恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。



side:千早

カチコチと壁掛け時計の音が海の家に響く。料理が片付けられて、飲み物のグラスが置かれるだけのテーブルは殺風景だ。大我がおずおずと話し始める。

「……美帆、ちょっと遅くねえ?」
「なあ、やっぱり探しに行った方が良いんじゃないか?俺行って――」

千早が再度立ち上がろうとした瞬間カラカラとドアベルが鳴り、ガチャリと扉が開かれた。

「ごめんごめ~ん!ちょっと道に迷っちゃってさ!」

そこに居たのは探しに行ったスタッフを連れた美帆だった。
全員椅子から立ち上がって美帆に駆け付ける。

「美帆!もう心配したんだからねっ!」
「ごめん侑里~!あ、ひかるもごめんね!突き飛ばしちゃってさ」
「ううん。うちも無神経なこと言ってごめんな」

眉尻を下げながら笑顔で頬を掻く美帆はペロ、と小さく舌を出した。
次いで、全員を眺めながら明るい声を発した。

「あっ、そーだ!お詫びって訳じゃないけど。ウチもやるよ、肝試し!」

その言葉に千早はぎょっとする。さっきまでの美帆なら、いくらお詫びとはいえとても進んで肝試しをする様には見えなかったから。

「……本当に、大丈夫か?」
「うん!やって見れば楽しいかもじゃん?そ・れ・にぃ、ウチって涼星くんとペアでしょ~?」
「ああ、そうだね」
「じゃあやらなきゃ損でしょ!涼星く~ん!ウチ怖いの本当に無理だからちゃんと守ってね?」
「……そんな大がかりな仕掛けなんて無いでしょ」

美帆が涼星の腕に自身の両腕を絡ませて上目遣いで見つめる。涼星は曖昧に微笑んだ。
美帆がニッと笑って千早に向けてネイルで飾られた爪を見せつける様にピースする。

「ふふっ。肝試し楽しみぃ~~……だね?」

その瞬間、美帆の影がジジッと二重にぶれて見えた。



「じゃあカメラ回しまーす。3、2……」

日が落ち切った夜の晴嵐高校の校門の前、監督の指示でカメラの録画が始まる。
それと同時に、涼星が笑顔でよく通る声を発する。

「バーベキュー美味しかったね~!次はこの青嵐高校で肝試しだって。バーベキューの時にペアは決めたから、1組ずつ校舎に入っていくよ」
「肝試しのゴールってどこなの?」
「一階の突き当りに音楽室だね。そこにある恋愛成就のお守りを取れば帰れるよ。ここは撮影用のスマホで自撮りしながら向かうから本当に2人っきりだね。……皆、無事に帰ってこれるかな~?」
「も~!ウチ怖いのダメだってえー!」
「あははっ。1本道だから大丈夫でしょ」

1階の音楽室までは距離もそこまで長くない為、肝試しの難易度は高くない。
さっきのバーベキューの時もそうだったが、涼星はいち早くスタッフからのカンペなどに気が付くから、自然とリーダーの様な役割になっている。
(ちょっと、羨ましいな……)
千早にそんな社交性は備わっていない。だからか、涼星は眩しく見える。

「じゃあ最初は大我ひかるペア!いってらっしゃ~い!」

涼星に指された大我がビクリと分かりやすく肩を跳ねさせ、どんっと自分の胸を叩いた。

「お、おおおおう任しとけ……!俺が守るぜひかるちゃん……!!」
「わあ~、頼もしいわ。ありがとお」

美帆ほどでもないが、大我もかなりホラーが苦手の様だ。金色の短い髪すら小刻みに震えている。
大我は意気込んで自動り棒を持つが、先端のスマホが大我の震えに合わせてガタガタと揺れている。ひかるが困った様に笑い、大我の自撮り棒に自分の手を重ねた。

「もお、カメラブレブレやん。うちが持つわ」
「ご、ゴメン……!」
「ほな行こ。大我くん」

ひかるに促されるまま、2人並んで校舎の正門から中に入っていった。
(大丈夫か……?大我)
胸に一抹の不安を覚えながら、千早は大我達を見送った。



side:大我

コツーン、コツーン……と無人の薄暗い校舎に2人のローファーの音が響く。
下足箱を抜けて廊下に差し掛かると、その靴音が更に反響して、大我は一瞬足を竦ませる。

「う……っ」

何もいないはずなのに怖い。なんかもう廊下の窓ガラスに映る自分すら怖い。
どんどん歩調がゆっくりになり、小型の懐中電灯を持つ手が震え始める大我とは対照的に、隣のひかるは自撮り棒に付いたカメラで自分達を写しながら悠然と歩いて行く。

