駄菓子屋によく来るイケメンは、くじ引きで当てたいものがあるらしい。



あっという間に日々は過ぎ、俺たちは定期テストを迎えていた。
なんとか最終日を迎え、最後の科目の終了のチャイムが鳴る。


「あ〜、やっと終わった〜!」


解答用紙を渡し、そう声を上げる。
前に座っている北沢も、筆記用具を片付けながらゆっくりとこちらを振り返った。


「お疲れ。倉橋、手応えは?」
「聞かないでよ。今は解放感に浸らせて」


俺が机に突っ伏すと、北沢はふっと笑った。
そんな何気ない仕草でも様になってる。
やっぱりイケメンってずるいな。

腕を枕にしながら、北沢を見上げる。


「……で、今日は? またうち来るの?」
「当然。もはや義務だから」
「義務なんだ」


俺がそう返すと、北沢はくすくすと肩を揺らす。
最近北沢がよく笑ってくれる気がして嬉しいのは、ここだけの秘密だ。


「よし、帰ろ」
「うん」


教室を出て、並んで歩くと、以前よりも少しだけ肩と肩が触れる距離が自然になった気がする。
テストの結果を嘆くクラスメイトの声を背中に聞きながら、俺たちはいつものように駄菓子屋へと続く道を歩き始めた。

校舎を出ると、もうすっかり夏仕様になった太陽がジリジリと照り付けている。
と、いうことは。


「もうすぐ、あれ出るかな」
「あれって?」


俺の呟きに、北沢が首を傾げる。
その様子を見て、俺はあることを思いつく。


「そうだ。ねぇ北沢、この後時間ある?」
「え?まあ、もともと倉橋のところに行く予定だったから時間はあるけど……なにするの?」
「内緒。そうと決まれば、早く行こ!」


俺は北沢の腕を軽く引いて、歩くスピードを上げた。
暑さに眉をひそめていた北沢も、俺の勢いに押されるようにして「ちょっ、そんなに急がなくても……」と苦笑しながらついてくる。

駄菓子屋に着くと、俺は店の中にいたばあちゃんに声をかけた。


「ねぇばあちゃん、もうあれ入ってる?」
「おかえり〜、ナオちゃん。入ってるよ〜」
「おっけー」


ばあちゃんに返事をして、俺はショーケース型の冷蔵庫に向かう。
中を覗くと、お目当てのものがそこにあった。


「──ラムネ?」
「うん、そう」


隣にいた北沢の呟きに頷く。
俺は冷蔵庫から2本取り出すと、北沢に渡す。


「ちょっと持ってて」
「あぁ、うん」


俺は店の奥、俺とばあちゃんの居住スペースから保冷バッグを持ってくる。


「はい、お待たせ」
「保冷バッグ? なんで?」
「現地で冷たいまま飲むための準備」
「現地って……?」


俺は困惑している北沢からラムネを受け取り、保冷バッグの中に入れた。
そのまま店の外に出て、俺に続いた北沢に聞く。


「北沢って自転車乗れる?」
「まぁ、乗れるけど……どこ行くの?」


戸惑っている表情の北沢に、ニッと笑う。


「──海、一緒に行こ!」



ーーーー



俺の家から自転車で30分。
住宅街を2人で自転車を漕いで行く。
ちなみに俺はばあちゃんの、北沢は俺が貸した自転車に乗っている。
北沢は脚が長いから、サドルの位置を調整するのが大変だった、というのはここだけの話だ。

住宅街を抜け、緩やかな坂道を一気に下っていく。
制服のシャツが風を孕んで膨らみ、首元から熱が逃げていくのが心地いい。
並んでペダルを漕いでいると、だんだんと潮の香りが混じった湿った風が吹き抜けるようになった。


「あ、見えた!」


視界がパッと開け、太陽の光を一面に跳ね返した青い海が目に飛び込んでくる。


「……すごいな。久しぶりに見た、海」


隣を走る北沢が、少しだけ目を見開いて呟く。
その横顔を照らす西日が眩しくて、俺はわざとらしく「でしょ」と胸を張った。

砂浜の入り口に自転車を止め、俺たちは靴を脱いで波打ち際まで駆けていく。


「冷たっ……」


足首を洗う波の冷たさに、思わず声が漏れた。


「北沢も、早く!」


俺がそう促すと、北沢もズボンの裾を捲りおそるおそる水に足を浸す。


「どう?」
「……うん、冷たい」


どうやら思ったより冷たかったらしい。
顔を顰めた北沢の顔に、少し笑ってしまう。


「そんな北沢には……こうっ」


俺はわざと北沢の近くに足を踏み下ろして、バシャッと小さく飛沫を上げた。


「ちょっ、倉橋!」


北沢は驚いて後退りしたが、砂に足を取られてバランスを崩しそうになる。
その様子を笑いながら俺はさらに奥、膝下くらいまで波が来る場所まで進んで、手のひらで北沢の方へ水を飛ばした。
パシャッ、と軽い音を立てて北沢の腕に水滴が飛ぶ。


