恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 「うおおー!海だー!!」
 「やば!めっちゃきれーじゃん!」

 水着の上にライフジャケットを身に着けた6人は、青嵐島の海辺のバナナボート乗り場に集合していた。
 浅瀬に行くに連れてエメラルドグリーンに染まる海が快晴の日差しを浴びてコバルトブルーにきらめいている。青嵐島の住民である夏目にとっては見慣れた風景だが、本島の5人はその幻想的な風景に目を輝かせていた。

 「美帆めっちゃ水着可愛いじゃねえか!」
 「当たり前だしい~」
 「あーー!ライフジャケットあんのがもったいねえ~!」
 「しょうがないよ。これからバナナボートだからね~」

 フリルのあしらわれたピンク色のビスチェタイプの水着の美帆と、水色のフリルがあしらわれたワンショルダーワンピースの水着を着た侑里に目を輝かせた大我が、短い金髪をぴょんと跳ねさせて喜んでいる。

 「あははっ!大我テンション高すぎだろ」
 「そうだな」
 「千早はテンション低すぎ」
 「悪かったな」

 その後ろで千早と涼星が3人を目で追いながら並んで立っている。
 大我みたいな反応が普通なのは分かる。が、千早は女子の水着には正直あまり興味が無い。

 「せっかくなんだから楽しんだ方が良くない?何、千早ってバナナボート百戦錬磨だったりする訳?」
 「……そんな訳あるか」

 集団で乗る事が義務付けられたバナナボートなんか、あいにく一度も乗った事が無い。
 ちらりと横目で涼星を見上げる。
 藍色に白いラインが入ったサーフパンツ風の水着に黒のライフジャケット姿の涼星は、白い肌に引き締まった筋肉が付いた体が白い昼光に照らされて滲むように輝いている。
 (なんでこんなモデルみたいなスタイルしてんだよこいつは……)
 急に自分の身体が貧相に見えてきて目を逸らす。

 「千早、水着似合ってるじゃん。思ったほど細くは無いんだな」
 「なんだそれ。女じゃないんだぞ俺は」
 「あははっ、知ってる」

 ふっと微笑んだ涼星は海風になびく髪をかき上げて楽しそうに微笑んだ。そんな涼星を見ていると、どうしてか自分の心臓の鼓動も早まってしまいそうになる。

 「おまたせ。みんな気を付けて行ってきてな」
 「ってあれ!?ひかるちゃん水着じゃねえの!?」

 ざり、とローファーで砂浜を踏んだのは、さっきと変わらない制服姿のひかるだった。膝より少しだけ上のプリーツスカートに薄手のカーディガンを羽織ったひかるは、砂浜という場には少しだけ浮いて見える。

 「ごめんな。ちょっと気分が優れへんから、うちは止めとくわ」
 「大丈夫?アタシも残ろっか?」
 「ええよええよ。侑里ちゃん楽しんで来てな。うちはほら、皆のカメラ係やるさかい」

 ひかるが片手にハンディカメラを構えて微笑む。
 恋愛リアリティーショーのスタッフから渡されたそれは、千早達を無機質に映している。

 「ええ~!ひかるちゃんの水着楽しみにしてたのになあー!」
 「あはは……。堪忍なあ」

 大袈裟に肩を落とす大我の横を通り抜けて、千早と涼星もひかるの傍に歩み寄った。

 「海の家が近くにあるから、そっちで休むか?」
 「日陰に居た方が良いよ。その恰好じゃ暑いだろ」
 「大丈夫大丈夫。ここで皆の事見とくわ。……ちょっと、熱さにやられてしもただけやから。ちょっと休めば平気や」
 「……そうか」

 ひかるの額には汗の粒が光り、時折顎下まで伝っている。心なしか顔色もあまり良くは見えない。

 「無理しないでね」
 「ありがとな、涼星くん」

 ひかるが控えめに皆に手を振る。
 少しばかりの心残りを覚えながら、5人はインストラクターの待つバナナボート乗り場に向かって行った。

 「皆さん今日はよろしくお願いします!スピード上げていくので覚悟して下さいね~!」
 「はいっ!おねーさんっ!!」
 「アンタ声でかすぎぃ!もう!」

 マリンスーツ姿のインストラクターに促されるまま、5人は文字通り鮮やかな黄色の楕円形のバナナボートに跨っていく。

 「前の方が落ちにくいから、女子は前が良いと思うぞ」
 「あ、そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて前行こっかな」
 「ウチも前が良い~!」
 「じゃあ美帆が先頭で、その後ろにアタシが乗ろっかな」
 「じゃあその次俺が――」
 「アタシの後ろは千早が良いな。大我はなんかヤだ」
 「な、なんでだよ!?」
 「じゃあ千早の後ろは俺~」
 「待て涼星!なんで俺が1番落ちそうな最後尾なんだよ!?」
 「え、楽しそうじゃない?大我だけ落ちるの」
 「落ちるならお前も道連れにしてやっからな!?」

 5人でわいわいと話しながら、順番を決める。
 侑里の後ろに乗る事になった千早は、侑里の背中に触れないように手前の紐の様なハンドルを掴んだ。

 「アタシにぎゅっとしがみついても良いよ~千早!」
 「……俺はこれでいい」
 「真ん中の千早がバランス崩したら全員落ちちゃうかもね~?」
 「うわっ!」

 千早の後ろに跨った涼星が千早の肩口に顎を乗せて、腰に腕を回してぎゅっと身体を密着させてきた。空気の詰まったライフジャケット越しだというのに、触れ合った涼星の肌の熱さは背中越しにジワリと伝わってしまう。

