恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 ◆

 千早と相対する茶髪の男子生徒が自分の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き毟って、震えた声で叫ぶ。

 「俺は確かに見たんだ!夏目が死んでお前に成り代わった所を!でもさあ、そんなん誰も信じちゃくれないんだよ!"夏目は生きてるじゃないか"って!俺がおかしいって皆言うんだ!!」

 男子生徒が半狂乱になって見開いた目に涙を浮かべる。
 痛んで黒髪混じりになった茶髪が、太陽光を浴びて痛々しく色を変える。

 「ドッペルゲンガーが居る学校なんか通えるか!!お前なんか死んじまえ!!」

 男子生徒が千早に向かって拳を振り下ろした瞬間、涼やかで良く通る声が校舎裏に反響した。

 「千早!!」

 後ろから伸びてきた手が千早の身体を守る様に抱き寄せる。白くて透き通るような手と亜麻色の髪。涼星の姿を認識した瞬間、千早は自分の心臓が冷たい鼓動を鳴らすのを感じた。
 バシッと音が響き、男子生徒の拳を涼星が受け止める。

 「何してるの?」
 「ヒッ……!?」
 「千早を傷つけるつもりなら、俺が相手になる」
 「な、なんだお前。まさかお前も、ドッペルゲンガー……っ!?」
 「……は?何言ってるの?」

 千早の肩がビクリと跳ねる。涼星の腕の中にいる千早は、錆びたブリキの様にぎこちなく首を捩じって涼星を見上げた。頭の奥が急速に血の気を失い、背筋に冷や汗が流れ落ちる。

 ――聴かれた。涼星に聴かれた。
 自分がドッペルゲンガーだって、オリジナルはもう死んでいるって。

 涼星に鋭い目で射抜かれた男子生徒がガタガタと震え始める。
 男子高校生はダラダラと脂汗を流し、涼星の手を勢い良く払いのけた。

 「も、もう俺に関わらないでくれ!あれは俺のせいじゃない!!俺のせいじゃねえんだよおおおおおお!!」

 茶髪の男子生徒が千早達から逃げるように校舎に飛び込む。だが、今の千早にはそれを気にしている余裕は無かった。

 「何だったんだあいつ。……千早、大丈夫?」

 千早の両肩に手を置いて向かい合う様に反転させた涼星が、炎天下の中大量の冷や汗を流す千早を見た瞬間、血相を変えて揺さぶった。

 「……おい、千早!しっかりしろ!千早!!」
 「……るな……ッ」
 「千早?」
 「触るな!!」

 千早が自身の腕を振るって涼星の手を弾く。
 涼星が目を見開く。長めの前髪が、太陽光と涼星の表情が分からないくらい濃く千早の目元を覆う。
 カタカタと震える唇で、弱々しく言葉を吐く。

 「……聴いてただろ、さっきの」
 「ち、はや……?」
 「あいつの言ってた事は本当なんだ。俺は……。俺の、オリジナルは1年前に死んでいる」
 「なに、言って……」

 千早は顔を上げた。
 さらりと黒髪が流れる。灼熱の太陽光が照り付け、千早の顔に闇よりも濃い影を落とす。

 「俺は……ドッペルゲンガーだ」

 震え交じりのその声は、蝉の音に紛れて静かに落とされた。
 二人の間に落ちた静寂を埋めるように鳴く蝉時雨が耳にこびり付く。それが止んだタイミングで、涼星がポツリと呟いた。

 「それ、本当?」
 「本当だ」
 「……そう、なんだ」

 その声は静かで、亜麻色の瞳からは感情は読み取れない。
 千早は無意識に1歩後ずさって、喉を震わせた。

 「い、ままで……言えなくて、悪かった。でも、俺は絶対にお前達に危害は加えない。この恋愛リアリティーショーの間、お前達には極力近づかない……っ!お前のドッペルゲンガーからは俺が守るから、だから……!」
 「お前、いつ本体と入れ替わったの?」
 「え……?」
 「答えて。いつ?」

 涼星が、真剣な眼差しで千早を射抜く。

 「1年前、お前と初めて図書室で会う少し前……だ」
 「……思い出したの?1年前俺とこの学校で会ってた事」
 「そうだ。さっき……」
 「……って事は俺が初めて出会った時から、お前はもうドッペルゲンガーだったんだ」
 「……」

 亜麻色の眼差しに非難の色は無い。それでもその静かな視線に耐えられなくて、千早は浅く頷きながら俯いた。
 涼星が1歩踏み出す。千早との距離を詰め、その頬に触れる。
 涼星の温かな手の温度が、千早の冷えた顔にじわりと移る。

 「ドッペルゲンガーって言ってもさ、人間と変わらないね」
 「りょう、せい……?」
 「顔も、身体もさ……」

 涼星の手が千早の少し乱れた黒髪に滑る。
 そのまま落ちてきて頬、首筋、シャツの隙間から見える鎖骨を、形を確かめるように撫でられる。
 涼星に触れられるだけで、ぴく、と体が反応してしまう。顔がじんわりと熱を持ってしまうのは、触れられた涼星の手が温かいせいだ。