「……やったな」
「あ、怒った?」


北沢が目を細めたのを見て、俺はニヤリと笑ってさらに大きな飛沫を上げる。


「待って、倉橋」
「北沢もやり返せばいいじゃん」


最初は俺が一方的に仕掛けていたけれど、北沢もすぐに「お返し」とばかりに、長い足を器用に使って水を蹴り上げてきた。
バシャッ! と、さっきとは比べものにならないくらいの水飛沫が俺の顔面を直撃する。


「冷たっ……!顔はダメじゃん」
「ははっ、自分から仕掛けたくせに」


前髪をびしょびしょにしながら反撃に出ると、北沢も身を翻して飛沫を避ける。
要領がいいのか、北沢は水を掛けるのがうまくやっていく。
要領の良さをこんなところで使わないで欲しい。


「……っ、もう降参! 降参だって!」


顔にかかる水を腕で拭いながら、俺は笑い転げるようにして手を挙げる。
お互いに肩を上下させて息を切らしながら、俺たちは波打ち際でしばらく笑い合った。


「……北沢、意外と容赦ないね」
「倉橋がしつこいからじゃん」


北沢は前髪を無造作にかき上げると、濡れたシャツを少しだけ不快そうに、でもどこか清々しそうに引っ張った。
火照った体に、海風が心地いい。


「あ、ラムネ持って来たんだった」


我に返って、俺はザブザブと波打ち際から引き上げる。
俺たちは並んで砂浜の乾いた場所まで戻ると、置きっぱなしにしていた保冷バッグを手に取った。


「はい、北沢。ラムネ」


俺はまだキンキンに冷えたボトルを取り出す。


「ありがと」


北沢に渡し、2人ですぐ近くにあったベンチに腰を下ろした。

俺は自分のラムネを手に取ると、プラスチックの蓋を押し込んだ。
カラン、と涼しげな音を立ててビー玉が落ちる。
すぐ蓋を外すのではなく、炭酸が落ち着くまで待つのがコツだ。


「うわっ」


隣を見ると、北沢のからはラムネが吹き出していた。


「ごめん、コツ先に言っとけばよかった」


俺がそういうものの、本人はそれどころではないといった様子で、溢れ続ける炭酸を呆然と見つめていた。


「貸して?」
「あぁ、うん」


俺は自分の瓶を置き、北沢からラムネを受け取った。
親指で飲み口をグッと押さえて、溢れる泡を無理やり鎮める。
その間、北沢はずっと俺の手元を不思議そうに、覗き込んでいた。


「……よし、もう大丈夫。はい」
「サンキュ。倉橋、慣れてるな」
「一応、駄菓子屋の孫だからね」


北沢は受け取った瓶を口に運ぶと、喉を鳴らして一気に流し込んだ。
喉仏が大きく上下し、その隙間に太陽の光が落ちる。
テレビのCMみたいだな、なんて浅はかな感想を抱く。


「美味しい」
「でしょ?」


俺は大きく頷いて、自分のラムネを喉に流し込んだ。
しゅわしゅわとした炭酸が喉を通っていく。
ふと横を見ると、北沢も空になった瓶を見つめていた。
中のビー玉がカラカラと鳴って、波音に混ざる。


「海で飲むラムネが、こんなに美味いなんて知らなかった」
「うん。これ、ずっとやってみたかったんだよね」


俺は瓶を両手で包み、まだ残っているわずかな冷たさを手のひらで感じながら、遠くの水平線に目を向けた。


「駄菓子屋で冷やしたラムネを持って、自転車で海に行って、海見ながら飲むの。絶対美味しいだろうなって」


口に出すと少し気恥ずかしくて、俺はわざとらしく笑って付け足した。


「でも、一人でこれやるのも虚しいし。だから……北沢と来れてよかった。付き合ってくれてありがと」


自分でも驚くほど素直な言葉がこぼれる。
北沢の目を見ると、少し驚いたような顔をしていた。


「……俺で、よかったの?」
「え?」
「いや、森下とかいるじゃん。あいつなら、付き合ってくれそうだなって」
「あぁ……まあ、確かに。でも、一番最初に浮かんだのが、北沢だったから」
「……そっか」


北沢は短くそう言うと、ふいっと顔を逸らした。
西日のせいか、それともさっきまで遊び回っていたせいか、北沢耳元が少しだけ赤く染まっているように見える。


「……まあ、森下を誘ってたら、俺が全力で止めてたと思うけど」


ぽつりと、独り言のような小さな声。
けれどその言葉は、波音の間を縫うようにして、はっきりと俺の耳に届いた。
そんな風に返されると思ってなくて、言葉に詰まってしまう。
胸の奥が、さっき飲んだ炭酸のせいか、それとも別の何かのせいか、少しだけちりちりと熱い。


「……何それ」


誤魔化すように呟いて、俺はもう一度ラムネの瓶を口に運んだ。

日が少しずつ傾き始め、砂浜の色が濃くなっていく。
俺たちはどちらからともなく立ち上がると、まだ少し濡れている靴を手に取った。


「帰ったら、ばあちゃんに怒られるかな。制服濡らしたし」
「その時は、俺も一緒に謝るよ」
「北沢が謝ったら、ばあちゃんすぐ許しちゃいそう」


自転車を止めた場所まで歩きながら、他愛もない会話が続く。

オレンジ色に染まる帰り道。
俺たちの後ろには、長く伸びた二つの影が、ぴったりと並んで続いていた。