駄菓子屋によく来るイケメンは、くじ引きで当てたいものがあるらしい。

#9


北沢に「友達とは思えない」と言われた日から数日が経ち、俺たちの間に会話はなく、北沢が駄菓子屋に来ることもなくなった。

寂しい、って言葉は意地でも口に出せなくて。
北沢に対する怒りと絡まり合って、俺の中を循環している。

昼休み。
俺は大きく息を吐きながら購買に向かう。
少し前までは北沢と過ごしていたこの時間も、北沢がいなくなると無性に長く感じる。


「……焼きそばパン、売り切れか」


購買の棚をぼんやりと眺め、結局一番売れ残っていたパサパサのメロンパンを手に取った。
運もついてないな、なんて考えながら教室に戻ろうとすると。


「おーい、倉橋! 一人?珍し!」


背後から肩を叩かれ、心臓が跳ねた。
振り返ると、そこにはいつも通りのペカペカした笑顔の森下が立っていた。


「……森下か」
「なんだよ、その『お前かよ』みたいな顔! ったく、北沢がいないとそんなに露骨にテンション下がるわけ?」
「……別に、そんなんじゃないし」


嘘だ。自分でもわかるくらい声に元気がなかった。
森下は俺の顔を覗き込むと、少しだけ真面目な顔をした後、パッと笑う。


「よーし。テンションの低い倉橋クン。一緒に飯食わね?」


森下はそう言うと、俺の腕を強引に掴んで歩き出した。



ーーーー



森下に連れてこられたのは屋上だった。
人はおらず、閑散としているところにポツンと置いてあるベンチに腰掛け、俺はメロンパンを、森下はガッツリした弁当を広げる。

少し食べ進めた後、森下が口を開いた。


「倉橋がそうなってんのは、やっぱり北沢が原因?」
「そうなってるって……別にどうもなってないよ」
「流石に親友の目は欺けませ〜ん!残念〜!」


森下が顔と言葉で煽ってくるが、それに反抗する余裕を今は持ち合わせていなかった。


「まあ、無理には聞かないけどさー。そんな世紀末みたいな顔されてると、やっぱ親友としては放っとけないし、話したらわかることもあるかもしれないじゃん?そうですよね?」


謎に敬語で詰められた。
森下なりに心配してくれてるんだろう。
俺だって、こんな状態をずっと続けたいわけじゃない。
俺は口に残っていたメロンパンを飲み込んで、口を開いた。


「……北沢と、喧嘩したんだよ」


ポツリ、ポツリとこの数日間のことを話す。
北沢が店に来たこと。「友達とは思えない」と言われたこと。それまでの優しい態度が全部、友達だからじゃなかったのかと戸惑ったこと。


「友達じゃないなら、昨日あんなに優しくしたのって聞いたら……北沢、何も言えなくなって、そのまま帰っちゃって」


言葉にすると、あの時の冷たい引き戸の音が耳の奥で再生される。


「……あんなに、ずっと隣にいるって言ったのに」


視界が、ぐにゃりと歪んだ。
止めようと思っても、一度溢れた感情には歯止めが効かない。
「北沢は……俺が一番しんどい時に、『一人にしない』って、『ずっと隣にいる』って、あんなに……何回も言ったんだよ……っ」


喉の奥が熱くなって、声が震える。
鼻の奥がツンとして、ポタポタとメロンパンの袋に涙が落ちた。


「なのに……なのに今、隣にいないし……っ、嘘つきだろ……あんなの……っ」


一度溢れ出した涙は止まらず、俺は袖で何度も顔を拭った。
でも、拭っても拭っても、北沢の大きな手の温もりや、心臓の音、あの夜に感じた絶対的な安心感が思い出されて、胸が引き裂かれそうになる。


「俺……もう、わ、かんない……お、れはっ……きたざわとっ……」


しゃくり上げて言葉が出てこなくなった俺の背中を、森下がさする。


「おーおー、落ち着けって。小学生かよ」


森下はそう言って、ポケットからシワシワのポケットティッシュを差し出してきた。
森下のくせにちょっとカッコつけんなよ。
筋違いの苛立ちから、普段使う量より多めに取って鼻をかむ。


「……うるさい」
「はいはい。で、何? 『友達じゃないなら、あの優しさは何だったの!』ってか? 少女漫画のヒロインかよ、お前は」


森下はケラケラと笑いながら、自分の弁当の唐揚げを口に放り込む。


「でもさー、よく考えてみ? 友達にそこまでショック受けるって、お前の中で北沢ってどんだけデカい存在なわけ?」
「……それは、いろいろ助けてもらったし……」
「へぇー。ふーん。それだけ? 助けてくれたのがおれでも、お前そんなに泣く? 『森下のバカ! 友達だと思ってたのに!』ってなる?」


