「#6」



「嗚呼…誠一郎…」


港区にある都内が一望出来る超高層ビル『ラブ・リーフタワー』の最上階にある会長室…


ラブ・リーフ生命保険でお馴染みの一枚だけハート型の葉っぱで四つ葉のクローバーをデザインしたエンブレムは可愛さと親しみやすさを感じられるものであった。


そのエンブレムをモチーフにした巨大なオブジェが頂上に高々と掲げられたタワービルは東京タワー並みの観光名所でもあった。

現にビル内の商業施設は観光客で毎日ごった返していた。

そんな喧騒など微塵も感じさせない場所…

穏やかな空気と小粋なジャズがジュークボックスから流れてくる。

そこで葉巻の煙と共にため息をひとつ…

静かに一枚の写真を見つめながらポツリとその言葉を呟く老齢な男性…


彼は年齢を感じさせない青々とした黒髪を七三分けにビシッと決めて超高級なブランドの物のスーツを纏っていた。


手入れが行き届いた使い込まれた味のある革靴。


彼は遺影に向かい、さらに呟く…後悔の念とも言えるそれを…


「何故、ワシより先に死んだ…愛澤の後継者はお前をおいて他にはおらんと言うのに…なんという愚か者なのだ…」


漆黒な革張り…イタリアでしつらえさせた一人掛けの椅子に深くもたれかかる…

キシキシと揺れる椅子、なんとも言い難い切なさが去来する。

もう一度、ため息と煙を吐き出すと無造作に葉巻の火を消した。

灰皿から線香のように白い一筋の煙が立ち上る。

刹那…静寂が唐突に破られた。


愛澤グループ会長室の重厚な扉が軽快な音を響かせる…


この会長室へのアポイントメントは総理大臣ですら難しいというのに…だ。


ノックまで能天気な音を響かせるような輩に彼は心当たりがあった。


「や〜ぁ♪お父さん、いらっしゃいます〜…」


その了解もないままに無遠慮な扉の開き方、下品な甲高い声…


「誠次か、何のようだ…」


遺影をそっと机に伏せると憮然とした態度で吐き捨てた。


「あらら♪何のようだ…は無いんじゃないですか、お父さん」

無愛想極まりない父の態度で誠次はへこたれたりはしない。


「仕事はどうした!!誠次!フン、また金か…小遣いはちゃんと渡しておろうに、何が不満だ!」


分厚い財布から札束を取り出すと呆れ顔で誠次に向かって、それを放り投げた。


「ワッ…ちょっと用件もまだ話していないのに…おっと、有難く頂戴してはおきますけどね♪」


床に落ちた札束を鼻の下を伸ばして素早くヒョイヒョイと拾い上げるとベージュのスーツの裏ポケットにサッとしまいこむ…


「後継者の件なら、貴様は論外だ…愛澤グループの崩壊は日本経済の崩壊でもあるのだぞ…」


憤怒の表情は流石の誠次もたじろがせた。


「ま、まだ何も言ってないじゃないですか、お父さん…なるほど…なるほどね♪へぇ〜またですか、誠一郎は…兄さんは死んだんですよ、あの酷く下卑た風俗嬢にたぶらかされて家を出て行ったような、ろくでなしのスケベな兄さんは死んだんですよ!!アハハ♪」


誠次は机に伏せてある遺影に目敏く気付いた。


しかし例え何があったとしても自らの兄に対して吐くべき言葉ではない。

そんな暴言だった。


「なんだと!誠一郎のことを…実の兄を…そのように悪く言えるような輩か、誠次!!」


机の上に置いてある分厚いガラス細工の灰皿を思い切り投げつけた。


「ぼ、暴力はいけませんよ…お父さん、落ち着いてくださいよ…」


辛うじて灰皿をかわすと誠次は情けない声をあげた。

数千万円はするペルシャ絨毯が灰まみれになってしまうが彼の怒りはそれくらいではおさまらない。


「もとはと言えば、誠次!!お前が誠一郎をあんなところに連れ歩くからいけないのではないのか!!」

怒りは燃え上がる。

「誠一郎の真面目で純粋極まりない性格を知っていて夜遊びを教えようなどと…!!それがどんな結果となったのか…そんな想像も出来ない間抜けか!!」

止まらない…

「えぇい!!あぁ…腹が違うだけで、こうも見事なくらいの出来損ないが産まれるとはへどが出るくらいに思いしらされたわい!!」

誠次は父を嘲笑する。

「アハハ♪残念〜ッ…今のあなただって十分過ぎるくらいに横暴で強権じゃないですか…今まで一体何人殺しましたか!?アハハ♪」


「な…何を言う…たった一代でここまでの大企業にするには、それなりの犠牲は必要だ、社会的に許されざるところまでは…」

父の反論を誠次は遮る。

「アハハハハ♪…必要悪とでも言いたげですけどね、現在の日本じゃ全て真っ黒なんですってご存知ありませんでしたか!?言ってみりゃ超ブラック企業ですかね…アハハ♪まぁ、お父さんを捕まえたら過去の総理大臣やら何やら全部ぜ〜〜んぶブタ箱行きでしょうから揉み消してオシマイなんでしょうがね…いいなぁ〜アハハハハ♪」

「ふざけおってからに、もう良い…出て行け、らちがあかん」

その父の言葉を背中で受けながら誠次は出て行った。

「けっこう、けっこう…でもね、お父さん…あきらめませんよ、王様になるのはボクですから…このボク…アハハ♪」


勢い良く扉が閉まる…


「アハハ…ケッ、兄さんの一人娘の存在をお父さんが知ったらホントにヤバいかもね♪黒瀬に預かってもらっておいたのは失敗かな…やっぱり殺しとくべきだったかね〜あの時♪」


廊下の観葉植物の鉢植えを蹴飛ばすと誠次は小さく呟いた。

「それにしても兄さんは何だってあんな風俗嬢に惚れたのかね…」


「確かに…かなりの美人だったけどさ…いや、アハハ死んだ人間なんて…どうでもいっか♪」


沈黙が広がる会長室…


部屋に残された混沌とした空気…そして無念極まりないという愛澤グループの会長…愛澤誠太郎の叫び声が響いた。


「ッうぉぉぉぉ…誠一郎、誠一郎、誠一郎〜〜ぅぅ!!」


その残響は全ての悲哀と後悔に満ちた波のようであった。




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