放課後の教室
夕焼けが血のように赤く染まる刻(とき)俺の右腕は……いや、俺の『魂の檻』はかつてないほどの共鳴(レゾナンス)を起こしていた
黒い包帯を何重にも巻き付けた右腕を顔の前に掲げ、俺は鏡の中の自分を見つめる「ククク… この瞳に宿りし『虚空の観測者』が覚醒を求めておる ……まだだ まだ目覚める時ではない、我が半身よ……!」
俺――漆黒院零音(しっこくいん・れおん)は低く掠れた声で独り言を吐いた
右目には深紅、左目には漆黒のカラーコンタクト 特注の長い学ランの襟を立て、俺は孤独という名の快感に浸っていた
そう、俺は選ばれし者
この退屈な世界を浄化するために遣わされた、闇の使者なのだ
その時、教室の扉がガラリと開いた
「神宮寺くん、まだいたんだ 先生がこれ届けてほしいって」
静寂を切り裂いたのはクラス委員長の瀬戸内悠真(せとうち・ゆうま)の声だった 神宮寺
そのあまりにも「出来すぎた」本名を呼ばれた瞬間、俺の脳内の魔法陣がバラバラに砕け散った
「っ!? せ、瀬戸内か 貴様……、我をその忌まわしき『真名(まな)』で呼ぶなと言ったはずだ……!」
「え? でも神宮寺皇(じんぐうじ・こう)ってすごくかっこいい名前じゃん 皇(すめらぎ)って書いて『こう』って読むんだよね ……あ、もしかして、また『漆黒院くん』って呼んでほしかった?」
悠真は悪びれる様子もなく俺に近づいてきた。
そう、俺の本名は神宮寺皇
親がどんな期待を込めたのか知らないが無駄に高貴で無駄に強そうな名前だ
この名前のせいで子供の頃から「名前負けしてる」だの「王子様」だのと揶揄われてきた
だから俺はその完璧すぎる本名を隠すためにさらに上を行く『漆黒院零音』という闇の設定を付け加えるしかなかったのだ
「ふ、ふん… 神宮寺皇など、この現世における仮初の器に過ぎぬ 我の真の魂は、次元の狭間を彷徨う漆黒の……」
「はいはい、漆黒院くんね これ、進路希望調査票 期限過ぎてるから直接職員室に持ってってね」
悠真は俺の言葉をさらりと受け流し、プリントを机に置いた
その時、彼の手が俺の包帯が巻かれた右腕にふっと触れた
「……なっ!? 貴様、我が封印に触れるとは……っ!」
「あ、ごめん …でもこの包帯ちょっと緩んでない? 巻き直してあげようか」
「必要ない! 立ち去れ、光の眷属よ!」
俺はバッと腕を引き、マント(学ラン)を翻して教室を飛び出した
夕暮れの廊下を革靴の音を響かせて走る
背後で悠真が何か言っていた気がするが今の俺にはそれを聞く余裕などなかった
――五分後 俺は校舎裏の非常階段の下で頭を抱えてしゃがみ込んでいた
「うわああああああああああ!! 死にたい! 消えたい! 今すぐブラックホールに飲み込まれたいいいい!!」
さっきまでの威厳はどこへやら、俺は地面を拳でボカスカと叩いた恥ずかしい
思い出すだけで全身の毛穴から冷や汗が噴き出す
『次元の狭間』!? 『真名』!? どの口が言ったんだ、神宮寺皇!
せっかく悠真が普通に接してくれたのになんで俺はあんなイタい返しをしてしまったんだ あいつ、絶対心の中で笑ってる
「神宮寺くん、名前かっこいいよね(笑)」って絶対思ってる!!
