「#34」
8月20日の17時過ぎ…
「出来る根回しは…
これくらいですわね…
一緒に戦う仲間となっていただけるでしょうか…」
雪乃を乗せた黒塗りの公用車は塩浜にある喫茶店「無銘」を目指していた。
運転手の女性が振り向かずに声を掛ける。
「雪乃様…心配なされなくても大丈夫ですよ。
とても真っ直ぐな思いやりのある女性に育っていますもの…」
東雲の愛澤学園から真夜達が先に到着していそうだ。
「そうね、後は丸井様かしらね…」
無銘の近くの通りに停車すると…
「では…あなた達はイヤモニの音声でタイミングよく入って来なさい。
ノーネームのサポーターには無銘の周辺の護衛につかせなさい。
永遠子とドロシーが心配だわ…
任せたわよ、メアリー…」
そう言って車を降りた雪乃…
「もう17時過ぎましたのに、まだ太陽が勘弁してくれませんのね…」
サウナのように蒸し返す空気…
雪乃は黄色のパステルカラーのレースやリボンのついた鍔広のキャペリン(女優帽)を優雅にかぶって…
肘丈までの真っ白なシルク製のオペラグローブで品良く芦屋製のパゴダ傘を差した。
この辺りは…彼女のお嬢様育ちが纏った空気感がフワリと漂う。
「さぁ…私がしっかり気丈に振る舞わなくては…
弱気になるな、私…
誠一郎様、どうでしょうか…
ちゃんとやれてますわよね…」
雪乃は溜め息をひとつ。
震えるなと拳を握りしめて…
覚悟を決めて無銘のドアを開けた…
カランコロンと軽快なベルが燥ぐ。
猛暑日の蒸し暑い空気が押し寄せる。
小さな店内に新たな客人の来店をドアに取り付けられたそれが知らせる。
純喫茶というのは、こういうものだと視覚的に感じさせる昭和レトロモダンな内装と家具と装飾品の数々。
何度見ても安心感のような居心地の良さそうな空気感が伝わってくる。
まるで大作映画のセットにも似たそれらが視界に飛び込んでくる。
毛足の長いフカフカの絨毯は土足で踏みしめる事に罪悪感を覚えるほどだ。
今日は…華やかなマダガスカル産のひきたての豆を焙煎した良い薫りがする。
ちょうどネルドロップでコーヒーを淹れていた。
芳醇な味わいを薫りのみで感じさせる。
…思わず、深い呼吸をしたくなる。
この薫りに包まれる幸福を噛みしめる。
雪乃は…このまま穏やかな気持ちで過ごせたらと、かぶりを振った。
「いらっしゃいませ…
申し訳ない、お客さん…
今日はあいにく貸し切りでして…
あ、あぁ…雪乃さんか、お待ちしてました。
もう皆さん、お揃いですよ…」
マスターの淹れたコーヒーはグラスの中で氷と共にダンスしていた。
「あ、帽子ね…顔見えないものね…
ふぅ、涼しい…砂漠のオアシスかしら…ふふふ…」
日傘を畳んで、帽子を壁に掛ける。
カウンターに横並びの中から、ひとりの男が立ち上がり雪乃に声を掛ける。
「先程は連絡ありがとうございます…
ジャーナリストの丸井善行です。
エターナルの副社長の稲村雪乃さんに取材させていただけるとの申し出、大変嬉しいです。」
「ん、稲村雪乃です…
こちらこそ…よろしくお願いしますね、丸井様…
えーと、真夜さんと秀一さんに美優希さんね…
およびした理由は順序立てして説明しますわね…
あの真夜さん、私のこと覚えてたりするかしら?」
真夜に微笑む雪乃。
突然の言葉に困惑顔の真夜。
「あ、あのお会いした事ありますか…
その、どこでだろ…ごめんなさい。
覚えてなくて…」
「いいの、いいの、気にしないで、ご両親の…火葬場でのことだものね…」
雪乃は申し訳なさそうに話した。
「そうそう、ちなみに秀一は私の甥っ子になるの…
