恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 1日目と同じ宿に泊まった千早は、カーテンの隙間から差し込む朝日を瞼の裏に感じて目を開ける。まだ太陽が地平線に顔を出したばかりの早朝だ。千早は他の皆を起こさないようにスリッパを引っ掛け、ベランダへ足を踏み出した。

 「……最終日、か」

 Tシャツにスウェットパンツ姿の千早はベランダの手すりに両肘を乗せて、山間から覗く白い朝日をぼんやりと眺めた。
 差し込む朝日の温もりが、ドッペルゲンガーから皆を救って3日目に辿り着けた事を実感させてくれる。安堵すると同時に少しばかりの寂しさも覚える。この撮影が終われば、皆とは会えなくなる。

 「何してんだ、こんな朝っぱらから」
 「大我……?」

 掠れた呟きに振り返る。
 あくびを噛み殺した大我がボサボサの頭を掻きながら、千早の隣でフェンスに身を預ける。タンクトップ姿の大我の健康的な肌を、朝日が白く染め上げる。

 「寝れねーの?」
 「大我こそ、昨日は起きるのが1番遅かったくせに」
 「起きちまったもんはしょーがねーだろ。……ほら、今日でさ、終わりじゃん」

 フェンスに頬杖を付いた大我が山間から登り始める朝日を見る。
 落とされた呟きは掠れていて、ずっと明るかった大我とは少しギャップを感じてしまう。

 「なあ千早、お前って告白するん?」
 「しよう……と思ってる」
 「え、マジ?」
 「なんだよその反応は。……したいと思ってるよ、俺だって」
 「てっきり涼星待ちだと思ってた。だってあいつ、絶対お前のとこ行くだろ」
 「ま、まだ分かんないだろ。……大我は、どうするんだ?」

 千早の問いかけに大我が口をつぐむ。千早が視線を送ると、気まずそうに目を細めて遠くの空を見つめた。

 「や、結構考えてたんだせ。これでもさ。最初は可愛い女の子と付き合いてーとか軽い気持ちだったけど、いざ参加してみたら男好きになっちまうし」

 大我がちらりと肩越しに部屋に繋がるカーテンを見た。カーテンの奥では、まだ輝と涼星が眠っている。
 朝日が昇るに連れて小鳥の囀りと蝉の鳴き声が耳に届き始める。自然の発する音に紛れない様に、大我ははっきりと告げた。
 
 「でも俺、今日告るぜ。……輝に」
 「……っ、そう、か……」
 「男がどーの女がどーのってより、今言わなきゃ後悔するって思ったから言う。……ほら、俺らって住んでるとこ離れてっし、この企画が終わったら会うのムズいじゃん」
 「そう、だな。……なあ大我、その事なんだけど」

 千早が大我に身体ごと向き直って身を乗り出す。
 青みがかった黒い瞳が、朝焼けのオレンジの光を反射した。

 「この恋愛リアリティーショーが終わっても、俺と会ってくれるか?」
 「……はえ?」
 「あ、いや、友達としてっていう、意味で……」

 キョトンとする大我に、千早は俯いてモゴモゴと口先だけで呟く。一瞬の静寂の後、千早の肩がガシッと掴まれた。千早の肩を組んだ大我が、朝焼けの光を受けて弾ける様な笑みを浮かべる。

 「んーなの当たり前だろーが!」
 「い、良いのか?」
 「もう俺らダチだろ!あ、連絡先交換するか!グループ作ろーぜ皆で!」
 「……じゃあ、俺が招待する」
 「あ、待てよ!?輝に振られたら気まずいじゃん!やっぱ待て!今は作るな!」
 「っ、ははっ。……なんだよもう」

 頭がスッキリしたのかいつもの調子を取り戻す大我に頭をわしゃわしゃといじくられ、千早は思わず破顔した。

 「お互い悔いのねーようにしようぜ、最終日」
 「ああ、そうだな」

 大我が拳を作って千早に向ける。千早はふっと笑って、差し出された拳に自身の拳をコツリと当てた。

 ◇

 それから宿屋で朝食を済ませた全員は制服姿で、初日と同じ教室に集合していた。木造建築の木の香りと海辺から微かに波の音が聴こえる室内に、スタッフ達の声掛けや機材をセッティングする音が混ざり合う。
 そして撮影が始まり、涼星がスタッフのカンペに素早く目を走らせた。
 水色のシャツに紺色のスラックス姿の涼星が、にっこりと笑ってよく通る声を発する。

