土曜の朝、クローゼットの中を見て「うーん」と唸る。
普段は制服だから気にしていなかったけれど、あまり服を持っていない。おしゃれがわからない。
悩んだ末、無難に無地のTシャツとジーンズを身につける。
これなら外で遊ぶのも、どこかお店に入って楽しむのにも、そんなにおかしな格好ではないと思って。
「そういえば、どこに出かけるんだろう?」
部屋で待っていると、スマホが震える。
九条くんから電話がかかってきた。
僕は急いで通話を繋げて、スマホを耳に当てる。
『もしもし、中村?』
耳元で九条くんに囁かれているみたいで、ドキドキした。
『うん、九条くんおはよう』
熱くなった顔を手であおいで冷ます。
『おはよ、家の前に着いた』
『わかった、ちょっと待ってて』
ボディバッグを掴んで外に飛び出す。
玄関の扉を開けると、九条くんが片手を上げた。
九条くんは黒のサマーニットにチャコールグレーのテーパードパンツを合わせ、生成りのシャツを羽織っている。
シンプルだけど、立っているだけで絵になるな、と見惚れてしまうほど。
「中村?」
固まった僕に、九条くんが声をかける。
僕はハッとして、誤魔化すように「おはよう」と笑いかけた。
「あのさ、出かける場所って決めてるの?」
「いや、会ってから決めようと思って。中村は行きたいところあるか?」
ここから近くて、九条くんと行きたい場所か。
「うーん、すぐに思いつかないから、家で決めよ。暑いでしょ、入って」
「いや、でも迷惑なんじゃ……」
「大丈夫だよ。今は誰もいないし」
遠慮する九条くんを招き入れ、二階の自分の部屋へ向かう。
部屋を開けると、ベッドの上に寝巻きが脱ぎ散らかされていて慌てて回収した。
「ごめん、好きなところで座って待ってて」
洗濯機に寝巻きを突っ込んで、グラスにお茶を注いで部屋に戻る。
九条くんはベッドを背もたれにして、床にあぐらを描いていた。
学習デスクにグラスを置き、イスに乗っているクッションを九条くんに渡した。
「どこに行こうか」
「中村は普段はどんなところで遊んでるんだ?」
「僕は友達となら家でゲームをしたり、漫画喫茶に行ったりかな? デート向きではないよね。九条くんは?」
「俺は誰かと出かけることがほとんどないから。子供の頃はなんも考えずに遊んでたのに」
九条くんは斜め上に視線を移す。寂しそうに子供の頃を懐かしんでいるように見えた。
クールでかっこいいと思っていた九条くんだけど、心に壁を作って孤独だったのだと知る。
「九条くんは行きたいところある?」
九条くんは首を捻って横に振った。
「中村と一緒ならどこでもいい。人にデートのことを話せればいいから」
「そっか、じゃあベタなところがいいかな?」
僕と一緒ならと言われて、動揺で声が少し上擦ってしまった。
さらっとそんなことを言えるんだから、相手を喜ばすのに慣れている気がする。それとも僕がちょろいだけだろうか。
「ベタってテーマパークとか映画とか?」
「うん、テーマパークは近くにないから行けないけど、映画はいいんじゃないかなって思うよ」
二駅先にある、ショッピングモールに併設された映画館のホームページを見る。
相談してサスペンスに決めた。泣けると評判の恋愛ものもあったけれど、二人とも興味がなかったから。
「一番近いのが十三時か。だいぶ時間があるし、家でお昼ご飯を食べようか。パスタならすぐ作れるよ」
「手伝うよ」
「いいね。一緒にお昼ご飯を作るエピソードも話せるね」
僕が手をパチンと叩くと、九条くんは目を瞬かせた。
「その発想はなかった」
「そうなの? じゃあなんで手伝ってくれようとしたの? 九条くんは料理が好きなの?」
「いや、料理なんて家庭科ぐらいでしかしたことない。でも中村とは一緒にやりたいと思ったから」
九条くんは天然タラシなのかもしれない。
仲良くなると、表情は豊かとは言えないけれど、見たことのない顔を見せてくれる。相手を喜ばせるような言葉も無自覚に言うし、僕は九条くんを知れば知るほど心が弾む。
「服を汚すといけないから、エプロンを使って」
クローゼットから調理実習で使う黒いエプロンを出して九条くんに渡す。
「ありがとう。でも中村のがなくなるんじゃないか?」
「僕は母さんのを使うよ」
一階に降りてハンガーにかかったエプロンを見ると、赤いチェック柄にフリルまで付いていて、だいぶ可愛らしいものでやめた。
僕が着るのはキツイ。
「中村はエプロンしないのか?」
「いや、うん。母さんの可愛らしすぎてちょっとね……。僕は汚したら着替えればいいだけだし、気にしないで」
僕が笑いかけると、九条くんが黒いエプロンを僕に差し出す。
「俺がそのエプロンをつけようか?」
九条くんがフリルのついた赤いチェックのエプロンを着る? 想像してしまい、申し訳なくなった。
いや、九条くんならこれもかっこよく着こなすのだろうか?