美優希も血縁関係は無いけど姪っ子みたいな存在なのよね…」
秀一と美優希にウインクする雪乃。
照れくさそうな表情のふたりを真夜は見つめる。
「えぇ、じゃあ君は稲村勲男総理大臣のお孫さんになるわけだよね…」
丸井のジャーナリスト魂が疼く。
恥ずかしそうに秀一は…
「ま、まぁ、そうなるのかな…」
そんな大声で話さないでくれと言わんばかりの秀一。
真夜も目をぱちくりしていた。
「ま、とりあえず、話を進めようか…」
マスターは雪乃の分のアイスコーヒーを出した…
グラスは猛暑日を歩いて来たかのような汗をかいていた。
「ありがとう、すみません…一口…」
ストローを優しく咥えて芳ばしい薫りを喉へ流し込む。
「今日も美味しいわ…」
マスターに軽く会釈する雪乃。
「そうなのよね、何から話そうかしら…」
思案中の雪乃にマスター…
「丸井さんなら気付いているかもしれませんが…この国の闇を知る事になる。
知らぬが仏…引き返せない、雪乃さんの為に協力して貰えないだろうか…
まず、そこを確認しないと話せないんだ…
…どうだろうか?」
丸井の瞳を見つめる雪乃とマスター。
「や、闇って…」
言葉の真意を理解しようと険しい表情の丸井。
「ここ無銘にいる全員の力を貸して欲しいの…
お願いなの…あなた達が頼りなの…
その闇に対抗する力として…ね…」
雪乃は深々と頭を下げた。
カウンターの下では膝が震えていた。
私が巻き込んだんだ、気丈に振る舞いなさいと…もうひとりの雪乃が言う。
「五百川の件ですか…愛澤誠太郎との…」
マスターは指を鳴らして口笛をひとつ。
「ビンゴ…やっぱりシュガーが頼りにしていた男だな…」
雪乃はマスターを嗜めるように見つめた。
「とりあえず私から説明します、マスターは変な横槍入れないこと…」
もう一度、マスターを見つめる雪乃。
今は変な無駄弾を撃って欲しくない雪乃だ。
「佐藤寿雄様…ご存知でいらっしゃいますわね…」
雪乃の言葉に丸井は…
「若輩者の僕にとっては…
何というのか、恩人みたいな…
ジャーナリストの姿勢を根本的に変えてくれて…
トラウマの味も教えてくれましたし…」
真夜はポツリと…
「トラウマ…」
「殺されたんだ、その佐藤寿雄は…
その闇にな…残念ながらな…」
マスターは溜め息と共に言葉をひとつ。
「あ、あの、あの私…場違いじゃ…
ここにいていいのでしょうか?」
不安から立ち上がる真夜。
闇とか殺されたとか…
肌がゾワゾワする、嫌な感覚だ。
重苦しさを増す空気感が伝わってくる。
「真夜さん、大丈夫…大丈夫ですから、私を信じてください…です‼︎」
美優希が真剣な表情で真夜を真っ直ぐに見つめる。
「真夜、まずは最後まで聞こう。
オレもいる…話はそれからだ。」
カウンターの下で真夜の震える指先を優しく包み込んだ秀一の手のひらからは温かな気持ちが伝わってきた。
氷みたいな指先に血が流れる感覚があった。
美優希はジトりと指先を睨んでいた。
「あの、あのね、真夜さん…
私達はね…あなた達を守護りたいの…
だからこそ知っておいて欲しいの…
それじゃ、まずは…」
雪乃は…これまでの事をかいつまんで…
『一連の闇を探るとたどり着いた黒幕中の黒幕…それが自由未来党の五百川競舟(いおかわけいしゅう)…』
「僕の裏金や不審死関連の記事も揉み消されましたからね…」
…と丸井。
『彼の選挙対策として愛澤誠太郎により裏取引の末に生まれたRX事業部…』
「メモして良いのかな…」
丸井は速記していた手を止めた。
再び…カランコロンと軽快なベルが燥ぐ。
突然の来客に店内に緊張感が走る…