 「俺と距離なんか置いてたら、俺のドッペルゲンガーどうすんの。意中の人にキスしなきゃ除霊出来ないんだろ?……お前が居なくてどうするんだよ」
 「な、何聞いてたんだよ。俺は人間じゃないんだ。俺に好意なんて、持てる訳無いだろ……?」
 「まあ驚いたのは本当だけど。……お前が人間じゃないって知った今でも、お前を好きな気持ちは変わらないよ」
 「い、いい加減なこと言うな……っ!」

 震える腕で涼星の腕を掴む。力を込めようとしたが、自分に触れるこの腕を振り払う事が出来ない。

 「本気。俺、今回の恋愛リアリティーショーにはお前が参加するって知ったから来たんだ」
 「え……?」
 「俺は3年だからさ。現役高校生しか参加出来ないこの企画に出るのもこの島にもう1度来られるのも、これが最後のチャンスだった」
 「なんで……そこまで」
 「"お前"に、もう一度会いたかったからだよ」

 涼星がそっと千早を抱き寄せる。
 軽く引き寄せられただけの腕は、振りほどこうと思えば出来るのに――千早には、それが出来なかった。
 涼星が千早を腕に閉じ込める。耳元で感じた涼星の心臓の鼓動は、少しだけ早かった。
 (駄目だ。俺は涼星から……離れないといけないのに)
 ドッペルゲンガーの自分が、人間の涼星に恋愛感情なんて抱いてはいけないのに。

 「聴いて千早、俺は……」
 「あーーー!!居たぜこっちだ!」
 「!?」

 大音量の大我の声に振り返る。反射で体を離そうとした千早を、涼星が腕に力を込めて押さえ込んだ。
 大我、輝、美帆、侑里の4人がこちらに向かって駆け寄ってくる。

 「ちょっと千早!なんで学校なんかに戻ってんのよ!?忘れ物!?」
 「はよ着付けせな、花火大会間に合わへんよ~」
 「……あれ?アタシ達お邪魔だったかな?」
 「ちょ、涼星……!はな、離してくれ……!」
 「……」

 パシパシと腕を叩くと、渋々と言った様子で涼星が千早を抱きしめていた手を放す。
 身体が離れる寸前、腰を折ってそっと囁かれる。

 「お前、恋愛リアリティーショーが終わるまで俺の前から離れるの禁止」
 「……わ、分かった」

 涼星から目を逸らしながら掠れた声で応える。今の千早には、それだけで精いっぱいだった。
 千早は皆に連れられて、日差しが降り注ぐ校舎裏を後にした。

 ◇

 呉服屋に戻ってきた全員は、呉服屋の店主やスタッフに促されるまま浴衣や甚平に着替えを始めた。試着室からカーテンが開く音に振り返ると、カーキ色の浴衣に身を包んだ涼星が立っていた。
 その姿が夏祭りまでタイムリミットを如実に表しているようで、千早の心臓が冷たく跳ねる。
 気を取り直した涼星が、普段通りの笑顔でにっこりと微笑んだ。

 「俺これにしよっかな。どう?」
 「……ああ、良く似合ってる」
 「お前は決めた?」
 「藍色の……これにする」

 千早は前回と同じ藍色の浴衣を指さした。
 浴衣姿の涼星と千早を見た店主がにっこりと笑ってで話しかけてきた。

 「あらまあ良くお似合いですよ!そちらの着物は帯が太めですから、簪など挿してもオシャレですよ」

 "簪"。
 その言葉で、千早は周囲を見渡した。
 (……そういえば、"アレ"はどこにある?)

 「ありがとうございます。じゃあ、いくつか見せて貰ってもいいですか?」
 「はい。是非~。お客さんも、良ければ一緒に見ていってくださいね」
 「あの、俺この浴衣にしたいんですけど、帯だけ太めに変えられますか?」
 「もちろんです~。藍色の浴衣でしたら銀の簪などが良くお似合いですよ」

 店主に促されるまま小物のコーナーに案内される。
 じっと眺めていると、1つの銀の簪が目に留まった。繊細な花があしらわれた、先端の鋭い銀の簪。
 その簪は、前回の境内で千早が自身の心臓に突き立てた物だ。1周目では涼星が付けていたこの簪で、千早は自らの命を絶って2周目にループした。
 千早は虚ろな瞳でその簪を手に取った。銀の簪は、間接照明の光を受けてオレンジ色に艶めいた。

 「すみません。これもレンタル出来ますか?」
 「はい、可能ですよ」
 「良いねそれ。俺も同じやつにしようかな」
 「……お前は、こっちの方が似合うんじゃないか?」

 千早は花の装飾があしらわれた、先端の丸い金の簪を涼星に差し出した。なんでもいいから1周目の涼星との違いが欲しい一心で。
 千早は自分の持つ簪の鋭い先端部分を、手のひらで隠す様に握り込んだ。

 「そう?じゃあこっちにしようかな」

 微笑む涼星に合わせて千早もあいまいに微笑む。
 着替え直す涼星を笑顔で見送ると、すっとその表情を陰らせた。

 「……」

 銀の簪に暗い視線を落とす。千早の影で黒く染まった簪は、輝きを反射しなくなった。
 (涼星をドッペルゲンガーから救えたら。全てが終わったら、この手で――)
 窓の外は快晴の光が降り注いでいる。その太陽が薄暗い雲に覆われ、少しだけ光を翳らせた。

 To Be Continued……