「#15」


7月22日の放課後…


エントランスホールにて陽葵を待っていた真夜に声をかける陽葵の姿があった。

「真夜ちゃん、貧血大丈夫だったの、これから帰りかな?」

陽葵は今朝の真夜を見て心配そうだった。

「ま、まぁ、そんなとこ…」

陽葵を待っていたとは口が裂けても言えない複雑な心境だ。

「そんなんだ、私はこれからバイトなんだ…持っていくのジーンズだけで良いから楽なの。」

陽葵は背負っていた紺色のリュックサックにニャフサンドのハチの着ぐるみのワンポイントが入っている自慢のそれからジーンズを取り出してみせた。

「制服は、向こうで着替えるの?」

真夜は陽葵に声をかけた。

ずっと直視するのは辛いな…と感じていた。

洗濯しても取れなかったであろうシミがジーンズに良い感じのアクセントになっているようにみえた。

「スタッフ用のTシャツとエプロンは向こうで着替えるの…」

陽葵の笑顔に真夜は、さらに辛くなる。

「大変だね、頑張って!ベースが待ってるもんね。」

「そうなのー…ウフフ、待ってろーもうすぐで手に入れてやるのさ‼︎」

二人は見つめ合い、ハイタッチして別れる。

お互いにニコニコな笑顔で別れた。

本当に笑顔だったかは不安でいっぱいの真夜が、そこにはいた。


秀一と美優希が合流する。

「追うぞ、助ける…助けよう!」

「…です!」

秀一を見て、真夜は思わず…手を繋ぐ。

「甘々…今日は特別に許すです!」



3人は気付かれないように新小岩のポンすけまで尾行した。

路地裏から陽葵のバイト姿を確認していた。

元気な大将に負けないくらいの大きくて爽やかな陽葵の「よろこんでー‼︎」が響いていた。

コソコソと裏口から窓を覗く真夜と美優希。

豚肉の脂の焦げる匂い、モツ焼きのタレの焦げる匂いが充満している…

排気ダクトのそばであるから仕方ない話なのだが…

「いい匂いすぎます…です。」

「やきとんもモツ焼きも食べたこと無いなぁ…おいしそ。」

真夜も美優希もノックアウト寸前だ。

ケロリとした表情で秀一は…

「めちゃくちゃ美味かったぞ!」

「食べた…です?」

「せんにゅうちょうさ…かしら?」

2人の視線が痛い秀一。

「美味そうだったから、陽葵さんのバイトに入って無い時に味見しに行きました。」

「ずるいです‼︎」

真夜と美優希のコンビネーションなハーモニーの叫び声だ。


「真夜さん、軽音部の陽葵さんも調査してたです!」

美優希はジトリと見つめた。

「いや、シャツが汗ばんで下着が透けるくらい練習してるんだ、頑張り屋さんだよな陽葵さん」

「へぇー…下着が透けるくらいねぇ、秀一さんは…それをじっくりと見ていたと…」

「有罪です‼︎」

真夜と美優希のコンビネーションが冴え渡る。

「あーあー、レッドツェッペリンって知ってるか?

ジョン・ポール・ジョーンズ って伝説的なベーシストがいて、父親が好きで聞いていたから憧れたらしいよ。

中でもブラック・ドッグって曲が好きだってオススメされたくらいだから。」

どうにか話を逸らそうと必死になっている秀一だ。

よくわかってない真夜と美優希には届いてない様子だ。

裏口から陽葵の元気な声が響いてきた。

急いで路地裏へ引っ込む3人。

「またね、おじいちゃん…お疲れ様です‼︎」

陽葵の声だ。

「おうよ、気ぃつけて帰んなよ!」

手を振って見送る大将と若旦那。

その様子を見守っている3人。

「駅前だし、車が突っ込んで来るとか無いよね。」

真夜は辺りをキョロキョロ見回す。

美優希も見回す。

「見張ってる…です…」

新小岩のルミエール商店街を抜けて、南口の改札へ向かって、そそくさと家路を急ぐ陽葵。

横断歩道で信号待ちしている陽葵の背後から様子のおかしな真っ黒なパーカーのフードを被ったマジックミラーのサングラスに黒のマスクをした中肉中背の男が駆け出てきた。

北口側から見張っていた3人は焦る、信号無視して追いつけとばかり必死になって駆け出す。

「アレはヤバい‼︎」

秀一は直感的に薬物中毒の人間だと推測した。

真夜は思わず大声で叫んでしまった‼︎

『陽葵ちゃんー逃げてー‼︎‼︎』

陽葵は真夜の声に驚く!

「え、真夜ちゃん?」


その一瞬が致命的となってしまった。

黒パーカーの男は腰の辺りのウエストポーチからサバイバルナイフを取り出すと…

陽葵を追い越しながら彼女の左首を目掛けてナイフを根元まで突き刺した。

「あぁ‼︎‼︎」

3人は悲鳴に似た叫び声を上げる。


瞬足で黒パーカーの男の懐に潜り込んで…

「なんてことするですッ‼︎」

美優希は男のナイフを握りしめている親指を殴ると、怯んだところで小指を握り、手首を捻り上げると男の背中に押し当てると地面に倒す。

男はバタバタしてるが美優希は制圧し続ける。

新小岩駅の南口には交番があり、何事かと飛び出す2名の警官。

状況を把握すると美優希の制圧している黒パーカーの男に手錠をかける。

アスファルトの地面に広がる血溜まり、意識不明の陽葵。

救急要請の怒号が響く。

警官は集まってきた、野次馬の対処で忙しくしている。

動画投稿サイトへ生中継し出す輩も現れ始める始末だ。

真夜は陽葵を抱きしめて叫び声を上げるのが、やっとだ。

『陽葵ちゃん、陽葵ちゃん、陽葵ちゃんー‼︎‼︎』

血塗れなど、お構い無しだ、必死だ。

秀一は、着ていたTシャツを裸になるのもお構い無しで止血する。

「死なせない、死なせるもんか‼︎」

地面の血溜まりは、さらに広がっていく。

「私、助けられなかった…です、ですか………」

何の為に私はここにいたのかと自責の念でいっぱいになる美優希。





そして、長い夜は明けた。


7月23日の真夜のクラスの教室。


陽葵の机の上には黄色がきれいな花が一輪、揺れていた。

クラスメイトやバンドメンバーが陽葵の机に、しがみつき泣け叫ぶ声が響いていた。


朝刊には黒パーカー男のニュースが一面を飾っていた。

新しい合成麻薬の中毒者であると、パーカーのポケットには赤と青のパッケージのラムネ菓子が入っていたと伝えられており、そのラムネ菓子からは薬物反応は出ていないものの販売経路や製造場所など謎であると…

警察もミックスベリー味の赤いラムネとヨーグルトソーダ味のラムネだけでは手掛かりにならないとお手上げだった。

薬物成分は、男の尿から検出されている。

真夜の心は窓から見える入道雲みたいに膨らみ続ける不安でいっぱいだった。