僕が付けないと、九条くんが気を遣ってしまう。
「大丈夫だよ。九条くんはそれを使って」
僕は大きく息を吸って意気込むと、可愛らしいエプロンを身につけた。
視線を落とす。やっぱり恥ずかしい。
九条くんは似合っていない僕に触れることはなかった。
九条くんが黒いエプロンを身につけるけれど、僕が着た時と全然違う。僕にはゆとりのあるサイズだけれど、九条くんにはピッタリとしていてた。
お湯を沸かしている間に、野菜を切ってもらう。ゆっくりだけど、危なっかしさはない。
パスタを茹でる頃には、カットされた不揃いの野菜が並んだ。
茹でている間に野菜を炒める。手首を引いてフライパンの中で野菜をひっくり返していると「おっ」と九条くんから驚きの声が上がって、僕は口元を緩める。
「九条くんはしょうゆパスタとナポリタンならどっちがいい?」
「しょうゆ」
「わかった。しょうゆパスタにしよう」
塩胡椒で味を整えてから、風味付けにバターを入れる。醤油と茹で汁を加えると、食欲をそそる香りが広がった。
そこに茹で上がったパスタを投入して和えると、お皿に移す。
テーブルに運んで「いただきます」と声を揃えて食べ始める。
フォークにパスタを巻いて、九条くんは大きな口で頬張った。豪快な食べ方が意外だった。
「すげー美味いよ」
「よかった」
僕も口の中がいっぱいになるくらいに巻いて食べる。
「でも、俺、あんまり役に立たなかったな」
「そんなことないよ。野菜を切ってくれてありがとう。パスタは一緒にできる作業があまりないことがわかったね。それもリアリティがあって、話すにはいいんじゃないかな?」
九条くんは綺麗に全部食べてくれて「美味かった、ごちそうさま」と口の端を広げる。
片付けは僕が食器を洗って、九条くんが拭いてくれた。
「片付けは一緒にやってるって感じがするね」
「ああ、そうだな」
片付け終わるとお茶を飲んで寛ぎ、十二時前に家を出て、電車で映画館に向かう。
ショッピングモールの敷地内にある映画館は、土曜日の昼ということもあり混み合っていた。
チケットを買って、売店に並ぶ。
「中村はなにを頼む?」
九条くんに聞かれて、僕は「うーん」と唸り声を上げた。
「いつもならコーラとポップコーンを頼むんだけど、お昼ご飯を食べたばかりだから、ポップコーンを食べきれるかなって迷ってる」
「じゃあポップコーンはシェアしないか? 俺も食べきれないだろうし」
九条くんの提案に、僕は顔を輝かせた。
「そうだね。そうしよう。味はなにが好き?」
「塩かな」
「僕も塩が好き」
ポップコーンとドリンクを買って、指定の部屋に入る。
端の席に座り、九条くんがポップコーンを持ってくれて、手を伸ばして摘むと口に含む。
「美味しいね」
僕が顔を寄せて小声で漏らすと、九条くんは「ああ」と頷いた。
CMを見ながらポップコーンを食べていると、同時に手を入れたようで、九条くんの手とぶつかる。
驚いて手を引くと、九条くんも目を丸くして手を顔の横まで引いていた。
「ごめん」
「いや、俺こそ」
「九条くん、先にとっていいよ」
「ああ」
九条くんがポップコーンを摘むのを確認してから、僕も取って食べた。
びっくりした。ふいに手が触れるのもデートっぽい。
九条くんの手が触れたところが熱くて、じわじわと全身に広がっていく。
