恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 side:千早

 「美帆!皆!こっちこっち~!」

 砂浜で笑顔で振り返る侑里に美帆が駆け寄る。

 「も~!1人でどこ行ったのかと思っちゃったよ!」
 「ゴメンゴメン!潮風が気持ちよくってさ、当たりたくなっちゃった」

 同じく駆け寄った千早は、侑里が素足にサンダル姿なのが目に留まった。

 「侑里、素足にサンダルはやめておいた方が良いぞ。この辺、浅瀬でも海の生物が出る事があるからな」
 「え~。……それ、もっと早く知りたかったな~」
 「1人で居るとは思わなかったんだよ」
 「あははっ、ゴメンね!次の撮影どこ行くの?」
 「海の家で貸し切りバーベキューだってよ!楽しみだなー!」
 「そうなんだ!良いね~」

 恋愛リアリティーショーのスタッフに促され、全員で海の家に戻っていく。
 千早は何とはなしに、日が傾いて夕陽に染まり始める海を眺めた。見慣れたいつもの海のはずなのに、夕陽が波間を血の様な赤に染める様はどこか不気味に感じられた。

 「ここってさ、海綺麗だよね」

 明るい声に応えるように振り向くと、侑里が振り向き様に千早に微笑みかけた。
 不意に、その姿がジジッと残像の様にぶれて見える。まるで侑里の体の1部にだけノイズが走った様に。

 「……侑里?」
 「なあに?千早」

 瞬きの間に、その小さなノイズは見えなくなった。

 「……いや、なんでもない」

 ただの考え過ぎだ。
 黒髪黒目のショートカット、明るい口調に落ち着いた雰囲気。その姿はどこからどう見ても侑里そのものだ。
 侑里から視線を外しながら千早も海の家に向かう。
 その集団から少し離れた2人を、ひかるが横目でじっと目つめていた。

 ◇

 「この恋愛リアリティーショーの出会いに~~かんぱーーーーい!!」
 「かんぱ~い!」
 「何それ、オジサンみたい」
 「じゃあなんて言うんだよ!?」

 日が暮れの海の家。
 ひと区画貸し切り状態の長方形のテーブルに座り込み、全員でジュースの注がれたグラスをガチャリと合わせた。
 海の家は木目調のナチュラルな雰囲気で、日が沈んでからは暖色のカンテラが彩っている。
 店主自ら焼いてくれる素材は種類豊富で、青嵐島で取れた海の幸のイカやエビ、トウモロコシやピーマン、お肉の盛り合わせなどがきつね色にこんがり焼かれ、テーブルに所狭しと並んだ。

 「すげー!何から食う!?」
 「アタシはトウモロコシ食べよっかな」
 「うちお肉欲しいなあ~。あ、トング係やったるから皆も食べ」
 「うおおー!ひかるちゃんがくれたお肉めっちゃうめー!」

 全員で食事を始め、各々食材を口に運んでいく。
 日が沈んだ海岸からは潮風が吹き、食材の焼ける香ばしい匂いが食欲を刺激する。
 網で焼かれた焼きおにぎりを無言で少しづつ咀嚼していると、千早の目の前に焼きピーマンの乗ったトングがぬっと現れた。

 「……なんだよ、涼星」
 「全然食べて無さそうだったからさ、あげる」

 千早の隣に座った涼星が、千早の取り皿にピーマンを落とす。

 「野菜の方が食べやすいだろうけど、肉も食べれば?ああ、もしかして地元の料理だから食べ飽きてる?」
 「バーベキューなんか食べ飽きるほどしてる訳無いだろ。……ありがとな」
 「ねえねえ、やっぱり涼星って千早が良いの?」

 侑里が茶々を入れるようににんまりと微笑む。思わず箸で摘まんだピーマンを取り落とした。
 その侑里の問いかけに、涼星が千早の肩に手を伸ばしてぐっと引き寄せた。

 「そりゃそうだよ。最初に言ったじゃん」
 「お、おいっ!」

 涼星の胸元にもたれかかる様に密着すると、わずかに爽やかな香水の香りが鼻腔をくすぐった。

 「ね、ねえ涼星くん!ウチとも2人っきりになろうよー!ウチ、涼星くんの事もっと知りたいな」
 「ありがと。でも、美帆は俺より合う人きっと居るよ」
 「や、ヤダそんな事言わないでよ~!」

