「#4」



『何者だろうとオレは…』



『こんな私じゃ…また…』




想いはねじれてからまって…



どうしていいか、ただわからなくて…



言えたら楽になれるかな…



そうなのかな…



…………………………………



「ふふ…可愛いねミミ♪」

真夜は秀一の飼い猫の茶虎のミミと無邪気に遊んでいた。

お気に入りのおもちゃをめがけて左右へぴょんぴょんと器用に跳ね回るミミ…



「あのさ、なんで…家に来た…」

秀一は困惑していた。

何よりも想いを寄せている真夜が自宅にいることに…

鼓動がはやくなる。

知られたくない…今はまだ…


「家に帰りたくない、今日バイトないし…だめ!?」

初めて訪れた独り暮らしの秀一の部屋で…あっけらかんと、そう答えると初対面のミミと仲良くじゃれている。

なんで…そんなに…天使みたいに、はにかむんだ…


すると楽しそうな雰囲気につられて…もう一匹の飼い猫スコティッシュのキャラメルが仲間入りする。

「キャラおいで~」

無邪気にキラキラと目を輝かせているのは真夜の方だ…

瞳の中の星空はひろがり続ける…

ミミと一緒にぴょんぴょんと跳ね回るキャラメル…

「ダメなら入れないだろ…ってかさ…あ~…何があったか聞かないし、聞いたところで話さないと思うけどさ…まぁなんだ無理し過ぎるな…」


秀一が真面目な顔をしているのが、やけに笑えた。

こいつの真面目な顔は変顔しているみたいで…



「ぷふ、あはは…そんな深刻なことじゃないって!」

真夜が笑い飛ばす…



「じゃあ、なに…」

ぶっきらぼうに秀一も言葉を返す…



「理由、理由か…う~ん昨日さ…いやメアリーは悪くないんだけどね…すっごくすごぉ~く食べたくないものが夕飯に出てさ…泣きたくなるくらいに超~機嫌悪いの…マジで、そんだけ…あはは」

真夜は…また笑う、瞳の奥は泣いていたのに…




「はぁ…子供か、てめ~は…あはは」

即座に秀一も呆れたように笑う。





「あのさ…少し落ち着いたら、ちゃんと帰れよ…」



秀一は両親が揃って海外の日本大使館付きの激務な外交官で、滅多に家に帰ってこない。

もし叶うなら…なぁ真夜…出来るなら、このまま、ずっとずっと、このままで…
なぁ…真夜…

許されるならオレは真夜を…



与えられた居場所はマンションの一室、ある意味で彼もミミやキャラメルのようにペットみたいだった。

秀一だけが暮らす高級マンションは、広くて快適…そして、いつもさびしいだけだ。

だから…尚更なんだ…



部屋には週に一度か二度くらいの頻度でハウスキーパーが来るのだがまめまめしく家事全般をこなす秀一にハウスキーパーのおばさんは仕事を見付けられず、ポカン…と過ごし、そのことに多少辟易していた。



「ねぇ、部屋きれいにしてるんだね…誰か掃除してくれているの?」

真夜は先程の問いかけには答えず、秀一に質問した。


「あ…あぁ、ハウスキーパーがたまにくるし、マンションのコンシェルジュに依頼すれば一通りのことはやってもらえるけどさ…だいたいは自分で家事全般やってるよ、そうしていないと何となく不安でさ…」