 「もう最終日だね。3日ってあっという間だったけど、皆は告白したい人出来た?」

 涼星に促され、シャツにプリーツスカート姿の侑里が眉根を下げながら頬を掻く。

 「んー……。アタシは出来なかったな」
 「う、ウチも……」

 気まずそうに顔を背ける美帆の高い位置で結ばれたサイドテールが揺れる。輝も顔周りのココアブラウンの髪をそっと摘まみ、眉根を下げてそれに続く。

 「……そうやね。僕も……かな」
 「俺は居るぜ!!」

 遠慮がちな空気を断ち切る様に、大我が勢い良く手を上げる。
 着崩したシャツ1枚にスラックス姿の大我が短い金色の髪を揺さぶるほどの勢いで振り返り、一直線に輝を見た。

 「輝!」
 「大我……くん?」

 大我と輝が向き合う。
 朝日が大我の彩度の高い金髪と、赤く染まる頬を鮮やかに照らし出す。

 「その……初めて会った時から見た目がタイプで、一緒に過ごす内にかっけえ所とか内面も合わせてすげえ……好きだと思った!だから、俺と付き合ってくれ!!」

 輝が戸惑いがちに目を見開く。
 次いで、顔を伏せて自身の穿いているプリーツスカートの裾を少し骨ばった手できゅっと握り締めた。

 「大我くん。……それ、ホンマに言うてるの?」

 輝が大我と距離を詰め、シャツ越しの平たい胸に大我の手を押し当てる。
 大我がびくりと分かりやすく肩を跳ねさせた。

 「僕、男やけど。この通り身体結構がっしりしてるし……君と同じモン、付いてるけど」
 「う、うるせえな!良いんだよそんな事は!」

 大我が輝の両手を取って握り締める。
 赤く染まった顔を隠しもせず、茶色の瞳が真っすぐに輝を射抜いた。

 「俺はこの3日間で藤村 輝に恋したんだ!いや……恋、したんです!」

 大我が輝の手を放し、右手を差し出してぐっと腰を折った。

 「初めて会った時から今まで……あなたが一番タイプでした!付き合って下さいっ!!」

 頭を下げる大我に、輝が口元に手を当てる。顔を伏せて少し逡巡すると小さく頷いて、大我の手を取った。

 「……うん。ありがとう、大我くん」

 輝が1歩踏み出して、腰を折る大我に合わせて両膝を折る。
 そっと大我の頬に手を添えて上を向かせる。目を見開いた大我の頬に、ちゅっと軽い口付けを落とした。

 「よろしくお願いします」

 輝が照れ交じりの柔らかな笑みを浮かべる。
 そのハスキーな声が染み入る様に大我の耳に届いた瞬間、大我は弾ける様に起き上がって両手でガッツポーズを作った。

 「よ、よっしゃあああああ!!」

 喜びを溢れさせる大我に、口元に手を当ててはにかむ輝。
 その2人を追うカメラからは死角の位置に移動した美帆と侑里は、やれやれと肩を竦めた。美帆が拗ねたようにポツリと呟く。

 「あーあ。ウチの運命の王子様ってどこに居るんだろ」
 「美帆って、意外にちゃんと乙女だよね~」
 「なっ、何よ悪い!?良いじゃない夢見たって!」
 「うん。素敵だよ。……アタシ、美帆のそういう真っすぐな所好きだよ」

 さらりと落とされたその声に、美帆がばっと顔を上げて侑里を見上げる。

 「……うえ!?ちょ、ちょっと!からかうのはやめてよ!」
 「ふふっ、ごめんね。……ねえ美帆。この旅が終わってもさ、アタシと会ってくれる?」

 カメラの死角になる様に、侑里が美帆の小指に自身の小指を絡める。

 「まずは友達、で良いからさ」
 「別に……。何回でも会うよ、侑里とならさ」

 美帆が頬を染めながらぼそりと呟く。カメラには映らない、マイクに声も乗らない。そんな中で、2人はひっそりと微笑み合った。
 涼星はそんな2人を横目で見ていたが、あえて気づかないふりをして千早に1歩踏み出した。千早が振り返る。
 朝日が差し込む窓辺の近くで、2人が向かい合った。

