恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 『幽霊は出ないけどドッペルゲンガーは出る』

 侑里のその言葉にしん……と教室内が静まり返った。

 「でしょ?千早」
 「……俺は見た事無いけどな」

 千早はそっと目を逸らし、窓の外を流れる入道雲を見た。
 そう、この青嵐島には夏限定でドッペルゲンガーが出るという都市伝説がまことしやかに囁かれているのだ。

 「ドッペルゲンガーって、あの自分と全く同じ姿の人間が目の前に現れるって都市伝説?」
 「そうそう、アタシも噂程度なんだけど。ドッペルゲンガーを見たら死ぬって言われてるんでしょ?」

 侑里が千早に視線を送る。
 地元の人間から話して欲しい、と言う事だろう。千早は後頭部を掻くと窓から視線を戻し、慎重に言葉を選んで伝えた。

 「……正確には、死んだ直後か死ぬ直前に見える存在だ」
 「ねえ千早。俺が知ってるドッペルゲンガーは本人を殺して成り代わろうとするって話なんだけど、この島のドッペルゲンガーもそうなの?」
 「こ、殺しに来るのかよ!?」
 「ちょ、ちょっとやめてよ涼星くんっ!」
 「そういう場合もあるが、霊界からメッセージを伝えに来るだけって場合もある」

 騒ぎ始める大我と美帆に向かって淡々と告げると、涼星がおどけるようにひらひらと手を振る。

 「ああ、そうなんだ。良いじゃんメッセンジャー。良い事教えて貰えるかもよ?」
 「そ、それなら良いけどよお……。た、対処法とかねえの?」
 「あるにはあるが……」
 「ちょっと!教えて!今すぐ教えなさいよ!!」

 口ごもる千早に美帆が身を乗り出してくる。
 あるにはあるが、俗っぽ過ぎて言いづらい。だが、言わないと美帆は絶対に納得にしないだろう。
 千早は地面を見ながら、ぼそりと呟いた。

 「……と、取って代わられる前に、意中の人にキスされる事」

 小さく呟いたはずなのに、千早の声はいやに大きく教室内に響いた。

 「……はあ!?」

 次いで聴こえてきたのは大我の驚きの声だ。ひかるもココアブラウンの髪をふわりと揺らしながら、小首をかしげて目を丸くした。

 「へえ、そうなん?随分ロマンチックやねえ」
 「自分の身体が自分だけじゃなくて誰かのものだって分かれば、ドッペルゲンガーは存在出来ない。メッセンジャーの場合はドッペルゲンガーの話を聞いてやるだけで帰る。この島のはそういう存在だ」
 「メッセンジャーじゃない場合はどうなるん?」
 「その場合は絶対に逃げちゃいけない。ドッペルゲンガーに背を向けたら……えっと、良くない事が起こる」

 この宿主なら乗っ取れると思われて殺される。と、その言葉は寸でで堪えた。
 それは言わない方が良いだろう。恋愛リアリティーショーという場に相応しく無い。
 千早が口を閉じると、侑里が手を叩いてニカッと微笑んだ。

 「そうそう!だからさ、ここで恋しちゃえばドッペルゲンガーなんか怖くないって事!」

 その言葉に美帆がボッと頬を染める。
 だからこの話をしたのか、と千早は勘づいた。この程度の怖い話なら恋愛リアリティーショーには持ってこいだ。

 「だからそんな怖がんなくて大丈夫だよ、美帆」
 「なっ、何があ!?男ばっかでくっついたらウチの相手なんかいないじゃん!」
 「は……!?」

 半分涙目になった美帆がビシッと千早とその隣の涼星を指さす。
 千早の顔がジワリと赤く染まる。対して涼星はどこ吹く風で千早をからかう様にニコニコと微笑んでいる。

 「誰がこんな奴とくっつくか!!」
 「え~、ヒドくない?」
 「……っ、おい。からかうな白乃」
 「あ、千早それ禁止」
 「何が……っ」

 涼星が身体ごと千早に向き直り、千早との距離を詰める。

 「せっかく恋しましょうって趣旨の3日間なんだから、苗字呼び禁止」
 「そうだね。皆、アタシの事も呼び捨てで良いよ。美帆もそうでしょ?」
 「そ、そりゃあ、こんな所まで市来さんとか呼ばれたくないけど……」
 「俺も呼び捨てで良いぜ!」
 「うちもええよ。……でも、うちは君とちゃん付けさせてもらうな」
 「ほら皆こう言ってるんだからさ。俺の事も名前で呼べよ、千早」

