恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 神社の境内に続く石段を涼星と2人で駆け上る。
 星の無い暗闇の中をひた走ると、本殿に続く境内が広がっている。
 境内の左右に置かれたオレンジ色の竹行灯(たけあんどん)、古びた苔の香り。五感に訴える全てが涼星を亡くしたあの夜と重なって吐き気が込み上げる。口元を押さえて息を整えるふりをしながら、それをやり過ごす。

 「へえ、2人揃って来てくれたんだ」

 その中央、神の通り道に1人の男が立っている。
 亜麻色の髪にカーキの浴衣。狐面をゆっくりと外しながら、涼星のドッペルゲンガーがそっと眉根を寄せる。

 「今年は、一筋縄じゃいかない奴が多いな」

 呟かれたその言葉は、おそらく千早達がドッペルゲンガー達の脅威を退けた事に対する言葉だ。
 千早は涼星のドッペルゲンガーを睨みつける。よく通る涼やかな声も長いまつ毛も涼星と同じなのに、目の前のドッペルゲンガーからは不快感しか感じない。

 「涼星。絶対に、あいつから背を向けるな」
 「ああ、分かってる」

 境内で3人が対峙する。冷たい風が標高の高い境内に吹き、千早の黒髪を揺らした。

 「一応聞いておく。涼星に何かを伝える気か?」
 「そんなものは無いよ。俺は涼星に()るためにここに来た」

 千早の傍まで近寄ると、帯越しに腰をグイッと引き寄せられる。

 「俺、お前と恋したくなっちゃった」
 「っ……!断る!」

 リョウセイが千早だけに聴こえるように耳元に顔を寄せる。そんな仕草まで、涼星と瓜二つだ。

 「俺にしときなよ。――ドッペルゲンガー同士、俺の方が良いよ?」
 「……やっぱり、俺の事分かってたのか?」
 「当たり前じゃん。……同じ存在にしか、コレは見えないから」

 リョウセイは自身の頬に手を滑らせる。その輪郭が微かに二重にぶれる。
 ああ、そうか。輪郭が二重にぶれるのも時折ノイズが走るのも全て、"ドッペルゲンガー同士"じゃないと見えないものなんだ。
 (通りで、俺以外の皆がドッペルゲンガーに違和感を持たないはずだ)

 「千早に触らないでくれる?」

 涼星がリョウセイをけん制する様に間に引き剥がし、じろりと自分のドッペルゲンガーを睨みつける。

 「千早は俺と両思いだから。……お前はさっさと消えろ」
 「正気?……そいつ、人間じゃないけど」

 リョウセイがニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら言い放つ。
 涼星が動きを止めて押し黙ると同時に、千早の心臓がドクリと嫌な音を打つ。
 亜麻色の前髪が流れ落ちてその顔に影が差し、白い肌が黒い影に覆われる。
 涼星がすっと顔を上げて自身のドッペルゲンガーを見る。その亜麻色の瞳は澄んでいた。

 「だから何?」
 「……は?」

 涼星が亜麻色の髪をかき上げて耳の後ろにさらりと流す。
 雲の隙間から月が顔を出し、月光が涼星の顔にかかっていた影を払った。

 「まあ、結構自分でも驚いてるよ?人間じゃないって知っても好きって気持ちが変わらないなんてさ。……でもさぁ、仕方無いよね」
 「涼星……?」
 「お前の事追いかけて恋愛リアリティーショーに参加しちゃうくらいには、惹かれちゃったんだから」

 千早に向けられる眼差しには愛しさが込められていて、千早はカッと頬が赤く染まるのを自覚した。
 涼星がドッペルゲンガーの手を振り払い、眉根を歪めて口の端を吊り上げた。

 「ああそうだ。お前に聞きたい事があるんだ。”テセウスの船のパラドックス”って知ってる?」
 「……何?」
 「あれ?知らないんだ。見た目はそっくりでも、中身はやっぱり俺と全然違うね」

 千早を抱き寄せながら涼星が告げる。決して、ドッペルゲンガーに背を向けないように。

 「テセウスの船のパラドックス。外見は全く同じで、中身全てのパーツが入れ替わった船は"元の船"と同じと言えるのかっていう、哲学的な話。……ちょっとドッペルゲンガーと似てるよね、これ」

 淀みなく告げる涼星がにっこりと微笑んで、次いでドッペルゲンガーに真剣なまなざしを向けた。

 「正解のない問いだけど、俺の答えは"別物"だ」
 「……何が言いたい?」
 「察し悪いね、お前。だからさぁ……俺を殺そうとするならさっさと消えてくれって言ってんの。俺が居る限りお前は俺にはなれないんだから。……永遠にね」
 「ッ……!調子に乗るな!」

