恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 涼星と美帆が向かってから30分が経過した。ひかると大我に至っては1時間以上が経過したのに、いまだに帰って来ない。
 下足箱から音楽室は歩いても10分だ。どれだけ手間取っても、往復で1時間以上かかるなんてあり得ない。
 撮影スタッフの方を見ると、すっとGOサインが出された。
 (ま、マジかよ……?)
 まさか別の出口から出ているか、クリアしたペアから順に宿に帰っているのだろうか。
 考え込んでいる千早の肩を、侑里がぽんっと叩いた。

 「じゃあ行こっか、千早」
 「……ああ」
 「ふふっ、皆手こずってるのかな?まだ中に居たら全員で一緒に帰れるかもね~」

 特に怖がるそぶりを見せない侑里が、自撮り棒にスマホをセットして高く掲げる。千早もそれに合わせて懐中電灯の電源を入れた。

 「じゃ、行ってきま~す」

 インカメラに千早と収まる様に顔を寄せて微笑む侑里に視線を送り、2人は夜の校舎に繋がる扉を開いた。
 夜の下足箱は普段使っている物と同じのはずなのに、無人の夜というだけで不安を煽る。
 (特に、おかしな所は無いが……)
 下足箱を通り過ぎて廊下に差し掛かると、隣の侑里がからかうように目を細めて千早を見上げた。

 「ふふっ、ゴメンね千早~。涼星じゃなくって!」
 「は、はあ……?いいってそんなの」
 「そう?てっきり涼星と一緒に行けなくて落ち込んでるのかと思ってた」
 「そんな訳あるか。だいたい、男2人で肝試しなんか行くもんじゃないだろ」
 「そんなのどっちでもいいんじゃない?異性とか同性とか、アタシは気にしないよ」

 侑里が男子トイレの看板に差し掛かった辺りで立ち止まる。
 窓から差し込む月明りが、侑里の輪郭を静かに照らした。

 「なんなら、ドッペルゲンガーでも気にしないよ」
 「……え?」

 自然に零されたその言葉に、千早は眉を顰めた。

 「侑里。……冗談でも、そういう事は言わない方が良いぞ」
 「なんで?ドッペルゲンガーって人間と変わらないじゃない。アタシにとっては同じだよ、どっちもさ」
 「人間と怪異は違う存在だろ」

 千早の言葉に、侑里は目を細めて微笑んだ。
 ピンク色のリップグロスに彩られた唇に手を当てて、そっと言葉を紡いだ。

 「ねえ千早。ドッペルゲンガーって、なんだろうね」

 黒髪をかき上げて耳にかける。その仕草は、昼間も見た侑里の癖だ。

 「姿も声も性格も同じなんてさ。それって本人と何が違うんだろうって、そう思わない?」
 「……そう、かも知れないが」
 「人間って5年あれば細胞全部入れ変わって、5年前の自分とは別人になるんだって。それってさ、ドッペルゲンガーと何が違うんだろうね?」

 侑里は歌うように告げ、くるりと半回転して千早に背を向けた。
 その背中は華奢で、昼間よりも頼り無さそうに見える。

 「……アタシね、家族が居ないんだ。幼い時に事故とか病気でさ。だから彼氏でも彼女でも、一緒に居てくれる人が欲しいの。この恋愛リアリティーショーに3回も参加してるのはそれが理由」

 振られてばっかりなんだけどね~、と茶目っ気を交えて告げながら侑里が肩越しに振り返る。笑顔だが意志の強い瞳で、立ち尽くす千早の瞳をしっかりと捕らえた。

 「その相手がドッペルゲンガーだろうと、アタシを愛してくれるなら気にしない。……千早は?」
 「え?」
 「ドッペルゲンガーでも、人間と恋愛出来ると思う?」
 「……」

 白い月の光に照らされたその横顔は血の通った人間の様にも、精巧なマネキンの様にも見える。
 少しの間言葉を発せなかった千早に、侑里が眦を下げて相好を崩した。

 「ゴメンゴメン!変なこと言って!反応しずらいよね」
 「……侑里が謝る事じゃない。俺が口下手なだけだ」
 「そんな事ないよ。……あのさ、千早」
 「ん?」
 「アタシね、結構千早の事良いなって思ってるよ」

