恋愛リアリティーショーに参加したら男に告白された。

 グシャ、と境内に響いた音にヒュッと息を呑んだ。リョウセイは振り返る。月の光を受けて、その顔に暗い影が落ちる。

 「もういいよ、放してあげて」

 リョウセイの声に合わせて、千早を拘束していたドッペルゲンガー達が手を放す。
 解放されたのに身体に力が入らない。――この目で居た光景が、信じられない。
 リョウセイが千早の前に片膝を付き、笑顔で白い手を差し出す。

 「今から俺が白乃 涼星だ。よろしくね、千早」
 「……がう」

 その手を払いのける。
 軋む体を引きずって、千早はリョウセイを睨みつけた。

 「お前は涼星じゃない」
 「は……?」

 目を見開くリョウセイの横をすり抜けて、長い石段を駆け降りた。
 視界に赤がチラつく。石段の真下、境内の入り口。月の光に照らされて血だまりが広がっている。
 仰向けに倒れ込んだ涼星が頭や背中から夥しい量の血を放射状に流して絶命している。カーキ色の浴衣が、血を吸ってじわじわと赤く染まってゆく。
 僅かばかり開いた亜麻色の昏い瞳が、頭上の月だけを虚ろに反射していた。

 「涼星」

 物言わぬ死体と化した涼星の傍に跪く。

 「ごめん」

 声が震える。
 喉の奥が乾いて、鼻の奥がツンとする。

 「ごめん。ごめん、な……!」

 涙が溢れる。ぼやけた視界をきつく瞬きする事でやり過ごし、冷たくなっていく涼星の頬に触れた。
 千早に笑いかけてくれたその顔は、精巧なビスクドールの様に一切の感情を宿さない。

 「俺がお前に何も言わなかったせいだ。全部、俺のせいだ……!!」

 涼星の浴衣が千早の涙で汚れる。
 今更謝ったって遅い。そんな事は分かっているのに、それ以外の言葉が出てこない。

 「俺だって、お前と居る時が一番楽しかった。最初に付き合って欲しいって言われて……っ、本当は、嬉しかったんだ」

 どうして素直になれなかったんだろう。あの時俺も気になっているって言っていれば、何か違ったのだろうか。
 (何を考えてるんだ。……時間が、巻き戻せる訳じゃないのに)
 藍色の浴衣に涼星の血が付くのも構わず、冷たくなっていく身体に自分の体温を移す様に縋りつく。
 しゃらん、と何かが血だまりに落下した。それは、涼星が浴衣の帯に挿していた花の装飾があしらわれた銀の簪だった。
 鋭い金属部分の芯が、血を浴びて赤く染まる。

 「お別れは済んだ?」

 この2日間でよく聴いた、でも今1番聴きたくない声に顔を上げる。
 涼星のドッペルゲンガーは、人形の様な完成された笑みを浮かべて千早を見下ろしている。
 その姿は不気味なほど"白乃 涼星"そのものだった。

 「お前……っ!」
 「悲しむ事なんて無いよ。白乃 涼星はここに居る」
 「お前じゃない」

 千早は血に染まる簪に手を伸ばす。簪を掴んだ千早の手が血に汚れ、赤い雫が石畳の割れ目に吸い込まれてゆく。
 千早の少し吊り上がった青みを帯びた瞳が、虚ろに細められる。

 「俺は、お前とこの世界で過ごす気は無い」
 「千早?何を……ッ!?」

 分からない。大切な人を失ってまで、この世界で生きる意味が分からない。
 (……全部、俺のせいなのに)
 千早が簪の先端を自身の心臓に押し当てる。
 リョウセイの声が焦燥を露わにし、千早に手を伸ばしながら駆け寄る。
 リョウセイには目もくれず、千早は銀の簪で自身の心臓を突いた。
 ドス、と鋭い簪の先端が鈍い音を立てて、千早の肉と臓器を貫いた。

 「千早あ!!」

 リョウセイの叫び声が遠く聞こえる。
 ぐらりと千早の身体が揺らぎ、冷たくなった涼星の傍に倒れ込む。
 千早の心臓から滴る血が、涼星の血だまりと混ざり合って赤みを増す。

 「はあ、ぁ……っ」

 千早は涼星の顔の近くまで這いずって、僅かに開いていた瞼に手を当ててそっとその瞳を閉じさせた。
 ふっと顔を綻ばせる。壊れ物を扱う様に優しく、冷たくなった涼星の頬に手を滑らせる。

