわからなくなりそうで」
九条くんに目を向けると、寄せたノートを覗き込んでいるから、顔が意外と近くてすぐにノートへ視線を落とした。
せっかく普通に話せていたのに、九条くんのことを意識すると全然平静でいられない。
「中村と同じ解答だったから自信がでた」
「九条くんって、僕のことを頭いいと思ってる? 僕はそんなにできるほうじゃないよ」
定期テストは大体真ん中くらいだ。
「すげー綺麗なノートだから、勉強できるのかと思ってた」
褒められてくすぐったい。僕は俯きながら緩む顔を手で隠した。
一週間が経ち、九条くんへの気持ちはどんどん育っていき、僕は九条くんと二人だと挙動不審になってしまう。
話しかけられるとソワソワするし、少しでも触れると体が強張る。
松尾と三人だと、二人のことが気になってしまって、後で自己嫌悪して落ち込む。
松尾と二人だと自然体でいられるのに。
放課後、松尾に「一緒に帰ろう」と誘われた。
寄り道しようと、近くのファミレスに入る。
注文すると、松尾は心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あのさ、九条くんとなんかあった?」
「えっ? ……なんで?」
僕の声は掠れる。
松尾は視線を彷徨わせてから、意を決したように口を開いた。
「九条くんが、『中村がよそよそしい。なにかしたんじゃないか』って俺に聞いてきたんだよ」
僕の態度で九条くんに気を使わせてしまった。九条くんは人の気持ちに敏感だから、人を遠ざけて孤独を抱えていたのに。それを知っていながら、僕は九条くんを悩ませてしまった。
「違うんだ。九条くんはなにもしてないよ。……これは僕のせい」
「俺が聞いて、九条くんに伝えようか?」
松尾は僕と九条くんの仲がこじれないように、間に入ってくれようとしている。でも伝えるなら、自分で伝えなければいけない。
「九条くんには僕が伝えるけど、話は聞いてくれる」
「ああ、もちろん」
松尾が頷くと「お待たせしました」と明るい声と共にポテトが置かれた。
僕はポテトを食べながら、一週間前の昼休みに松尾がいなくなった後のことを話した。松尾はポテトを食べながら、僕の話に耳を傾ける。
「……俺が気を利かせて離れたことで、こじれてんの?」
最後まで聞くと、松尾は頭を押さえて大きく息を吐いた。
「ごめん。松尾は悪くないよ。僕のせい。僕が九条くんを好きになって、松尾にヤキモチ妬いたから」
「俺と九条くんはないって。意味わからんヤキモチ妬くだけ、時間の無駄」
松尾がキッパリと否定するから、僕は「ごめん」ともう一度告げた。
「九条くんに本当のことを言った方がいいんじゃないの?」
「でも、そうしたら友達でいられなくなっちゃう」
僕の尻すぼみになった言葉に、松尾は大きく息を吐いた。
「友達でいたいなら、今まで通り接しなきゃな。九条くんは中村に何かしたんじゃないかって不安がっていた。好きな相手をそんな気持ちにさせていいのか?」
僕は無言で首を振った。
「……謝って、理由を伝えるよ」
「何事もなかったように友達として元に戻られるより、理由を話した方が納得してくれるだろうよ」
松尾は最後のポテトを口に放り込むと「帰ろうぜ」と立ち上がる。
話を聞いてもらえて心が軽くなった。
理由を話すのだから、これまでのような友達ではいられない。
でもきちんと伝えないと。それが九条くんに対しての誠意だ。
登校すると、九条くんはすでに席に着いていた。僕が「おはよう」と声をかけると、「おはよう」と目を細める。
授業の合間の休み時間になると、また女子たちが集まってきた。
「中山くん、席貸して」
僕が腰を浮かせると、九条くんに腕を掴まれた。僕は中腰の姿勢で固まる。
「自分の席なんだから、貸すことない。あとさ、こいつは中村だから」
九条くんに手を引かれて、僕は腰を下ろす。
みんなは申し訳なさそうに「ごめんね」と謝ってくれたけれど、僕は「気にしないで」と首を振った。
九条くんが僕のために言ってくれたことで、にやけそうになる顔を奥歯に力を込めて耐えた。
その後女子たちは九条くんに恋人のことを矢継ぎ早に質問するが、九条くんは気怠そうに目を閉じて耳を傾けない。
女子たちが諦めずに食い下がっても、九条くんは一言も発しないまま休み時間が終わった。
なんで話さないんだろ?
話すために、土曜日は出かけたのに。
昼休み、九条くんと松尾と中庭の端でお弁当を広げる。
お弁当を食べながら、僕は九条くんに「どうして話さないの?」と聞いた。
松尾が不思議そうに「なんの話?」と首を傾けるから、僕は九条くんと出かけた経緯をかいつまんで話す。
「九条くん、話した方が信憑性が増すし、完全に諦めてくれるんじゃない?」
松尾の言葉に、九条くんは眉間にシワを寄せた。そして、一度深く息を吸い込むと、真っ直ぐ僕の目を見つめる。
「最初はそのつもりで出かけたけど、俺は中村との思い出を他人に話したくないって思った」
静かだけれど、はっきりとした声が響く。
九条くんの視線に耐えられなくて、顔を横に向けると、目をパチクリしている松尾と目がかち合った。
松尾はすぐにへらりと笑う。
「あっ、俺、彼女と約束してるんだった。てへへ、いっけねー」
松尾は拳で頭をコツンとして舌を出す。
「彼女? いつの間にできたの?」
松尾なら彼女ができたら、嬉しすぎて黙っていられないと思うんだけど。
「イマジナリー彼女だよ。言わせんな、悲しくなるから」
松尾は立ち上がると、片手を上げて「じゃあな、二人はゆっくりしてろよ」と走っていく。
イマジナリー彼女なら、ここでもいいんじゃないの?