森下にニヤニヤしながら問い詰められ、言葉が詰まる。

もし、昨日隣にいてくれたのが森下だったら……

もちろん感謝はする。でも、あんなに心臓の音がうるさくなるほど安心したり、いなくなっただけで世界が終わったような絶望感に襲われたりは、絶対にしない。


「……森下じゃ、嫌だ」
「おい! 否定が早すぎて傷つくだろ! ……ま、そういうことだよね」


森下は満足そうに頷くと、空になった弁当箱を片付け始めた。


「親友のおれよりも、北沢がいいんじゃん。もう答えは明確ですよ?万年赤点のおれでもね」
「え?」
「倉橋は北沢のこと、『好き』なんじゃねーの?」


自覚した瞬間、全身の血が逆流したみたいに熱くなった。
自分でも驚くほどすんなりと、その言葉が腑に落ちた。
誰よりもそばにいてほしくて、いないとこんなに涙が出るほど苦しい。この感情に名前をつけるなら、確かにもう「好き」以外の答えが見つからない。


「……俺、北沢のこと好きかもしれない、けど」
「けど?」
「でも、北沢は……俺のこと友達とも思ってないんだよ」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ」


森下は心底呆れたように天を仰ぐ。


「北沢がかわいそうに思えてきた……」
「なんで」
「倉橋が勘違い鈍感野郎だから」
「はぁ……?」


言い返そうとしたところで、予鈴が鳴った。
森下は「よっしゃ、戻るか」と、強引に話を打ち切って立ち上がった。


「森下、待って!さっきのどういう意味だよ」
「あー、聞こえませーん! 万年赤点の俺に難しいこと聞くなよなー」


森下はひらひらと手を振りながら、屋上のドアへと歩いていく。
俺も慌ててその後を追った。



ーーーー



放課後。
6限目の授業が終わった瞬間、俺は逃げるようにカバンを掴んだ。
なんとなく、北沢と目を合わせられる気がしなかった。
そのまま教室を出ようとすると、森下に通せんぼされた。


「倉橋、一緒に帰ろーぜ」
「あぁ、うん」
「北沢も!」


俺が頷くとすぐに、森下が北沢に声をかける。
北沢は少し驚いたように肩を揺らしたが、俺と森下の顔を交互に見て、力なく頷いた。


「……俺は、いいけど。倉橋が嫌じゃなければ」


蚊の鳴くような、自信なさげな声。
それがなんだかひどく申し訳なくて、俺は「……嫌じゃないよ」と俯きながら答えるのが精一杯だった。
森下は「よし、決まり!」と俺たちの腕を強引に掴むと、そのまま教室を連れ出した。

三人で歩く帰り道。
いつものように森下が一人で喋り倒している。
「今日の世界史の先生さ、寝癖すごかったんだよ」とか「駅前に新しいラーメン屋できたらしいぜ」とか。
俺と北沢は、その後ろを数歩離れて黙って歩いていた。
時折、腕が触れそうになるたびに、心臓が痛いくらいに跳ねる。

やがて、見慣れた駄菓子屋の赤茶けたシャッターが見えてきた。
店の前で足を止めると、森下がわざとらしく自分のポケットを探り、スマホを取り出した。


「……あ! やべっ、おれ、今日この後バイトあったわ! 忘れてたー!」
「えっ、バイト?」
「おう! マジで急がないと間に合わない! ってことで、おれ行くわ! 二人とも、じゃあな!」


呼び止める間もなく、森下は驚くべき速さで角を曲がって消えていった。
てかあいつ、バイトなんてしてなかった気が……

嵐が去った後のような静寂が、俺と北沢の間に流れる。
夕暮れ時の街角。店の軒先で、俺たちは数歩の距離を保ったまま立ち尽くしていた。


「「…………」」


気まずい。死ぬほど気まずい。
でも、今逃げたら、もう二度と北沢はここに来てくれないかもしれない。


「……北沢」


震える声で名前を呼ぶと、北沢がゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、不安と、それでも捨てきれない期待のようなものが混じっていて。


「……あのさ。店、開けるから。入って」


俺は震える手で鍵を取り出し、シャッターに手をかけた。
逃げたくなる足を必死に止めて、今日、今ここで、あの日遮った言葉の続きを聞くんだと、自分に強く言い聞かせた。
ガラガラ、と重いシャッターを押し上げる。
薄暗い店内に、夕方のオレンジ色の光が差し込んだ。