 「お前はそんな引っ付くな!」
 「千早のハンドルの方が掴みやすいんだよね〜。俺が落ちても良いの?」
 「勝手に落ちてろ。俺のじゃなくて自分のハンドルを掴め」
 「はいはい」
 「それでは、行きますよ~!」
 「ほなみんな、いってらっしゃい」

 炎天下の砂浜にひかるを残し、ごうっと音を立ててバナナボートがインストラクターのジェットスキーに引っ張られて海上に飛び出した。
 ぶわ、と海風が直にあたり千早の長い前髪を巻き上げる。水しぶきが足や頬にかかり、風を切ってバナナボートが青嵐島の海上を滑るように駆ける。

 「うおお!迫力やべー!」
 「待って待って!これ本当に落ちちゃうって!?」

 最初は緩やかに海上を滑って行ったバナナボートがインストラクターが左右に舵を切り始めた事で左右に揺らぎ始める。
 遠心力がかかって右に落ちそうになる所を、身体を真っすぐにして何とか堪えた。
 (ま、マジで体持って行かれるだろこれ……!!)
 体勢を左に整えようと視線を浜辺に送った瞬間、浜辺に立っていたひかるが目に入る。
 カメラを持ったひかるの身体がふらつき、ココアブラウンの髪が海風に流されて揺れる。――その瞬間、ひかるの影がぶれた。

 「……え?」

 正確には、ふらついて前傾姿勢になったひかるの真後ろにもう1人。ひかると全く同じ見た目の人間が立っている。
 そこからの動きはスローモーションの様に見えた。
 ひかるの身体がぐらりと傾き、砂浜に倒れ込む。後ろに立っていたひかるにそっくりの人間が、それを無表情で見つめる。
 砂浜に倒れ込んだひかるに跨り、ひかるがひかるに覆い被さった。
 その手は、倒れ込んだひかるの首にかかった様に見えた。

 「……ひかる?」
 「うわああああ!もーーダメだあーーー!!」
 「え?……うわっ!?」

 最後尾の大我がバランスを崩し、元々右に傾いていたバナナボートがひっくり返って転覆した。
 ばしゃん!と大きな音を立てて、5人がコバルトブルーの海に投げ出される。
 一瞬天地がひっくり返り、視界が濁った青1色に染まる。次いで浮上感を感じて、ライフジャケットに釣られるように千早は海面に上半身を浮かせた。

 「あっはははは!これ面白いね!」

 涼星の笑い声が海上に響く。
 いち早く静止したバナナボートに乗り上げた涼星が千早に向かって手を差し出す。

 「ほら、掴みなよ」
 「……あ、ああ」

 その手に手を重ねると、涼星が水分を含んで顔に張り付いた前髪を後ろに流しながら千早を引っ張り上げた。

 「もーサイアク!ちゃんとバランス取りなさいよ大我あ!」
 「美帆1番後ろでやってみろよ!?超ムズイから!」
 「あははっ!落ちるのが醍醐味みたいなものじゃない?アタシこういうの好きだよ!」

 同じく海に落ちた3人もバナナボートに上ってゆく。
 その様はまさにキラキラした青春の1ページだが、千早の心はそれとは別の意味で鼓動が早まっていた。
 (あれは何だったんだ?俺の見間違い……か?)
 ちらりと涼星を見上げるが、何かに気づいた様子は無い。
 そのままバナナボートに揺られ、程なくして千早達は海岸に帰って来た。

 「お疲れさん。みんな随分派手に倒れたなあ」

 5人を迎えてくれたのは、ココアブラウンのウェーブヘアーにとろんと下がったまなじりのひかるだった。
 少し青ざめていたはずの顔色は、元の健康的な肌色に戻っている。

 「ただいま~、ひかる!おっ、ちょっと顔色良くなった?」
 「うん。少し休んだら治ってきたわ。おおきに、侑里ちゃん」
 「じゃ、じゃあひかるちゃん!今からでも水着……」
 「……キモー」
 「あははっ。バナナボート終わったんならもう水着は着れへんよお。でも、良い絵は撮れたで」

 カメラを畳んで皆と談笑するひかるは、先ほどよりも顔色が良くなった事以外は何も変わらない。
 それなのに千早の心臓はささくれ立ったように落ち着かない。
 涼星が屈み、立ち尽くす千早の顔を覗き込んだ。

 「どーしたの、ひかるの事ジーッと見つめて。……ひかるみたいな子、タイプな訳?」
 「そ、んなんじゃ」
 「はあ!?めちゃめちゃタイプだわ!」
 「大我、お前地獄耳過ぎ」
 「……なあ涼星。ひかるって……」
 「ん?熱中症かも知れないってちょっと思ってたけど、顔色良くなったみたいで良かったよね。……何か、気になる?」
 「……いや」

 "熱中症"。
 涼星の発した言葉に合点がいった。バナナボートに乗っている時に見たひかるのふらつきは確かに、熱中症の症状に似ている気がする。だが、目の前のひかるからはそんな雰囲気は欠片も感じない。

 「ほな行こか、千早くん」
 「あ、ああ」

 立ちすくむ千早を見てひかるが振り返る。
 瞬きをする一瞬の間に、ひかるの影がジジッと二重にぶれた気がした。

 「千早くん?」
 「あっ、ゴメン。……何でも、無い」

 (見間違い?……本当に、そうなのか?)
 教室で話した内容が頭をよぎる。ひかるに似た、ひかるでは無いナニカ。この島の、夏に出るとされる都市伝説。
 (……まさか、ドッペルゲンガー……?)

 To Be Continued……