瑞季と花壇で話してから約2ヶ月。
季節は巡り、街はイルミネーションで彩られ始めていた。駅前の広場には大きなツリーが立ち、どこからか流れてくる軽快な音楽が、行き交う人々の足取りをわずかに弾ませている。
そんな浮ついた空気とは裏腹に、俺の胸の内は重たいままだった。
瑞季とは、あの日を境にまともに話せていない。
クラスで声をかけても、視線を逸らされる。LINEは既読すらつかない。まるで最初から俺なんていなかったみたいに、距離を置かれていた。
花壇の世話だけは変わらず続けているらしい。けれど、俺が顔を出すと、どこかへ消えるようにいなくなる。
なんとかして会いたくて、瑞季のバイト先である花屋へ足を運んだのは、ほんの数日前のことだ。
店内に入ると、甘い花の香りが鼻をくすぐった。色とりどりの花が並ぶ空間は、外の寒さを忘れさせるほど柔らかい空気に満ちている。
「こんにちは」
そう声をかけると、店長が顔を上げた。
「あら、榎本くん。こんにちは」
「あの瑞季って…」
「ああ、菖蒲ね。急にしばらくバイト休みたいって言い出して。テスト期間だからだと思ってたんだけど、もうテストって終わったのかしら?」
「テストなら先週終わりました」
「あらそうなの。いやぁどうしたのかしらね。どんな時でも楽しそうにお店に立つ子だったから心配だわ。榎本くん、何か知らない?」
「…え、っと。すみません、わからないです。今度話した時、聞いてみます」
言いながら、喉の奥が引っかかる。
自分が原因かもしれない、という考えが頭をよぎって、うまく言葉が出てこなかった。
「悪いわねぇ。そうしてくれると助かるわ。私には話してくれないだろうから」
店長は、店の奥に置かれた花へと視線を向けた。
瑞季が世話をしていたというその花を、ただ見ているだけなのに——まるでその向こうに本人の姿を探しているみたいだった。
「あの、何かあるんですか」
「そうねぇ…、これは榎本くんだから話すんだけど」
そういうと、ちょっと溜めて話し出した。
「あの子、両親とあまりうまくいっていないのよ。菖蒲の母、私の姉にあたるんだけど。。彼女は菖蒲を医者にしたかったんですって」
知らなかった事実に、思わず言葉を失う。胸の奥が、じわりと重くなる。
「菖蒲は医者になりたくないって反発したみたいなんだけど、そこから折り合いが悪くなっちゃったみたいで。私には懐いてくれていると思うんだけど、どこか本音で話さないというか、時々怯えているように笑ったりするから。きっと、どこか迷惑をかけたくないとでも思っているのかしら」
「そう、なんですね。瑞季、農学部に行きたいって言ってたから」
「あら、そこは話しているのね?よかったわ、頼れるお友達がいて」
“お友達”という言葉が、ほんの少しだけ引っかかった。嬉しいはずなのに、素直に頷けない自分がいる。
「そうなの、やりたいことがあるなら、学費でもなんでもでしてやるから好きにやんなって言ってるんだけどね。あの子は優しいから、甘えられないんだろうね」
「聞いただけですけど、きっと瑞季にとって店長さんはすごく、大事な存在なんだと思います。そんなこと言ってくれるだけで、救われる気がすると言うか…。実際俺も、一時期親とうまくいってなくて、ずっと意地張っていたんですけど、その時そうやって背中を押してくれる人がいたから今なんとかやれてるというか…。すみません、生意気なこと…」
自分のことを話しながら、無意識に視線が落ちる。あの頃のことを思い出すと、まだ少しだけ胸がざわついた。
「そんなことないわ。ありがとう、榎本くん」
店長さんは雰囲気を変えるように手を叩いた。
「さ、辛気臭い話もここまで!今日お花も買いに来たんでしょう?お話も聞かせてもらったし、今日は私からのサービスよ!どんな花がいい?」