その後はポップコーンを取るタイミングが図れなくて、指を足の上で組んでいた。
「中村」
九条くんに呼ばれて隣に目を向けると、ポップコーンを口に入れられた。
九条くんの指が唇に当たる。
驚きすぎて固まっていると、舌の上でポップコーンがふやけていく。
「手が当たらないように遠慮してんだろ? また当たったとしてもいいじゃん。俺は中村に気を遣われたくない」
柔らかくなったポップコーンを飲み込んだ。
「あっ、うん。遠慮せずにいっぱい食べるね」
僕が動揺しながら早口になると、九条くんは柔らかく目を細めた。
その目は僕だけを映している。
心音が轟き、顔に熱が集まっていく。
その時、辺りが暗くなった。
映画が始まり、僕たちは正面に向き直る。
顔が熱い。暗くなってくれてよかった。
赤くなっているであろう顔を、九条くんに見られなくて。
サスペンス映画は最初からハラハラの展開で、二転三転する内容に、全く予想ができない展開だった。
夢中になりながら、ポップコーンに手を伸ばすと、九条くんの手がまた当たった。
反射的に手を引こうとするけれど、一瞬だけ小指を絡め取られる。すぐに解けるけれど、僕は動きを止めた。
九条くんは僕が遠慮しないように捕まえたのだろうが、僕は映画を見ていても内容が全然入ってこない。
ポップコーンを食べる。塩味を買ったのに、甘くてほろ苦いキャラメル味が紛れ込んでいたようだ。まるで僕の心の中みたいだった。
エンディングロールが流れ終わると、場内に明かりが戻る。
僕の顔から火照りは引いていて、赤い顔を見られなかった安堵感でホッとした。
九条くんの横顔を盗み見る。九条くんは何事もなかったかのように、空になったドリンクとポップコーンの箱を手に立ち上がった。
「面白かったな」
九条くんがそう言って微笑む。
九条くんが純粋に楽しんでいる様子が伝わってきて、僕も嬉しくなった。
「うん、すごく。全然犯人が分からなかったね」
途中、九条くんに気を取られてあやふやなシーンがあるけれど、面白かったのは間違いない。
「DVDが出たら、レンタルしようかな」
「そんなに気に入ったんだ」
九条くんが気になって覚えていないシーンがあるから、とは言えずに「面白かったから」と誤魔化して頷いた。
映画館を出るとショッピングモール内のカフェに入る。
コーヒーを飲みながら、映画の感想を言い合った。
「デートっていうより、普通に楽しんじゃったけど、これでよかったの?」
女子に話すネタにちゃんとなっているだろうか。
「俺も楽しかった。中村にもそう言ってもらえて嬉しいから、これでよかったよ」
九条くんは僕をまっすぐに見て、目を細めるから胸がドッと高鳴って思わず顔を横に向けた。
隣に座っているカップルが、肩に手を回して顔を寄せ合い囁き合っている。
僕は沸騰しそうなほど顔が熱くなって、視線を彷徨わせた後に俯いた。
九条くんから「ふっ」と笑い声が聞こえて、おずおずと顔を上げる。
口元に手を添えて、笑う姿に見惚れた。
「顔真っ赤」
僕は両手で頬を隠した。
「だって……」
僕が言い淀むと、九条くんはチラリと隣に目を向ける。
隣のカップルはイチャイチャと擬音が聞こえてきそうなほど密着している。
「見てる方が照れるよな」
僕は小さく頷いた。
