「じゃあ──名前、教えて」
「えっ?」
くじ引きで四等を引いたイケメンは、景品には見向きもせずに俺をじっと見つめた。
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3月。冬の寒さが少しずつ抜けて、暖かい風が肌を撫でる。
閑静な住宅街、古い建物の一階にある駄菓子屋の店内。
することがない俺は帳場に座り、天井から吊るされた手書きの注意書きの文字をなぞるように読む。
何度も読んだそれは、もちろんなんの変化もなく佇んでいた。
「ナオ〜!くじ引きに来たー!」
小学生がガラッと扉を引き、元気よく声を上げる。
朝から元気だな。
「お〜。他のお菓子はいらないの?」
「うん!今日こそは一等当てるもん!」
「そっか。当たるといいな」
そう話しながら、帳場の端に置かれていたくじ引きの箱を差し出す。赤い立方体の箱には白い文字で“くじ引き”と書いてある。
小学生はその箱の中に手を入れると、目を輝かせながら一つのくじを手に取った。
「これにする!」
そう言って開かれたくじを見て、がっかりしたように唇を尖らせる。どうやらダメだったらしい。
「ハズレだぁ……全然当たんない」
「残念だったな〜。はい、参加賞の飴」
俺は飴を一つその子の手のひらに乗せる。
頭をポンと撫でると、じっと見上げられた。
「次は絶対当てるからな!見とけ、ナオ!」
「はいはい。気をつけて帰りなよ」
小学生の小さな背中を見送って息を吐く。
ばあちゃんの店であり、ばあちゃんと2人で暮らす家でもあるこの駄菓子屋は、ありがたいことにたくさんのお客さんに恵まれている。
ただ、いつも来るのは子供ばっかりだ。子供の相手が嫌いというわけではないけど、たまには少し違ったお客さんも来て欲しいなと思ったり。
こんなことを考えるのも、中学から高校に上がるまでの春休みに、することがなくずっと店番をしているからだろうか。
「暇だなぁ……」
そう呟いた時だった。
ガラガラガラ、と扉が開く。
「いらっしゃ……」
思わず言葉を失ったが許して欲しい。
そこには男の俺でも見惚れるようなイケメンがいたのだ。
背が高い。サラサラの黒髪。顔が小さい。
その人がいるだけで世界が5割増で輝いて見える気すらする。
「……こんちは」
そのイケメンは軽く頭を下げた後、店内を珍しそうにぐるっと見回した。
商品を一つ一つじっと見つめるその姿に、少し興味が湧く。
「駄菓子屋、来るの初めて?」
「え、あぁ、まあ……」
思わず話しかけた俺に、イケメンは困惑しつつも頷いてくれた。
これはいけるぞと謎に調子に乗った俺は、その目線の先にあったお菓子を指す。
「それ、食べたことある?」
「いや……ない」
「めっちゃ美味いよ。食べてみる?」
「えっ」
俺は帳場から出ると、棚の隅にある赤い蓋のポットから、串に刺さったイカを一本抜き取った。
タレが手につかないように取り出すの地味に難しいんだよな、などと適当なことを考えながら手渡す。
「売り物なのに、食べていいん?」
「大丈夫だよ。後で金入れとくし。それよりほら、食べてみて」
そう促すと、イケメンはおそるおそるそれを口に運んだ。
俺はドキドキしながらその顔をうかがう。
「どう?」
「ん、うまい」
「でしょ」
嬉しくて口を綻ばせながら見上げると、イケメンはなぜか目を見開いてじっと俺を見つめた。
「どうかした?」
「あ、いや。別に……」
顔をうかがおうとすると、ふいと顔を逸らされた。
耳が赤いけど、どうしたんだろう。
よくわからないけど、俺の好奇心にはさらに火がついた。
「なんでここ来たの?」
俺が尋ねると、イケメンは入り口の方を指差した。
「春から通う高校がこの近くだから。下見に来たらたまたま見つけて」
「えっ、もしかして萩野高校?」
この付近にある高校といえば、ここから徒歩5分の場所にあるあの学校しかない。
「うん、そうだけど」
肯定の返事が返ってきた瞬間、俺の中で一気に親近感が沸き上がった。
「俺も、4月からそこ。もしかしたら同級生かもね」
笑顔でそう言うとまた顔を逸らされた。
まただ。俺なんか変なこと言った?