「あ、ありがとうございます。それなら…」
並んだ花に視線を走らせる。どれも綺麗で、何を選べばいいのか、わからない。
一瞬迷ってから、顔を上げた。
「店長さんが作った花束がいいです」
そう言うと、店長はふっと目を細めた。
「かしこまりました」
ハサミの軽い音が、静かな店内に小さく響く。
迷いのない手つきで花を選び、束ねていくその動きは、どこか見入ってしまうものがあった。
「どうぞ」
差し出された花束を受け取る。
オレンジ色の梱包に、温かみのある花。触れているだけで心の奥がじんわりとほどけていく。
「どう?気に入ってくれた?」
「はい、………すごく」
視線を落とし、もう一度花束を見る。さっきよりも、少しだけ色が鮮やかに見えた気がした。
「榎本くんをイメージして作ってみたの。素敵でしょう?」
思わず小さく息を呑む。俺が感じた温かさを、この人は俺に感じてくれているのだろうか。
「菖蒲にもいつも言っているのよ。花は生活に絶対必要なものじゃない。でも、もらうこと・見ることで人を温かい気持ちにすることができる。だから、どんなお客さんにしても、花束を作る時は送る人を思って作るのよって。そうしたら、きっと、花を渡す人の気持ちを最大限伝えることができるからって」
「とても、素敵です。ありがとうございます」
視線を落としたまま、小さく息を吐く。
「俺、花に出会えてよかったです。………教えてくれた瑞季にも」
その言葉は、自分でも驚くほど素直に口からこぼれた。
「ふふ、それは本人に言ってあげて。きっと喜ぶわ」
店長は何もかも見透かしたように、静かに微笑んだ。
放課後の教室、人の気配がまばらになった空間に、四宮が軽い足取りで近づいてくる。
「よ!」
やけに明るい声が、今の自分にはひどく癇に障った。
「…」
返事をする気にもなれず、視線だけを落とす。
「元気ないね」
「振られた?」
「振られる前に砕けた」
「へ?」
「あいつ、俺とお前がはとこだって知らなかったらしい」
楓は少し考えるように、顎に手を当てて大袈裟に空を仰ぐ。
「俺とお前が仲良かったらダメなの?」
「白々しい」
「えー、なんのこと?」
いつも通りのはずなのに、今はこいつの一挙手一投足にイライラしていまう。
そんな俺の気も知らず、楓は飄々と続けた。
「でもらしくないな、あんなにグイグイ行ってたのに、振られるのが怖くなった?
ずっとそんな感じなら、俺声かけちゃおうかな」
「は、てめ」
「冗談冗談。__でもさ」
いつものおちゃらけた様子から、声のトーンが一気に低くなる。
「仮に俺が瑞季と仲良くなったとしても、紫苑にどうこう言われる筋合いないよね?」
耳元で囁かれた言葉は、氷のように冷たくて鋭かった。
「告白もできない坊っちゃんが」
「このッ………」
「じゃあ、いい報告楽しみにしてるから」
それだけ言い残すと、楓は踵を返して去っていた。
静まり返った教室。今は自分の呼吸音だけがやけに大きく響いている。
「クソッ…………」
拳を握り、力任せに机に叩きつけた。鈍い音が教室に反響する。。
瑞季は楓が好きなんだ。俺の入り込む隙間なんて最初から___
そこまで考えて、胸の奥がざわつく。息が詰まるみたいに苦しい。
嫌だ。
あいつが笑いかけるのも、怒るのも全部俺がいい。
俺に以外にいろんな顔見せるなんてそんな…_____
『告白もできない坊ちゃんが』
楓の言葉がフラッシュバックする。
そうだ、俺は何も伝えられていない。今まで伝えようとポーズをとってきただけで、本当はずっと、拒絶されるのが怖くて逃げていた。
…ダメだろ、それじゃ。
拳を強く握り直す。次の瞬間、俺は教室を飛び出していた。
