厨二病くんの初恋。

その日、世界は『天の涙(ヘブンズ・ティア)』に包まれていた
 ……要するにただの梅雨の土砂降りだ。
放課後の昇降口 俺――漆黒院零音(神宮寺皇)は黒い長傘を構え、深淵のような雨空を睨みつけていた
「クク… 空が泣いておるわ 我が『刻印』が呼ぶ水霊(ウンディーネ)たちの共鳴、もはや抑えきれぬか……」
「あ、漆黒院くん! 待って、傘持ってないんだ!」
 背後から響いた俺の精神(アニマ)を最も揺るがす声。
振り返るとそこには部活帰りなのか髪を少し濡らした瀬戸内悠真が立っていた
あろうことかこの大雨の中に傘なしで突っ込もうとしていたらしい
「…愚かな 光の眷属ともあろう者が天の怒り(雨)を予測できぬとは …よかろう、我が結界(傘)の中へ入れ この雨に打たれ続ければ貴様の魂まで水底に沈むことになるぞ」
 俺は精一杯のクールさを装い、傘を差し出した
「わあ、助かる! ありがとう、漆黒院くん」
 ――狭い 一本の傘の下
二人の距離はこれまでのどの儀式(勉強会)よりも近い。
悠真の肩が俺の腕に密着し、体温が直接伝わってくる
俺の脳内ではもはや『不可逆的な事象の地平線(イベント・ホライゾン)』が警報を鳴らしっぱなしだ
一歩、もう一歩踏み込めば俺はもう「ただの友達」には戻れない。
だが俺の思考は次の瞬間、さらなる『特異点』へと吸い込まれた
「ふう、結構濡れちゃったな」 
悠真がパタパタと自分の制服のシャツを煽る
雨に濡れた白いワイシャツが肌にぴたりと張り付いていた
……そして透けている
部活で鍛えられた引き締まった身体のラインが薄い布越しに露わになっていた
(っ!? な、なんだあの破壊的な光景(ヴィジョン)は…! これこそが、古の禁書に記された『白銀の誘惑(シルバー・テンプテーション)』…!)
 目のやり場に困り、視線を泳がせる
だが一度認識してしまった「透け」は俺の魔眼(赤コンタクト)から逃れてくれない
「…せ、瀬戸内 貴様、その…装甲(シャツ)が半壊しているぞ …不浄なる視線を集める前に早急に修復(タオルで拭く)せよ……」
「え? ああ、本当だ 透けてる? 恥ずかしいな …でも、漆黒院くんしか見てないからいいや」
 悠真があろうことか「えへへ」と無防備に笑った。
いいや、じゃない 良くない
俺の心臓が過剰な供給(オーバーフロー)で爆発寸前なのだ
「……漆黒院くん、顔赤いよ? 風邪? それとも雨の魔力に当てられた?」
「……だ、黙れ! 我は……ただ……貴様のその、無警戒な魂に……憤怒しているだけだ……っ!」
 俺は震える手で傘を握り直し、逃げるように歩を早めた
 ――十五分後 自宅の玄関に滑り込んだ俺は濡れた傘もそのままに、床に四つん這いになった
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!」 
絶叫 本日最大級のセルフ壁ドン
「死にたい! 今すぐ自分を消去したい! 何が『白銀の誘惑』だ! どのツラ下げて凝視してたんだ俺は! 悠真の腹筋をガン見してた変態はどこのどいつだ! 俺だ! 神宮寺皇だ!!」 
顔が沸騰しそうだ
「しかも『僕しか見てないからいいや』って……! あいつ絶対、俺のことを男としてカウントしてないだろ! 完全に無害なペットか何かだと思われてるだろ! ああああああ恥ずかしいいいいい!!」
のたうち回り、玄関マットに顔を擦り付ける。
あんなに近くであんなに透けた悠真を見て一言もまともな会話ができなかった
『不可逆的な事象の地平線(イベント・ホライゾン)』
その境界線を越えた先にあるのは甘い恋路などではなく果てしない羞恥の地獄だった
「…クク …水霊の加護、恐るべし… 明日からは…さらなる厚着を推奨せねば…」
言いながら俺は再び「何を言ってるんだ俺はアア!」と絶叫し、びしょ濡れの靴下のまま階段を駆け上がった
神宮寺皇、十六歳
梅雨の湿気よりも自分の湿った恋心(設定)に今日も溺れそうになるのであった