秀一も話をはぐらかされたことに気付きながらも真夜の質問に答えた。



「へぇ~えらいんだ秀一…良い旦那さんになれるね、ふふふ」

真夜は、はにかみながら返した。

…なんだよ、それ。

小悪魔かよ…意識しないように必死なのに…



「なぁ、あんまり遅くなると家族が心配するだろう…」

心配なのは、そっちじゃない…

それはそんなのは建前さ…


本音なんて言えないけどさ、いますぐにキスしてしまいたい衝動に駆られそうでこわいくらいだ…





…………





日も暮れて夜空が広がった頃、コンシェルジュから自分の知り合いだという方がいらしているとの連絡があった。



秀一の部屋に訪ねてくる人物など皆無に近い。

強いてあげるなら郵便と宅配業者くらいなもんだ…


インターホンのテレビモニターには真夜が今にも泣き出しそうな顔でコンシェルジュの横に所在無さげに佇んでいた。

確実に真夜の身に何かがあったことだけは理解できた。


「あ、あの…私の友達ですので部屋まで案内してもらえませんか!?」

秀一は慌ててコンシェルジュの男にお願いする。

「かしこまりました、ご案内致します…こちらへ…」

真夜のせつなげな背中がテレビモニターに小さくなりながら映っていた。




しばらくしてポーンとインターホンのチャイムが鳴る。

玄関のドアを開いた途端にいきなり抱きしめられた。

「秀一、私、私…」

抱きしめられたというよりしがみついた。

そんな感じだ…


放課後、街中を徘徊するだけ徘徊して何となく辿り着いたと話していた。

疲れた…もうイヤだ…

そんな表情にも見えた…

小一時間前のその有り様を見ている秀一が悩むのも理解出来ようというものだ。


緊張と突然過ぎたせいで、棒のように立ち尽くすのがせいぜいで腕を肩にまわして頭を優しく撫でてあげられたら良かったのに…と後悔する秀一。

元気で快活なイメージとはかけ離れた生気の薄れた暗く落ち込んだ姿。


今も目の前で猫達と戯れている姿からは何も悩みなんて感じられない。

「やぱ、ダメだ…聞かせろよ…何があったかをお前が悩んでること…全部、ぜ、ん、ぶ、言えよ…」

しゃがみこんで真夜のおでこをピンと弾いて秀一が話しかけた。



「んもぅ~痛いな、話したら…私のこと嫌いになるよ…絶対…」

真夜が言い終わる前に…


「お前が何者だってオレはお前を嫌うものかよ、例えヒトじゃないみたいなことでもさ、絶対にな…マジで!」

今度は秀一が真夜の肩を抱きしめた。




「ありがと」



真夜は微笑み返した。




なぁ…真夜…油断するなよオレ、押し倒しちゃうかも知れないんだぜ…


そこからは肩を寄せあってふたりきりの部屋…真夜の両親の話やクロの話、すき焼きの話…いろんな話をした。

ミミとキャラメルは、それぞれの膝の上でおとなしく丸まっていた。

たまにキョロキョロふたりを交互に見上げながら見つめていた。



秀一は喜怒哀楽の様々な表情で真夜の話を真剣に聞いてくれた。


「じゃあさ…クロ以外で白くなったりしたことってあったりしたのか…」


秀一の言葉に真夜はコクりと頭を縦に振った。


「これが一番のトラウマなのかな…」


真夜は…ゆっくりと苦しい胸のうちを話しだした…


「うん…頑張ってみるね、あのね…私が10歳の誕生日を迎えた8月13日のことなんだ…」







………………………






……………………







「ハハハ…真夜、キャンプ場へ行くの初めてだものな…楽しいぞ~ぅ」

お父さんは仕事で使っている車を貸してもらってキャンプ場へ出かけていた…その道中でそんな風に話しかけた。



「そうね、川遊びもキャンプファイヤーもバーベキューもみんな楽しいわよ~ウフフ」

お母さんは助手席から後部座席にちょこんと腰掛けて足をパタパタと動かして楽しそうな真夜に微笑んだ。


「たくさん遊ぼうね、お母さん、お父さん♪」