原因は隣のカップルだと思われたみたいで安堵した。
元々は九条くんの言葉や表情で赤くなったけれど、そんなことは言えない。
九条くんといるとドキドキする。
かっこよくて近寄りがたいと決めつけていたけれど、笑った顔が優しくて、どんどん惹かれていく。
僕は九条くんが好きなのかもしれない。
そう意識してしまって、手のひらにジワリと汗が滲む。
「そろそろ帰るか?」
コーヒーはとっくに飲み終わって、一時間もカフェで話していた。
「そうだね」
もう少し一緒にいたいって言えたらいいのに。
でも夕飯をいらないと言っていないから、帰らなければいけない。
ショッピングモールを出て電車に乗り、僕の最寄駅で九条くんも降りた。
「どうしたの? 僕の家になにか忘れ物でもした?」
「そうじゃなくて、迎えに行ったんだから、送るのもやらせてよ」
僕は言葉が出てこなくて、頷くことしかできなかった。
九条くんはやっぱり無自覚タラシだ。
こんなの、好きにならない方が無理。
僕の家までゆっくり歩いて、家の前で手を振った。
「また月曜日」
「うん、またね」
駅に向かう九条くんの後ろ姿を眺める。
角を曲がる時に、九条くんが振り返った。
見ていたのがバレて、気まずい。
僕の心情なんてお構いなしに、九条くんは顔の横まで片手を上げて帰っていった。
僕も無意識に手を上げていた。
「びっくりした」
バクバクと大きな音を鳴らす胸を押さえて息を吐き出す。
家に入ると荷物を置きに部屋に向かう。
ベッドに腰掛けてボディバッグからスマホを取り出すと、画面に九条くんからのメッセージが表示されていた。
『今日は楽しかった。ありがとう』
僕は思わずスクショしてしまった。
やっぱり、好きにならずにはいられないよ。
普段は制服だから気にしていなかったけれど、あまり服を持っていない。おしゃれがわからない。
悩んだ末、無難に無地のTシャツとジーンズを身につける。
これなら外で遊ぶのも、どこかお店に入って楽しむのにも、そんなにおかしな格好ではないと思って。
「そういえば、どこに出かけるんだろう?」
部屋で待っていると、スマホが震える。
九条くんから電話がかかってきた。
僕は急いで通話を繋げて、スマホを耳に当てる。
『もしもし、中村?』
耳元で九条くんに囁かれているみたいで、ドキドキした。
『うん、九条くんおはよう』
熱くなった顔を手であおいで冷ます。
『おはよ、家の前に着いた』
『わかった、ちょっと待ってて』
ボディバッグを掴んで外に飛び出す。
玄関の扉を開けると、九条くんが片手を上げた。
九条くんは黒のサマーニットにチャコールグレーのテーパードパンツを合わせ、生成りのシャツを羽織っている。
シンプルだけど、立っているだけで絵になるな、と見惚れてしまうほど。
「中村?」
固まった僕に、九条くんが声をかける。
僕はハッとして、誤魔化すように「おはよう」と笑いかけた。
「あのさ、出かける場所って決めてるの?」
「いや、会ってから決めようと思って。中村は行きたいところあるか?」
ここから近くて、九条くんと行きたい場所か。
「うーん、すぐに思いつかないから、家で決めよ。暑いでしょ、入って」
「いや、でも迷惑なんじゃ……」
「大丈夫だよ。今は誰もいないし」
