雨上がり
世界は濡れたアスファルトの匂いとやけに鮮やかな夕闇に包まれていた
放課後の誰もいない渡り廊下
俺――漆黒院零音こと神宮寺皇は窓の外を眺めながら独りごちていた
「クク… 雨が止んだか だが我が魂を濡らす『断絶の雫』は未だ止むことを知らぬ…」
格好をつけてみたものの心臓の鼓動は朝からずっと不整脈のように乱れたままだ
原因は分かっている
昨日、相合傘であいつの濡れた身体を見てしまったからだ
あの薄いシャツ越しに透けて見えた悠真の鎖骨、引き締まった腹筋、そして無防備な笑顔
「う、うわああああああ!! 思い出すな俺!! 精神汚染(エロス)だ! 破廉恥だぞ神宮寺!! 貴様は高潔なる闇の魔導師ではなかったのか!!」
俺が自分の頭を両手で押さえて渡り廊下で悶絶していると不意に後ろから温かい感触が肩に触れた
「あはは、また一人で戦ってるの? 漆黒院くん」
心臓が口から飛び出すかと思った
振り返るとそこには夕日に照らされてオレンジ色に輝く瀬戸内悠真が立っていた
あろうことかあいつは俺に貸していたはずの『漆黒のマント(俺の学ラン)』を丁寧に畳んで腕に抱えている
「これ、昨日の 貸してくれてありがとう …漆黒院くんの匂いがして、なんだか落ち着いたよ」
「……っ!? 匂……、貴様、何を……! 我が魔力の残滓を嗅ぎ分けるとは、やはり貴様は光の密偵……っ」
いつものように設定という名の防壁を築こうとした
だが悠真はそのまま一歩踏み込み、俺の目をじっと覗き込んできた
「ねえ、皇くん」
――本名 それも昨日までのような「からかい」ではないひどく真剣で…甘い響き
「僕、漆黒院くんのこともっと知りたいって言ったよね それは、その……設定の話じゃなくて、君がなんでそんなに一生懸命『誰か』になろうとしてるのか…その理由を知りたいんだ …無理にカッコつけなくても僕は今の君が好きだよ?」
悠真の手が俺の包帯が巻かれた右腕をそっと包み込む
いつもなら「触れるな」と撥ね退けるはずの手が金縛りにあったように動かない
悠真の体温が包帯を透かして俺の肌にそして血管を通って心臓へ直接流れ込んでくる
「……っ、貴様……我を、狂わせるつもりか……」
「狂わせたいわけじゃないよ ただ、僕を見てほしいんだ …皇くん」
漆黒院零音なんていない
ここにいるのはただの「神宮寺皇」だ
名前に負けるのが怖くて、本当の自分が空っぽだと思われるのが怖くて、嘘の設定を塗りたくって自分を守っていただけのただの臆病な高校生
けれど今、この瞬間に溢れ出してきたのは難解な詠唱でも闇の波動でもなかった
ただこの世界でたった一人、瀬戸内悠真という光に俺自身の名前を呼んでほしい
俺自身を見てほしいというあまりにも単純で逃れようのない切実な願い
(ああ、そうか… 俺は……)
自覚した瞬間、俺の中で築き上げてきた『特異点(シンギュラリティ)』が音を立てて木っ端微塵に崩壊した
俺は……こいつのことが狂おしいほど好きだ
「……っ、っうあああああ!!」
自覚した恐怖と羞恥で俺は悠真の手を振り解き、脱兎のごとく走り出した
「あ、待ってよ皇くん!」
後ろからの声を無視して全力で校門を駆け抜ける
肺が焼けるように熱い
――十分後 自宅の部屋に駆け込み、扉を施錠した瞬間俺は床に突っ伏した
「……自覚しちゃった… 自覚しちゃったああああああああ!!!」
絶叫 本日最大級のセルフ壁ドン
「死にたい! 今すぐ宇宙の塵になりたい! 恋!? 俺が!? あんな完璧な光属性の悠真に!? 無理だろ! 不可能だろ! 難易度:煉獄(インフェルノ)だろおおお!!」
布団に潜り込み、足をバタバタさせる
「しかもさっきあいつの前で『我が魔力の残滓』とか言っちゃったよ……! ああああ恥ずかしいい! どんな顔して『好き』なんて自覚したんだ俺は! 矛盾の塊(カタマリ)じゃねーか!!」
顔が熱い カラーコンタクトが目の中でズレて右目だけ真っ赤な視界のまま、俺は枕に顔を埋めた
これが『特異点(シンギュラリティ)の崩壊』
守ってきた世界が壊れ、中から出てきたのはあいつが好きでたまらないひどく情けない自分だった
「……クク …よかろう… 魂の契約が真実の姿を現したというわけか……」
言いながら俺は再び「何が真実の姿だアア!」と絶叫し自分の顔を両手で叩き続けた
神宮寺皇、十六歳
恋の自覚は最強の攻撃魔法となって自分自身を粉々に打ち砕くのであった
おまけ
今回の題名について
「クク… この我の理性がたった一人の光の眷属によって粉々に砕かれるとは…
これこそが魔導書にも記されていない『絶対不可避の因果律(インエスケイパブル・カルマ)』… 抗えば抗うほど我が魂は深く、熱く、あの者に引き寄せられていくというのか……っ!」
〜数秒後〜
「インエスケイパブルって言いにくいんだよ! カッコつけたのに噛みそうになったわ! ああああああ死にたい!!」
となるでしょう
