駄菓子屋によく来るイケメンは、くじ引きで当てたいものがあるらしい。



入学式から数日。
北沢は毎日のように俺の家である駄菓子屋に足を運び、くじを一回だけ引いて帰っていく。


「倉橋。また店行ってもいい?」
「いいけど……またくじ引きするの?」
「うん」
「ちなみに、何が欲しいかは……」
「教えない」


「欲しいものがある」らしいが、その「欲しいもの」が何かはどれだけ聞いても教えてくれない。
俺の前の席に座る北沢はどこか満足そうに笑って、前に向き直した。

チャイムが鳴り、全員がゾロゾロと席に座る。
6限目。今日はホームルームだ。


「は〜い。それでは、隣の人とペアになって他己紹介をしてもらいま〜す。来週のこの時間に発表してもらうので、しっかり準備してね〜」


担任の前田先生が伸びやかに説明する。
他己紹介、とは相手を他の人たちに紹介するものだ。
入学して間もないので、それぞれのことを知って仲良くなろうという魂胆だろう。
そんなことをしなくても、自然に仲良くなっていくと思うけどな。なんて思うのは野暮だろうか。

先生が話し終わったところで、隣の席の人が話しかけてきた。


「俺、遠藤拓馬。そっちは?」
「倉橋。倉橋尚哉」
「倉橋か、よろしく」


差し出された手を握る。
遠藤、ガタイいいな。
なにかスポーツでもやってるのだろうか。


「なんかスポーツやってる?」
「え、わかる?実は野球してんだよ」
「やっぱり」


俺の目は間違ってなかったらしい。

そこから他愛のない話をしばらくしていると、あっという間に授業が終了した。
まだ紹介文書けてないんだけど。
「これ使ってね〜」と先生から配られた用紙は、まだ2割くらいしか埋まっていない。