僕は松尾の背を目で追いかけた。
「松尾はいいやつだな」
九条くんも松尾が向かった方へ顔を向けていて、すごく優しい声で言った。
「うん、……そうだよ」
松尾はいいやつだってことは分かっている。でも九条くんが言うのは嫌だな、と心の奥がモヤモヤと澱んでいく。
松尾に嫉妬している。不快感に胸をさすった。嫌だな、友達にこんな感情を抱くなんて。
僕は食べかけのお弁当を口に含んだ。
九条くんが話しかけてくれるけれど、相槌を打ちながら聞くのに徹する。上手く笑えているといいけれど。
火曜日の朝、駅から学校に向かって歩いていると、肩をトントンと叩かれた。
振り返ると九条くんがいて、「おはよ」と微かに口角を上げる。
「あっ、おはよう」
教室に入る前に会うとは思っておらず、驚きすぎて胸は騒がしく鳴るし、僕の声は裏返る。
僕の過剰な反応に、九条くんは目を丸くした。
「大丈夫か?」
「うん、びっくりしただけ」
「驚かせて悪かった」
「ううん、気にしないで」
僕は手と首を振る。
九条くんが口元を緩めると、胸がキューと締め付けられる。顔に熱が集まって、僕は俯きながら歩いた。
いつもより少し早く会えてすごく嬉しいのに、照れや緊張で九条くんの顔が見れない。
昨日よりも今日の方が、九条くんへの気持ちが大きくなっている。
会話はなくても歩幅を合わせてくれて、並んで歩いているだけで幸福感で満たされる。でもそれを伝えたらこの時間がなくなってしまうかもしれないと思うと、僕は黙って歩くことしかできなかった。
一緒に教室に入って、隣の席に座る。
「数学の宿題見せてくれねーか? 自信のないところがあるから」
「いいけど、僕も合ってるかわからないよ」
僕たちはノートを寄せて、お互いの解答を確かめる。
「一緒だね」
「でも中村の方が、解き方が丁寧だな」
九条くんの計算は、途中式が省略されているものが多い。
「僕は全部書かないと、後で見た時にどうやって解いたかわからなくなりそうで」
九条くんに目を向けると、寄せたノートを覗き込んでいるから、顔が意外と近くてすぐにノートへ視線を落とした。
せっかく普通に話せていたのに、九条くんのことを意識すると全然平静でいられない。
「中村と同じ解答だったから自信がでた」
「九条くんって、僕のことを頭いいと思ってる? 僕はそんなにできるほうじゃないよ」
定期テストは大体真ん中くらいだ。
「すげー綺麗なノートだから、勉強できるのかと思ってた」
褒められてくすぐったい。僕は俯きながら緩む顔を手で隠した。
一週間が経ち、九条くんへの気持ちはどんどん育っていき、僕は九条くんと二人だと挙動不審になってしまう。
話しかけられるとソワソワするし、少しでも触れると体が強張る。
松尾と三人だと、二人のことが気になってしまって、後で自己嫌悪して落ち込む。
松尾と二人だと自然体でいられるのに。
放課後、松尾に「一緒に帰ろう」と誘われた。
寄り道しようと、近くのファミレスに入る。
注文すると、松尾は心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あのさ、九条くんとなんかあった?」
「えっ? ……なんで?」
僕の声は掠れる。
松尾は視線を彷徨わせてから、意を決したように口を開いた。
「九条くんが、『中村がよそよそしい。なにかしたんじゃないか』って俺に聞いてきたんだよ」
僕の態度で九条くんに気を使わせてしまった。九条くんは人の気持ちに敏感だから、人を遠ざけて孤独を抱えていたのに。それを知っていながら、僕は九条くんを悩ませてしまった。
「違うんだ。九条くんはなにもしてないよ。……これは僕のせい」
「俺が聞いて、九条くんに伝えようか?」
松尾は僕と九条くんの仲がこじれないように、間に入ってくれようとしている。でも伝えるなら、自分で伝えなければいけない。
「九条くんには僕が伝えるけど、話は聞いてくれる」
「ああ、もちろん」
松尾が頷くと「お待たせしました」と明るい声と共にポテトが置かれた。
僕はポテトを食べながら、一週間前の昼休みに松尾がいなくなった後のことを話した。松尾はポテトを食べながら、僕の話に耳を傾ける。
「……俺が気を利かせて離れたことで、こじれてんの?」
最後まで聞くと、松尾は頭を押さえて大きく息を吐いた。
「ごめん。松尾は悪くないよ。僕のせい。僕が九条くんを好きになって、松尾にヤキモチ妬いたから」
「俺と九条くんはないって。意味わからんヤキモチ妬くだけ、時間の無駄」
松尾がキッパリと否定するから、僕は「ごめん」ともう一度告げた。
「九条くんに本当のことを言った方がいいんじゃないの?」
「でも、そうしたら友達でいられなくなっちゃう」
僕の尻すぼみになった言葉に、松尾は大きく息を吐いた。
「友達でいたいなら、今まで通り接しなきゃな。九条くんは中村に何かしたんじゃないかって不安がっていた。好きな相手をそんな気持ちにさせていいのか?」
僕は無言で首を振った。
「……謝って、理由を伝えるよ」
「何事もなかったように友達として元に戻られるより、理由を話した方が納得してくれるだろうよ」
松尾は最後のポテトを口に放り込むと「帰ろうぜ」と立ち上がる。
話を聞いてもらえて心が軽くなった。
理由を話すのだから、これまでのような友達ではいられない。
でもきちんと伝えないと。それが九条くんに対しての誠意だ。