遠慮する九条くんを招き入れ、二階の自分の部屋へ向かう。
部屋を開けると、ベッドの上に寝巻きが脱ぎ散らかされていて慌てて回収した。
「ごめん、好きなところで座って待ってて」
洗濯機に寝巻きを突っ込んで、グラスにお茶を注いで部屋に戻る。
九条くんはベッドを背もたれにして、床にあぐらを描いていた。
学習デスクにグラスを置き、イスに乗っているクッションを九条くんに渡した。
「どこに行こうか」
「中村は普段はどんなところで遊んでるんだ?」
「僕は友達となら家でゲームをしたり、漫画喫茶に行ったりかな? デート向きではないよね。九条くんは?」
「俺は誰かと出かけることがほとんどないから。子供の頃はなんも考えずに遊んでたのに」
九条くんは斜め上に視線を移す。寂しそうに子供の頃を懐かしんでいるように見えた。
クールでかっこいいと思っていた九条くんだけど、心に壁を作って孤独だったのだと知る。
「九条くんは行きたいところある?」
九条くんは首を捻って横に振った。
「中村と一緒ならどこでもいい。人にデートのことを話せればいいから」
「そっか、じゃあベタなところがいいかな?」
僕と一緒ならと言われて、動揺で声が少し上擦ってしまった。
さらっとそんなことを言えるんだから、相手を喜ばすのに慣れている気がする。それとも僕がちょろいだけだろうか。
「ベタってテーマパークとか映画とか?」
「うん、テーマパークは近くにないから行けないけど、映画はいいんじゃないかなって思うよ」
二駅先にある、ショッピングモールに併設された映画館のホームページを見る。
相談してサスペンスに決めた。泣けると評判の恋愛ものもあったけれど、二人とも興味がなかったから。
「一番近いのが十三時か。だいぶ時間があるし、家でお昼ご飯を食べようか。パスタならすぐ作れるよ」
「手伝うよ」
「いいね。一緒にお昼ご飯を作るエピソードも話せるね」
僕が手をパチンと叩くと、九条くんは目を瞬かせた。
「その発想はなかった」
「そうなの? じゃあなんで手伝ってくれようとしたの? 九条くんは料理が好きなの?」
「いや、料理なんて家庭科ぐらいでしかしたことない。でも中村とは一緒にやりたいと思ったから」
九条くんは天然タラシなのかもしれない。
仲良くなると、表情は豊かとは言えないけれど、見たことのない顔を見せてくれる。相手を喜ばせるような言葉も無自覚に言うし、僕は九条くんを知れば知るほど心が弾む。
「服を汚すといけないから、エプロンを使って」
クローゼットから調理実習で使う黒いエプロンを出して九条くんに渡す。
「ありがとう。でも中村のがなくなるんじゃないか?」
「僕は母さんのを使うよ」
一階に降りてハンガーにかかったエプロンを見ると、赤いチェック柄にフリルまで付いていて、だいぶ可愛らしいものでやめた。
僕が着るのはキツイ。
「中村はエプロンしないのか?」
「いや、うん。母さんの可愛らしすぎてちょっとね……。僕は汚したら着替えればいいだけだし、気にしないで」
僕が笑いかけると、九条くんが黒いエプロンを僕に差し出す。
「俺がそのエプロンをつけようか?」
九条くんがフリルのついた赤いチェックのエプロンを着る? 想像してしまい、申し訳なくなった。
いや、九条くんならこれもかっこよく着こなすのだろうか?
