「#13」

6月29日…あれから一週間は、あっという間に過ぎた。

真夜達は33階のカンファレンスルームにいた。

真夜は養父母に初めての頼み事をして陽葵をエターナル総合病院の名医達による日本トップクラスの医療技術と機器を駆使して検査してもらえる事となった。

頭のてっぺんから爪先まで、ありとあらゆる検査…

動脈に穴を開けて造影剤を使う検査など入院を伴う大変な検査も多かった。

陽葵は…相当に怪しんでいたが真夜の新薬の研究の為のデータがどうだとか…必死な説得とバイト代で渋々納得し検査に参加してくれたのであった。


真夜は秀一と美優希へ…

「さっき、病院から連絡があったの…
検査の結果は…やっぱりと言うか、まったくもって何の異常もみられない健康そのものだそうです…」

「なるほど、真夜ありがとう…病死の件も消えたって事になるな。」

秀一が頭を抱える。

真夜は…

「じゃ…事故死かな?」

「車…こわいです。」

美優希は心配そうに真夜の顔を覗き込む。

「…だな、それで少しばかり調査した。」

秀一はホワイトボードにマジックで記入しながら話した。

「まず、陽葵さんは新小岩の居酒屋ポンすけでバイトしてる。」

「ポンすけです。」

美優希はポンすけが何者かという表情だ。

「続けるな、ポンすけは新小岩で60年くらい続いている老舗のやきとんとモツ焼きが名物の居酒屋だ。」

秀一はホワイトボードに記入しつつ、外観などをホワイトボードへ投影した。

赤提灯が輝く居酒屋だと、すぐにわかる外観。

入り口の上に掲げられた看板には、捻りはちまきをした可愛らしいたぬきが大ジョッキで乾杯し大笑いしている。

一度見たら、忘れられない看板だ。

「たぬき、ビール飲めるです?」

流石の美優希だ。

「いや、あれビールじゃないんだ…
名物のガソリンっていうドリンクだ、ウイスキーとハブ酒とロビンソンのジンジャーエールで割ったドリンクだそうだ…って脱線したじゃないか美優希!」

秀一は美優希にツッコミを入れる。

「ガソリン飲めるです?」

流石の美優希だ。

「場所は新小岩駅の南口を抜けてルミエール商店街の一番奥まったところにある路面店だ。」

秀一は、さらに続ける。

「バイトは月曜、水曜、金曜の週3日でバイト時間は17時から22時まで…だ……えーと、それからバイト理由は…」

被せるように真夜が…

「新しいベースが欲しいって、陽葵ちゃん軽音部なの…お父さんの影響で好きになったんだって…ここのバイトもお父さんが学生時代にとてもお世話になっていたところだって…」

秀一の調査には無い情報も出てきた。

「そこの店主のおじいちゃんと息子さんに孫や、ひ孫みたいに可愛いがられているって…バイト楽しいよって…言ってたの、言ってたの…」

ニコニコな笑顔で話す陽葵の表情が浮かび上がり、真夜は目頭が熱く熱くなる。

「真夜、ひとりじゃないオレも美優希ちゃんもいるだろう…」

「…です!」

美優希も力強く頷く。

「そうか、陽葵さんベースやってるのか、かっこいいな…指、長かったしな…」

秀一は聞こえないくらいの声で呟いたつもりだった。

「秀一さん、陽葵さんの指の長さ見てるです?」

流石の美優希だ。

「秀一のエッチ、スケベ、変態!」

真夜は頬をぷくっと膨らませて、そっぽを向いた。

「ちょ、ちょっと、へ、変な意味は無いからさ、あと真夜さん、こわいです。」

秀一はぺこぺこしていた。

美優希は膨らませている真夜の頬を両側から人差し指で、ツンツンしてから話し出す。

「つまり、どうするです。」

美優希のマイペースさと天然な行動に噴き出してしまう真夜。

「うちの制服でバイト行くのは目立つから尾行しやすいのはあるよな、交通量の多い通りや建設現場の近くとか、そういうところは避けてもらうようにしなきゃな…」

助け船が出たと秀一は話を戻す。

「事件…あるかも…です?」

…と、美優希。

「難しいよな、防ぎようが無い、これは一旦、忘れておこう、警察に相談出来る内容でもないからな。」



それから、真夜、秀一、美優希の3人で…

毎日、毎日、登下校もバイトの通勤時間もバイト中も陽葵が家路に着くまで、尾行し警戒する日々が続いた。

何も起きないまま、3週間が過ぎた。

あっという間に過ぎた。



そして、7月16日の朝…


「真夜ちゃ〜ん、おはよう!」

学園のエントランスに陽葵の元気ではつらつとした声が響いてきた。

背中越しに感じた声に真夜は振り向いた。

思わず、背筋が凍る。

目を見張る。

「お、おはよう陽葵ちゃん、元気にしてる?」

真夜の言葉に不思議そうに陽葵は答える。

「うん、もちろん元気だよ!」



陽葵は灰色へと変わっていた。


陽葵の輪郭が、ゆらゆらとゆらめいている。


気持ち悪いと思わずにはいられなかった。


真夜の知らない色に変わっていた。


「どうなっているの?
私の知らない色、みたことのない色。」

動揺が隠せない真夜。

「え、あれ…どうしたの、変顔してるの、フフフ…面白いね、真夜ちゃん。」

陽葵の笑顔は、ひまわりみたいに咲き誇る。


エントランスの吹き抜けの天井が分厚い曇り空で覆い隠される。

真夜の心模様みたいにモヤモヤしている。

7月になったというのに最高気温が22度の少し肌寒い日だった。

真夜のスマートフォンにはゲリラ豪雨を知らせるアプリからのポップアップがチカチカと明滅していた。


「また、雨か…嫌だなぁ、憂鬱だよ。」


真夜は所在なさ気なままの気持ちでエントランスを見回した。

この曇り空から連れ出してくれるような気がして、秀一を探していた。

曇り空の運命が、ゆっくり動き出していた。