昼休みが終わる前に教室に戻って席に着く。
少しの時間しかないのに、九条くんのところに女子が寄ってきた。
「恋人に悪いから、俺にかまわないでほしい」
九条くんの言葉に、至る所から悲鳴が上がる。
「だれ?」
「いつから?」
「どこがいいの?」
など矢継ぎ早に質問されて、九条くんの纏う空気がピリピリとしてきた。
女子の甲高い声に、隣の僕も耳が痛くなる。九条くんも苦手なんだろうな。
「他校だし、詮索されるのも困る。そっとしといてほしい」
言葉を失った女子たちが、フラフラと席に戻っていく。
九条くんは小さく息を吐いた。
僕と九条くんは顔を見合わせて笑う。
これで九条くんが教室を出ていくこともないだろうし、気を使わずに教室にいられるようになるのだろうとホッとした。
チャイムが鳴り、僕は慌てて古文の教科書とノートを出す。
授業が始まり、先生の説明に耳を傾けながら、黒板に書かれたものをノートに写した。
授業が終わっても、女子たちが集まってくることはなかった。
「よかったね」
僕は九条くんに顔を寄せて、コソッと話しかける。
九条くんは「ああ、ありがとう」と目を細めた。
「あっ、古文のノートを見せてくれないか? 写せなかったところがあって」
「いいよ、どうぞ」
僕はノートを開いて渡した。
「すげー綺麗なノートだな」
感心したように、九条くんが目を丸くする。
「そうかな?」
僕は褒められてくすぐったくて頭を掻いた。
九条くんがノートを写している隣で、僕は物理の教科書とノートを出した。
今日初めて自分の席で休み時間を過ごす。
九条くんはずっと別のところで過ごさざるを得なかったんだよな、とモヤモヤとした。
次の日教室に着くと、九条くんが朝から疲れた表情をしていた。
「おはよう」
「ああ、おはよ」
「どうしたの?」
机に荷物をしまいながら聞く。
「朝学校に着いたら、遊びでもいいからとか詰め寄られた」
昨日は九条くんみたいな人は一途だろうってはしゃいでいたのに。九条くんのことを考えていないみたいで悲しくなった。本当に好きなら、相手のことを一番に考えるんじゃないだろうか。
「……なんでそんな辛そうな顔してんの?」
「あっ、ごめんね」
僕は自分の気持ちをボソボソと吐き出した。
九条くんは黙って聞いてくれる。
「俺のことなのに、中村が気に病むことじゃないし」
「そうなんだけどね」
「でも、中村が優しいってことは伝わった。ありがとう」
「九条くんの方が優しいよ」
そう言えば、九条くんは心底不思議そうに目を瞬かせた。
九条くんがはっきりと断ったからか、休み時間の度に囲まれることは無くなった。でも、視線を集めていて、居心地は悪そう。
九条くんが教室を出ていくことも無くなったし、僕が松尾の席に避難することも無くなった。
休み時間は九条くんと話すことも増えて、だいぶ打ち解けたと思う。
一週間が経って、一緒に帰る松尾にそう話せば、「よかったじゃん」と歯を見せて笑った。
駅で松尾と別れてホームで電車を待っていると、「中村」と後ろから呼びかけられた。
振り返ると、九条くんが難しい顔をして立っていた。
「どうしたの?」
僕は九条くんの顔を覗き込んで訊ねる。
「いや、あの、ちょっと相談があって」
「僕でいいの?」
「ああ」
僕たちはベンチに腰掛けた。
九条くんは言い淀んで、足の上で指を遊ばせている。
僕は九条くんの言葉を待った。
「あのさ、中村はデートってしたことある?」
デート? 今まで恋人なんていたことのない僕が、デートをしたことなんてあるわけがない。
「ないよ」
正直に答えると、九条くんは心なしか頬を緩めた。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「さっきどんなところでデートをしているのか聞かれて、俺もデートなんてしたことがないから答えられなかったんだ」
「ごめんね、参考にならなくて」
僕にデートの経験があれば、九条くんに話せたのに。
「いや、むしろしたことがなくてよかったよ」
僕が首を捻ると、「なんでもない」と九条くんは首を振る。
九条くんは奥歯を噛んで力むと、大きく頷いた。
「あのさ、俺と出かけてくれないか? 二人で出かければ、デートっぽいことを話せると思うんだ」
「うん、いいよ」
僕が頷くと、九条くんは表情を緩める。
九条くんが教室で過ごしやすくなるためのお手伝いなら、僕にできる限りのことはしたい。
「今週の土曜日って空いてる?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ土曜日よろしく。連絡先を聞いてもいいか?」
「うん、僕にも教えて」
スマホを寄せて、メッセージアプリの連絡先を交換した。
電車がホームに入ってくる。僕たちは立ち上がった。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね。……九条くんは電車に乗らないの?」
「俺は逆方向だから。反対のホームから中村が見えたから、こっちに来ただけ」
僕は手を振って電車に乗り込んだ。
扉が閉まって電車が加速する。
相談のためだけど、九条くんは僕を見つけてわざわざこちらのホームまで来てくれた。
九条くんと仲良くなれて嬉しくて、心の奥が温かくなった。
その日の夜に九条くんからメッセージが届いた。
『中村の家ってどこ?』
住所と最寄り駅を送ると、すぐに返信が来た。
『土曜日の十時に迎えに行く』
「すごい! デートっぽい」
九条くんのメッセージを見て、思わず言葉がこぼれた。
『わかった、待ってる』
『土曜日、楽しみにしている』
すぐに返されたメッセージに、顔が火照った。
こんなのだれでもキュンとしちゃうんじゃないの?