 「じゃあ、最後に俺が――」
 「待ってくれ涼星。……俺から、言わせて欲しい」

 涼星の言葉を遮って、千早が1歩前に進み出た。
 千早が顔を上げ、迷いの無い青みがかった瞳で涼星を見つめ返す。少しだけ空いた窓から風が吹き込み、薄いペールブルーのカーテンが揺らめいた。

 「涼星。俺は――お前の事が好きだ」

 涼星が目を見開くのと同時に、亜麻色の髪が吹き込む涼しい風を含んで流れる。
 千早はジワジワと頬が赤く染まるのを自覚して一瞬目を逸らしそうになったが、それをぐっと堪えた。

 「は、初めは、なんだこいつって思ってた。……いや、今でも、ちょっとはヤな奴だと思ってる」
 「……へ?」
 「なんかずっと意地悪だし、なんでもスマートにこなせてムカつくし、良い所を挙げるのが癪だけど……俺は、生まれてから出会った人間の中で一番お前が好きだ。だから……っ」

 早まる鼓動と、震え始める手を押さえ込むようにシャツの胸元をグッと握りしめる。そんな事をしたって、この緊張は止まらないのに。
 ――ああ、自分から好意を伝えるのって、こんなに苦しんだ。
 きっと涼星だってこんな気持ちを抱えて千早に好意を告げてくれていたんだ。だったら今度は自分が、この気持ちを届けたい。

 「だから、こんな、俺で良ければ……っ!」

 長い前髪の隙間から涼星を見る。
 声はみっともなく震えるし、顔に集まる熱は引いてくれない。それでも、千早は震える右手を涼星に向かって差し出し、ゆっくりと腰を折った。

 「俺と付き合って、下さい……!」

 朝日で満たされた教室内に沈黙が落ちる。
 秒針の音すら耳に届くほどの静けさの中、涼星の柔らかい声が降って来た。

 「うん。良いよ」

 涼星が差し出された千早の手を取った。その手の温かさにバッと顔を上げる。涼星が空いている方の手を口元に当てて、ぷるぷると肩を震わせ始めた。

 「ふ、ふふ……っ!」
 「……涼星?」

 繋がれた手から伝わる震えに千早が小首をかしげる。そんな千早を見て涼星が声を上げて笑った。

 「あっはははは!もう面白すぎ!千早、俺の好きな所全然言ってくれないじゃん!」

 その言葉に千早の頬がカッと赤みを増す。羞恥を隠す様に、千早も声を張り上げた。

 「い、言いたくないもんはしょうがないだろ!」
 「言いたくないって……!千早ひどすぎ……っ!」
 「わ、悪か……っ」
 「じゃあこれからも頑張らないとね、お前に好きで居続けてもらえるように」

 涼星が繋がれた手を引っ張って千早を自身に引き寄せる。左手で千早の後頭部を引き寄せ、2人の顔の距離がグッと縮まる。
 その瞬間、ぶわりと海から風が吹いて薄いペールブルーのカーテンが大きく靡いた。涼星がそのカーテンを掴んで軽く流し、窓辺に居た2人の姿をカメラから覆い隠した。
 朝日に透けた2人のシルエットがカーテン越しに重なり合う。カーテンが窓辺に収まるのと同時に、2人は体を離した。

 「これからもよろしくね、千早。……一生離さないから、覚悟しな」
 「ああ、望むところだ」

 挑発的に微笑む涼星に、千早も勝気な笑みを浮かべた。

 「え!?今キスした!?」
 「したんじゃねえ!?」
 「ええ~……?ほんま?」
 「あははっ!ニクい事するよね~、本当」

 美帆、大我、輝、侑里。それぞれがリアクションをする中、してやったりの顔の涼星と頬を赤くしてぶっきらぼうに視線を逸らす千早を、恋愛リアリティーショーのカメラが写し取っていた。
 こうして、青嵐島主催の恋愛リアリティーショーは朝日と海風の祝福を受けながら無事に終了したのだった――。

 To Be Continued……