厨二病くんの初恋。

その日、俺の視界は漆黒に染まっていた
放課後の教室 俺は窓際の席で開いた魔導書(自習用の単語帳)を握りしめ、前方の光景を凝視していた
「あはは! 瀬戸内、マジでサンキュ! お前のおかげで助かったわ」
「いいよ また分からないところあったら聞いてよ、内田くん」 
そこには俺の『唯一の観測者(仮)』であるはずの悠真がクラスの明るい男子・内田と肩を組んで笑い合っている姿があった
内田 運動部所属のいかにも「光の軍勢」といった趣の男だ
悠真と仲が良いのは知っているが今、彼らの距離はあまりにも近すぎる
(……おのれ、我が契約の証(ただの消しゴムの貸し借り)を交わした悠真に不遜にも触れるとは あの男、魂を浄化されたいのか……?)
胸の奥でドロドロとした熱い塊が膨れ上がっていく。
昨日までの『黎明の福音(プライマル・エコー)』だけではない
今、俺の精神(アニマ)は制御不能なまでに高まった『感情の過剰増殖(オーバーフロー・カース)』に侵食されていた
「クク… 愚かな 我が領域(シマ)を侵す者がこれほど近くにいたとはな……」 
俺は立ち上がり、マント(学ラン)を翻して二人の間に割って入った。
内田が「お、神宮寺じゃん。何?」と不思議そうな顔をする
「……光の眷属よ これ以上の接触は貴様の精神に深刻な汚染をもたらす 早急に退去せよ さもなくば、この右腕の封印が……」
「あ、漆黒院くん! ちょうどよかった 内田くんも漆黒院くんの包帯かっこいいって言ってたんだよ」 
悠真が爆弾を投げ込んできた
「は……?」
「神宮寺のそれ、マジで自作? すげーよな、そのこだわり 俺も文化祭の劇とかで参考にしてーわ!」 
内田がこれまた屈託のない笑顔で俺の肩を叩いた。
ダメだ こいつら、二人とも絶望的に話が通じない
 俺が今どれほどの『嫉妬の炎(ダーク・フレイム)』に身を焼かれているか、一ミリも一ミクロンも理解していない
「…っ 我を、愚弄するか……!」 
俺は内田の手を振り払い、足早に教室を飛び出した。
後ろから悠真の「あ、待ってよ漆黒院くん!」という声が聞こえたが今の俺にはそれを止める権利(勇気)がなかった
 ――十分後 校舎の裏 ゴミ捨て場近くのコンクリートの上で俺は死に体になっていた
「うわあああああああああああああああああ!! 死にたい! 消え去りたい! ビッグバンで宇宙ごとやり直したい!!」 
壁を蹴り、自分の頭を何度も叩く
「何が『退去せよ』だ! どの立場で言ってんだ俺は! 悠真はただ友達と話してただけだろ! 内田も良いやつじゃねーか! ああぁぁぁ恥ずかしいい!! 独占欲丸出しの痛い奴だと思われたに違いない!!」 
顔が真っ赤になりカラーコンタクトが涙で少し潤む
 あんな、まるで恋人に嫉妬するような真似をしてしまった 
『感情の過剰増殖(オーバーフロー・カース)』 その名の通り、俺の想いはもうこの漆黒の包帯では抑えきれないほどに溢れ出していた
「……漆黒院くん」 
不意に上から声が降ってきた。
非常階段の影から悠真が心配そうにこちらを覗いていた
「あ、あ、あああああ……」
「ごめんね、内田くんが馴れ馴れしくして 漆黒院くん、ああいう『光の軍勢』みたいなノリ、苦手だった?」 
悠真は俺が嫉妬していたことなど微塵も疑わず単に「キャラの相性」を心配していた
この鈍感さ 俺が命がけで紡いだ嫉妬の台詞も彼にとっては「設定を守るための演技」に過ぎないのだ
「…ふん 案ずるな ただ、我の『福音』が少しばかり乱れただけだ …貴様という特異点は我のみが観測すればよいものを…」 
最後の方は蚊の鳴くような声だった。
だが悠真はまたしても「あはは、それって『これからも仲良くしてね』ってこと? 嬉しいな」と最高に爽やかな解釈で返してきた
「……くっ、よかろう 貴様を我が終焉まで付き合わせる権利を与えてやる……」
 俺は顔を隠すように立ち去り、家までの帰り道、電柱を殴りながら叫び続けた「何が終焉だあああ!! 一生一緒にいようって言ってるようなもんだろ今の!! ああああああ恥ずかしすぎる死ぬうううう!!」 
神宮寺皇、十六歳
嫉妬心(ダークフレイム)は相手の鈍感さという聖域に跳ね返され、すべて自分自身のダメージとなって返ってくるのであった