「あああもう無理だ、明日は学校休もう いや、もう二度と悠真の顔が見られない……」
のたうち回り、地面に顔を擦り付ける勢いで悶絶していると
「……そんなに嫌だった? 名前褒めたの」
上から降ってきた声に俺の心臓は停止した
見上げると非常階段の手すりから悠真がひょっこりと顔を出して俺を見下ろしていた
「……ひっ、あああ、あ、あああ……」
「追いかけてきちゃった …神宮寺くん、さっきからすごい格好だよ? 地面と交信(チャネリング)でもしてるの?」
「ち、違う! これは……大地の鼓動を聴いていただけで……っ
まだやるのか、俺。
脳内の理性が「もうやめて、皇のライフはゼロよ!」と叫んでいる
悠真は階段を降りてきて、俺の目の前でしゃがみ込んだ
「ねえ。僕は、漆黒院くんのそういうところ、嫌いじゃないよ」
「……え?」
「神宮寺皇っていう名前に負けないように、一生懸命『自分』を作ってるんでしょ? ……かっこいいと思うよ。本気で何かに成りきれるって、すごい才能だよ」
悠真の瞳が、至近距離で俺を射抜く
彼はそっと手を伸ばし、俺の右目に張り付いた紅いカラーコンタクトを、指先でなぞるような仕草をした
「……でも。漆黒の魔導師様もいいけど。……たまには、僕だけに『皇くん』の顔を見せてよ」
皇(こう)くん
下の名前を呼ばれた瞬間、俺の顔はカラーコンタクトよりも真っ赤に染まった
心臓が鼓動という名の爆縮を起こしている
これは闇の魔力でも次元の歪みでもない
ただの……どうしようもないほど純粋な恋の始まりだった
「……よ、よかろう 貴様を、我が唯一の『理解者(オブザーバー)』として承認してやる……」
俺は震える声で精一杯の言葉を紡いだ
悠真は満足そうに微笑むと俺の頭を子供をあやすように優しく撫でた
その日の夜 自分の部屋のベッドで俺は枕を何度も何度も殴りつけていた
「うわあああああああ!! 承認してやるって何だ俺!! 偉そうに何様だ!! 観測者(オブザーバー)って言った瞬間のあいつの顔見たか!? 完全にニヤついてたぞ!!」
羞恥心の嵐が俺の精神をズタズタに引き裂く
明日、どんな顔をして学校へ行けばいい
いや、そもそも「承認した」ということはこれからもあいつの前でこのキャラを続けなければならないということか?
神宮寺皇、十六歳 厨二病という最強の盾を初恋という名の聖剣であっさりと貫かれた最弱の魔導師
俺のあまりにも恥ずかしすぎる聖戦(初恋)はまだ始まったばかりだった
夕焼けが血のように赤く染まる刻(とき)俺の右腕は……いや、俺の『魂の檻』はかつてないほどの共鳴(レゾナンス)を起こしていた
黒い包帯を何重にも巻き付けた右腕を顔の前に掲げ、俺は鏡の中の自分を見つめる「ククク… この瞳に宿りし『虚空の観測者』が覚醒を求めておる ……まだだ まだ目覚める時ではない、我が半身よ……!」
俺――漆黒院零音(しっこくいん・れおん)は低く掠れた声で独り言を吐いた
右目には深紅、左目には漆黒のカラーコンタクト 特注の長い学ランの襟を立て、俺は孤独という名の快感に浸っていた
そう、俺は選ばれし者
この退屈な世界を浄化するために遣わされた、闇の使者なのだ
その時、教室の扉がガラリと開いた
「神宮寺くん、まだいたんだ 先生がこれ届けてほしいって」
静寂を切り裂いたのはクラス委員長の瀬戸内悠真(せとうち・ゆうま)の声だった 神宮寺
そのあまりにも「出来すぎた」本名を呼ばれた瞬間、俺の脳内の魔法陣がバラバラに砕け散った
「っ!? せ、瀬戸内か 貴様……、我をその忌まわしき『真名(まな)』で呼ぶなと言ったはずだ……!」
「え? でも神宮寺皇(じんぐうじ・こう)ってすごくかっこいい名前じゃん 皇(すめらぎ)って書いて『こう』って読むんだよね ……あ、もしかして、また『漆黒院くん』って呼んでほしかった?」
悠真は悪びれる様子もなく俺に近づいてきた。
そう、俺の本名は神宮寺皇
親がどんな期待を込めたのか知らないが無駄に高貴で無駄に強そうな名前だ
この名前のせいで子供の頃から「名前負けしてる」だの「王子様」だのと揶揄われてきた