また…猛暑日の蒸し暑い空気が押し寄せる。
「こんばんは…
雪乃さん、私から直接…話させてくれ。
全ての元凶は…この私…
愛澤誠太郎なのだから…」
カウンターに座っている全員に膝に額がつきそうなくらい深々と頭を下げたのは…
濃紺のダブルのスーツをきた白髪混じりの愛澤誠太郎であった。
雪乃は…おそらく来て貰えないと思いながら電話していた。
愛澤誠太郎しか知らない話も飛び出すだろうと…
「まさか本当にいらっしゃるとは存じてませんでしたので驚きました。」
雪乃は会釈する。
咳払いして誠太郎は話し出した。
「五百川の名前が聞こえた…
さっそくだが…ん、ん、そうだな…
私しか知らない話しを話そう…
あれは…お気に入りの鯨の出汁のおでんが名物の料亭で飲み明かした時のことだ…
本当に気まぐれで話してくれたのだろう…彼の生い立ちを…
五百川の中では大東亜戦争は終わってない…
シベリア抑留から戻ってきた父親は酒とギャンブルにあけ狂い、毎晩毎晩…母親や五百川に暴力を振るったそうだ…
父親は…定職に就けず、職場でケンカを繰り返して警察沙汰も日常茶飯事だったらしい…
そんな地獄みたいな毎日も泥酔した父親の首吊り自殺で終わったそうだ…
今で言えばPTSD…当時は戦争神経症なんて言われていたそうだ。
雨音で兵士の足音を思い出し、パニックになると暴力を振るった父がフラッシュバックするらしい…
雨の日が憂鬱だと笑っていた…
母親が警察も国も…助けてくれないのね…と漏らした声に応えたかった。
…だからこそ、彼はキャリア官僚を目指し猛勉強し…
国政に進出し、終わらない戦争を終わらせて本当の終戦と平和を日本にと考えての行動だった。
私も共感して協力を申し出た…
その成れの果てがRX事業部や暗殺部隊のフィナーレだ…
つまるところの暴力での言論統制だ…
それでも彼が変える日本を見たかった…
私のエゴでしか無い…
鼻毛虎吉をはじめとした極道の精鋭を集めたり…
その中の暗殺のプロ集団としてフィナーレ…
そんな暴力装置を揃えてしまった…」
「フィナーレ…都市伝説じゃないのかよ‼︎」
…と秀一は驚きを隠せない。
ざわざわとする店内。
「続けようか…
そうだな…エターナルの闇…
育ての父親である極道の親分である鼻毛虎吉に制止されるものの…
それをうるさくあしらってネット配信で殺人動画を上げ続けるRX事業部のボスであり、快楽殺人狂の愛澤誠次…
育ての父親である鼻毛虎吉を手にかけるまでに暴走し出した。
私が弱いせいで誠次は…あんなになってしまった…
無関心が過ぎた…
実の父親である私にも手をつけられない悪魔のような人間にしてしまった…
雪乃さんに頼るような情け無い自分を責めるくらいしか出来ない…」
「殺人動画って何です、そんなのがあるんですか?」
…真夜の手は、恐怖とおぞましさから…また震える。
「そうだ、そんな世界が事実として存在する…
地獄は人間の悪意で現実になる…
それは実験と称した殺人に明け暮れるマッドサイエンティストを絵に描いたような毒に魅せられた江戸川金魚…
これは稲村清志から聞いた話だ…
製薬業に進出する際に創薬に携わる人間を探していて…
秘密裏に行なっていたRX事業部の件を江戸川金魚は得意のハッキングで殺人動画をはじめ、あらかた知っていた…
創薬の話を受ける代わりに人体実験をさせてくれと…
でなければ、この情報は拡散すると脅された…
清志はマッドサイエンティストと知りながらエターナルの製薬部門のトップにすることにしたらしい…」
「愛澤学園の教授だった人ですよね…」