九条くんは本当にデートが初めてなんだろうか。
少しの時間しかないのに、九条くんのところに女子が寄ってきた。
「恋人に悪いから、俺にかまわないでほしい」
九条くんの言葉に、至る所から悲鳴が上がる。
「だれ?」
「いつから?」
「どこがいいの?」
など矢継ぎ早に質問されて、九条くんの纏う空気がピリピリとしてきた。
女子の甲高い声に、隣の僕も耳が痛くなる。九条くんも苦手なんだろうな。
「他校だし、詮索されるのも困る。そっとしといてほしい」
言葉を失った女子たちが、フラフラと席に戻っていく。
九条くんは小さく息を吐いた。
僕と九条くんは顔を見合わせて笑う。
これで九条くんが教室を出ていくこともないだろうし、気を使わずに教室にいられるようになるのだろうとホッとした。
チャイムが鳴り、僕は慌てて古文の教科書とノートを出す。
授業が始まり、先生の説明に耳を傾けながら、黒板に書かれたものをノートに写した。
授業が終わっても、女子たちが集まってくることはなかった。
「よかったね」
僕は九条くんに顔を寄せて、コソッと話しかける。
九条くんは「ああ、ありがとう」と目を細めた。
「あっ、古文のノートを見せてくれないか? 写せなかったところがあって」
「いいよ、どうぞ」
僕はノートを開いて渡した。
「すげー綺麗なノートだな」
感心したように、九条くんが目を丸くする。
「そうかな?」
僕は褒められてくすぐったくて頭を掻いた。
九条くんがノートを写している隣で、僕は物理の教科書とノートを出した。
今日初めて自分の席で休み時間を過ごす。
九条くんはずっと別のところで過ごさざるを得なかったんだよな、とモヤモヤとした。
次の日教室に着くと、九条くんが朝から疲れた表情をしていた。
「おはよう」
「ああ、おはよ」
「どうしたの?」
机に荷物をしまいながら聞く。
「朝学校に着いたら、遊びでもいいからとか詰め寄られた」
昨日は九条くんみたいな人は一途だろうってはしゃいでいたのに。九条くんのことを考えていないみたいで悲しくなった。本当に好きなら、相手のことを一番に考えるんじゃないだろうか。
「……なんでそんな辛そうな顔してんの?」
「あっ、ごめんね」
僕は自分の気持ちをボソボソと吐き出した。
九条くんは黙って聞いてくれる。
「俺のことなのに、中村が気に病むことじゃないし」
「そうなんだけどね」
「でも、中村が優しいってことは伝わった。ありがとう」
「九条くんの方が優しいよ」
そう言えば、九条くんは心底不思議そうに目を瞬かせた。
九条くんがはっきりと断ったからか、休み時間の度に囲まれることは無くなった。でも、視線を集めていて、居心地は悪そう。
九条くんが教室を出ていくことも無くなったし、僕が松尾の席に避難することも無くなった。
休み時間は九条くんと話すことも増えて、だいぶ打ち解けたと思う。
一週間が経って、一緒に帰る松尾にそう話せば、「よかったじゃん」と歯を見せて笑った。
駅で松尾と別れてホームで電車を待っていると、「中村」と後ろから呼びかけられた。
振り返ると、九条くんが難しい顔をして立っていた。
「どうしたの?」
僕は九条くんの顔を覗き込んで訊ねる。
「いや、あの、ちょっと相談があって」
「僕でいいの?」
「ああ」
僕たちはベンチに腰掛けた。
九条くんは言い淀んで、足の上で指を遊ばせている。
僕は九条くんの言葉を待った。
「あのさ、中村はデートってしたことある?」
デート? 今まで恋人なんていたことのない僕が、デートをしたことなんてあるわけがない。
「ないよ」
正直に答えると、九条くんは心なしか頬を緩めた。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「さっきどんなところでデートをしているのか聞かれて、俺もデートなんてしたことがないから答えられなかったんだ」
「ごめんね、参考にならなくて」
僕にデートの経験があれば、九条くんに話せたのに。
「いや、むしろしたことがなくてよかったよ」
僕が首を捻ると、「なんでもない」と九条くんは首を振る。
九条くんは奥歯を噛んで力むと、大きく頷いた。
「あのさ、俺と出かけてくれないか? 二人で出かければ、デートっぽいことを話せると思うんだ」
「うん、いいよ」
僕が頷くと、九条くんは表情を緩める。
九条くんが教室で過ごしやすくなるためのお手伝いなら、僕にできる限りのことはしたい。
「今週の土曜日って空いてる?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ土曜日よろしく。連絡先を聞いてもいいか?」
「うん、僕にも教えて」
スマホを寄せて、メッセージアプリの連絡先を交換した。
電車がホームに入ってくる。僕たちは立ち上がった。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね。……九条くんは電車に乗らないの?」
「俺は逆方向だから。反対のホームから中村が見えたから、こっちに来ただけ」
僕は手を振って電車に乗り込んだ。
扉が閉まって電車が加速する。
相談のためだけど、九条くんは僕を見つけてわざわざこちらのホームまで来てくれた。
九条くんと仲良くなれて嬉しくて、心の奥が温かくなった。
その日の夜に九条くんからメッセージが届いた。
『中村の家ってどこ?』
住所と最寄り駅を送ると、すぐに返信が来た。
『土曜日の十時に迎えに行く』
「すごい! デートっぽい」
九条くんのメッセージを見て、思わず言葉がこぼれた。
『わかった、待ってる』
『土曜日、楽しみにしている』
すぐに返されたメッセージに、顔が火照った。
こんなのだれでもキュンとしちゃうんじゃないの?
九条くんは本当にデートが初めてなんだろうか。