季節は巡り、街はイルミネーションで彩られ始めていた。駅前の広場には大きなツリーが立ち、どこからか流れてくる軽快な音楽が、行き交う人々の足取りをわずかに弾ませている。
そんな浮ついた空気とは裏腹に、俺の胸の内は重たいままだった。
瑞季とは、あの日を境にまともに話せていない。
クラスで声をかけても、視線を逸らされる。LINEは既読すらつかない。まるで最初から俺なんていなかったみたいに、距離を置かれていた。
花壇の世話だけは変わらず続けているらしい。けれど、俺が顔を出すと、どこかへ消えるようにいなくなる。
なんとかして会いたくて、瑞季のバイト先である花屋へ足を運んだのは、ほんの数日前のことだ。
店内に入ると、甘い花の香りが鼻をくすぐった。色とりどりの花が並ぶ空間は、外の寒さを忘れさせるほど柔らかい空気に満ちている。
「こんにちは」
そう声をかけると、店長が顔を上げた。
「あら、榎本くん。こんにちは」
「あの瑞季って…」
「ああ、菖蒲ね。急にしばらくバイト休みたいって言い出して。テスト期間だからだと思ってたんだけど、もうテストって終わったのかしら?」
「テストなら先週終わりました」
「あらそうなの。いやぁどうしたのかしらね。どんな時でも楽しそうにお店に立つ子だったから心配だわ。榎本くん、何か知らない?」
「…え、っと。すみません、わからないです。今度話した時、聞いてみます」
言いながら、喉の奥が引っかかる。
自分が原因かもしれない、という考えが頭をよぎって、うまく言葉が出てこなかった。
「悪いわねぇ。そうしてくれると助かるわ。私には話してくれないだろうから」
店長は、店の奥に置かれた花へと視線を向けた。
瑞季が世話をしていたというその花を、ただ見ているだけなのに——まるでその向こうに本人の姿を探しているみたいだった。
「あの、何かあるんですか」
「そうねぇ…、これは榎本くんだから話すんだけど」
そういうと、ちょっと溜めて話し出した。
「あの子、両親とあまりうまくいっていないのよ。菖蒲の母、私の姉にあたるんだけど。。彼女は菖蒲を医者にしたかったんですって」
知らなかった事実に、思わず言葉を失う。胸の奥が、じわりと重くなる。
「菖蒲は医者になりたくないって反発したみたいなんだけど、そこから折り合いが悪くなっちゃったみたいで。私には懐いてくれていると思うんだけど、どこか本音で話さないというか、時々怯えているように笑ったりするから。きっと、どこか迷惑をかけたくないとでも思っているのかしら」
「そう、なんですね。瑞季、農学部に行きたいって言ってたから」
「あら、そこは話しているのね?よかったわ、頼れるお友達がいて」
“お友達”という言葉が、ほんの少しだけ引っかかった。嬉しいはずなのに、素直に頷けない自分がいる。
「そうなの、やりたいことがあるなら、学費でもなんでもでしてやるから好きにやんなって言ってるんだけどね。あの子は優しいから、甘えられないんだろうね」
「聞いただけですけど、きっと瑞季にとって店長さんはすごく、大事な存在なんだと思います。そんなこと言ってくれるだけで、救われる気がすると言うか…。実際俺も、一時期親とうまくいってなくて、ずっと意地張っていたんですけど、その時そうやって背中を押してくれる人がいたから今なんとかやれてるというか…。すみません、生意気なこと…」
自分のことを話しながら、無意識に視線が落ちる。あの頃のことを思い出すと、まだ少しだけ胸がざわついた。
「そんなことないわ。ありがとう、榎本くん」
店長さんは雰囲気を変えるように手を叩いた。
「さ、辛気臭い話もここまで!今日お花も買いに来たんでしょう?お話も聞かせてもらったし、今日は私からのサービスよ!どんな花がいい?」