だから俺はその完璧すぎる本名を隠すためにさらに上を行く『漆黒院零音』という闇の設定を付け加えるしかなかったのだ
「ふ、ふん… 神宮寺皇など、この現世における仮初の器に過ぎぬ 我の真の魂は、次元の狭間を彷徨う漆黒の……」
「はいはい、漆黒院くんね これ、進路希望調査票 期限過ぎてるから直接職員室に持ってってね」
悠真は俺の言葉をさらりと受け流し、プリントを机に置いた
その時、彼の手が俺の包帯が巻かれた右腕にふっと触れた
「……なっ!? 貴様、我が封印に触れるとは……っ!」
「あ、ごめん …でもこの包帯ちょっと緩んでない? 巻き直してあげようか」
「必要ない! 立ち去れ、光の眷属よ!」
俺はバッと腕を引き、マント(学ラン)を翻して教室を飛び出した
夕暮れの廊下を革靴の音を響かせて走る
背後で悠真が何か言っていた気がするが今の俺にはそれを聞く余裕などなかった
――五分後 俺は校舎裏の非常階段の下で頭を抱えてしゃがみ込んでいた
「うわああああああああああ!! 死にたい! 消えたい! 今すぐブラックホールに飲み込まれたいいいい!!」
さっきまでの威厳はどこへやら、俺は地面を拳でボカスカと叩いた恥ずかしい
思い出すだけで全身の毛穴から冷や汗が噴き出す
『次元の狭間』!? 『真名』!? どの口が言ったんだ、神宮寺皇!
せっかく悠真が普通に接してくれたのになんで俺はあんなイタい返しをしてしまったんだ あいつ、絶対心の中で笑ってる
「神宮寺くん、名前かっこいいよね(笑)」って絶対思ってる!!
「あああもう無理だ、明日は学校休もう いや、もう二度と悠真の顔が見られない……」
のたうち回り、地面に顔を擦り付ける勢いで悶絶していると
「……そんなに嫌だった? 名前褒めたの」
上から降ってきた声に俺の心臓は停止した
見上げると非常階段の手すりから悠真がひょっこりと顔を出して俺を見下ろしていた
「……ひっ、あああ、あ、あああ……」
「追いかけてきちゃった …神宮寺くん、さっきからすごい格好だよ? 地面と交信(チャネリング)でもしてるの?」
「ち、違う! これは……大地の鼓動を聴いていただけで……っ
まだやるのか、俺。
脳内の理性が「もうやめて、皇のライフはゼロよ!」と叫んでいる
悠真は階段を降りてきて、俺の目の前でしゃがみ込んだ
「ねえ。僕は、漆黒院くんのそういうところ、嫌いじゃないよ」
「……え?」
「神宮寺皇っていう名前に負けないように、一生懸命『自分』を作ってるんでしょ? ……かっこいいと思うよ。本気で何かに成りきれるって、すごい才能だよ」
悠真の瞳が、至近距離で俺を射抜く
彼はそっと手を伸ばし、俺の右目に張り付いた紅いカラーコンタクトを、指先でなぞるような仕草をした
「……でも。漆黒の魔導師様もいいけど。……たまには、僕だけに『皇くん』の顔を見せてよ」
皇(こう)くん
下の名前を呼ばれた瞬間、俺の顔はカラーコンタクトよりも真っ赤に染まった
心臓が鼓動という名の爆縮を起こしている
これは闇の魔力でも次元の歪みでもない
ただの……どうしようもないほど純粋な恋の始まりだった
「……よ、よかろう 貴様を、我が唯一の『理解者(オブザーバー)』として承認してやる……」
俺は震える声で精一杯の言葉を紡いだ
悠真は満足そうに微笑むと俺の頭を子供をあやすように優しく撫でた
その日の夜 自分の部屋のベッドで俺は枕を何度も何度も殴りつけていた
「うわあああああああ!! 承認してやるって何だ俺!! 偉そうに何様だ!! 観測者(オブザーバー)って言った瞬間のあいつの顔見たか!? 完全にニヤついてたぞ!!」
羞恥心の嵐が俺の精神をズタズタに引き裂く
明日、どんな顔をして学校へ行けばいい
いや、そもそも「承認した」ということはこれからもあいつの前でこのキャラを続けなければならないということか?
神宮寺皇、十六歳 厨二病という最強の盾を初恋という名の聖剣であっさりと貫かれた最弱の魔導師
俺のあまりにも恥ずかしすぎる聖戦(初恋)はまだ始まったばかりだった