丸井の専門外な分野で取材したことは無いが毒からの創薬の分野でノーベル賞級だと言うのはジャーナリストなら周知の事実だ。
「ああ、そうだ…
それから…強欲の塊。
悪意の架け橋となったエターナルの社長の稲村清志…
彼は兄の勲男と比べて勉学では比べものにならないくらいに劣っていた。
大学にもいけなかったくらいだ。
しかしながら商売の才能に秀でていた…
金の匂いを感じる天才、水を得た魚だ。
オゾングループが飛躍的に成長した裏方には清志がいたからだ。
いつの頃からか金の亡者と化して倫理観を失ったモンスターになっていた。」
「エターナルの社長まで…」
秀一は頭を抱えていた。
次から次へと駆け足で説明していく。
愛澤誠太郎はとうとうと続ける。
愛澤誠太郎は…この子達をある意味で強制的にジェットコースターに乗せた事を後悔しつつも…
「あの誠太郎様、私からも良いかしら……」
そして…先程、雪乃が父から得た情報も…
「そのマッドサイエンティストの江戸川金魚とエターナルの資金力で開発されたもの…
それが…赤と青のラムネ菓子に見せかけた悪夢の合成麻薬ジキル&ハイド…」
「陽葵ちゃんを殺した犯人が持っていたラムネだ‼︎」
真夜は怒りを隠せない、やりどころ無いモヤモヤの正体を暴かれた気分だ。
「雪乃さん、正直言って…ずっとずっと怖くて仕方ないの…
逃げ出したいくらいに…
でも、それでも…私‼︎
陽葵ちゃんの仇を打ちたい…
陽葵ちゃんの………‼︎
私に何が出来るなんかわからないけど協力させて‼︎」
真夜は恐怖感を振り払うように声を上げる。
「本当、嬉しいわ真夜さん。
でも憎しみ支配されちゃダメよ…」
真夜の震える手を握りしめて雪乃は見つめた。
アイコンタクトしてから話を続ける雪乃。
「ジキル&ハイド…その麻薬工場と化した小国サグジスタン…」
「また、起こるです…新小岩みたいな悲劇が…」
美優希は助けられなかった新小岩みたいな悲劇がたくさん起きるのかとワナワナと震えた。
「父から聞かされたわ、いつもはイサオと親しく呼ぶ仲の米国大統領が怒りを露わにしていたこと…
悪夢の連鎖に巻き込まれてパニック映画のような惨劇を知らせるホットライン…」
「ゾンビ映画じゃないだから現実なんですか…」
丸井はジャーナリストとして、自分に何が出来るのか…
絶望感が足首を掴むのを感じた。
「まもなく…それらを断罪すべく、国際的な捜査や調査の機関が動き出している事…」
「日本…ヤバい……ですか⁉︎」
美優希は雪乃の顔を覗き込んだ。
喫茶店で、およそ話すような内容を遥かに凌駕したスケールの話が飛び出し続ける。
脳みそがついていけないと悲鳴をあげる面々…
……………………
時間が止まったような空気感をマスターの一言が破った。
………………
マスターは躊躇してしまいそうな空気感に一歩踏み出す覚悟を決めた。
「皆、聞いてくれ…
俺がそのフィナーレにいたスナイパーのマスターだ。」
冗談かと思うようなマスターの突然の告白に一同は凍りついた表情になる。
……………‼︎‼︎
「…っ、だとしたら、そのRX事業部の暗殺集団フィナーレにいたマスターさんが…
どうして、ここにいるんですか⁉︎」
丸井の疑問は…もっともだ。
「そうだよな…
そうなるはずだ…
雪乃さん、俺がちゃんと話す…少し長くなるが聞いてくれるか?」
マスターは皆へ向かって頭を下げると話し出した。
フィナーレが最後となった時のことを…
太陽は…ようやく落ち着き、月と交代する相談を始めていた。
……………………
………………
…………
……
