厨二病くんの初恋。

その日、我が根城(自室)の結界はかつてない危機の只中にあった
「わー、やっぱり神宮寺くんの部屋落ち着くね …あ、でもこの数式全然わかんない 助けて、漆黒院先生!」 
俺のベッドの横、床に座り込んで教科書を広げているのはクラス委員長にして超弩級の鈍感男、瀬戸内悠真だ
学年順位一位――それが「神宮寺皇」という完璧な器に課せられた、現世における最低限の義務
一方、悠真は「赤点は免れたい」と嘆く、知識の荒野を彷徨う迷い子。
そんな彼に泣きつかれ、俺は自室での勉強会という『禁断の儀式』を執り行う羽目になったのだ
「…クク 数式とは、この世界の理を記述する魔導文字 貴様のような直感のみで生きる者には少々荷が重かったか よかろう、我が英知を授けてやる」 
俺は眼鏡をクイッと上げ、悠真の隣に座った。
狭い部屋 俺の自作の黒いカーテンと怪しげなポスターに囲まれた空間で二人の肩が触れ合うほどに近づく
(……っ、近い、近すぎる 隣から悠真の熱気が伝わってくる これぞまさに魂が溶け合う『臨界点(クリティカル・ポイント)』……!)
胸の奥で『感情の過剰増殖(オーバーフロー・カース)』が警告音を鳴らし始める
だが悠真はそんな俺の動揺など露知らず、「えーっと、ここがこうなって……」と俺のノートを覗き込んできた
「あ、漆黒院くん、ここの余白に書いてある『零式・重力崩壊計算式』って何?」
「……っ!? それは、その……我が独自に開発した次世代の演算術式……(ただの落書き)だ! 見るな、貴様の脳が情報を処理しきれず爆発するぞ!」 
俺は慌ててノートの端を隠した
危ない、羞恥心で精神が崩壊(ロスト)するところだった
「ふふ、やっぱり面白いね …でも教え方はすごく分かりやすい 神宮寺くんって本当はすごく優しいんだね」
悠真がノートから顔を上げて俺を見つめた
夕暮れの光が差し込む部屋で彼の茶色い瞳がキラキラと輝いている
その無防備な称賛 その真っ直ぐな視線
「っ、…や、優しさなど我ら闇の住人には不要な概念 …我はただ貴様という贄(にえ)が知恵を失い、使い物にならなくなるのを防いでいるに過ぎん……」 
俺は顔を背け、震える声でそう告げた。
すると悠真が「あはは、じゃあ僕、漆黒院くんの役に立てるように頑張らなきゃね」と言って俺の手に自分の手を重ねた
「教えて、漆黒院先生 僕を君の世界に導いてよ」
 ――脳内ビッグバン 『感情の過剰増殖』がついにシステム上限を突破した
「……よ、よかろう 貴様の魂が我が知識の深淵に耐えられるのであれば……!」
 俺は真っ赤な顔でペンを握り直した
 ――二時間後  悠真を玄関まで見送り、扉を閉めた瞬間
俺は玄関の床に這いつくばり、のたうち回った
「うわあああああああああああああああああああ!! 死にたい! 過去の自分を抹殺したい!! どの口が『我が知識の深淵』だ! 教えてたの二次関数だろ!! どこに深淵があるんだよ!!」
壁に頭を打ち付け、激しい自責の念に駆られる
「しかも『君の世界に導いてよ』って…それ、もう愛の告白だろ! なのに何だあの悠真の清々しい顔は! あいつ絶対、一ミリも変な意味で言ってない! 天然の光属性マジで許さん!! ああああ恥ずかしいい!!」 
しかも、あいつが手を重ねてきた時の感覚がまだ右手に残っている。
『感情の過剰増殖(オーバーフロー・カース)』
増え続けるこの想いはもはや勉強という名の枷では抑え込めないところまで来ていた
「…クク …明日からは、さらなる『強制介入(補習)』が必要なようだな…」
言い終わる前に俺はまた「何が強制介入だああ!」と絶叫し、階段を駆け上がって自分の部屋のベッドにダイブした
神宮寺皇、十六歳
学年一位の知能を持ってしても初恋という名の超難問(ロジック)は未だ解ける気配がないのであった