恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 千早の言葉に涼星が目を見開く。
 眉根が歪んで亜麻色の瞳が揺らぐのを、千早は顔にかかる髪の隙間から盗み見た。

 「ごめんって……なんで?」
 「その告白は受けられない。……やっぱり、俺なんかじゃ駄目だ」
 「俺の事は、好きじゃない?」
 「好きだ」
 「じゃあ、なんで……!」

 千早は帯に挿していた先端の鋭い銀の簪を取り出して、すっと涼星と距離を取る。

 「お前の事が好きだから……お前には、ちゃんとした()()と愛し合って、幸せになって欲しい」

 涼星に惹かれて大切に思えば思う程、怪異の自分が独占してはいけないという思いも強くなる。
 簪の先端を自身の首に当てる。

 「涼星、お前はもう自分のドッペルゲンガーに苦しむ必要は無くなった。だから……俺の事は、もう忘れてくれ」

 千早はぎこちなく微笑んで、簪を持つ手にグッと力を込めた。

 「千早!!」

 涼星が境内全体に響くような叫び声を上げ、千早に向かって手を伸ばす。
 ザクッと音が鳴ると同時に、涼星の手が血の付着した銀の簪を掴んで境内の隅に投擲した。
 簪は千早の首の皮膚を浅く掠り、裂けた一筋の皮膚の隙間から赤い血がわずかに吹き出す。涼星が千早の両腕を押さえ込み、押し倒すような形で石畳に縫い付けた。

 「許さない」

 月を背に見上げた涼星の鋭い声は掠れていて、その顔が悲痛に歪められる。ドッペルゲンガーじゃない涼星のそんな余裕の無い顔は、初めて見た。

 「死んだら、俺はお前を一生許さない」
 「りょう、せ……」
 「俺の幸せを願ってるって言うなら、一生俺の傍に居ろ」
 「なんで……そこまで」

 声が掠れて震える。
 千早を押さえつける涼星の手が震えている事に気づき、千早は動揺して二の句が継げなくなった。

 「はあ、お前って本当鈍感だよね。……ちゃんと聞いて、千早」

 涼星が安堵の息を吐く。
 亜麻色の髪が黒髪と混ざり合う程の至近距離でお互いの視線が重なる。

 「俺は、お前が好きだ」
 「で、でも……。俺は人間じゃない。ドッペルゲンガー、だから……!」
 「そうだとしても今のお前って、人間と何も変わらないじゃん」

 涼星が自身の手が汚れるのも構わず、血が滲む千早の首筋に白い手を這わせる。血が付着した手に撫で上げられて、千早はピクリと肩を震わせる。

 「顔も、振る舞い方も、身体に流れる血の色も何も変わらない。成り代わったらもう人間と変わらない存在なんだろ?ドッペルゲンガーって」
 「それでも、俺が怪異な事に変わりはない!俺は、オリジナルの夏目 千早じゃないんだ!!」

 がばりと上体を起こして涼星の胸元を押す。
 涼星は千早のその手を取って自分の方にぐっと引き寄せた。涼星の胸元に倒れ込んだ千早が、涼星を見上げる。

 「1年前の夏、俺と出会う直前に入れ替わったんだろ?」
 「そうだ!お前が出会ったのは、初めから人間じゃな――」
 「だから俺が好きになったのは、オリジナルの夏目 千早じゃない」

 そう告げられた瞬間、月明りだけの空にヒュウウっと一筋の閃光が走る。
 ドオン、と火花が散る音と共に、星の無い空を彩る様に花火が上がった。

 「俺にとっての夏目 千早は、最初からオリジナルじゃなくて"お前"だ」

 火薬の香りがかすかに境内まで届く。
 色とりどりの花火が空を埋め尽くす。涼星は千早をその腕に閉じ込め、花火の音に紛れないように耳元に唇を寄せた。空に花が散る振動の隙間から、涼星の声が明瞭に流れ込む。