 ほとんど振られた様な言葉に、美帆が涙目で涼星を見上げる。

 「ひかるちゃん結構食うな~!俺、いっぱい食べてくれる子好きなんだよ!」
 「ほんまに?嬉しいわあ。あ、大我くん人参とかも食べた方がええよ~」
 「あっ、そっ、そうだよな!」

 ひかるがトングを持って皆に食材を分配し、大我も積極的におかわりをしてひかるとの会話に浮かれている様だった。

 「その2人も結構距離近くな~い?」
 「そ、そうか!?そうかもな!?」
 「も~、何言うてるん侑里ちゃん」
 「ちょっと嘘でしょ~……!ウチ明日からどうしたら良いの~!?」

 意中の涼星は千早しか眼中に無い様だし、大我はひかるに夢中だ。千早には目もくれないという事は、美帆の中で千早はナシ判定なのだろう。
 美帆の肩を侑里がポン、と叩く。

 「しょーがない!アタシと遊ぼう美帆!」
 「えええ~!?こんな所まで来て恋愛出来ないのお~~!?」

 美帆が木製のテーブルに突っ伏した瞬間、ウエイターが焼きマシュマロを運んで来た。

 「では、コースの最後の焼きマシュマロです」
 「ありがとうございます」

 ひかるがそれを受け取り、薄茶色の焼き目が付いたマシュマロが刺さった竹串を全員に渡していった。
 全員で食べ始めると、遠くのスタッフからカンペが掲げられた。
 それを見つけた涼星が口を開く。

 「そういえばさ、食べ終わったら学校に戻って肝試しだね?」
 「うおっ!そういやそうだった!」

 更にカンペがめくられ、涼星がそれを自然に読み上げる。

 「え~っと、何々?この焼きマシュマロの串にマーカーが引いてあって、同じ色同士がペアだって」
 「マジ!?うわーちゃんと選んどきゃ良かったー!」

 大我ががぶっと残りのマシュマロを串から引き抜いて咀嚼する。大我の棒の先端は、赤色のマーカーで染まっていた。

 「俺のは赤だな」
 「ほなうちとペアやな」
 「えっ!?マジ!?」

 大我の向かいに座るひかるが食べ終わった串を掲げる。そこには赤いマーカーが引かれていた。
 大我がよっしゃあ!と両手でガッツポーズをした。

 「アタシは緑!緑の人いる~?」
 「俺だ」
 「おっ、良いね。じゃあ千早とアタシがペアだ」

 食べ終わった千早の串の先端は緑に染まっている。ぱちっと侑里が千早にウインクする。
 丁度良いのかもしれない。侑里本人から違和感なんて気のせいだと言って貰えれば、少しは気が晴れるかもしれない。

 「俺は青。って事はみ――」

 涼星が言葉を言い切るより前に、美帆が食べかけの焼きマシュマロを小皿に置いて立ち上がった。

 「待って!本当に待って!マジで肝試しとか無理だから!」

 その顔はみるみる青ざめて、身体も小刻みに震えている。
 昼間も言っていたが、美帆は本当にホラー系が苦手みたいだ。

 「え~、大丈夫やってえ」
 「そうだよ。アタシは怖いの嫌いじゃないし、やりたいな~」

 両隣のひかると侑里が美帆を宥めるが、美帆は頭を振って否定する。

 「無理って言ってるじゃん!!絶対行かないから!」
 「で、でも美帆ちゃん……」
 「ひかるだってバナナボート乗んなかったじゃん!ウチになんか言う権利無いんだけど!!」

 美帆が髪を振り乱して叫ぶ。その尋常じゃない雰囲気に、賑やかな空気が一瞬でひやりと固まる。

 「ご、ごめん……」
 「お、おい美帆。ちょっと言い過ぎ――」
 「大我は黙ってて!!」
 「な、なんだよ……!」
 「とにかく、ウチ肝試しなんて絶対行かないから!!」

 どんっ、とひかるを突き飛ばしながら美帆がテーブルから抜け出して、出口に向かって足早に進む。

 「美帆、ちょっと待て!1人で外に出たら危ないぞ!」
 「付いて来ないで千早!!ウチ先に宿に戻ってる!とにかく、絶対行かないから!!」

 千早が腰を浮かせて呼びかけるが、美帆はあっという間に海の家から飛び出してしまった。
 しん……と場が静寂に包まれる。それを破ったのは気まずそうに頬を掻いた大我だった。