「全然埋まってねぇな」


どうやら遠藤も俺と同じ状況らしい。
その言葉に頷いて、口を開く。


「どうする?この後やる?」
「あー、そうしたいのは山々なんだけどさ……この後部活あって」
「そうなんだ」


部活があっては仕方ないな。
どうしようかと思考を巡らせていると、遠藤が「あ」と声を上げた。


「連絡先、交換しねぇ?」
「え?」
「そしたら、暇な時にメールでやり取りできるだろ」
「たしかに」
「じゃあ、はい」


遠藤がスマホの画面を見せてきたので、そのQRコードを読み取る。
画面に「遠藤拓馬」の文字が表示されたので、「追加」のボタンを押した。


「よし、じゃあまた連絡するわ」
「わかった。部活頑張って」


教室を出る遠藤に手を振って見送っていると、肩に重みを感じる。


「き、北沢?」


北沢が後ろから俺の肩に頭を預けていた。
距離感が近くて謎にドキドキする。


「疲れた?」
「いや……別に」


北沢はそう言うと、俺のお腹に腕を回す。
グッと引き寄せられて身動きが取れない。
困惑していると、結構な視線がこちらに集まっていることに気づいた。


「ち、ちょ、北沢!駄菓子屋、行くんだろ?」


慌てて身を捩ってどうにか抜けようとすると、北沢は俺の肩ではぁーっと大きく息を吐いた。


「……うん」


そう言ったかと思うと、北沢は俺に回してる腕の力を一度だけ強めた後、ゆっくり離れた。
バクバクと鼓動の激しい心臓を抑えながら、北沢を見上げる。


「今日こそ、当たるといいね。くじ引き」
「うん。今日は──絶対当てる」


いつになく真剣な目で見られて気押される。
ものものしい雰囲気を醸し出す北沢と一緒に教室を出た。



ーーーー



「ただいまー」
「あらナオちゃん、おかえり〜。ケイちゃんもおかえりなさいね〜」
「あ、どうも」


俺の家──もとい駄菓子屋の扉を開けると、ばあちゃんが店番をしていた。
北沢は何度も通ったおかげで、ばあちゃんから認知されているようだ。


「ばあちゃん、俺が店番するから中入ってていいよ」
「あら、そ〜う?ありがとねぇ〜」


ばあちゃんはニコニコと笑いながら、店の奥にあり、扉で隔たれている俺とばあちゃんの居住スペースに入って行った。


「倉橋、これとくじ引き一回」
「はい。300円」


北沢から適当な駄菓子とくじ引き一回分のお金を受け取る。
くじ引きの箱を差し出すと、北沢は覚悟を決めた顔で手を入れた。
ゴソゴソと箱の中をかき回した後、一枚のくじを引く。

くじを開く時はなぜかこちらも緊張する。
固唾を飲んで見守っていると、北沢の顔が解れた。


「三等だ」
「お〜!よかったじゃん」
「うん」


嬉しそうな北沢に、見ているこっちも嬉しくなる。
そのまま景品の説明を続けようと三等のカゴを指差す。


「三等の景品は……」
「なぁ倉橋」
「ん?」


呼ばれて振り返ると思ったより顔が近くてびっくりする。
俺をじっと見つめるその瞳に吸い込まれそうで、心臓が跳ねた。


「な、なに」
「三等の景品さ、倉橋の連絡先がいい」
「は?」


何を言ってるんだこのイケメンは。
この前北沢が四等を当てた時も、「名前を教えろ」って言ってきたけど……


「ダメなの」
「いや、ダメじゃないけど……別に景品にしなくても普通にあげるよ?」
「……やだ。三等の景品として、今、この場で交換して」


ずいっと寄ってくる北沢に、苦笑する。


「こだわり強いなぁ……」
「そうだよ。俺、結構しつこいから」


北沢はそういたずらに笑って、スマホを取り出した。
操作をしながら俺に言う。


「倉橋のQR出して」
「あぁ、うん」


慌ててスマホを取り出してQRコードを表示すると、北沢はそれを読み取った。


「ありがと」


北沢は画面をタップすると、満足げにスマホをポケットに突っ込んだ。
そのまま店を出ていくのかと思いきや、机に肘をつき、身を乗り出して俺の顔を覗き込んでくる。


「……なに?」
「いや。これで、いつでも連絡できるなと思って」
「それはそうだけど。他己紹介の宿題、遠藤ともやらなきゃいけないし、北沢とも話さないといけないし。今日から忙しくなりそう」


俺が何気なくそう言うと、北沢の目がわずかに細められた。


「遠藤には、もう送ったの?」
「いや、まだ。遠藤部活らしいし、夜にでも送るつもりだけど」
「ふーん……」


北沢は少しだけ考える仕草をした後、俺のスマホを指差した。


「じゃあ、俺が一番最初がいい」
「え?」
「今、スタンプ送るから。それを一番上にしといて」


「何それ」と笑う暇もなかった。
手元のスマホがブルリと震える。
画面を見ると、北沢からクマが手を振っているシュールなスタンプが届いていた。


「これで満足?」
「うん。じゃあ、また明日」


北沢はひらりと手を振って、今度こそ店を出て行った。
嵐が去ったような静けさが店内に戻る。

俺は一人、カウンターに座ってスマホの画面を見つめた。
トーク画面の一番上には、たった今追加されたばかりの「北沢慧」の名前。
その少し下に、学校で追加した「遠藤拓馬」の名前がある。

俺は「北沢慧」の名前を横にスワイプして、ピンのマークを押した。
その瞬間、画面の最上部で北沢の名前が固定される。

こうしておけば、もう文句はないだろ。

律儀に要望に応えてしまった自分の甘さに、俺は小さく溜息をついた。
だけど、伏せたスマホの画面が再び光るのを、どこかで期待している自分がいる。
頬を撫でる春の風が、さっきよりも少しだけ、くすぐったく感じられた。