 「俺にとっての夏目 千早は、居て欲しい時に静かに寄り添ってくれて、赤の他人に15分経ったら起こせって言われても嫌な顔1つしない奴」

 それは、1年前にお互いが初めて出会った時の記憶だ。

 「不愛想だけど仲間思いで、誰かの為に本気で心配して手を差し伸べられる奴」

 もう皆を死なせたくなくて、交流そのものが得意じゃなくてもスタッフやメンバーに意見して行動に移して来た。それが器用なやり方じゃない自覚はあった。それでも涼星はそんな千早を見て、寄り添ってくれていた。
 2人の瞳が至近距離で重なる。顎下に添えられた手に優しくも有無を言わせない力が籠り、上を向かされる。

 「俺が好きになったのは、今目の前に居る"お前"なんだけど」

 花火の逆光を背負う涼星が、亜麻色の瞳に目の前の自分だけを映す。
 反射で顔を伏せようとしたが、顎下に添えられた手がそうさせてくれない。
 千早は乾いたのどの奥から、震える声を絞り出した。

 「……う、嘘だ」
 「嘘じゃない」
 「だってそんな……俺なんか、に……ッ」
 「1年前のあの日、図書室で初めて会った時からお前は俺にとって特別な人間だ。……恋愛リアリティーショーで再会した時さ、1番最初に言っただろ」

 涼星が眦を下げて微笑む。
 花火の煌めきと月明りが混ざり合って涼星の顔を優しく照らす。艶のある唇が、柔らかく弧を描いた。

 「"第一印象から決めてました"。……ってさ」

 『第一印象から決めてました。俺と付き合ってくれない?』

 再会した日、ループした日。
 あの日の涼星の滲むような、愛しさを閉じ込めたような爽やかな笑顔が目の前の涼星と重なる。
 その時と変わらない。いや、今の方がその亜麻色に瞳に帯びる熱は増して見える。千早にはそれが、色とりどりの花火に照らされただけだとは思えなかった。

 「あ……」

 自分が生まれて、夏目 千早に成り代わった日。
 記憶も碌に定着してない"自分"が夏目 千早として初めて接した、その瞬間から。
 (涼星は"俺"の事を、想ってくれていたのか……?)
 急速に喉に乾きが押し寄せて鼻の奥がツンとする。目の縁に涙が溜まる。止めようとしても、それは千早の頬を滑り落ちてとめどなく流れ落ちる。自分の浴衣と涼星のカーキ色の浴衣に、涙の染みが溜まっていく。

 「やめろ」

 千早が首を振った拍子に顎下に差し込まれていた手が離れる。
 涼星が両腕で千早を抱きしめる。その体の温かさが、離したくないと伝えるように頭に回された手の温度が、千早の冷たい体に熱を分け与えるように移っていく。

 「やめてくれ。……そんな風に、言わないでくれ……っ!」

 涼星の肩口を涙で濡らしながら歯を食いしばる。涼星の胸元に押し当てた手が、カタカタと震える。

 「そんなこと言われたら……っ俺は、お前から離れられなくなる……!」
 「本っ当に鈍いなお前。……俺から一生離れるなって、そう言ってるんだけど」
 「ッ……!」

 限界だった。
 千早は震える手で涼星の浴衣を握り締め、その胸元に縋りついた。
 涼星が千早を受け入れるように、抱きしめる手に力を込める。
 空に上がる花火の音が大きくなる。一際大きな赤い花火が夜空に放たれ、きらめきを纏って咲き乱れた。

 「う、あ、ああああ゙あああああ!!」

 花火の音に紛れて、千早の泣き声が境内に響く。
 赤い閃光が夜空に溶け消えても、千早は涼星の腕の中で涙を流し続けた――。

 ◇

 それから泣き止んだ千早は、涼星と2人並んで神社の石段を下って行った。
 祭が終わっても屋台の隅で待っていた大我達に、涼星が笑顔で手を振る。不安そうにしていた皆が顔を上げ、千早がしっかりと頷くとほっと胸を撫で下ろした。
 千早が皆に向かって笑みを浮かべる。
 星の無い夜空を優しく照らすように微笑んだ千早の顔は、まるで憑き物が落ちたようだった。

 To Be Continued……