「ひ、ひかるちゃんってホラー系平気なんだな!かっけえ!」
「そんなことあらへんよ~」

ひかるのハスキーでふわふわした声が夜の廊下に響く。大我はそれに引き攣った笑顔で応えるが、緊張でだんだんと笑顔を作るのが苦しくなっていった。
夜風で木々が擦れる音にビクリと両肩を震わせる。
(こ、このままじゃやべえ!ひかるちゃんに1個もカッコ良いとこ見せられねえ!)
何かないかと必要以上にキョロキョロしていると、コンクリートの壁の上部に設置された男子トイレの看板が視界に入った。

「ひかるちゃんごめん!ちょ、ちょっとトイレ!」
「ええよ。いってらっしゃい。カメラは切っとくな~」

ひかるを置いて男子トイレに駆け込む。
夜のトイレは薄暗いが、電気を付ける事もせずに大我は早々に小便器で用を足した。

「あ~~~やっべえ、舐めてたわ肝試し」

幽霊なんてなにも出ないのに怖い。夜の学校とはなぜこんなに恐怖心をあおるのか。
ベルトのバックルをかけ直し、扉近くの洗面台に手を付く。

「気合い入れろ俺~……。ぜってえひかるちゃんにかっけえ男って思ってもらうんだ……ん?」

手をかざしたが、蛇口からは水が出てこない。
(は、ハア!?イマドキ自動じゃねえ事あんのか!?)
不味い。手元が暗すぎて蛇口のコックが見えない。大我は丁度真横の壁に設置されているスイッチを付けた。

「…………あ?」

パッと男子トイレが明るく照らされた瞬間、大我の後ろに人影が見えた。
鏡に映されたその顔は照明を受けてぎらつく金色の短髪に、着崩した制服。
耳に付いた黒のフープピアスが怪しく光る。その姿は、大我が2人いるようにしか見えない。
後ろで俯いていた大我――ドッペルゲンガーがゆっくりと顔を上げ、ニイィと口の端を吊り上げた。

「う、うわああああああ!!」

それを見た瞬間内臓が冷えたような気がして、大我はトイレ内に響き渡るような絶叫を上げた。
ドッペルゲンガーから背を向けて出口に駆け出そうとした瞬間足がもつれ、近くに設置された掃除用具入れのロッカーに激突した。
ガシャァン!!とけたたましい音を立ててロッカーがビニル製の床材に倒れ、中身のバケツやモップがトイレ内にぶちまけられる。
バランスを崩した大我がロッカーと共に床に倒れる。
ドッペルゲンガーが目を見開いて笑みを濃くする。散らばった掃除用具をものともせず、大我に歩み寄る。

「ヒイッ!来るな!来るなあああああああ!!」

大我はもつれる足を引きずりながら扉に向かって逃げ出す。その瞬間、扉の向こうから控えめな靴音が響いた。

「もお~、何してるん?大我くん」

薄いカーディガンにプリーツスカート姿のひかるが、大我の逃げ道を塞ぐように扉の前に立ち塞がった。そのまま、ココアブラウンの髪を靡かせながら男子トイレに侵入する。

「え!?ちょ、ひかるちゃんここ、男子トイレ……っ!?」

気が動転してひかるに手を伸ばす大我に、ひかるが小首をかしげて微笑む。大我が2人居るという不可思議な状況を見たはずなのに、ひかるは普段と何も変わらない微笑みを称えている。

「ん?そんなん問題ちゃうよ。うちの使うトイレもこっちやし」
「ひ、ひかるちゃん……?」
「ああ~……。君本当に純粋やねえ。うちの事分からんかったん?」
「な、何言って……っ!?」

ひかるが大我の顔の傍に少しだけ足を開いてしゃがみ込む。
捲れたスカートに先には筋張った太ももと――灰色のボクサーパンツが覗いている。

「だってうち……ううん、"僕"男やもん」

背後に広がる夜空がひかるを怪しく照らす。
女性らしい柔和な表情に、少し低めのハスキーボイスが重なる。

「……へ?」
「ごめんなあ、ちゃんと言わんとって。……でも、逃げてもうたね、大我くん」
「え?……ぐ、ガハッ!」

ガンっと音がして大我の頭に衝撃が走る。
グラグラと揺れる頭で必死に振り返ると、ドッペルゲンガーがデッキブラシを持って歯を剥き出しにして狂気な笑みを浮かべた。腕を振り上げ、大我の頭に何度もデッキブラシを打ち込んだ。