…
8月20日の17時過ぎ…
「出来る根回しは…
これくらいですわね…
一緒に戦う仲間となっていただけるでしょうか…」
雪乃を乗せた黒塗りの公用車は塩浜にある喫茶店「無銘」を目指していた。
運転手の女性が振り向かずに声を掛ける。
「雪乃様…心配なされなくても大丈夫ですよ。
とても真っ直ぐな思いやりのある女性に育っていますもの…」
東雲の愛澤学園から真夜達が先に到着していそうだ。
「そうね、後は丸井様かしらね…」
無銘の近くの通りに停車すると…
「では…あなた達はイヤモニの音声でタイミングよく入って来なさい。
ノーネームのサポーターには無銘の周辺の護衛につかせなさい。
永遠子とドロシーが心配だわ…
任せたわよ、メアリー…」
そう言って車を降りた雪乃…
「もう17時過ぎましたのに、まだ太陽が勘弁してくれませんのね…」
サウナのように蒸し返す空気…
雪乃は黄色のパステルカラーのレースやリボンのついた鍔広のキャペリン(女優帽)を優雅にかぶって…
肘丈までの真っ白なシルク製のオペラグローブで品良く芦屋製のパゴダ傘を差した。
この辺りは…彼女のお嬢様育ちが纏った空気感がフワリと漂う。
「さぁ…私がしっかり気丈に振る舞わなくては…
弱気になるな、私…
誠一郎様、どうでしょうか…
ちゃんとやれてますわよね…」
雪乃は溜め息をひとつ。
震えるなと拳を握りしめて…
覚悟を決めて無銘のドアを開けた…
カランコロンと軽快なベルが燥ぐ。
猛暑日の蒸し暑い空気が押し寄せる。
小さな店内に新たな客人の来店をドアに取り付けられたそれが知らせる。
純喫茶というのは、こういうものだと視覚的に感じさせる昭和レトロモダンな内装と家具と装飾品の数々。
何度見ても安心感のような居心地の良さそうな空気感が伝わってくる。
まるで大作映画のセットにも似たそれらが視界に飛び込んでくる。
毛足の長いフカフカの絨毯は土足で踏みしめる事に罪悪感を覚えるほどだ。
今日は…華やかなマダガスカル産のひきたての豆を焙煎した良い薫りがする。
ちょうどネルドロップでコーヒーを淹れていた。
芳醇な味わいを薫りのみで感じさせる。
…思わず、深い呼吸をしたくなる。
この薫りに包まれる幸福を噛みしめる。
雪乃は…このまま穏やかな気持ちで過ごせたらと、かぶりを振った。
「いらっしゃいませ…
申し訳ない、お客さん…
今日はあいにく貸し切りでして…
あ、あぁ…雪乃さんか、お待ちしてました。
もう皆さん、お揃いですよ…」
マスターの淹れたコーヒーはグラスの中で氷と共にダンスしていた。
「あ、帽子ね…顔見えないものね…
ふぅ、涼しい…砂漠のオアシスかしら…ふふふ…」
日傘を畳んで、帽子を壁に掛ける。
カウンターに横並びの中から、ひとりの男が立ち上がり雪乃に声を掛ける。
「先程は連絡ありがとうございます…
ジャーナリストの丸井善行です。
エターナルの副社長の稲村雪乃さんに取材させていただけるとの申し出、大変嬉しいです。」
「ん、稲村雪乃です…
こちらこそ…よろしくお願いしますね、丸井様…
えーと、真夜さんと秀一さんに美優希さんね…
およびした理由は順序立てして説明しますわね…
あの真夜さん、私のこと覚えてたりするかしら?」
真夜に微笑む雪乃。
突然の言葉に困惑顔の真夜。
「あ、あのお会いした事ありますか…
その、どこでだろ…ごめんなさい。
覚えてなくて…」
「いいの、いいの、気にしないで、ご両親の…火葬場でのことだものね…」
雪乃は申し訳なさそうに話した。
「そうそう、ちなみに秀一は私の甥っ子になるの…
