厨二病くんの初恋。

その日、俺――神宮寺皇(漆黒院零音)はかつてない国家存亡の危機に瀕していた
「神宮寺くん、プリントの整理手伝ってくれてありがとう お礼に今日のアイス奢らせてよ」
放課後の廊下 隣を歩く瀬戸内悠真があろうことか「アイス」などという俗世の快楽を提案してきた
俺の心臓は昨晩設定したばかりの『黎明の福音(プライマル・エコー)』……すなわち「初恋」という名の呪縛によって朝から狂ったように鐘を鳴らし続けている
「……ふん 光の眷属からの施しなど漆黒の魔導師たる我には不要 だが貴様がどうしてもというならその『冷たき契約の供物』、受けてやらんでもない……」
俺はバサリと学ランを翻し、クールに言い放った
(よし…! 今の言い回しは完璧だ 高貴でありながら慈悲深さも演出できている…!)
脳内でガッツポーズを決める俺に対し、悠真は「あはは、相変わらず面白いね!」と、俺の苦悩を1ミリも察しない笑顔で返してきた
公園のベンチ  二人でソーダ味のアイスを齧る
悠真が無防備にアイスを舐める横顔を盗み見て、俺の脳内は再び『黎明の福音』の暴走が始まった
(……くっ、何だこの光景は まるでいにしえの神話に記された束の間の休息ではないか もしやあいつは無自覚に俺を誘惑しているのか……!?)
「あ、神宮寺くん、口にアイスついてるよ …はい、じっとしてて」
不意に悠真の顔が近づいた 指先が俺の唇にそっと触れる
熱い アイスを食べているはずなのに触れられた場所から発火しそうだ
「っ!? き、貴様、何を…! 我の魔力を吸い取るつもりか!」
「え? 違うよ、汚れを取っただけ …それにしても、神宮寺くんってさ、本当にそのキャラ守るよね 尊敬しちゃうな」
悠真の瞳には微塵の「特別な感情」も見当たらない
そこにあるのは純粋な好奇心と人当たりの良い親切心だけだ
こいつは超弩級の鈍感男(ノーマル・ヒューマン)
俺がこれほどまでに魂を揺さぶる『福音』に悶えていることなど夢にも思っていないのだ
「…ふん 我の生き様は常に孤高 尊敬など安い言葉で語るな…」 
俺はアイスの棒を握りしめ、精一杯の虚勢で立ち去った。
――十分後 自宅の自室に飛び込んだ俺は床に崩れ落ちた。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」 
叫びながら俺は枕を乱打した
「何だ今の! 口のアイスを取る!? そんなのもう実質プロポーズだろ! なのに何だあの爽やかな笑顔は! サイコパスか!? 無自覚な光属性ほど恐ろしいものはないぞ!!」
恥ずかしい。
「我の魔力を吸い取るつもりか」と言い放った時の自分のポーズを思い出し、俺はベッドの上でエビのように跳ねた
「あああああ死にたい! 死にたい! 漆黒の闇に消えたい! しかも『黎明の福音』とか勝手に名付けて、一人で盛り上がって……バカか俺は! 神宮寺皇のバカ!!」 のたうち回り、壁を蹴り、自室に飾った黒いカーテンに顔を埋める
あいつは何も分かっていない
俺が右腕に包帯を巻いている理由もカラーコンタクトを入れている理由も……
そして
あいつに触れられるたびこの胸の奥で『黎明の福音』が爆音で鳴り響いていることも
「…クク …よかろう 貴様がその無垢(ピュア)な盾で身を守るというのなら我はさらなる深淵を見せてやるまで…」
震える声でそう呟いた後、俺は再び「何がさらなる深淵だあああ!」と絶叫してクローゼットに逃げ込んだ
神宮寺皇、十六歳 恋の進展は0.1ミリ
だが羞恥心のダメージは10,000ポイント
あまりにも長すぎる、そして痛すぎる『聖戦(片想い)』は始まったばかりである