僕が付けないと、九条くんが気を遣ってしまう。
「大丈夫だよ。九条くんはそれを使って」
僕は大きく息を吸って意気込むと、可愛らしいエプロンを身につけた。
視線を落とす。やっぱり恥ずかしい。
九条くんは似合っていない僕に触れることはなかった。
九条くんが黒いエプロンを身につけるけれど、僕が着た時と全然違う。僕にはゆとりのあるサイズだけれど、九条くんにはピッタリとしていてた。
お湯を沸かしている間に、野菜を切ってもらう。ゆっくりだけど、危なっかしさはない。
パスタを茹でる頃には、カットされた不揃いの野菜が並んだ。
茹でている間に野菜を炒める。手首を引いてフライパンの中で野菜をひっくり返していると「おっ」と九条くんから驚きの声が上がって、僕は口元を緩める。
「九条くんはしょうゆパスタとナポリタンならどっちがいい?」
「しょうゆ」
「わかった。しょうゆパスタにしよう」
塩胡椒で味を整えてから、風味付けにバターを入れる。醤油と茹で汁を加えると、食欲をそそる香りが広がった。
そこに茹で上がったパスタを投入して和えると、お皿に移す。
テーブルに運んで「いただきます」と声を揃えて食べ始める。
フォークにパスタを巻いて、九条くんは大きな口で頬張った。豪快な食べ方が意外だった。
「すげー美味いよ」
「よかった」
僕も口の中がいっぱいになるくらいに巻いて食べる。
「でも、俺、あんまり役に立たなかったな」
「そんなことないよ。野菜を切ってくれてありがとう。パスタは一緒にできる作業があまりないことがわかったね。それもリアリティがあって、話すにはいいんじゃないかな?」
九条くんは綺麗に全部食べてくれて「美味かった、ごちそうさま」と口の端を広げる。
片付けは僕が食器を洗って、九条くんが拭いてくれた。
「片付けは一緒にやってるって感じがするね」
「ああ、そうだな」
片付け終わるとお茶を飲んで寛ぎ、十二時前に家を出て、電車で映画館に向かう。
ショッピングモールの敷地内にある映画館は、土曜日の昼ということもあり混み合っていた。
チケットを買って、売店に並ぶ。
「中村はなにを頼む?」
九条くんに聞かれて、僕は「うーん」と唸り声を上げた。
「いつもならコーラとポップコーンを頼むんだけど、お昼ご飯を食べたばかりだから、ポップコーンを食べきれるかなって迷ってる」
「じゃあポップコーンはシェアしないか? 俺も食べきれないだろうし」
九条くんの提案に、僕は顔を輝かせた。
「そうだね。そうしよう。味はなにが好き?」
「塩かな」
「僕も塩が好き」
ポップコーンとドリンクを買って、指定の部屋に入る。
端の席に座り、九条くんがポップコーンを持ってくれて、手を伸ばして摘むと口に含む。
「美味しいね」
僕が顔を寄せて小声で漏らすと、九条くんは「ああ」と頷いた。
CMを見ながらポップコーンを食べていると、同時に手を入れたようで、九条くんの手とぶつかる。
驚いて手を引くと、九条くんも目を丸くして手を顔の横まで引いていた。
「ごめん」
「いや、俺こそ」
「九条くん、先にとっていいよ」
「ああ」
九条くんがポップコーンを摘むのを確認してから、僕も取って食べた。
びっくりした。ふいに手が触れるのもデートっぽい。
九条くんの手が触れたところが熱くて、じわじわと全身に広がっていく。
その後はポップコーンを取るタイミングが図れなくて、指を足の上で組んでいた。
「中村」
九条くんに呼ばれて隣に目を向けると、ポップコーンを口に入れられた。
九条くんの指が唇に当たる。
驚きすぎて固まっていると、舌の上でポップコーンがふやけていく。
「手が当たらないように遠慮してんだろ? また当たったとしてもいいじゃん。俺は中村に気を遣われたくない」
柔らかくなったポップコーンを飲み込んだ。
「あっ、うん。遠慮せずにいっぱい食べるね」
僕が動揺しながら早口になると、九条くんは柔らかく目を細めた。
その目は僕だけを映している。
心音が轟き、顔に熱が集まっていく。
その時、辺りが暗くなった。
映画が始まり、僕たちは正面に向き直る。
顔が熱い。暗くなってくれてよかった。
赤くなっているであろう顔を、九条くんに見られなくて。