頭の上にたくさんのハテナマークが浮かんでいる俺をよそに、イケメンは顔を逸らしたまま店内を歩きだした。
俺は定位置である帳場に座り、自分の発言を思い返す。
おかしいことは言ってなかったと結論づけたところで、イケメンはいくつか駄菓子を持って俺の元に来た。
「全部で300円です」
お金を受け取り、袋にお菓子を詰める。
お釣りを返そうとした時、イケメンの視線が帳場の端に吸い寄せられているのに気づいた。
「これ……」
「あぁ、一回100円でできるくじ引き。やってく?」
「これ、なにが入ってんの?」
「え?えぇっと……」
思いの外食いつきがよくて、少し驚きながら説明する。
「当たりくじが一等から四等まで。ハズレくじも入ってるけどね」
「ふーん……」
俺が説明すると、イケメンはなにか少し考えるように手を顎に当てた。
その動作ですら絵になるな。
写真撮らせてもらって店に飾ろうかな。
思考の飛躍も程々に、真剣に考え込むイケメンに聞く。
「なんか欲しいものあるの?」
「うん」
はっきりとそう頷いて、何か決心したように100円玉を俺によこした。
「やる」
「気合い入ってんね。はい、どうぞ」
イケメンは差し出した箱に、迷いなく手を入れる。
ガサガサとくじをかき回す音が、狭い店内にやけに大きく響く。
一枚のくじを取り出し、それを無造作に開いた。
「四等だ」
「おー!当たりだ。四等は、そこのカゴに……」
俺が景品のカゴを差し出そうとすると、イケメンは手元のくじをひらりと帳場の机に置いた。
そして、景品には目もくれず、真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。
「じゃあ──名前、教えて」
「えっ?」
予想外すぎる言葉に、間抜けな声が漏れた。
冗談を言っているようには見えない。涼しげな目元も、整った鼻筋も、すぐ近くにある全てが本気だと物語っている。
なにより、さっきまで目を逸らしていたのが嘘みたいに、今は射抜くような視線が俺を捉えて離さない。
「名前って……俺の?」
「うん。四等の景品はそれがいい。ダメ?」
首を少し傾けて問われ、心臓が跳ねた。
イケメン、恐るべし。こんなの断れるわけがない。
「……ダメじゃないけど、変な景品」
頬が熱くなるのを誤魔化すように、俺は机の上のくじを指先で弾いた。
「俺は倉橋。倉橋尚哉」
「クラハシ、ナオヤ。覚えた」
彼はその名前を確かめるように呟いた。
「じ、じゃあ、これはおまけってことで」
少し気恥ずかしくなった俺は四等のカゴから適当にチョコバーを掴み、彼の手に押し付ける。
「ありがと」
イケメンはそれを袋に入れ、去り際にふっと柔らかく唇を上げた。
「倉橋。一緒のクラス、なれるといいな」
その微笑みを至近距離で浴びた俺は、彼が帰った後もしばらくの間、金縛りにあったように動けなかった。
「ナオちゃん〜、お客さん来てたの〜?」
帳場の奥、居間からばあちゃんの声がして、ようやく思考が再起動する。
「うん……」
生返事をしながら、ふと思い出す。
てか俺、あのイケメンの名前聞いてないじゃん……
自分の名前だけ一方的に持っていかれたことに気づき、なんだか無性に損をした気分になる。
だけど、イケメンが去り際に残した言葉が、耳の奥で何度も繰り返されていた。
早く、4月にならないかな。
ほんの少し前まで「暇だ」なんて言っていた自分を笑い飛ばしたくなるくらい、俺の春休みは一気に騒がしくなり始めていた。