そんな楽しげな話しをしたり、真夜の好きなアニメの主題歌を歌ったりと一時間以上は車を走らせていた。

めったに乗らない自動車のシートもぽふぽふと揺らして楽しそう。


「ねぇお母さん…のどかわいた…」

真夜は喉の渇きを訴えた。

水筒の麦茶が飲みたかったのだろう。


助手席でお母さんがいそいそと麦茶の入っている水筒の蓋を取り外して、それを注いだ。

「こぼさないようにね」

お母さんは再び微笑んだ。


それを慎重に両手で受け取ろうとした刹那…

クロの時と同様の雷撃が真夜の全身を駆け抜けた。

「ッあ…あ…」

受け取り損ねた麦茶は真夜の両手をすり抜けて後部座席を濡らした。



「真夜、まよッ…どうしたの!?」

白目をむいて、今にも意識を失って倒れそうな娘の姿に母は卒倒してしまいそうなくらいに驚いた。

うすぼんやり開いた真夜の瞳にうつったもの…

お母さんが真っ黒になっている…

影よりも真っ黒なお母さん…

どうしたの…


すぐさま路肩に停めて、運転席からぐるんと振り返り…真夜の肩に手をおいて声をかけ、心配する父…

再び雷撃が真夜を襲う。

バクンと弓なりに身体を揺らす真夜。


「ぁあ!!また…あなた、前の発作と同じみたい、病院へ急いで…」

その母の悲痛な声で父は車をがむしゃらに走らせた。


真夜の瞳には真っ黒になってしまったお父さんがうつっていた。

お父さんも…

どうしたの…

なんでこんなに真っ黒なの…

みんな…くろいの…


クロが白くなった時よりも凄くまがまがしい地獄から這い出た化け物のような両親の姿…

死神みたいな…

わからない…

声まで真っ黒だ…

こわいよ…

そう悪魔みたい…

コワイよ…


大好きなお母さんとお父さんも化け物みたいに…

神様助けて…

神様…

ああ…

いやだ、いやだ、イヤだ…

なんで…なんでなの…

わかんない…


あたしはなんなの…

あたしもバケモノなの…

バケモノはあたし…

そんなのないよ!

そんなのってないよ!!

もとにもどしてよ…

ぜんぶ…全部…

うわぁぁぁぁぁぁ…ー



目の前の景色がぐるぐると渦を巻いて遠退いていく…

お母さんとお父さんが何かを叫んでいる。


もう何もわからない…何も聞こえない…何も見えない…何も感じない…



真夜が意識を取り戻した時、グシャグシャに押し潰され…黒い煙とオレンジの炎が揺れる車内で両親は真夜に折り重なるようにして血塗れだった。

まもってくれた…

まもってくれたんだね…



真夜は三度、真紅に染まった車内の衝撃的な光景から意識を失った。

ありがとうとさようならと…

それからは、あの火葬場での記憶しかない…


真夜は本当にひとりぼっちになってしまった。


夜空に新しい星がふたつ並んで増えたのだろうか…




「あのね、こんな感じなんだ…」




真夜は涙を浮かべて秀一に微笑んだ。



すごく儚げで切なげで憂いに満ちた表情だった。

潤んだ瞳の秀一には不謹慎なくらいに真夜が神々しい輝きで美しくみえた…

この世のものとは思えないくらいにだ…



閉じたまぶたから涙が一滴零れ落ちた。

宝物みたいなそれは床に小さな虹をかけた。



秀一は消え入りそうな真夜の肩を再び抱きしめた力強く、優しく…

どこにもいかないように…



窓から見慣れた夜景に視線を向けると、いつもより輝いてみえた。

悲し気なほうき星をひとつ見つけた…



泣いても良いよ、オレの胸の中なら泣き顔は隠せるからさ…

オレも泣かせて…

そんなことあったなんてな…


さらにいとおしくなるよ…

まもるよ…

まもるから…

ひとりにしないから…




いたいよ…



ずっと一緒に…



いたいよ…




このまま、このいとおしい重さを感じさせて…

なぁ真夜…

一言、愛してるって言えたら楽になれるかな…

情けないな、オレ…