サスペンス映画は最初からハラハラの展開で、二転三転する内容に、全く予想ができない展開だった。
夢中になりながら、ポップコーンに手を伸ばすと、九条くんの手がまた当たった。
反射的に手を引こうとするけれど、一瞬だけ小指を絡め取られる。すぐに解けるけれど、僕は動きを止めた。
九条くんは僕が遠慮しないように捕まえたのだろうが、僕は映画を見ていても内容が全然入ってこない。
ポップコーンを食べる。塩味を買ったのに、甘くてほろ苦いキャラメル味が紛れ込んでいたようだ。まるで僕の心の中みたいだった。
エンディングロールが流れ終わると、場内に明かりが戻る。
僕の顔から火照りは引いていて、赤い顔を見られなかった安堵感でホッとした。
九条くんの横顔を盗み見る。九条くんは何事もなかったかのように、空になったドリンクとポップコーンの箱を手に立ち上がった。
「面白かったな」
九条くんがそう言って微笑む。
九条くんが純粋に楽しんでいる様子が伝わってきて、僕も嬉しくなった。
「うん、すごく。全然犯人が分からなかったね」
途中、九条くんに気を取られてあやふやなシーンがあるけれど、面白かったのは間違いない。
「DVDが出たら、レンタルしようかな」
「そんなに気に入ったんだ」
九条くんが気になって覚えていないシーンがあるから、とは言えずに「面白かったから」と誤魔化して頷いた。
映画館を出るとショッピングモール内のカフェに入る。
コーヒーを飲みながら、映画の感想を言い合った。
「デートっていうより、普通に楽しんじゃったけど、これでよかったの?」
女子に話すネタにちゃんとなっているだろうか。
「俺も楽しかった。中村にもそう言ってもらえて嬉しいから、これでよかったよ」
九条くんは僕をまっすぐに見て、目を細めるから胸がドッと高鳴って思わず顔を横に向けた。
隣に座っているカップルが、肩に手を回して顔を寄せ合い囁き合っている。
僕は沸騰しそうなほど顔が熱くなって、視線を彷徨わせた後に俯いた。
九条くんから「ふっ」と笑い声が聞こえて、おずおずと顔を上げる。
口元に手を添えて、笑う姿に見惚れた。
「顔真っ赤」
僕は両手で頬を隠した。
「だって……」
僕が言い淀むと、九条くんはチラリと隣に目を向ける。
隣のカップルはイチャイチャと擬音が聞こえてきそうなほど密着している。
「見てる方が照れるよな」
僕は小さく頷いた。
原因は隣のカップルだと思われたみたいで安堵した。
元々は九条くんの言葉や表情で赤くなったけれど、そんなことは言えない。
九条くんといるとドキドキする。
かっこよくて近寄りがたいと決めつけていたけれど、笑った顔が優しくて、どんどん惹かれていく。
僕は九条くんが好きなのかもしれない。
そう意識してしまって、手のひらにジワリと汗が滲む。
「そろそろ帰るか?」
コーヒーはとっくに飲み終わって、一時間もカフェで話していた。
「そうだね」
もう少し一緒にいたいって言えたらいいのに。
でも夕飯をいらないと言っていないから、帰らなければいけない。
ショッピングモールを出て電車に乗り、僕の最寄駅で九条くんも降りた。
「どうしたの? 僕の家になにか忘れ物でもした?」
「そうじゃなくて、迎えに行ったんだから、送るのもやらせてよ」
僕は言葉が出てこなくて、頷くことしかできなかった。
九条くんはやっぱり無自覚タラシだ。
こんなの、好きにならない方が無理。
僕の家までゆっくり歩いて、家の前で手を振った。
「また月曜日」
「うん、またね」
駅に向かう九条くんの後ろ姿を眺める。
角を曲がる時に、九条くんが振り返った。
見ていたのがバレて、気まずい。
僕の心情なんてお構いなしに、九条くんは顔の横まで片手を上げて帰っていった。
僕も無意識に手を上げていた。
「びっくりした」
バクバクと大きな音を鳴らす胸を押さえて息を吐き出す。
家に入ると荷物を置きに部屋に向かう。
ベッドに腰掛けてボディバッグからスマホを取り出すと、画面に九条くんからのメッセージが表示されていた。
『今日は楽しかった。ありがとう』
僕は思わずスクショしてしまった。
やっぱり、好きにならずにはいられないよ。