美優希も血縁関係は無いけど姪っ子みたいな存在なのよね…」
秀一と美優希にウインクする雪乃。
照れくさそうな表情のふたりを真夜は見つめる。
「えぇ、じゃあ君は稲村勲男総理大臣のお孫さんになるわけだよね…」
丸井のジャーナリスト魂が疼く。
恥ずかしそうに秀一は…
「ま、まぁ、そうなるのかな…」
そんな大声で話さないでくれと言わんばかりの秀一。
真夜も目をぱちくりしていた。
「ま、とりあえず、話を進めようか…」
マスターは雪乃の分のアイスコーヒーを出した…
グラスは猛暑日を歩いて来たかのような汗をかいていた。
「ありがとう、すみません…一口…」
ストローを優しく咥えて芳ばしい薫りを喉へ流し込む。
「今日も美味しいわ…」
マスターに軽く会釈する雪乃。
「そうなのよね、何から話そうかしら…」
思案中の雪乃にマスター…
「丸井さんなら気付いているかもしれませんが…この国の闇を知る事になる。
知らぬが仏…引き返せない、雪乃さんの為に協力して貰えないだろうか…
まず、そこを確認しないと話せないんだ…
…どうだろうか?」
丸井の瞳を見つめる雪乃とマスター。
「や、闇って…」
言葉の真意を理解しようと険しい表情の丸井。
「ここ無銘にいる全員の力を貸して欲しいの…
お願いなの…あなた達が頼りなの…
その闇に対抗する力として…ね…」
雪乃は深々と頭を下げた。
カウンターの下では膝が震えていた。
私が巻き込んだんだ、気丈に振る舞いなさいと…もうひとりの雪乃が言う。
「五百川の件ですか…愛澤誠太郎との…」
マスターは指を鳴らして口笛をひとつ。
「ビンゴ…やっぱりシュガーが頼りにしていた男だな…」
雪乃はマスターを嗜めるように見つめた。
「とりあえず私から説明します、マスターは変な横槍入れないこと…」
もう一度、マスターを見つめる雪乃。
今は変な無駄弾を撃って欲しくない雪乃だ。
「佐藤寿雄様…ご存知でいらっしゃいますわね…」
雪乃の言葉に丸井は…
「若輩者の僕にとっては…
何というのか、恩人みたいな…
ジャーナリストの姿勢を根本的に変えてくれて…
トラウマの味も教えてくれましたし…」
真夜はポツリと…
「トラウマ…」
「殺されたんだ、その佐藤寿雄は…
その闇にな…残念ながらな…」
マスターは溜め息と共に言葉をひとつ。
「あ、あの、あの私…場違いじゃ…
ここにいていいのでしょうか?」
不安から立ち上がる真夜。
闇とか殺されたとか…
肌がゾワゾワする、嫌な感覚だ。
重苦しさを増す空気感が伝わってくる。
「真夜さん、大丈夫…大丈夫ですから、私を信じてください…です‼︎」
美優希が真剣な表情で真夜を真っ直ぐに見つめる。
「真夜、まずは最後まで聞こう。
オレもいる…話はそれからだ。」
カウンターの下で真夜の震える指先を優しく包み込んだ秀一の手のひらからは温かな気持ちが伝わってきた。
氷みたいな指先に血が流れる感覚があった。
美優希はジトりと指先を睨んでいた。
「あの、あのね、真夜さん…
私達はね…あなた達を守護りたいの…
だからこそ知っておいて欲しいの…
それじゃ、まずは…」
雪乃は…これまでの事をかいつまんで…
『一連の闇を探るとたどり着いた黒幕中の黒幕…それが自由未来党の五百川競舟(いおかわけいしゅう)…』
「僕の裏金や不審死関連の記事も揉み消されましたからね…」
…と丸井。
『彼の選挙対策として愛澤誠太郎により裏取引の末に生まれたRX事業部…』
「メモして良いのかな…」
丸井は速記していた手を止めた。
再び…カランコロンと軽快なベルが燥ぐ。
突然の来客に店内に緊張感が走る…