 「なあ、もし、もう1回やり直せるなら……っ。お前がもう1回、俺に告白してくれるなら、さ……俺は絶対、お前と付き合うよ」
 「……やめろ」

 震えて言う事を聞かなくなった体を引きずって、涼星の唇に顔を寄せる。

 「やめろっ!!」

 リョウセイが焦りを露わにして叫ぶ。その手が千早に触れる寸前、涼星の唇に自分の唇を重ねた。
 生まれて初めて重ねた唇は、冷たい血の味がした。
 千早が瞼を伏せて石畳に倒れ伏す。
 世界が星の無い夜に飲み込まれるように、黒に染まっていった――。

 ◇

 暗い。
 何も見えない。
 身体に波が纏わりつくような、深海を漂ってるような感覚に支配される。

 『俺の代わりに青春を謳歌してくれよ……”千早”』

 脳にあの声が直接流れ込んでくる。
 ――ごめん。俺には無理だった。
 戻りたい、あの日に戻りたい。そうしたら、もう二度と間違えたりしないのに。

 『俺は、お前に俺の分も幸せになってもらいたいんだ』

 誰かの手が頬に触れる。少し骨ばっていて華奢な手だ。
 吐息交じりの儚げな声が、頭の奥に反響する。

 『だから頑張ってくれ。……”千早”』

 その手が離れた瞬間、瞼の裏に光を感じる。
 海の底から見る太陽の様な、乱反射する光だ。

 「千早」

 涼やかで温かな声がする。誰かが、自分を呼んでいる。
 誰かに握られた手が温かい。――誰かに、握られている?
 瞼の裏に感じる爽やかな太陽光に目を開ける。自分の手を掴む白くてしなやかな手に、徐々にピントが合っていく。
 ああ、この手は覚えがある。2日間で、何回も繋いでくれた。

 顔を上げた瞬間飛び込んできたのは、夏の空を覆う様な入道雲だ。
 教室のペールブルーのカーテンが爽やかな風を受けて揺らめき、自分と相手の顔に涼やかな影を落とす。
 頭1つ分高い亜麻色の髪と揃いの瞳。
 強引に繋がれた手は透き通るような綺麗な肌色と、がっしりした男の骨格を持っている。

 「……――え?」

 喉の奥から掠れた声を引っ張り出した。
 そこは青嵐高校の教室だった。千早の目の前に立って微笑む青年は180㎝はありそうな長身に、透き通るような白い肌にスッと通った鼻筋。そして、瞳に嵌め込まれた艶めく亜麻色の瞳。――制服姿の、本物の涼星だ。

 「第一印象から決めてました。……俺と付き合ってくれない?」

 真昼の教室で、涼星に恋人繋ぎされている。それはまるで、恋愛リアリティーショーの初日のリフレインだ。
 千早は青みがかった瞳を動かして周りを見る。
 教室の壁にかかったデジタル時計は8月13日を指している。そして、2人を目を丸くして見つめる制服姿の4人――ひかる、大我、美帆、侑里がそこに居た。
 夢かと疑いたくなった。でも、繋がれた涼星の手の温かさが現実だと告げている。
 (どういうことだ?俺は2日目の夏祭りの日、境内で涼星と一緒に死んだ。皆もドッペルゲンガーに成り代わったはずなのに。これじゃあ、まるで……)
 ――時間が、巻き戻ったようだ。

 「りょう、せい……?」

 顔を上げ、乾いたのどから声を絞り出す。目の前の涼星が、軽く目を見開いて小首をかしげる。

 「あれ、もう名前で呼んでくれるの?もしかして、もう俺の事好意的に捉えてる?」

 その仕草は涼星そのもので、千早は目頭が熱くなった。それをきつく瞬きすることで堪え、涼星を見つめ返す。
 原理は分からない。それでも、この機会を絶対に逃す訳にはいかない。

 「ああ、捉えてる」

 指を絡ませられた涼星の手を握り返す。涼星の後ろに居る皆が更に目を見開く。
 もう一度この恋愛リアリティーショーをやり直せるなら、絶対に全員救ってみせる。
 (俺はもう……間違えたりしない)
 千早は青みがかった黒い瞳に強い意志を宿して、目の前の涼星を真っすぐ見つめ返した。
 夏の空気を肺に吸い込んで、はっきりと告げる。

 「俺は、お前と付き合う」

 To Be Continued……