 口をきゅっと引き結ぶが、からかう様に細められた亜麻色の瞳が千早を捕える。
 少しの間涼星と見つめ合っていたが、千早は観念したようにため息混じりに言葉を発した。

 「……涼星」
 「うん、千早」
 「……ほんまにもうくっつきそうやねえ」
 「くっつかない!」

 感心した様なひかるの声に、千早は腕を組んでプイっとそっぽを向いた。

 「でも無理~!怖いものは怖いからっ!」
 「相手が見つからないならアタシが付いててあげる。アタシも怖い系結構イケるよ?」
 「うぅ、1人にしないでよね?……ねえ涼星く~ん。ウチのドッペルゲンガーが出たら助けてくれる?」
 「ん~、気が向いたらね」
 「ひどっ!」

 美帆が上目遣いで涼星を見上げると、涼星が爽やかにスルーした。
 それから少しの間談笑すると、海水浴の時間だからとスタッフに促されて教室を後にした。
 (ドッペルゲンガー、か……)
 オリジナルを乗っ取る悪霊か、助けを伝えるメッセンジャーか。
 そんなものは出ないと思うが、千早の心は少しだけ引っかかりを覚えた。

 校舎内の移動中は撮影用のカメラも無く、千早の案内で出口に向かって進んで行く。
 丁度図書室に差し掛かった時、図書室の扉がガラリと開け放たれた。

 「あれ?夏目……?」

 図書室から出てきたのは、千早のクラスメイトの女生徒だった。

 「ああ。終業式以来だな」
 「ごめん撮影だった?あたし本返しに来ただけだから、もう帰るよ」
 「今はカメラ回ってないから大丈夫だ。気を付けて帰れよ」
 「……なんか、明るくなったよねあんた」
 「ん?」
 「前はほんとに根暗一直線って感じだったのにさ~」
 「……いいだろ、別に」

 少しだけ微笑んでからかう様に告げてくる女生徒に、千早は目を細める。
 口数が少ない自覚はあるが、根暗一直線とまで言われる筋合いはない。

 「……うん。まあそっちの方が親しみやすいし。じゃあまた、新学期でね」
 「おう」

 女生徒がひらひらと手を振って廊下の奥に消えていった。
 隣を歩いていた涼星が腰をかがめて、千早の瞳を覗き込んでくる。

 「ここ、懐かしいね?」
 「は?」
 「あー、やっぱ覚えてない。結構ショックなんだけど~」
 「……なんだよ」
 「この図書室だよ。俺がお前と初めて会った場所」
 「お前、と……?」

 千早が訝し気に眉を顰める。
 そもそも涼星は青嵐高校の人間じゃない。どうやって千早とこんな所で会えるというのだろうか。
 過去の記憶を探ろうとすると、ザザッと頭の奥がノイズがかった様に暗くなる。
 不意に、ズキッと頭の奥に針が刺された様に痛んだ。
 (……駄目だ。思い出せない……)
 無理やり思い出そうとすると、胃の奥からわずかな吐き気が込み上げてくる。

 「……暑いなあ」

 隣のひかるがポツリと呟いて、そっとハンカチを取り出して顎下に滴る汗を拭う。

 「何か飲むか?自販機なら体育館裏とか昇降口にあるぞ」
 「あっ、ごめんごめん。そこまでやないから気にせんといて」
 「カーディガン脱いじゃえば?それ着てると暑くない?」
 「う~ん……。このままでええかな」
 「……そう?」

 侑里が気づかわし気な視線を送るが、ひかるはそれをやんわりと断った。
 確かに、ひかるは薄手とはいえネイビーブルーのカーディガンを羽織っている。
 ひかる以外は全員シャツ1枚だから、ひかるの出で立ちは少し目立っている。

 「でもよお!こっから海水浴だろ!?海入ったら涼しくなんだろ!ひかるちゃんの水着楽しみだぜ~!」
 「うえ~、キモいよあんた」
 「き、キモくねえよ!」

 引き攣った顔の美帆にあたふたと手を動かす大我を尻目に、千早達は海岸に向かって歩みを進めた。

 後になって思い返せば、このひかるの小さな違和感は無視するべきじゃなかった――。

 To Be Continued……