また…猛暑日の蒸し暑い空気が押し寄せる。
「こんばんは…
雪乃さん、私から直接…話させてくれ。
全ての元凶は…この私…
愛澤誠太郎なのだから…」
カウンターに座っている全員に膝に額がつきそうなくらい深々と頭を下げたのは…
濃紺のダブルのスーツをきた白髪混じりの愛澤誠太郎であった。
雪乃は…おそらく来て貰えないと思いながら電話していた。
愛澤誠太郎しか知らない話も飛び出すだろうと…
「まさか本当にいらっしゃるとは存じてませんでしたので驚きました。」
雪乃は会釈する。
咳払いして誠太郎は話し出した。
「五百川の名前が聞こえた…
さっそくだが…ん、ん、そうだな…
私しか知らない話しを話そう…
あれは…お気に入りの鯨の出汁のおでんが名物の料亭で飲み明かした時のことだ…
本当に気まぐれで話してくれたのだろう…彼の生い立ちを…
五百川の中では大東亜戦争は終わってない…
シベリア抑留から戻ってきた父親は酒とギャンブルにあけ狂い、毎晩毎晩…母親や五百川に暴力を振るったそうだ…
父親は…定職に就けず、職場でケンカを繰り返して警察沙汰も日常茶飯事だったらしい…
そんな地獄みたいな毎日も泥酔した父親の首吊り自殺で終わったそうだ…
今で言えばPTSD…当時は戦争神経症なんて言われていたそうだ。
雨音で兵士の足音を思い出し、パニックになると暴力を振るった父がフラッシュバックするらしい…
雨の日が憂鬱だと笑っていた…
母親が警察も国も…助けてくれないのね…と漏らした声に応えたかった。
…だからこそ、彼はキャリア官僚を目指し猛勉強し…
国政に進出し、終わらない戦争を終わらせて本当の終戦と平和を日本にと考えての行動だった。
私も共感して協力を申し出た…
その成れの果てがRX事業部や暗殺部隊のフィナーレだ…
つまるところの暴力での言論統制だ…
それでも彼が変える日本を見たかった…
私のエゴでしか無い…
鼻毛虎吉をはじめとした極道の精鋭を集めたり…
その中の暗殺のプロ集団としてフィナーレ…
そんな暴力装置を揃えてしまった…」
「フィナーレ…都市伝説じゃないのかよ‼︎」
…と秀一は驚きを隠せない。
ざわざわとする店内。
「続けようか…
そうだな…エターナルの闇…
育ての父親である極道の親分である鼻毛虎吉に制止されるものの…
それをうるさくあしらってネット配信で殺人動画を上げ続けるRX事業部のボスであり、快楽殺人狂の愛澤誠次…
育ての父親である鼻毛虎吉を手にかけるまでに暴走し出した。
私が弱いせいで誠次は…あんなになってしまった…
無関心が過ぎた…
実の父親である私にも手をつけられない悪魔のような人間にしてしまった…
雪乃さんに頼るような情け無い自分を責めるくらいしか出来ない…」
「殺人動画って何です、そんなのがあるんですか?」
…真夜の手は、恐怖とおぞましさから…また震える。
「そうだ、そんな世界が事実として存在する…
地獄は人間の悪意で現実になる…
それは実験と称した殺人に明け暮れるマッドサイエンティストを絵に描いたような毒に魅せられた江戸川金魚…
これは稲村清志から聞いた話だ…
製薬業に進出する際に創薬に携わる人間を探していて…
秘密裏に行なっていたRX事業部の件を江戸川金魚は得意のハッキングで殺人動画をはじめ、あらかた知っていた…
創薬の話を受ける代わりに人体実験をさせてくれと…
でなければ、この情報は拡散すると脅された…
清志はマッドサイエンティストと知りながらエターナルの製薬部門のトップにすることにしたらしい…」
「愛澤学園の教授だった人ですよね…」
