厨二病くんの初恋。

瀬戸内side

僕のクラスメイト、神宮寺皇くんはちょっと……いや、かなり変わっている
いつも腕に黒い包帯を巻いて右目に赤いコンタクトを入れて「漆黒院零音」なんて名前を自称して難しい言葉で独り言を言っている
最初は面白い人だなくらいに思っていた
 でも最近はそれだけじゃない
(……今日も逃げられちゃったな) 
放課後の教室
僕は彼が弾かれたように走り去っていった渡り廊下で一人立ち尽くしていた 
昨日、雨の中で相合傘をしたとき
僕のシャツが透けているのを彼は顔を真っ赤にして指摘してくれた
自分の学ランを「呪われるぞ」なんて言いながら貸してくれた時のあの震える手と、僕を気遣う優しさ
神宮寺くんは自分のことを「闇の住人」とか「冷徹な魔導師」なんて呼んでいるけど
 本当の彼は誰よりも一生懸命で、繊細で、そして……
「……すごく可愛いんだよね」
つい独り言が漏れた。
彼は僕が「皇くん」と本名で呼ぶたびに世界がひっくり返ったみたいな顔をする
あの設定が剥がれ落ちて「ただの男の子」が見え隠れする瞬間の彼が僕はたまらなく好きだ
もっと彼を困らせたい、もっと彼を驚かせたい
そんな独占欲みたいなものが僕の中に芽生え始めていることに僕は気づかないふりをしていた
でも今日の彼は様子が違った
僕が少し真面目な話をしようとしたら彼は見たこともないような顔をして……まるで何かにひどく怯えているような…あるいは泣き出しそうな、それでいて熱っぽい顔をして逃げてしまった
(僕、何か嫌われるようなことしたかな……)
翌朝 僕は教室で彼が来るのを今か今かと待っていた
いつもなら「クク… 光の眷属よ、朝の挨拶など不要」なんて言いながらスタイリッシュに(でもカバンを机にぶつけたりしながら)席に着くはずの彼が今日は…
「あ、神宮寺く……」
「……っ!? 貴様……っ、近寄るな! 浄化される……我が魂が浄化されて消滅してしまう……っ!!」
 僕が軽く手を挙げた瞬間、彼は文字通り弾かれたように跳びのき、カバンを盾にするように抱えて教室の反対側へと猛ダッシュしていった
……あからさまに避けられている
「瀬戸内、お前、神宮寺に何したんだよ? あいつ、お前のこと見ると茹で上がったタコみたいに真っ赤になって逃げてくぞ お前、ついに呪いでもかけたのか?」
隣の席の内田が面白そうに聞いてくる
「……分からないんだ 昨日まではあんなに仲良く勉強してたのに」
胸の奥がちくっと痛む これが彼がよく言う『深淵の疼き』ってやつなのかな
僕は彼がいないとなんだか学校がすごく退屈に感じる
彼の突飛な設定を聞いてそれに振り回されている時間が僕にとっては何よりの楽しみだったのに
もし、彼が本当に僕のことを「生理的に無理」になって嫌いになったんだとしたら
(……想像しただけで心臓が冷たくなる)
僕は彼を追いかけることに決めた
彼がどんなに「来るな」と言っても僕は彼の『観測者』であり続けたいんだ
昼休み 屋上の影で一人でお弁当の唐揚げを口に運ぼうとしていた彼を捕まえた
「漆黒院くん ……逃げないで 僕、何か悪いことした?」
「ひっ、あああ……あ、あ、悪霊退散! 光の波動が……強すぎる……っ! 我の魔眼が、貴様の輝きに耐えられぬ……っ!!」
彼は顔を真っ赤にして震える手で両目を覆っている
指の間から動揺で激しく泳いでいる瞳が見えた
嫌われている人の目じゃない、それはまるで……
僕はその手をそっと掴んだ
「嫌いになったならちゃんと言って ……僕、漆黒院くんと一緒にいられないのすごく寂しいんだ 君がいないと世界がつまんないよ」 
僕が本気でそう言うと彼は金縛りにあったように固まった
そして壊れたおもちゃみたいに口をパクパクさせ始めた
「さ、寂しい……? つまんない……? 貴様、この我に対し……そのような……っ、あああああもう無理だあああ!!」
彼はまたしても絶叫して僕の手を振りほどいて走り去っていった
……でも
逃げていく彼の耳の先が夕焼けみたいに赤かったのを僕は見逃さなかった
(……なんだ 嫌われてるわけじゃないのかな?) 
僕は少しだけホッとしてでもやっぱり翻弄されている自分に苦笑した
神宮寺皇
僕の世界を見たこともない色で塗り替えていく、不思議な魔法使い
彼が何を隠して何に怯えているのか
僕はもっと時間をかけて解き明かしていきたいと思う
たとえ、彼が「終焉だ!」なんて叫んでのたうち回っていても僕はその手を離すつもりはない