その忌み子は最上級の鬼に溺愛される


 わたしは切れていた息が整い、思考も整ってきたことを感じていた。
「子供が欲しいだなんて……旦那様はそこまでわたしのことを……」
 そう思うと、胸の奥があたたかい感じがした。子供がいる未来だなんて、領地を追い出される前までは考えようもなかった。
「旦那様と……」
 そう口にしようとした瞬間だった。
「きゃ!」
 空想に注意を奪われていたわたしは、気配を消した誰かに、のど元に刃物を突き付けられていることにすら気づけなかった。
「鬼のところに案内しな」
 しゃがれた男の低い声がする。そこには確かな憎悪があった。
「どうして……」
 なんとか顔を見てみると、険しい目つきの顔に傷のある男だった。
「俺は、鬼にちょっと因縁のある鬼狩りさ。依頼人はあんたの継母だよ。冥土の土産に教えるように言われている」
 鬼狩りはあざ笑うように話す。
「なんでそんな……旦那様を討伐したら私を嫁にした意味が……」
 わたしは違和感のあるところをなんとか声に出した。
「ないと思うだろ?お前たちはもう用済みなんだよ。今、最上級の鬼と忌み子が愛し合っている。供物にした時、誰がそんなこと想像した?気味が悪いだけだ。飢饉はしばらく終わらない。子爵は税金の肩代わりなんてする気はない。なら、次の悪役を用意すればいい。それがお前たちだよ」
 まくしたてるように冷酷すぎる事実を鬼狩りは言う。
「そんな……」
(お父様とお母様の領地をそんな風に統治するなんて……ひどい)
 わたしはあまりの酷い現実を受け止めきれなかった。
「それに様子を見りゃあ、あの鬼はもう腑抜けだ。昔の殺気がない」
 鬼狩りはニヤニヤと次の計画を実行に移そうとしているようだった。
 その時、どこかで風を切る音がした。ガキン、という音がして鬼狩りはわたしごと、身を翻して”なにか”をかわした。
「旦那様……!」
 あでやかな髪をなびかせて、旦那様が現れた。
「チッ……人間のくせに勘がいいな、その汚い手で妻に触れないでいただけるか」
 見たことがない位旦那様は殺気を出している。
(これが、最上級の鬼ということ……?)
「お前にこの傷をつけられてからおまえを討伐する日を夢見てきたんだ。これくらいお茶の子さいさいさ」
 鬼狩りの声音にはひょうひょうとしたところがありながら、確かな悪意があった。
「俺はそんなこと知らないな。……何が望みだ」
 旦那様は聞いたことのない声音で鬼狩りに問いかける。
「もちろん、鬼の首さ」
(旦那様の首を……!?)
 鬼狩りの要求はどこまでも冷酷だった。
「……それで妻が助かるのか」
 旦那様は聞く耳を持ってしまっているようだった。
「もちろん」
(嘘だ。この男は絶対に嘘をついている。わたしのせいで旦那様がいなくなるなんて絶対にイヤ……)
「なら、おれはお前にこうべをたれてやろう」
 旦那様は無表情で言った。
「話が分かるのが早いじゃねえか」
 旦那様が、片膝をつくと鬼狩りはわたしを突き放した。
「きゃ……」
 そして、しりもちをついた私は旦那様と目が合った。
「俺は、俺は、どうして人間に興味があるのか分かったよ。本でしか見たことがない、愛というものを知りたかった。今この胸にある。愛しているよ」
 これまでにないくらい穏やかな顔の、そして、人生で初めて他者から受けた告白はとてもやさしかった。
「旦那様……」
 こんなにも危機的な状況であるのにわたしは体が軽くなるのを感じた。
(これで終わらせるなんてだめよ)
 わたしはあるものが手に届く範囲にあったのを見逃さなかった。そして、鬼狩りが刀を振りかざした瞬間。
「ふん!」
 鬼狩りにとって無力化したものだと思っていたわたしは、意表をついて大きい石で頭を殴った。
「がっ」
 そして、男はそのまま白目をむいて倒れた。ぴくぴくとしているので意識を失っているだけのようだった。
「花咲!」
 旦那様はいたく取り乱した顔だった。
「旦那様あ!」
 旦那様はわたしを抱きしめる。
「なんで、あんな無理をしたんだ。俺の首は人間の作るような刀では切れない!」
 叱るようにでも慈しむように旦那様は言う。
「だって、だって、さよならをされたみたいで!旦那様ともうなにもできなくなるのがいやだったんですっ!」
 わたしは泣きながら旦那様に必死にいった。そうすると、旦那様はほほえみながらわたしに言葉をかけてくれた。
「花咲……、思わず場に合わない、お前にとって命がけの場面で。悪かった。なんといえばいいのか……」
 言葉を紡ごうとする旦那様の姿は美しかった。
「これが多分、”愛してる”なんだ。お前が愛おしい」
(なんて素敵な方なんだろう)
「旦那様……いえ、深紫さま、わたしも……愛しております」
 わたしもほほえみ返しながら思いを伝えた。
 わたしと旦那様は見つめあった。
「こういう時にすることを……してもいいか?」
 旦那様は少し照れくさそうにした。
「わたしは深紫さまの花咲ですから。聞かずとも」
 旦那様のくちびるはわたしに優しくくちづけした。