丸井の専門外な分野で取材したことは無いが毒からの創薬の分野でノーベル賞級だと言うのはジャーナリストなら周知の事実だ。
「ああ、そうだ…
それから…強欲の塊。
悪意の架け橋となったエターナルの社長の稲村清志…
彼は兄の勲男と比べて勉学では比べものにならないくらいに劣っていた。
大学にもいけなかったくらいだ。
しかしながら商売の才能に秀でていた…
金の匂いを感じる天才、水を得た魚だ。
オゾングループが飛躍的に成長した裏方には清志がいたからだ。
いつの頃からか金の亡者と化して倫理観を失ったモンスターになっていた。」
「エターナルの社長まで…」
秀一は頭を抱えていた。
次から次へと駆け足で説明していく。
愛澤誠太郎はとうとうと続ける。
愛澤誠太郎は…この子達をある意味で強制的にジェットコースターに乗せた事を後悔しつつも…
「あの誠太郎様、私からも良いかしら……」
そして…先程、雪乃が父から得た情報も…
「そのマッドサイエンティストの江戸川金魚とエターナルの資金力で開発されたもの…
それが…赤と青のラムネ菓子に見せかけた悪夢の合成麻薬ジキル&ハイド…」
「陽葵ちゃんを殺した犯人が持っていたラムネだ‼︎」
真夜は怒りを隠せない、やりどころ無いモヤモヤの正体を暴かれた気分だ。
「雪乃さん、正直言って…ずっとずっと怖くて仕方ないの…
逃げ出したいくらいに…
でも、それでも…私‼︎
陽葵ちゃんの仇を打ちたい…
陽葵ちゃんの………‼︎
私に何が出来るなんかわからないけど協力させて‼︎」
真夜は恐怖感を振り払うように声を上げる。
「本当、嬉しいわ真夜さん。
でも憎しみ支配されちゃダメよ…」
真夜の震える手を握りしめて雪乃は見つめた。
アイコンタクトしてから話を続ける雪乃。
「ジキル&ハイド…その麻薬工場と化した小国サグジスタン…」
「また、起こるです…新小岩みたいな悲劇が…」
美優希は助けられなかった新小岩みたいな悲劇がたくさん起きるのかとワナワナと震えた。
「父から聞かされたわ、いつもはイサオと親しく呼ぶ仲の米国大統領が怒りを露わにしていたこと…
悪夢の連鎖に巻き込まれてパニック映画のような惨劇を知らせるホットライン…」
「ゾンビ映画じゃないだから現実なんですか…」
丸井はジャーナリストとして、自分に何が出来るのか…
絶望感が足首を掴むのを感じた。
「まもなく…それらを断罪すべく、国際的な捜査や調査の機関が動き出している事…」
「日本…ヤバい……ですか⁉︎」
美優希は雪乃の顔を覗き込んだ。
喫茶店で、およそ話すような内容を遥かに凌駕したスケールの話が飛び出し続ける。
脳みそがついていけないと悲鳴をあげる面々…
……………………
時間が止まったような空気感をマスターの一言が破った。
………………
マスターは躊躇してしまいそうな空気感に一歩踏み出す覚悟を決めた。
「皆、聞いてくれ…
俺がそのフィナーレにいたスナイパーのマスターだ。」
冗談かと思うようなマスターの突然の告白に一同は凍りついた表情になる。
……………‼︎‼︎
「…っ、だとしたら、そのRX事業部の暗殺集団フィナーレにいたマスターさんが…
どうして、ここにいるんですか⁉︎」
丸井の疑問は…もっともだ。
「そうだよな…
そうなるはずだ…
雪乃さん、俺がちゃんと話す…少し長くなるが聞いてくれるか?」
マスターは皆へ向かって頭を下げると話し出した。
フィナーレが最後となった時のことを…
太陽は…ようやく落ち着き、月と交代する相談を始めていた。
……………………
………………
…………
……
…