 「な、なんだよ。あそこまで言わなくても良いだろ……。大丈夫か?ひかるちゃん」
 「うちは全然……。どないする?追いかける?」
 「俺が行く。この辺は雑木林も多いんだ。土地勘の無い美帆じゃ、もしかしたら迷うかもしれない」
 「千早だって1人で行かない方がいいよ。俺も行くから、案内頼める?」
 「ああ。直ぐに行――」
 「ん~。スタッフさんが探してくれるみたいだから、アタシ達は追いかけない方が良いんじゃない?」

 椅子から立ち上がった千早と涼星が侑里の言葉に立ち止まる。出口を見ると、スタッフの1人が美帆の後を追い駆けて出て行く所だった。
 (美帆……)
 何故だが嫌な予感がする。大人が付いていれば大丈夫だと思うが。
 千早は閉じられた海の家の出口を不安げに見つめる。
 外は夜の帳が降りて、星がまばらに瞬いている。海風が吹き、視界を狭める様に立ち並ぶ木々をザワザワと揺らした。

 ◇

 side:美帆

 「……もうっ!有り得ないマジで!!」

 ガサガサと道なき道を突き進んで行く。
 肝試しやお化け屋敷が大の苦手な美帆にとって、夜の学校での肝試しなど冗談じゃなかった。
 さっさと宿に戻って温泉にでも浸かろう。そう思って突き進んで行ったはずだが、ピタリと足を止めた。

 「……あれ?本当にこっちで良いんだっけ?」

 無我夢中で進んでしまったから、景色が見慣れない雑木林に変わっている事に気付かなかった。

 「え、待って。ここどこ?」

 キョロキョロと周りを見渡すが、四方八方に木が立ち並ぶ雑木林は、地面の砂利が道なのかどうかも分からない。
 心臓が早鐘を打ち、急に不安と焦燥が襲ってくる。

 「ど、どうしよう……!?だ、誰か!誰か近くに居ない!?」
 「ねえ」
 「きゃ!?だ、誰!?」

 少女の声に振り返る。

 「……――え?」

 薄暗い道の真ん中に、”美帆”が立っている。
 長い髪は金髪で、毛先にいくにつれてピンク色のグラデーションに染まっている。それを高い位置のサイドテールに結って、シャツに丈の短いプリーツスカートの姿は美帆と瓜二つだ。

 「そっちに行っちゃダメ。……死んじゃうよ」

 その少女が美帆の背後を指さす。その顔は無表情で、一切の感情が宿っていない。

 「え……何……?まさか……ドッペルゲンガー?」

 目の前の”それ”が何か認識した瞬間、昼間に侑里が言っていた言葉を思い出す。

 『ドッペルゲンガーを見たら死ぬって言われてるんでしょ?』

 「い、いやあああああああ!!」

 美帆はドッペルゲンガーから背を向けて一目散に逃げだした。
 右も左も分からない。ただ、目の前の怪異から逃げ出したいその一心で必死に月の見えない雑木林を駆け抜けた。
 蔦や小枝に足を取られるのも気にせず無我夢中でひた走ると、砂利や木の根を踏みしめていたはずの足先がふっと重力を失った。

 「え」

 視界が開ける。
 目の前に木々は無くなっていた。代わりに星がまばらに広がる夜空が視界いっぱいに映し出され、体のバランスが崩れる。
 雑木林を抜けた先は、道の無い崖だった。
 自分はそこから足を滑らせたのだと、一拍遅れて理解した。
 ひゅっ、と喉の奥から掠れた息が漏れる。

 (……ああ、本当の命の危機って)

 バランスを崩した身体が崖下に放り出される。砂利や鋭い木の枝に服を切り裂かれながらも、重力に従って美帆の身体が垂直落下した。

 (声、出ないんだ)

 ぐしゃ、と美帆の後頭部が岩肌に激突し、骨と脳みそが砕かれる音が頭の奥に響く。
 ざり、と灰色の砂利を踏みしめる音が耳のすぐそばで鳴った。

 「ドッ、ペル……ゲンガー……?」

 崖下の岩肌に落下した美帆が最後に見たのは、無表情で美帆を見下ろす、美帆自身の姿だった。

 To Be Continued……