 侑里はうっすらと頬を染めて千早に向き直る。さらりと髪をかき上げて、それを耳にかける。

 「千早って結構人の事よく見てるし、今みたいにさり気なくフォローとかしてくれるじゃん。そういう所良いなって思ってる。だからさ、千早はもっと自信持ちなよ」
 「そう、か……?」
 「うん。……あーあ、アタシ本当に狙ってかもな~。涼星が居なかったらね」

 "涼星が居なかったら"。
 その言葉になぜが、心臓の辺りがザワザワと脈打つ。
 何か言わないと、そう思って口を開いた瞬間、ポロン、と甲高い鍵盤の音が小さく耳に届いた。
 その音は――突き当りの音楽室から聴こえてくる。

 「おっ、もしかして本物の怪奇現象だったりして~。じゃあ、早く音楽室行っちゃおうか!」
 「あ、ああ……」

 侑里が何事も無かったかのように千早の隣に戻り、懐中電灯を構え直す。
 二人並んで突き当りまで進むと音楽室の看板が見えてきた。物悲しいバラード調のピアノの音が、明確に耳に届く。

 「『月光』……?」

 演奏されているその曲は、ベートーヴェンの月光だった。
 物悲しくも美しい旋律のはずなのに、ゾワゾワと神経を直接撫でられるような寒気を感じ、それを何とか顔に出さずに堪える。

 「千早詳しいね。あ、ほら丁度見えて来たよ。――音楽室」
 「俺が開ける。侑里はちょっと下がってろ」
 「わ~お。カッコいいじゃん」

 侑里を半身下がらせて、音楽室の扉を開ける。
 懐中電灯薄で暗い室内を照らすと、中央のグランドピアノに誰かが座っている。
 高い上背に、月明りに照らされる白い横顔と亜麻色の髪。――涼星だ。
 月の光を浴びた涼星はどこか神秘的で、人形の様な不気味な美しさを纏っている。

 「りょうせ――」

 千早が呼びかけた瞬間、涼星がピアノ演奏をピタリと止める。
 すっと伏せられた長いまつ毛を持ち上げ、千早に向かってすぅっと影の落ちた笑みを浮かべた。

 「待ってたよ千早。ほら、こっちに来なよ」
 「……侑里はここに居てくれ、先に行く」
 「……うん」

 侑里を音楽室の扉の前に残し、千早は涼星の座るグランドピアノの元に歩みを進める。
 木製のフローリングが、少しだけ軋む。

 「他の皆はどうした?」
 「ん~、俺は会わなかったなぁ。それより受け取りなよ。千早の分」

 涼星が小さな木の箱を千早に差し出す。木箱の中にはお守りが入っている。薄暗くて、その色は判別出来ない。
 おそるおそる涼星に近づき、中のお守りに手を伸ばす。
 座る涼星を見下ろした時、涼星の後ろに人影が複数人見えた。涼星の影に隠れるようにうずくまっていた人型の影が顔を上げ――見開いた瞳がぎょろりと千早を捕らえた。

 「わああああああああ!!」
 「う、うわあああっ!?」

 ガッと両手を伸ばされ、千早が叫び声を上げてのけ反る。その瞬間、パッと音楽室の電気が付いた。
 千早に向かって手を伸ばしていたのは……両手の爪を見せるように折り、威嚇するように声を上げた大我とひかるだった。

 「へ……?うわっ!?」
 「千早ーーー!!見て見て!」

 千早の後ろから息を弾ませた甲高い声が響く。ビクッと肩を震わせながら振り返ると、美帆がプラカードを持って立っていた。

 「行くよっ!せーの!」
 「ドッキリ大成功~~!!」

 明るい音楽室の室内に美帆、大我、ひかる、涼星の声が重なって響く。

 「は、はあ!?」
 「めっちゃビビってんじゃんウケる~!あんたそんなおっきい声出るんだね!」
 「堪忍なあ、千早くん」
 「おい侑里~~!なんで入ってこないんだよー!」
 「あははっ、千早がアタシを守ってくれたおかげだね」
 「はい、どーぞ千早」
 「ああ、ありが……って、そうじゃないだろ!?」

 さり気なく差し出された涼星からのお守りを受け取りつつツッコミを入れる。
 涼星は肩を震わせて、口元に手を当てて笑っている。
 お守りはピンク色の袋に赤いハートがこれでもかとあしらわれ、『縁結び』と刺繍の施されたラブリーな物だった。
 (こんなデザインだったかうちの島のお守り!?)
 なんかもうデザインにすら腹が立ってきた。