「た、助け……っ!にげ、逃げてくれ……っ!ひかるちゃん……!」

ガンッ、ガンッとデッキブラシが打ち付けられ、大我の眼球がぐるりと上に向く。
ひかるはそれを、ただ穏やかな表情で見つめている。
頭から血を流しながらびくびくと痙攣を繰り返す大我に顔を寄せ、そっと温度を失ってゆく頬を撫でた。

「大丈夫。もう痛ないよ。この傷もすぐ治るから。……なっ、()()()()
「ああ、そうだな」

ドッペルゲンガーがデッキブラシを手放し、地に倒れ伏して動かなくなった大我の額に手を当てる。ジジッと大我の輪郭がノイズがかった様にぶれ初め、バシュ、と光に包まれて掻き消えた。
ビニル製の床には、血の一滴も残されていない。
身体にまとわりつく蛍の様な光を吸収し、手や足の感触を確かめるように指や関節を動かす。
光が吸収された瞬間、"大我"はニカッと笑みを浮かべてひかるに手を差し出した。

「よおし!ゴールまでもうすぐだ!一緒に行こうぜ、ひかるちゃん!」
「あれ~?随分明るなったなあ。大我くん」
「あっ、やべ!いやこえーよな!マジでさ!」

ひかるはその手を取って一緒に男子トイレを後にする。
ひかるが廊下の脇に置いていた自撮り棒を持ち直し、スマホのカメラを再起動させた。

「ほな大我くんのお手洗いも済んだから、撮影再開しま~す」
「お、おい!ビビッてなんかねえからな!マジ俺に任せとけ!」

ひかると並んでカメラに向かって青ざめながらビシッと指をさす様は、撮影が切れる前の大我と瓜二つだ。
2人はそのまま夜の校舎を進んで行った。
寄り添う二人の姿が、ジジッとノイズのように揺らいだ――。



side:千早

(……流石に遅くないか……?)
ひかると大我が校舎に入ってから30分近く経過したが、一向に帰ってくる気配がない。
途中に大我らしい叫び声が微かに聴こえてきたが、それ以降夜の校舎は不気味な程静まり返っている。

「さっき、大我みたいな叫び声聞こえてこなかったか?」
「聴こえたねえ」
「ちょ、ちょっと本気すぎでしょ!ほんと無理!!」

涼星にぴったりと寄り添う美帆は青ざめてカタカタと震えているが、千早にはなぜかそれが、海の家で居なくなる前の美帆よりも余裕そうに映った。
奥のスタッフがGOサインを出したのを確認し、涼星がふう、と息を吐き出した。

「とりあえず行こうか。次は俺と美帆の番だね」
「ヤダ~~!やっぱこわーい!!」

美帆は涼星の腕に身体を寄せながら、上目遣いで涼星を見上げた。

「オバケ出たらさ、ちゃんとウチの事守ってね?」
「気が向いたらね」
「も、もー!こんな時くらい嘘でも守るよって言ってよね!?」
「はいはい」

涼星が興味なさげに自撮り棒にスマホをセットしながらあいづちを打つ。
そのまま校舎に進もうとする涼星の背に向かって、千早が声を発した。

「りょ、涼星……!」
「ん?」
「その……気を、付けろよ」
「心配しないでよ千早」

涼星がちょっとごめんね、と美帆に断りを入れて千早の傍に歩み寄った。
涼星は振り返る。項を覆う様な少し癖がかった亜麻色の髪が夜風になびき、涼星の長いまつ毛に縁取られた瞳が千早を映した。そのまま、ポンっと千早の頭に手を乗せて、柔らかい黒髪をわしゃわしゃと撫でた。

「ちょ、なんだよ!子供じゃないんだぞ……!」
「あれー?そうだったっけ?」
「1個しか違わないだろ!」
「あははっ、ゴメンゴメン」

涼星の腕を掴むと、涼星がおどけた様に肩を竦めた。
千早から身体を離した涼星が、振り向き様に微笑む。

「俺、ちゃんとお前の所に帰ってくるから」
「は……っ!?」
「じゃっ、行ってきま~す!」

涼星が明るく告げ、美帆と並んで夜の校舎に繋がる扉に手をかける。
千早は扉が閉まるまで、2人を不安げな眼差しで見つめた。

To Be Continued……