「#17」
話は誠一郎が父親に決意表明した新月の夜から数ヶ月後の喫茶店となる。
小岩のフラワー通りの裏路地にある「案山子(かかし)」という喫茶店。
80年代の歌謡曲が流れている店内、黒革張りの立派なソファー席が壁沿いに配置され、ひとつひとつ色が違うシャンデリアが天井を飾っていた。
窓ガラスは全てステンドグラスだ。
壁は漆喰で、真っ白が異世界みたいな内装を強調していた。
樫の木の扉をギィィと鳴らして、男が入ってきた。
その男は望月の名字となった誠一郎であった。
誠一郎は待ち合わせている相手に深々と頭を下げた。
相手は、稲村雪乃だった。
雪乃は…
「まずは掛けて下さい。」
気まずそうに声をかける。
誠一郎も、どこか落ち着かないといった感じだ。
「ここのシャングリア美味しいそうよ、頼みますか?」
誠一郎は、首を横へ振る。
「からかってます?雪乃さん。」
頭をポリポリと掻いて答える誠一郎。
「ふふふ、からかってます、いいでしょう…少しくらい。」
オーダーを取りに来たウェイトレスにアイスコーヒーを2杯注文する。
「アイスコーヒーで良かったですかね、まずは謝罪から…」
誠一郎は立ち上がりかける。
雪乃はジェスチャーで、それをやめさせるよう促した。
誠一郎は、もう一度、座り直す。
「愛澤とオゾングループの話、上手くまとめてみせます…
だから、安心して下さいませ、私、こう見えて策士なのですわ。」
ニコリと微笑む雪乃。
「顔に泥を塗ったのは…私です、それなのに何故そこまで…」
誠一郎は雪乃の行動原理がわからないといった表情だ。
「あら、1日で数億の契約を取ってくる凄腕のビジネスマンのあなたにもわからない事があるみたいですわね。」
雪乃は続ける。
「愛することに理由などあるのかしら?
今でも私は、あなたをお慕い申しておりますのよ。」
さらに続ける雪乃。
「誠一郎様も愛を知ったから変わったのでしょう?」
聖母のようなまなざしで誠一郎を見つめた雪乃。
誠一郎は立ち上がり、深々とお辞儀した。
「ありがとう、ありがとう、こんな私をそこまで愛してくれて…」
雪乃の柔和な笑みが誠一郎の心を包み込んでいく。
「覚えています?あの初めての乗馬の時の事…」
誠一郎は、その言葉で思い出した。
雪乃が小学6年生だった時の事だ。
愛澤が管理している乗馬場で2人で近くの公園を目指して、森の中を散策していた時。
雪乃の乗っていた黒毛の馬の尻を蜂が刺したのだった。
驚いた馬は暴れ出し、雪乃は必死にしがみつく。
馬は駆け出すと、近づいてはいけないと牧場主から注意されていた沼の前に到着する。
沼は、底なし沼と呼ばれていた。
放り出された雪乃は、沼を目掛けて転落してしまう。
みるみる沈んでいく雪乃、このままでは助からない、誠一郎は直感的に判断する。
誠一郎は、自分が落ちるのも顧みずに爪先を近く木に引っ掛けて、上半身のみで沼に入り込んで…
雪乃の細い腕を必死になって捕まえると力強く引き上げる。
誠一郎の愛馬で白馬のペガサス号にお姫様抱っこされて牧場へ戻る最中に雪乃は心に誓った。
この方が、私の王子様なのだと…
幼い雪乃には命の恩人が白馬の王子様であった事にときめいてしまった。
「馬鹿みたいね、私、それでもやっぱり、王子様なんですの…」
誠一郎を見送る背中に向けて、ぽつりと呟く雪乃だった。
その時に飲んだアイスコーヒーは酷く苦く感じた、頬を伝う温かな感情に負けるものかと静かに目を閉じた。
それからの雪乃は鬼神のような働き振りで経営者として超一流となっていくのであった。
彼女の戦いが始まった。
愛ゆえに愛を追い求めるメビウスの輪に迷い込んだようであった。