俺に続いて北沢が入る。
重苦しい雰囲気が、静寂の音を引き立てているようだ。


「ごめん、倉橋」


口を開いたのは、北沢だった。


「変な言い方して、倉橋のこと傷つけた」
「……俺の方こそ、ごめん」


俺が頭を下げると、北沢は頭を振る。
大きく息をつくと、ゆっくりと話し出した。


「俺さ、中学の時偏見とか、先入観とかでいろいろ決めつけられて。それが嫌で、家から2時間もかけてこの高校に来たんだよ」

「でも、高校入っても、ずっとそうなんだろうなって。自暴自棄みたいになってた」

「けどさ、倉橋は違ったんだよ」


北沢は、今までで一番優しい目線で俺のことを見た。


「この店に初めて来た時、倉橋は俺と普通に接してくれて。それがすごい嬉しかった」

「だから、仲良くなりたいって思ったし──友達にも、なりたいって思ってた」

「でも、一緒にいてるとさ、どんどん友達としてじゃ足りなくなっていって」

「もっと倉橋に触れたいとか、独り占めしたいとか、そう思うようになって」


北沢が一歩、俺に近づく。


「だから、友達とは思えないっていうのは──」


「倉橋のことが、好きって言うことだったんだけど」


「は……」


北沢の言葉が信じられなくて、言葉を失う。
言葉が、熱を持って喉の奥に張り付く。
北沢の「友達とは思えない」が、俺を拒絶する言葉じゃなくて、そんなに甘くて重い意味だったなんて。


「俺……っ、……嫌われたんだと思ってた。あんなに優しくしてくれたのは、ただの同情で……俺が調子に乗って甘えたから、北沢を困らせたんだって……」


込み上げてくる感情に耐えきれず、俺は手をぎゅっと握りしめた。
すると、北沢がさらに一歩踏み込んで、俺の震える手を上からそっと包み込んだ。


「……ありえないだろ。嫌いな奴を、朝まで抱きしめたりしない」


北沢の声は低くて、でも酷く穏やかだった。
その体温が伝わってきた瞬間、俺の中にあった不安の塊が、一気に溶け出していく。


「ごめん、倉橋。俺が言葉足らずだった。あの日、お前が『友達だよね』って言った時、あぁ、俺はまだお前にとってはその程度なんだなって……ちょっと焦った」
「……違うよ」


俺は顔を上げ、潤んだ目で北沢を真っ直ぐに見つめた。


「俺だって……怖かったんだよ。北沢が特別になりすぎて、でももし友達ですらなくなったら、俺、本当に一人になっちゃうから……っ」


握り返した手に、力を込める。


「俺も……北沢のこと、好きだよ。ずっと……ずっと隣にいてほしい」


言い切った瞬間、北沢の瞳が大きく揺れて。
堪えきれないといった様子で俺を腕の中に引き寄せた。
北沢の胸に顔が埋まる。
ドクンドクンと、鼓動がうるさい。俺のじゃない、北沢の心臓の音だ。


「……よかった。まじで、嫌われたと思ってた」


耳元で、北沢が安堵したような声を漏らす。
その声が少し震えている。
北沢も俺とと同じくらい、数日間ずっと苦しかったんだ。


「……森下の言う通り、俺、本当にバカだ」
「……俺もだよ」


北沢は少しだけ身体を離すと、俺の頬に添えた手で、涙の跡を親指でなぞった。

夕暮れ時の静かな店内。
棚に並んだ駄菓子たちが、俺たちの様子を黙って見守っている。


「──ねぇ倉橋、俺と付き合ってくれない?」


「うん、いいよ」


俺を見つめる北沢を見つめ返すと、北沢は優しく笑う。
無性に照れくさくなって、俺は目を逸らした。


「くじ、引かなくていいの?」
「え?今?」
「義務なんでしょ」


顔が熱くて耐えられなくて、俺はそれを理由に北沢の腕から抜け出す。
何回したかもわからないくじの箱を、北沢に差し出した。
北沢がゴソゴソと箱の中をかき回す。
一枚取り出されたくじを北沢が広げた。
その瞬間、目が開かれる。


「──一等だ」
「えっ?まじ?」


信じられなくて、そのくじを覗き込むと朱色で『一等』と書かれていた。
驚きを隠せない北沢を見上げながら笑う。


「じゃあ、一等の景品なにがいい?」


俺が聞くと、北沢は少しいたずらに微笑んで。


「──一番当てたかったものは、もう持ってる」


そう言って俺と唇を重ね合わせたのだった。



おわり