「#21」

「誠次さん、大丈夫ですか、誠次さん。」

部下のひとりが声掛ける。

あの夕日が沈んだ頃。

誠次は睡眠薬を飲んだみたいに、深い眠りについていた。

彼の記憶がよみがえる。

………………

……………

…………

………

……



「おかあさん、なんで、たたくの?」


「おかあさん、なんで、けるの?」


「おかあさん、なんで、なぐるの?」


誠次の身体は、いつも青あざだらけ、切り傷、擦り傷、たんこぶ、両目を開いて何かを見たことなんて無かった。


どちらかの目蓋は常に赤黒く腫れあがっていたからである。


誠次の母親の記憶、思い出すのは、いつも酒臭くて、イライラしていて、サンドバッグみたいに自分を痛めつける。

母親とは、そういうものだと思っていた。

とある日、酷く泥酔して朝帰りしてきた母親。

何か気に障る事をしてしまったのだろうか?

理不尽な程の叱責、怒号、しまいには大きな黒いゴミ袋を持って外へ出て行く。

オレの手を千切れんばかりに引っ張って強引に引きずられ、ゴミ置き場まで連れてこられた。

このゴミ袋に入りなさい、粗大ゴミだからと平手打ちされ続ける。

オレは、まだ4歳になったばかりだ。

抵抗するオレ、ひたすら平手打ちをやめない母親。

それを町内会の妻の『うめばあちゃん』こと丸井梅さんが見つけてくれた。

「火事だー‼︎」そう叫びながら、母親の元へ駆けつけてくれた。

野次馬が、わらわらと集まり、次第に騒ぎになる。

近くの交番から警察も駆けつけた。

その騒ぎの後、週に一度は、オレを訪ねて、児童福祉士とか言うオバさんとうめばあちゃん、警察官もたまに来た。

母親が出勤するのを確認すると、うめばあちゃんは『おむすび』という食べ物をふたつ持ってきてくれた。

うめばあちゃんは…

「腹いっぱいだと母親からせっかんされるかもしれない、これでがまんするんだよ。」

…とオレを抱きしめてくれた。

しらないキモチ、胸の奥がムズムズする、しらないからこわかった。

このムズムズの後は母親に殴られるのがつらくなったりした。

おむすびを包んでいたラップは、丸めて窓から放り投げなさいと、うめばあちゃんは言った。

見つかったら大変だからと、外の掃除を毎日毎日してくれていた。


だけど、毎日では無いが母親も食べ物をくれた。

決まって同じもの。

オレに向かって忌々しそうに投げつけてきた。

コンビニの袋。

中には200mlのビタミン牛乳という飲み物と村木屋のあんぱんが、ひとつづつ入っていた。

わからないがうまかった気がする。



いつも誰かわからないくらいに化粧をして、臭い香水をプンプンさせて銀座の高級クラブで働いていた母親。

夕方から夜は、誰もいなかった。

さむかった。

なんで、さむかったんだろう。

真夏日でもさむかった。


いつも飢えていた。


小学校とやらに通うようになると…

給食という見たことのない食べ物を食べられる時間があった。

味など覚えてない、命を繋ぐ為に、その為だけに必死になって食べた。

それこそ皿まで食い尽くす勢いで食べた。


それでもやっぱり飢えていた。


オレにとってのおふくろの味はビタミン牛乳と村木屋のあんぱんだ。


そんなこんなで地獄みたい日々は続く。

オレは中学校とやらに通うようになった。

背も伸びた168cmになっていた。

母親から殴られる事は無くなっていた。

それくらいだったか…

見たことの無いジジイが現れて、自分がオレの新しいお父さんだとか言い出した。

母親が女の顔して腕を組んでいた。

ジジイとババアのイチャイチャなんてみられたものではない。

そのジジイが提案した。

美味い酒があるから母親と旅行に行くと、何故だかオレまで連れて行くと言い出しやがった。

…なんだ、オレ、夢みてんのか?

まだ、まだ、眠い……


意識は、また深く沈んでいく。


闇の底へ沈んでいく。


また寒くなってきた。