 音楽室内に入ってきた侑里が皆と和気藹々と談笑を始めるのを尻目に、ジト目で涼星を睨みつける。

 「お前な……!ドッキリってなんだよ!?」
 「俺も廊下で美帆に聞かされて初めて聞いたんだって。音楽室に残ってさ、最後のペアを全員で驚かそうって企画」

 通りで前のペアが帰って来ないのにスタッフがずっと冷静だったわけだ。

 「涼星くんピアノまで出来るの超カッコいい~!」
 「でしょ~?」

 (なんでピアノ演奏まで出来るんだよこのイケメン。意味分かんねえ)
 怨嗟の目で見つめる千早の視線に気づいた涼星が、手を横にして口元に寄せてゴメンね、とウインクした。

 「じゃあ全員で記念撮影しよーよ!ウチが撮ってあげる~!」
 「おーい!千早、涼星!早く来いよ!」

 美帆と大我に促されて2人は並んで皆の傍による。

 「皆お守り持ってねー!行くよっ、はいチーズ!」

 千早が渋々お守りを顔の近くに持って、涼星の隣でぎこちなく笑みを作る。
 何回かシャッター音が響くと、美帆が自撮り棒を下げた。

 「じゃあ帰ろっか!ウチ暗いの怖いから真ん中にしてよね!」
 「いいよ。アタシが隣に居てあげる」
 「さっすが侑里~!」
 「よぉし、帰ろうぜ千早!道案内頼むぜ地元民!」
 「1本道を引き返すだけだろ」

 行きとは打って変わって吹っ切れた様に笑う大我に呆れつつも視線を送る。その瞬間、大我の輪郭や服の裾がジジッとノイズがかった様に歪んだ。

 「……え」

 それを見た瞬間、血の気が引くような感覚がした。
 (なんで、大我の輪郭までぶれて見えるんだ?これじゃまるで、ドッペル――)

 「千早」

 ハッとして顔を上げると、真剣な眼差しで千早を見下ろす涼星と視線がかち合った。思わず注意深く涼星を観察する。服も肌も、残像の様に二重にぶれる事は無い。

 「なんか顔青ざめてない?もしかして無理してた?」
 「……いや、大丈夫だ」
 「言っただろ?ちゃんと帰って来るってさ」

 ああそうだ。こんなのはただの考え過ぎだ。侑里との会話で少し過敏になっているだけだ。
 ほっと胸を撫で下ろして、小さく微笑む。

 「そうだな」
 「あれ?随分素直だね」
 「……良いだろ、別に」

 今度は赤く染まりそうになる頬を隠す様に窓を見た。
 同時に、音楽室の電気が消される。
 鏡の様に景色を反射した窓にひかる、侑里、美帆、大我の4人の後姿が映る。その4人の輪郭が一瞬、ジジッと二重にぶれて見えた――。

 ◇

 肝試しが終わるとその日の撮影は終わり、千早達は全員で宿まで向かった。
 瓦屋根に和風の趣きの残る宿屋に通された全員は、そこで解散となった。

 「じゃあまた明日ね~。大我、寝坊するんじゃないわよっ!」
 「しねーっての!朝強そーな千早が起こしてくれるわ!」
 「自力で起きろ」

 玄関口で軽口を叩いていると、ひかるが1歩その輪から離れた。

 「ほな皆おやすみ。うちは知り合いの家に泊まるわ」
 「え?ひかるアタシ達と一緒じゃないの?」
 「こっちに親戚おんねん。じゃあまた明日な」
 「あ、うん……」

 あっけにとられる侑里に手を振って背を向け、ひかるは闇に溶けるように消えていった。

 「じゃあ解散って事で。皆また明日」

 涼星の言葉で解散し、各々部屋に向かった。
 旅館は4人部屋が宛がわれていた。温泉に浸かって藍色の寝間着に袖を通すと睡魔が襲ってきて、3人は雑談もそこそこに眠りに付いた。

 千早は布団に横向きに寝転がりながら薄っすら瞼を持ち上げた。海の近くの宿屋は、耳を澄ますと微かに波の音が聴こえてくる。
 煌々と輝く月を窓越しに見つめる。窓に反射する自分の顔すら、今は少しだけ不気味に見えた――。

 To Be Continued……