「あ、ありがとうございます。それなら…」
並んだ花に視線を走らせる。どれも綺麗で、何を選べばいいのか、わからない。
一瞬迷ってから、顔を上げた。
「店長さんが作った花束がいいです」
そう言うと、店長はふっと目を細めた。
「かしこまりました」
ハサミの軽い音が、静かな店内に小さく響く。
迷いのない手つきで花を選び、束ねていくその動きは、どこか見入ってしまうものがあった。
「どうぞ」
差し出された花束を受け取る。
オレンジ色の梱包に、温かみのある花。触れているだけで心の奥がじんわりとほどけていく。
「どう?気に入ってくれた?」
「はい、………すごく」
視線を落とし、もう一度花束を見る。さっきよりも、少しだけ色が鮮やかに見えた気がした。
「榎本くんをイメージして作ってみたの。素敵でしょう?」
思わず小さく息を呑む。俺が感じた温かさを、この人は俺に感じてくれているのだろうか。
「菖蒲にもいつも言っているのよ。花は生活に絶対必要なものじゃない。でも、もらうこと・見ることで人を温かい気持ちにすることができる。だから、どんなお客さんにしても、花束を作る時は送る人を思って作るのよって。そうしたら、きっと、花を渡す人の気持ちを最大限伝えることができるからって」
「とても、素敵です。ありがとうございます」
視線を落としたまま、小さく息を吐く。
「俺、花に出会えてよかったです。………教えてくれた瑞季にも」
その言葉は、自分でも驚くほど素直に口からこぼれた。
「ふふ、それは本人に言ってあげて。きっと喜ぶわ」
店長は何もかも見透かしたように、静かに微笑んだ。
放課後の教室、人の気配がまばらになった空間に、四宮が軽い足取りで近づいてくる。
「よ!」
やけに明るい声が、今の自分にはひどく癇に障った。
「…」
返事をする気にもなれず、視線だけを落とす。
「元気ないね」
「振られた?」
「振られる前に砕けた」
「へ?」
「あいつ、俺とお前がはとこだって知らなかったらしい」
楓は少し考えるように、顎に手を当てて大袈裟に空を仰ぐ。
「俺とお前が仲良かったらダメなの?」
「白々しい」
「えー、なんのこと?」
いつも通りのはずなのに、今はこいつの一挙手一投足にイライラしていまう。
そんな俺の気も知らず、楓は飄々と続けた。
「でもらしくないな、あんなにグイグイ行ってたのに、振られるのが怖くなった?
ずっとそんな感じなら、俺声かけちゃおうかな」
「は、てめ」
「冗談冗談。__でもさ」
いつものおちゃらけた様子から、声のトーンが一気に低くなる。
「仮に俺が瑞季と仲良くなったとしても、紫苑にどうこう言われる筋合いないよね?」
耳元で囁かれた言葉は、氷のように冷たくて鋭かった。
「告白もできない坊っちゃんが」
「このッ………」
「じゃあ、いい報告楽しみにしてるから」
それだけ言い残すと、楓は踵を返して去っていた。
静まり返った教室。今は自分の呼吸音だけがやけに大きく響いている。
「クソッ…………」
拳を握り、力任せに机に叩きつけた。鈍い音が教室に反響する。。
瑞季は楓が好きなんだ。俺の入り込む隙間なんて最初から___
そこまで考えて、胸の奥がざわつく。息が詰まるみたいに苦しい。
嫌だ。
あいつが笑いかけるのも、怒るのも全部俺がいい。
俺に以外にいろんな顔見せるなんてそんな…_____
『告白もできない坊ちゃんが』
楓の言葉がフラッシュバックする。
そうだ、俺は何も伝えられていない。今まで伝えようとポーズをとってきただけで、本当はずっと、拒絶されるのが怖くて逃げていた。
…ダメだろ、それじゃ。
拳を強く握り直す。次の瞬間、俺は教室を飛び出していた。