 リョウセイが涼星との距離を詰め、その首に手を伸ばす。
 だが、その手は涼星の首にかかる寸前で止まった。リョウセイの瞳が見開かれ、憎々し気に涼星を見る。

 「あははっ。……やっと来てくれた」

 涼星が千早から手を離す。そのまま足を振り上げて、距離の縮まったドッペルゲンガーの脇腹を勢いよく蹴りつけた。

 「……ッ、かは……!」

 ドッペルゲンガーが衝撃と共にバランスを崩し、境内に倒れ伏す。

 「あー、良かった来てくれて。けん制しておかないとさ、邪魔されちゃうかもしれないし」
 「りょ、涼星……?」
 「千早、こっち向いて」
 「何を……っ!?ん……!」

 グイッと引き寄せられ、涼星の腕が千早の下顎に差し込まれる。顔を上げたその瞬間、至近距離で亜麻色の瞳が閉じられた。
 雲が払われて月明りに照らされた境内で、2人の唇が重なった。

 「う、ぐ……っ!」

 2人がキスした瞬間、石畳に伏せたドッペルゲンガーが苦しみだした。
 僅かだった身体を走るノイズの量が増す。顔の輪郭が二重にズレる度に、その白い肌が黒いノイズに侵食される。

 「ああやっぱり、お前が俺の"意中の人"だ」

 キスの合間に落とされた声は甘やかで優しい。
 角度を変えて何度も重ねられる唇は1周目の冷たいものでは無い。血が通って温かくて、柔らかい。
 あの夜の一方的な冷たいキスじゃない。生きている涼星と唇を交わせる。
 その事実に心臓が甘く疼く。冷たい鼓動を打っていたはずの心臓が、温もりを全身に届け始める。
 千早が息を吸おうと唇を開けた瞬間、涼星の舌がするりと千早の口内に滑り込んだ。

 「りょ、涼せ……っ」
 「俺とこうするのは嫌?」
 「……嫌じゃない、けど……!」
 「じゃあ、今は俺の事信じて任せて」

 足に力が入らなくなって、石畳に涼星と崩れ落ちる。
 千早の黒髪が石畳に放射状に広がる。千早を押し倒す様に顔の横に手を付いた涼星が、そのまま深く唇を合わせる。
 石で出来た地面は硬くて冷たいはずなのに、顔が火照って身体に熱が灯った千早にはそれが心地良い。
 千早も涼星を求めるようにその広い背に腕を回して抱き寄せた。涼星の唇の熱さも、浴衣越しに触れ合う肌も、重なる鼓動も全て。全身で涼星感じた瞬間、眦に涙が浮かんだ。

 「ああそう、俺はお役御免って訳か」

 テレビの砂嵐をそのまま吐き出した様な不快感を煽る声に、2人は唇を離して顔を上げた。
 涼星のドッペルゲンガーは黒く染まったノイズ交じりの白目を見開いて、恨めし気に2人を睨みつけた。浴衣の輪郭が2重にぶれ、ノイズの隙間から境内の景色が透けて見える。
 黒く染まったノイズ混じりの唇が、忌々し気に歪められる。

 「クソが……!!」

 最後の捨て台詞を残して、涼星のドッペルゲンガーは境内から消失した。
 ノイズの音が消えた境内に、鈴虫の風鈴の様な音が微かに響く。
 2人が同時に体を起こす。境内の中央に座り込んで、涼星がくしゃりと微笑んだ。

 「ほら、やっぱり居なくなった。千早のおかげ」
 「そんな……事は……」
 「千早、顔合わせの時に言ってくれたじゃん。"逃げさえしなければ、ドッペルゲンガーはオリジナルを襲えない"って」
 「あ……」

 だから涼星はドッペルゲンガーを挑発するような事を言ったんだ。
 背を向けなければドッペルゲンガーは手出し出来ないと、千早の言った言葉を信じてくれたんだ。
 胸がジンとして、涙が零れそうになるのを唇を噛みしめて堪える。

 「千早」

 涼星に見つめられて、千早が顔を上げる。
 月明りに照らされた亜麻色の瞳は、真剣そのものだった。

 「最終日じゃないけど言わせて。……俺は、お前が好き」
 「涼星……」

 その言葉が耳に届いた瞬間、堪えていた涙が一筋滑り落ちた。
 千早はふっと微笑む。月明りに照らされたその顔はどこか、消え入りそうな儚さを孕んでいる。

 「……ありがとう。嬉しい。……本当に、嬉しいよ」
 「千早……」
 「でも」

 千早が涼星の言葉を遮る。
 両手を冷たい石畳に付け、千早は涼星から視線を外して頭を下げた。崩れた前髪が、千早の顔を黒く覆い隠す。

 「ごめん」

 千早の静かな声が、2人だけの境内に落とされた。

 To Be Continued……