話は誠一郎が父親に決意表明した新月の夜から数ヶ月後の喫茶店となる。
小岩のフラワー通りの裏路地にある「案山子(かかし)」という喫茶店。
80年代の歌謡曲が流れている店内、黒革張りの立派なソファー席が壁沿いに配置され、ひとつひとつ色が違うシャンデリアが天井を飾っていた。
窓ガラスは全てステンドグラスだ。
壁は漆喰で、真っ白が異世界みたいな内装を強調していた。
樫の木の扉をギィィと鳴らして、男が入ってきた。
その男は望月の名字となった誠一郎であった。
誠一郎は待ち合わせている相手に深々と頭を下げた。
相手は、稲村雪乃だった。
雪乃は…
「まずは掛けて下さい。」
気まずそうに声をかける。
誠一郎も、どこか落ち着かないといった感じだ。
「ここのシャングリア美味しいそうよ、頼みますか?」
誠一郎は、首を横へ振る。
「からかってます?雪乃さん。」
頭をポリポリと掻いて答える誠一郎。
「ふふふ、からかってます、いいでしょう…少しくらい。」
オーダーを取りに来たウェイトレスにアイスコーヒーを2杯注文する。
「アイスコーヒーで良かったですかね、まずは謝罪から…」
誠一郎は立ち上がりかける。
雪乃はジェスチャーで、それをやめさせるよう促した。
誠一郎は、もう一度、座り直す。
「愛澤とオゾングループの話、上手くまとめてみせます…
だから、安心して下さいませ、私、こう見えて策士なのですわ。」
ニコリと微笑む雪乃。
「顔に泥を塗ったのは…私です、それなのに何故そこまで…」
誠一郎は雪乃の行動原理がわからないといった表情だ。
「あら、1日で数億の契約を取ってくる凄腕のビジネスマンのあなたにもわからない事があるみたいですわね。」
雪乃は続ける。
「愛することに理由などあるのかしら?
今でも私は、あなたをお慕い申しておりますのよ。」
さらに続ける雪乃。
「誠一郎様も愛を知ったから変わったのでしょう?」
聖母のようなまなざしで誠一郎を見つめた雪乃。
誠一郎は立ち上がり、深々とお辞儀した。
「ありがとう、ありがとう、こんな私をそこまで愛してくれて…」
雪乃の柔和な笑みが誠一郎の心を包み込んでいく。
「覚えています?あの初めての乗馬の時の事…」
誠一郎は、その言葉で思い出した。
雪乃が小学6年生だった時の事だ。
愛澤が管理している乗馬場で2人で近くの公園を目指して、森の中を散策していた時。
雪乃の乗っていた黒毛の馬の尻を蜂が刺したのだった。
驚いた馬は暴れ出し、雪乃は必死にしがみつく。
馬は駆け出すと、近づいてはいけないと牧場主から注意されていた沼の前に到着する。
沼は、底なし沼と呼ばれていた。
放り出された雪乃は、沼を目掛けて転落してしまう。
みるみる沈んでいく雪乃、このままでは助からない、誠一郎は直感的に判断する。
誠一郎は、自分が落ちるのも顧みずに爪先を近く木に引っ掛けて、上半身のみで沼に入り込んで…
雪乃の細い腕を必死になって捕まえると力強く引き上げる。
誠一郎の愛馬で白馬のペガサス号にお姫様抱っこされて牧場へ戻る最中に雪乃は心に誓った。
この方が、私の王子様なのだと…
幼い雪乃には命の恩人が白馬の王子様であった事にときめいてしまった。
「馬鹿みたいね、私、それでもやっぱり、王子様なんですの…」
誠一郎を見送る背中に向けて、ぽつりと呟く雪乃だった。
その時に飲んだアイスコーヒーは酷く苦く感じた、頬を伝う温かな感情に負けるものかと静かに目を閉じた。
それからの雪乃は鬼神のような働き振りで経営者として超一流となっていくのであった。
彼女の戦いが始まった。
愛ゆえに愛を追い求めるメビウスの輪に迷い込んだようであった。