世界は濡れたアスファルトの匂いとやけに鮮やかな夕闇に包まれていた
放課後の誰もいない渡り廊下
俺――漆黒院零音こと神宮寺皇は窓の外を眺めながら独りごちていた
「クク… 雨が止んだか だが我が魂を濡らす『断絶の雫』は未だ止むことを知らぬ…」
格好をつけてみたものの心臓の鼓動は朝からずっと不整脈のように乱れたままだ
原因は分かっている
昨日、相合傘であいつの濡れた身体を見てしまったからだ
あの薄いシャツ越しに透けて見えた悠真の鎖骨、引き締まった腹筋、そして無防備な笑顔
「う、うわああああああ!! 思い出すな俺!! 精神汚染(エロス)だ! 破廉恥だぞ神宮寺!! 貴様は高潔なる闇の魔導師ではなかったのか!!」
俺が自分の頭を両手で押さえて渡り廊下で悶絶していると不意に後ろから温かい感触が肩に触れた
「あはは、また一人で戦ってるの? 漆黒院くん」
心臓が口から飛び出すかと思った
振り返るとそこには夕日に照らされてオレンジ色に輝く瀬戸内悠真が立っていた
あろうことかあいつは俺に貸していたはずの『漆黒のマント(俺の学ラン)』を丁寧に畳んで腕に抱えている
「これ、昨日の 貸してくれてありがとう …漆黒院くんの匂いがして、なんだか落ち着いたよ」
「……っ!? 匂……、貴様、何を……! 我が魔力の残滓を嗅ぎ分けるとは、やはり貴様は光の密偵……っ」
いつものように設定という名の防壁を築こうとした
だが悠真はそのまま一歩踏み込み、俺の目をじっと覗き込んできた
「ねえ、皇くん」
――本名 それも昨日までのような「からかい」ではないひどく真剣で…甘い響き
「僕、漆黒院くんのこともっと知りたいって言ったよね それは、その……設定の話じゃなくて、君がなんでそんなに一生懸命『誰か』になろうとしてるのか…その理由を知りたいんだ …無理にカッコつけなくても僕は今の君が好きだよ?」
悠真の手が俺の包帯が巻かれた右腕をそっと包み込む
いつもなら「触れるな」と撥ね退けるはずの手が金縛りにあったように動かない
悠真の体温が包帯を透かして俺の肌にそして血管を通って心臓へ直接流れ込んでくる
「……っ、貴様……我を、狂わせるつもりか……」
「狂わせたいわけじゃないよ ただ、僕を見てほしいんだ …皇くん」
漆黒院零音なんていない
ここにいるのはただの「神宮寺皇」だ
名前に負けるのが怖くて、本当の自分が空っぽだと思われるのが怖くて、嘘の設定を塗りたくって自分を守っていただけのただの臆病な高校生
けれど今、この瞬間に溢れ出してきたのは難解な詠唱でも闇の波動でもなかった
ただこの世界でたった一人、瀬戸内悠真という光に俺自身の名前を呼んでほしい
俺自身を見てほしいというあまりにも単純で逃れようのない切実な願い
(ああ、そうか… 俺は……)
自覚した瞬間、俺の中で築き上げてきた『特異点(シンギュラリティ)』が音を立てて木っ端微塵に崩壊した
俺は……こいつのことが狂おしいほど好きだ
「……っ、っうあああああ!!」
自覚した恐怖と羞恥で俺は悠真の手を振り解き、脱兎のごとく走り出した
「あ、待ってよ皇くん!」
後ろからの声を無視して全力で校門を駆け抜ける
肺が焼けるように熱い
――十分後 自宅の部屋に駆け込み、扉を施錠した瞬間俺は床に突っ伏した
「……自覚しちゃった… 自覚しちゃったああああああああ!!!」
絶叫 本日最大級のセルフ壁ドン
「死にたい! 今すぐ宇宙の塵になりたい! 恋!? 俺が!? あんな完璧な光属性の悠真に!? 無理だろ! 不可能だろ! 難易度:煉獄(インフェルノ)だろおおお!!」
布団に潜り込み、足をバタバタさせる
「しかもさっきあいつの前で『我が魔力の残滓』とか言っちゃったよ……! ああああ恥ずかしいい! どんな顔して『好き』なんて自覚したんだ俺は! 矛盾の塊(カタマリ)じゃねーか!!」
顔が熱い カラーコンタクトが目の中でズレて右目だけ真っ赤な視界のまま、俺は枕に顔を埋めた
これが『特異点(シンギュラリティ)の崩壊』
守ってきた世界が壊れ、中から出てきたのはあいつが好きでたまらないひどく情けない自分だった
「……クク …よかろう… 魂の契約が真実の姿を現したというわけか……」
言いながら俺は再び「何が真実の姿だアア!」と絶叫し自分の顔を両手で叩き続けた
神宮寺皇、十六歳
恋の自覚は最強の攻撃魔法となって自分自身を粉々に打ち砕くのであった
おまけ
今回の題名について
「クク… この我の理性がたった一人の光の眷属によって粉々に砕かれるとは…
これこそが魔導書にも記されていない『絶対不可避の因果律(インエスケイパブル・カルマ)』… 抗えば抗うほど我が魂は深く、熱く、あの者に引き寄せられていくというのか……っ!」
〜数秒後〜
「インエスケイパブルって言いにくいんだよ! カッコつけたのに噛みそうになったわ! ああああああ死にたい!!」
となるでしょう

